68 双璧 ◆Z.OmhTbrSo sage 2007/08/17(金) 02:10:56 ID:YCWdnXr1
昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。じきに5時限目の授業が始まる。
別校舎は授業などで使用されることがないため、生徒がやってくることはない。
今、別校舎にいる生徒は明菜と朝倉直美だけだ。
「あ、やばいね、そろそろ教室に戻らないと。次はウチの姉が担当する国語だから何言われるかわかんない」
「なっ……ま、待ってよ!」
「何? そろそろ戻らないとあんたもまずいでしょ? 優等生の朝倉直美が、授業サボっちゃ。ねえ?」
「そんなの……適当に後で理由つけるだけ。どうにでもなるよ。そんなことより……私がしたことが、全部わかってたの?」
「当たり前じゃん」
「誰が気づいたの?」
「えーっと………………そう、あんたのトリックに気づいたのは私。ウチの姉はああ見えて頭でっかちだから」
真顔で嘘をつく明菜。トリックに気づいたのは明菜の姉のリカの方だ。
だが、今の朝倉直美にとっては誰が気づいたのだとしても構わないらしい。
「いつから、気づいてた?」
「最初に怪しいと思ったのは……あんたが友達に送ったあの嘘メールの話を、友達から教えてもらったとき。
その時点でおかしいと思うよ。だって、テツ兄があんたと付き合うわけないもん」
「そんなこと……わかんないじゃない!」
「わかるわよ。こんな姑息な手を使ってくる女に、テツ兄がなびくわけがない。
自分でやってることに気づいてないの? あんたのやってること、すっごい醜いわよ」
「うっ……そん、なのっ……嘘……」
「――さて、そろそろあんたのやってきたこと、私のやったこと、全部バラしてあげましょうか」
明菜は右手で持っていた自分の携帯電話を操作して、朝倉直美の前にかざして見せた。
画面に表示されているのは、友人から送られてきたメールの文章。
「これ、山っちから送られてきたんだけどね。いたずらメールの文章をそのまんま残した状態にしてあるの」
本文には、以下の文章が綴られている。
『こんなメールが送られてきたんだけど、ホント?
>前、朝倉さんが誰と付き合ってるのか知ってたら教えて、って言ってたよね。
>実は俺と付き合ってるんだ。黙っててごめん。』
「あんたはテツ兄と山っちの話を聞いてて、こんなメールを送れたんでしょうね。
自然な話の切り出し方だっていうのはマシだけど、もしかして相手を帰るたんびに文脈変えたりしてた?」
「答えたく……ない」
「あっそ。私もどうでもいいんだけどね。あんたが変なメールを送ったってのは事実なんだから。
山っちが言うにはね、31日の午前9時頃、テツ兄からこのメールが送られてきたらしいよ。
31日の午前9時頃って言えば、あんたがテツ兄にケイタイを返したあとの時間。
普通に考えればその時間にテツ兄のアドレスで送るなんてことはできないけど、タイマーを使えば可能になる。
けど、あんたは本物のテツ兄のアドレスでタイマーメールを送ったわけじゃなかった」
「え……」
「あんたは、テツ兄のケイタイと外見も中身もそっくりのケイタイを用意していた。
この時点で手が込んでいるとは思うけど、また一つ手を加えた。
自分で用意した偽のケイタイを使って、2種類のメールを送るようにタイマーメールの予約をした。
1通は例の交際始めましたのメール。もう1通は――メールアドレス変更をお願いするメール」
朝倉直美の目が驚きに見開かれた。彼女が声を出せないでいるうちに、明菜の言葉が投げかけられる。
69 双璧 ◆Z.OmhTbrSo sage 2007/08/17(金) 02:14:54 ID:YCWdnXr1
「次に31日の朝。持っていた本物の代わりに、偽物のケイタイをテツ兄に渡す。
これで、あんたのところにテツ兄の本物のケイタイと、本物のアドレスが手元に残る。
テツ兄の手元には偽のケイタイと、偽のアドレスが来たことになる。
その後で、あらかじめ予約していたアドレス変更のメールがテツ兄の友達のところに届く。
すると、あら不思議。これでテツ兄が持っている偽ケイタイに割り当てられているメルアドは、
友達の間でのみテツ兄の本物のアドレスとして登録されました。ここまでは合ってるでしょ?」
朝倉直美は答えない。うつむいたまま、ただ沈黙を返すばかりだ。
「まあ、すでに山っちとか村田に聞いてアドレス変更メールの裏付けは取れてるから、聞かなくてもよかったかもね。
話を戻そっか。メルアド変更のメールの次は、時間差で嘘八百メールが送られてくる。
メルアドは既に変わっているか、後で変更されるから、嘘のメールはテツ兄が送ったものだ、として友達にとられる。
よくよく考えてみると、メルアド変わりましたーの後に、交際始めましたーのメールが届くのは変だけどね。
んでその後、メールの真偽を確かめるために、テツ兄の友達からテツ兄の持っている偽ケイタイにメールが送られる。
テツ兄、わけわかんなかっただろうね。身に覚えのないことで問い詰められるんだから」
「違う……私と、テツ君、は……付き合って……」
「まだ嘘つくわけ? いいわよ、そこまで言うなら続けてあげる。
1日、あんたはいたずらメールの件について、ウチの姉に呼び出された。
その場であらかじめ自分のケイタイ――本物のあんたのケイタイね。
それにテツ兄の本物のアドレスから送信済みのメールを見せる。姉はまんまと騙される。
追い打ちをかけるため、隠し持っていたテツ兄の本物のケイタイから、自分のケイタイにメールを送る。
これで姉は、テツ兄があんたと付き合っている、ということを確信する。
あの後、死人の顔で帰ってきたから相当効いてたみたい。ま、それは姉の無知が招いたことだからどうでもいいわ。
午後に、またあんたからメールが送られて来たんだけど、あれどういう意味?
『俺の彼女です』? しかも写真付きで。嫌がらせのつもりだった?」
「あれは、本当……本当の、メールだよ」
まだ自分のやったことを認めようとしない朝倉直美を見て、明菜は呆れた。
腰に手をあてたまま、目をつぶってかぶりを振り、嘆息する。
「ここまでくると、こっちが待ちがってんじゃないか、とまで考えたくなるわね……」
「私は、間違ってないよ。間違ってるのは……明菜ちゃんの方だよ」
「あのね、ケイタイが入れ替わってたことはとっくにバレバレなの。
1日の午後に電話がかかってきたでしょ。テツ兄の本物のケイタイに。
あれをかけたのは私よ。テツ兄がケイタイをどっかになくしたって言ったから探してたの。
私のケイタイのアドレス帳は変わってないからね。本物のテツ兄のケイタイの方に繋がるわけ。
ちなみにテツ兄の持ってた偽ケイタイはかばんの中から見つかったわ。
あのうっかり癖のおかげで、あんたの悪行がばれるきっかけになった。
残念だったわね。愛しのテツ兄のせいで計画が崩れちゃってて」
「テツ君は……そんなところも可愛いよ」
「それは同感。で――あんたは昨日それを利用した。
テツ兄がファミレスで席を外した途端、テツ兄が持ってた偽ケイタイと本物のケイタイをすり替えた。
この目でばっちり見たから、否定はできないわよ」
「あ……そう、だよ」
70 双璧 ◆Z.OmhTbrSo sage 2007/08/17(金) 02:19:16 ID:YCWdnXr1
朝倉直美の目に、意志の光が差した。
それは希望によるものではなく、不可解な疑問を思い出したからだった。
「私が携帯をすりかえたのは認めるよ。そしたら、今私の持っている携帯に登録してあるアドレスは……」
「テツ兄の友達に登録させているテツ兄のメルアド、つまりあんたが作った偽のメルアドのはずよね。
そのケイタイを使えば、あんたが送るメールはテツ兄が送ったものだと思わせることができた、はずだった。
けど、あんたが昨日送った写メールは友達には届いていない。それがわかんないんでしょ」
「そう、私はちゃんとやったのに、なんで……」
「ふふん。あんたがやってきたことに比べれば簡単なもんよ。
――そのケイタイのSIMカードを、ウチの姉のSIMカードと入れ替えた。それだけ」
「……う、そ」
「それだけって言っても、ウチの姉のケイタイのアドレス帳に細工したり、
テツ兄がデートに行く前にテツ兄の持ってる偽ケイタイのSIMカードを入れ替えたりで、言うほど簡単じゃなかったけど」
「先生の携帯のアドレス帳に、細工?」
「そ。わざわざテツ兄の友達の名前を登録して、それのメルアドは全部私のにして。
そしたらあんたがそのケイタイで友達に馬鹿メールを送っても、私のケイタイに届くから」
「じゃ、私……明菜ちゃんの思った通りに動いたってこと、なの?」
「結果的にそうなるかな。あっははっ……優等生が劣等生に負けるっていうこともあるんだね。
まあ、2年の女子で最下位の私としては、かなり嬉しいところね。
――朝倉直美に勝った。いい自慢話になりそうだわ」
「まだ、負けてないよ。私は」
明菜と朝倉直美の距離は、2メートルほど。
その距離を、朝倉直美は一歩踏み出して縮めた。
うつむいたままなので、目の前にいる明菜からは顔を見ることができない。
また、一歩近づいてきた。
明菜は、後ろへと下がった。――朝倉直美の様子がおかしい。
それは向日葵を思わせるいつもの笑顔を見せていないせいなのか。
それとも、一向に負けを認めようとしない強硬な姿勢から感じられたものなのか。
朝倉直美の足が止まった。頭を垂れて、髪の毛で表情を隠したままつぶやく。
「負けてない。私が負けるはずなんか、ない」
「あんたの負けよ。あんたの送ったいたずらメールの話は、うさんくさいネタ扱いされてる。
私とテツ兄がキスしようとしている画像まで、偽のテツ兄のアドレス――私が今持っている姉のケイタイに
登録してあるアドレスから送られてる。これはテツ兄が遊びのつもりで送った、ってみんなに思われてる。
一応あんたには本物のテツ兄のケイタイから写メールを送ったけどね」
「なんで、そんなことができるの?」
「そりゃ、私がテツ兄と同じ家に住んでいるから」
「どうして、一緒の家に住めるの?」
「兄妹だからに決まってるでしょ? なに当たり前のこと聞いてんの?」
「そう……そうだよ。兄妹なのに、どうしてキスなんかしようとしているの。それをしていいのは……私だけなのに」
「はあ?」
「テツ君を独占していいのは――私だけなのにッ!!!」
朝倉直美の右手が、スカートのポケットの中へ入った。
右手に握られていたのは、小型の折りたたみ式ナイフ。
「渡さない……あんたたち、姉妹なんかに、テツ君は渡さないからっ!」
この時の朝倉直美の顔は――明菜が一度も目にしたことのない、怒りの表情だった。
最終更新:2007年10月20日 23:54