__(仮)第2話

592 :__(仮) (1/6) :2008/01/03(木) 14:52:32 ID:0jWN78la
如月秋巳が、本人にとっては厄介ごととしか思えない告白を受けた翌日。
お昼を挟んで、現国、日本史、古文と彼にとっては苦手極まりない授業を乗り切ってから、放課。
秋巳は早速、彼の小学校時代からの幼馴染である、水無都冬真を呼び出していた。
水無都冬真は、一言でいってしまえば、秋巳とはある意味対照的な性格をしていた。
彼にとって得意な分野は周囲に対してより大きく見せ、苦手なことはより小さく見せる。
いわば、アピール上手。世渡り上手。クラスのヒエラルキーでは、まず最上位の一角には位置する人間。
交友関係も一部を除いて、浅く広くが基本。
彼の友達の友達を辿れば、学年の任意の生徒に辿りつく。
さらにその友達を辿れば、おそらく学校全部をカバーするであろう。
そんな彼だが、小学校三年のときに秋巳と一緒のクラスに配属されるという縁があってからは、
なぜだかお互い気があった。
水無都冬真は、秋巳のことを地味で陰気な人間だとレッテル張りをしなかったし、
秋巳もいわゆる『クラスの人気者』というのは、付き合う人間としてはどちらかというと苦手なタイプとしていたが、
彼と付き合うのは心地よかった。
秋巳は彼の前では、あれこれ考えず素でいられたし、水無都冬真も彼に対してはいい意味で気遣いがなかった。
そんな彼が、水無都冬真を呼び出したのは誰もいない屋上。
五月にしては、まだ少し肌寒い風がわずかに吹きぬける、わずかに赤みがかった青空の下だった。
秋巳が水無都冬真を先導して、屋上の扉を抜けて。そのまま校庭の反対側、校舎裏中庭の見えるフェンスの前。

「なにさ。こんなところに改まって呼び出すなんて。あれか。あれなんか。
ついに俺と椿(つばき)ちゃんの仲を、認めてくれる気になったんか?」
水無都冬真に背をむけたまますぐに話を切り出そうとしない秋巳に向かって、そう尋ねる水無都冬真。
椿というのは、彼の妹――如月椿。高校に上がる前くらいから、水無都冬真は、やたらと彼の妹にご執心にみえて、
下手すれば秋巳のことを『お義兄さん』とでも呼びかねない勢いだった。
「ん? ああ、それについては、冬真が椿と一緒に僕の前に来て、土下座したときにでも、応えてあげるよ」
制服の襟を正して向き直った秋巳に、すぐさま屋上の硬いアスファルトの上に土下座をかまして
制服のネクタイに手をやり居住まいを正す水無都冬真。
「おっ、お義兄さん! ここまで椿さんを育てていただいたご恩は決して忘れません。
椿さんは、椿さんはボクが必ず一生守り抜いて、一生幸せになることを誓います!」
「一生幸せになるのって、冬真が?」
「当然」
左手を地面についたまま、右手を握り締め胸に当てて、なにを当然のことをとばかりににこやかに破顔する水無都冬真。
その表情は、これ以上ないくらい自信に満ち溢れていて。
「ダメ。落第。失格」
即却下。
「なんでっ!」
「日本語が不自由だから」
「アッ……アイ、ラブッ、ユー、フォーエバー!! ……ツバキ?」
「ついでに、英語も不自由だから」
「おっ、おまえなぁ。惚れた女を一生幸せにします! なんて、いまどき古臭いんだよ。
いまの時代は、惚れた女と一緒になれば、己が一生幸せになるっ!
くらい言い切らんと新鮮味がないし、そこに女はキュンとくるんだよ!」
「いや、ポイントそこじゃないし。さっきの台詞を椿に吐いてキュンとさせてから、
もう一度椿と一緒に来たら?」

593 :__(仮) (2/6) :2008/01/03(木) 14:55:47 ID:0jWN78la
「ばっか! おまえ、椿ちゃんはいつでも俺の心のなかにいるんだよ! すでにキュンキュンなんだよ!
 今朝も優しく『おはよう』って起こしてくれたし、
 『ほらぁ、早くしないと遅刻しちゃうよ!』って、一緒に登校してきたんだよ!
 んで、帰ったら『おかえりなさい』って三つ指ついて迎えてくれて、
 『今日は、北海道産の牛肉コロッケ(商品名)でご飯にします? 愛知産の開放燃焼型湯沸器でお風呂にします?
 そ・れ・と・も、コウノスケさんのファンヒータで一緒にお休みになります?』って囁いてくれるんだよ!」
「そのまま、ふたりで永遠の幸せに浸れるといいね」
「あぁん! 嫉妬か。 このヤロウ! 椿ちゃんがおまえには冷たいからって、嫉妬か。 妬みなんだな!
 愛しの椿ちゃんは、僕ちんにはそんな甘い言葉囁いてくれないのにって、僻んでるんだろ!
 このブラコン! このブラジャーコンプレックス! ブラジャーコンプリーティスト! 一枚よこせよ」
 両膝をついたまま、秋巳を指差しながら、口角泡を飛ばす水無都冬真。
「いや、それいうならシスコンだし」
「じゃあ、シスコンでいいよ。だから、ブラジャーは忘れんなよ。椿ちゃんの。できれば脱ぎたて」
 滾る思春期の欲望を微塵も隠そうとしない水無都冬真。
「でさ、呼び出したのはさ……」
「無視すんなよ! 俺が折角、切り出しやすい雰囲気作ってやってんだから感謝しろよ!」
 水無都冬真は、眉根を寄せて不満げな表情をして立ち上がり、膝についた汚れをパンパンと払った。
 それから秋巳は話した。昨日起こった彼にとって迷惑極まりない出来事を。
 ともすれば――聞く人によっては――自慢話としか受け取れないような話を、
水無都冬真は、んはー、へー、ほー、と相槌を打ちながら非常に興味深そうに聞く。
「で、おまえとしては罰ゲームで柊神奈ちゃんが告白してきたんじゃないかと?」
「ん? まだ、僕の見解は言ってないけど」
 秋巳は、できるだけ主観を省き、客観的な説明しかしていなかった。
「はん。おまえが、その告白をうけて考えそうなことは大体想像できるわ。
 『クラスのアイドルの柊さんが、ボクちんに告白してくるなんてありえない!
 きっと罰ゲームなのね。そうなのね! じゃなかったら、
 親友の格好良くてイけてる冬真くんに近づくために、
 ボクちんを踏み台にしようっていうのね! なんて恐ろしい子……!』
 ぐらい考えたんだろ?」
「僕のなかでは、冬真が恐ろしい子だけどね」

「そんで、おまえはどうしたいわけ? って、まあ、大体想像つくけどな。
 罰ゲームかどうかは別として、柊ちゃんがおまえに興味を無くしてくれればいいんだろ?」
 さすがは付合いが長いだけある、と秋巳は思った。
 水無都冬真は、普段はおちゃらけているように見えて、
秋巳の考え方や嗜好をよく把握していたし、こういうときはズバリ本質を突いてくることが多かった。
 翻って自分はどうだろう。秋巳は思う。
 自分は冬真が秋巳を把握しているほどに、冬真のことを判っているだろうか。
 水無都冬真の常の物言いは、好き放題言っているようで、なかなか本心を見せない。
 それも本心を隠しているのではなく、不必要な過剰な装飾のなかに本心を紛れ込ませて
見えにくくしているように思える。
 木を隠すなら森の中。
 先ほど秋巳が言った『冬真は恐ろしい子』は、あながち冗談でもなかった。
 それでも秋巳は水無都冬真のことを親友だと思っていたし、
好悪の感情でいえば明らかに好意を持っていた。
 基本的に、他人に対して無関心な秋巳にとっては、家族である椿を除いて、
唯一気の置けない相手といえた。


594 :__(仮) (3/6) :2008/01/03(木) 14:58:50 ID:0jWN78la
「しっかしなぁ。あれだぞ、あの柊ちゃんだぞ。柊神奈。成績優秀で容姿端麗、
 運動神経微妙にして、『一家に一人!』クラスのアイドルの柊ちゃんだぞ?
 それが告白してきたんだぞ? 俺だったら逃がさないね。キャッチ&フィニッシュよ。
 例え罰ゲームで告ってきたとしても、偽装期間中に惚れさせるね。
 そんで罪悪感に苛まさせるね。向こうが本気になったところで真実暴露させて、リリースよ。
 んで、一生心に癒えない傷を負わせるの。考えるだけでゾクゾクしねぇ?」
「鬼だね。椿は鬼畜な人間嫌いだけど?」
「…………」
「…………」
「……あ、いや。待て。全部聞け。やっぱり忘れられないんだよ。
 付き合ってた間の楽しい思い出のことが。そんで、今度はおれから告白するわけだよ。
 『もう一度、はじめからやり直しませんかって』 そこでエンディングソングよ。
 間違いなく百万人が泣くね! 全米が震撼するね」
「確かに泣けるね」
 いじましいまでの水無都冬真の姿が。
「と、とにかくさ! おまえが態度決めんのは、
 罰ゲームかどうかがはっきりしてからでもいいじゃね?」
「いや、そこは重要じゃないんだけど……」
「周りに好奇の目に晒されるのは変わらない、からか。
 でもさ、もう柊に告白されたってだけで、そこは避けられないんじゃないのか?
 ましてや、罰ゲームならなおさらだろう」
「いや、隠れてやってくれてるんなら別にいいし。
 どちらにせよ一過性だから、できるだけ短く、軽くしたいんだ」
 秋巳は言う。
 自分を表立って嘲笑の舞台に上げないなら、別にそれはいくらやってもらっても構わない。
そもそも、普段からある程度はされているだろうし。
 だから、秋巳にとっては、できるだけ早く柊神奈含めて彼らに飽きて欲しかった。
罰ゲームでなければ、『彼ら』が単に、柊神奈ひとりになるだけの問題だった。

「くわっ! クールだねぇ。なにこのクールちゃんは。
 ボクちんは、クラスの可愛い女の娘に告白されても嬉しくもなんともありません。
 迷惑なだけってか?」
「いや、本気で好意を寄せられてるなら、僕だって嬉しいと思うよ。
 人並みに性欲とかあると思うし」
 でも、それを上回る彼の『幸せ』を求める想いのが強いだけ。
単に、優先度に従って行動が決まっているだけ。
 そもそも、柊神奈が本当に『如月秋巳』を好きだったとして、彼女の想いは否定しないが、それは如月秋巳ではない。
 秋巳はそう思っていた。

「だったら、いいじゃん。付き合ってみれば。ダメだったら別れりゃいいだけじゃん?
 俺にはおまえが怖がっているように思えるぞ? 『あの葡萄は――』って。
 目の前にまでぶら下げられてるのに」
 秋巳はぎくりとした。
 その水無都冬真の台詞は、秋巳のなかで自分でもはっきり認識していないような本心を
ある意味えぐるような言葉だった。
 水無都冬真は、どういう意味でいまの言葉を紡いだのか。
 表面上の意味だろうか――それとも、そこまで自分の本心を掴んでいて?
 秋巳がなにを恐れているのか。
 あの葡萄は――。

595 :__(仮) (4/6) :2008/01/03(木) 15:01:30 ID:0jWN78la
 自分でもあまり自覚していない恐れを突きつけられた秋巳は、慌てて話を戻す。
「あのさ。なんか話が、罰ゲームでないことが前提になってない?」
「お? そうか? んなら、まず、俺が柊の告白が罰ゲームかそうでないか調べてやるよ。
 そっからどうするか決めようぜ。ってか、柊には昨日おまえなんて応えてるの?」
「いや、その場で断ったりとかしたら、彼らの反感を買うと思ったし、
 『気に食わないって』余計に標的になりそうだと思ったから、保留してる」
「てか、その断る前提はどうよ? でも、今日の段階では俺のところには
 柊ちゃんが告白したって話すら入ってきてないからなぁ」
「彼女は、あくまで『誰にも話してはいない』とは、言ってたよ。
 一部で秘密裏に進んでるんじゃない」
「いやだから、なんで罰ゲーム前提よ? で、秋巳、なんか対応策とか考えてんのか?
 罰ゲームであった場合とか、そうでない場合とか」
「いや。具体的には。でも、基本方針は変わらないよ?
 罰ゲームとかそうでないとか関係なしに。
 どうしたら彼らの興味が別に移るか、だから」
「おっまえ、ほんと冷徹だよな。彼女の気持ちが本当だったらどうすんだよ?
 想像してみろよ。もし、柊ちゃんの気持ちが本心だったとしてだよ。
 まぁ、ちょっと想像力を働かせるために、柊ちゃんを椿ちゃん、秋巳を俺に置き換えてみようか。
 んで、椿ちゃんがなけなしの勇気を振り絞って、必死の思いで俺に告白するわけだ」
「椿は、勇気凛々だと思うけど」
「いいから! 黙って聞けよ。 えっと、椿ちゃんが夕日の差し込む誰もいない教室で、
 頬を赤らめて震えながら俺に告白するところまで話したな? ん。で。俺が冷たく切り捨てるわけだ。
 『一緒に帰って噂とかされると恥ずかしいし……』。ショック! 椿ちゃんショック!
 そのまま窓を開けて四階からダイブしかねないほど、ショック! なわけですよ。
 おまえ、椿ちゃんにそんな悲しい思いさせていいのか?」
「悲しい思いさせてるのは、冬真だし」
「ばっか! 例えだろう。実際の登場人物はおまえだ!」
「じゃあ、悲しんでるのは椿じゃないし」
「ああ! もう! ああ言えばこう言う! おまえ、そんなんだと女の娘にもてないぞ!
 女の娘に告白されるなんて夢のまた夢だっ!」
「あ、椿」
 秋巳がひょいと水無都冬真の肩越しに、顔をあげる。
「でも、そんなおまえでも俺は見捨てないからな! おまえの義理の兄貴として!
 椿ちゃんも安心していいぞ!」
 秋巳の肩を右手でバンバン叩きながら、後ろを振り向く水無都冬真。
 背後には誰もいない。


596 :__(仮) (5/6) :2008/01/03(木) 15:03:11 ID:0jWN78la
「あれ?」
「落ち着いた? 冬真」
「いや。おれは一年365日、一日24時間常に冷静沈着KOOLだし。
 で、椿ちゃんは? 俺に振られてショックで窓から飛び降りようとしてる椿ちゃんは?」
「全然落ち着いたように見えないね。まぁ、いいや。
 でさ、なんかいい案ないかなって相談したいわけさ」
「落ちこんだ椿ちゃんを慰める?」
「いや、もうそこから離れようよ……」
「椿ちゃんがいないならもうどうでもいいよ……」
「そんな、不貞腐れないでも……。椿は、水無都さんっていつも元気ですねって言ってたぞ」
「えっ……? そう? 椿ちゃん、いつも元気な俺が好きだって? いや、参るな。
 しょうがないなぁ、このダメ兄貴は。そこまで煽てられちゃ、協力するしかないか!」
「煽てと判ってるのに協力するんだね」
「まあな」
 頷いて、女の娘だったらときめくかもしれない爽やかな笑みを浮かべる水無都冬真。
「ま、おまえの信念はそう簡単に揺るがないみたいだし、
 俺でできることなら協力はしてやるさ。
 おまえの気持ちも判らないでもないし。俺だって怖いからな」
「え? 冬真が?」
「ああ。なんとなくな。例えるなら、犯罪者に対して、決定的な証拠を握っているのが自分だけで、
 でもその証拠を突きつけたら最悪その犯罪者は死刑になるかもしれないっていうときの怖さかな」
「全然よく判らないけど、ありがとう」
 とりあえず、お礼をいう秋巳。
 いつもそうだった。秋巳が困っているときには、
なんだかんだ言って、最後には助けてくれるのが水無都冬真だった。
「ああ。椿ちゃんにも報告忘れんなよ。
 今日も格好良くて偉大な冬真さんに助けていただきましたって」
それももう、水無都冬真の口癖のひとつのようになっていた。




597 :__(仮) (6/6) :2008/01/03(木) 15:06:56 ID:0jWN78la
 その後。水無都冬真が提案した内容は。
「まあ、とりあえず、その告白が罰ゲームか、そうでないかは少なくとも調べるか」
 秋巳としては、罰ゲームであろうとなかろうと、
柊神奈の興味が別へ移ってくれればそれで構わなかったが、特に異存はなかった。
「で、だ。もし、柊ちゃんが、本当に秋巳のことを好きだったんなら、
 俺の魅力で柊ちゃんをめろめろにしてやるよ。
 柊ちゃんと俺が付き合えば、少なくともおまえは好奇の的に晒されないだろ?」
「それはいいけど、冬真はいいの? それで」
 秋巳としては、水無都冬真の提案はありがたかったが、自分の意志を通すために、
彼の気持ちを無視して彼だけが犠牲になるようなことはしたくなかった。
 水無都冬真の台詞は、他人が聞けば、なんて傲慢な物言いだろうと思うかもしれないが、
彼なら柊神奈を振り向かせることは可能だと、秋巳はなんの疑問もなく信じていた。
 しかし、そこに水無都冬真の意志は存在しないのではないか。
 そう考えるところからも、秋巳にとっては、水無都冬真とそれ以外の人間については明確な隔たりがあることを示していた。
 そこに柊神奈への配慮が存在しないのだから。

 そして、それに加えて、もうひとつ秋巳がそう尋ねた理由があった。
秋巳は明確にそれがなんであるかは自覚していなかったが。
「おお。あの柊ちゃんと付き合えるなら、嫌がる男はいないだろ。
 ていうか光栄だね。俺にも青春の甘酸っぱい思い出を作る時期が到来したわけだ」
「椿は、浮気な人間は嫌いって言ってたけど?」
「…………」
「…………」
「だ、大丈夫! 恋愛の駆け引きってやつさ。押してだめなら引いてみろってね。
 普段自分に言い寄ってくれてる男が、素っ気なくなって、
 別の女に興味を示しだすことで自覚する想いもあるってもんさ。
 『なに? なんなのこのもやもやした気持ち。彼があの娘と仲良くしてるのを見ると、
 なぜかいらいらする。ああ、以前は気づかなかったけど、
 やっぱり私は冬真くんのことが好きなのね』ってさ」
「それって、柊さんは、ただの当て馬ってこと?」
「おっ、なに? 流石に自分を慕ってくれる娘が、蔑ろにされるのには、ムカッとくる?」
 秋巳の反応が想定外だったように、若干嬉しさに笑みが零れるのを噛み殺しながら水無都冬真が訊ねる。
「いや、まぁ。なんていうか……」
 秋巳もはっきりとは表せない思いだった。
 なんとなく、冬真にあまりそういうことはして欲しくない、っていうかさせたくない。
 その程度の漠然とした思いだった。
 だが、水無都冬真は、秋巳が柊神奈に対しての意識が芽生えたのだと思い込んだ。勘違いをした。
 秋巳の意識の中心が、水無都冬真であり、ひいては、妹である如月椿であったのに気づかずに――。
「まぁまぁ。そんな深刻に考えることじゃないだろ。そもそも柊ちゃんは、
 罰ゲームでやってるのかもしれないし。柊ちゃんが俺に振り向くとも限らないし。
 でも、俺が柊ちゃんにアピールすれば、周囲の眼はそっちに向くわけだ。
 秋巳にとっては万々歳だろ?」
 水無都冬真はそうは言ったが、半ば確信に近い考えを抱いていた。
 水無都冬真は、柊神奈のことをそれほど良く知るわけでない。せいぜい気軽に話す友達程度である。
 それでも。
 それでも、如月秋巳に惚れたのなら。
 自分には――。

「…………」
 自分の中のよく判らない想いに、戸惑いから沈黙する秋巳。
「どうした? 不服ならやめとくか?」
「いや、冬真がいいなら、いいんだけど……」
 ――椿は、いいんだろうか。
 秋巳は、自分でもなぜそう思うのか判らない。判らないけど明確に反対するほどの強い思いはなかった。
「じゃあ、とりあえず、それでいくか」
 だから、秋巳は、水無都冬真のその言葉に頷いた。

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最終更新:2008年01月08日 03:38
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