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Slave sage 2007/12/28(金) 01:41:25 ID:6TDelmRC
僕には一人、妹が居る。
聡明で、可愛らしい、何処に出しても恥ずかしくないような妹だ。
誰からも褒められる彼女の存在は、兄としてはとても誇らしく、まるで自分の事のように嬉しく思えていた。
でも、反面。そんな妹の存在が、僕という人間を社会的に追い詰めていっているのも、事実だった。
僕は、妾腹の人間だ。
父はこの国――日本でも随分と名の通った名家の現当主で、国内有数の製薬会社の社長としても有名な人だ。
先祖は元々藩お抱えの優秀な薬師で、明治維新後も脈々と続いていたその優れた血筋と腕。そして長年にわたって培われた知識を当事の政府に買われ
海外へと留学へ行き、そこで学んだ技術を元に建てた研究所の真似事のようなものが、今の原型らしい。
そして、戦後の高度経済成長期。その荒波の中でこの規模まで育て上げたのは、先代の社長・・・・・・今はもう亡くなってしまった、僕のおじいちゃんに当たる人だ。
一度だけ、まだ生きている時に出会ったおじいちゃんの印象は、ただとにかく恐ろしいだった事を覚えている。
僕は当事まだ4歳だったけれど、あの見るもの全てを萎縮させるかのような瞳は、いまだに僕の脳裏に焼きついていた。
・・・・・・話がそれた。
そんな、由緒ある血筋と権力を持った父に対して、僕の母――社会的な立場では、父の愛人になる――は一般的な片田舎の、農家の娘だ。
素朴で、平凡で、何処にでも居るような、ただ、優しさと明るさだけが取り得の母。
別に母の生家も、昔その当たりを支配していた庄屋とか、そういった物ではなく、まともな家計図も残らないような、一般的な農家でしかない。
なぜそんなまるで接点の無さそうな父と母とが出会ったかというと、なんてことはない。
母の出身地である村は、父の(当事はおじいちゃんが経営していたが)製薬会社の研究所が置かれているところで、夏の間、避暑のために幼い頃の父が遊びにきていたらしい。
そこで、父曰く、「運命の人にであった」という事だ。
何をどう気に入ったのかがわからないが、父はそこで両親と一緒に農作業していた母に見事に一目ぼれし、熱烈なアタックの末、その夏の内に母の愛を勝ち取ったというわけである。
その後も、毎年夏に父は母の元を訪れ、そんな慎ましやかな恋を粛々と育て上げ、結婚まで約束し、あとはもう、結婚可能な年齢になるのを待つばかり。
でも、そんな恋路はやっぱり許されはしなかった。
444 Slave sage 2007/12/28(金) 01:42:47 ID:6TDelmRC
紆余曲折あったらしい。
父も母も、かたくなに口を閉ざして、その辺りのことを話そうとはしないから、僕もどうなったかはわからない。
結果として、母は父の愛人という座に収まり、父の正妻は、何処からかとついで来た良家のお嬢さん、という事になっている。
そして、妹は、父とその正妻――文子さんとの間に出来た子供だった。
重ねて言おう。妹は出来がいい。
可憐な容姿。機知に富んだ思考。人並み以上の運動能力。
誰からも好かれ、誰からも愛される。まるで、天使のような、そう、兄としての贔屓目を抜いて見ても素晴らしい妹だ。
だからこそ、そんな妹の存在が僕を苦しめる。
長男とはいえ、妾腹の子・・・・・・自ら光輝くことの出来ない、月にしか過ぎない僕に対して、妹はその輝きで万物をあまねく照らす太陽のような存在で。
その光は、僕という人間の負の部分すらも照らし、暴き出す。
親戚一同誰もが羨望と期待の眼差しで妹を見て、親戚一同誰もが侮蔑と嘲笑の眼差しで僕を見る。
そんな視線に耐えながら、僕はこの13年間をずっと生きてきた。
ただ、先に断っておくと、僕は妹を決して恨んだり、妬んだりなどしていない。
人から見れば、不思議に思われるかもしれないけれど、不思議と僕は妹のことを嫌いになれないのだ。
理由はわからない。でも、誓っていえる。彼女が生まれ、そして今現在にいたるまで、僕は妹に対して負の感情を抱いたことなんて、一度も無い。
そう、間違いなく、ないんだ。
最終更新:2008年01月08日 04:01