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理緒の檻 ◆/waMjRzWCc sage 2007/12/30(日) 03:00:23 ID:G4eLCM2g
「第一段階は上手く行ったみたいね」
一人の部屋で御神弥子はそう呟く。
神代と織部修を引き合わせるのは上手く行った。
ここまで早急に手を打たなくてはならなかったのは、織部修の回復力が高かったからだ。
あの子は貧血を怪我のせいだと思ってるけど、実は違う。
既にあの子の傷は退院できる程に治っているのだ。
だから、眠っている間に細工をしておいた。
多少の血を抜いておいたのだ。
注射の傷は点滴をしていたからごまかせる。
しかしあまり長引かせるのも無理が有る。
織部理緒…だったかしら?
に怪しまれるだろう。
回文、その名前の意味は…おそらく輪廻。
収束せず、無限に繰り返される世界。
父親はこの姉弟に何をさせたいのかしらね。
終わらせたいのか、それとも繰り返したいのか。
ま、私には関係の無い事だけど。
織部修はしばらく自由にさせておきましょうか。
もちろん布石は打っておくのだけれど。
来るべき時にあの子がどんな選択をするのか…
あの子がどう変わるのか。
それを考えただけでゾクゾクするわね。
もしあの子が父親の希望通りなら…
私もその中に囚われてしまうかもしれないわね。
それも楽しそうなんだけど…ね。
472 理緒の檻 ◆/waMjRzWCc sage 2007/12/30(日) 03:00:52 ID:G4eLCM2g
やっぱり私は人の下につくより、絶対的な隷属をさせる方が性に合ってるしね。
今の所私を満足させているのは聖の他には二人だけ。
他なんて玩具にすらそぐわない人ばかり。
その点で言えば織部修には期待してるけど…
まぁ…あれよね。
私程度に従う様なら例え終わらせる者だったとしても無様な姿を晒すだけよ。
その程度の存在に歪みきった一つの世界を閉じる事はできないわ。
何にせよ私は楽しませて貰うわ。
観客兼役者っていう微妙な役どころだけどね。
「考え過ぎて疲れちゃったなぁ。こういう時は…聖!ちょっと来なさい」
「弥子様?何か御用でございますか?」
「そんなに離れてないでもっと近くに来なさい」
頭の上に疑問符が出そうな顔で近付く聖。
近付ききった瞬間。
むにゅ~…
「ひゃ、ひゃにをなひゃいまふ!?」
「聖、貴女もう少し笑った方が良いわ。折角可愛いんだから」
口を上に上げさせる。
「神凪程笑えとは言わないけど、少しはね。でないと笑い方を忘れるわよ?」
ぱっと手を離す。
少し潤んだ聖の目が可愛かった。
「笑い方など…とうの昔に忘れました」
「ふ~ん…でも、鳴き方は忘れて無いわよね?後で私の寝室に来なさい」
473 理緒の檻 ◆/waMjRzWCc sage 2007/12/30(日) 03:01:18 ID:G4eLCM2g
朝の日差しが差し込んで来た。
眩しさに目を細めながらゆっくりと起き上がる。
もう、朝か…
俺は窓を見ながら昨日の幻想を思い出す。
あの中の俺はただ囚われていただけだった。
理緒姉の檻に…というより、理緒姉自身に。
俺は消えない不安に苛まれ、混乱して…
理緒姉を壊してしまいそうだった。
俺が、俺自身の手で…
「しゅ~う~くんっ!」
「うわっ!」
「えへへ、びっくりした?」
俺の目の前には、理緒姉が居た。
さっきまで考えていた事のせいで、理緒姉の顔がまともに見られない。
「修くん?どうしたの?もしかして…久しぶりにお姉ちゃんに会って照れてるのかな?」
「ち、違うって。久しぶりったって一日ぶりじゃないか」
俺がそう言った途端に頬を膨らませる理緒姉。
「お姉ちゃんは一日…ううん、一秒だって離れたくないんだから!家に修くんが居なくて…寂しかったんだから」
「っ!」
今の理緒姉の言葉に、俺の体はビクリと反応した。
理緒姉が発した言葉は、昨日俺が見た檻そのものに感じられたからだ。
「 」
理緒姉が何か言っている。
頼む…今は話しかけないでくれ…
「 」
駄目だ…早く、俺から離れてくれ!
474 理緒の檻 ◆/waMjRzWCc sage 2007/12/30(日) 03:02:26 ID:G4eLCM2g
「 」
もう何も言わないでくれ…
「理緒姉…離れてくれ…」
「どう…して?」
やっと、まともに聞こえてきた。
「お願いだから…」
俺の体は理緒姉を壊したいと、壊してしまえと言っている。
「…修くん、今日はもう退院できるんだって。だから、先に家に行ってるから、絶対帰って来てね」
「約束…するよ…」
理緒姉が部屋を出ていく。
「泣かせた…かな」
でも、理緒姉を壊してしまうより良い。
…俺はどうしたら良いんだ?
退院、出来るんだったな…
外に出れば何か変わるかな…
そう考えて着替えと準備を終わらせる。
「退院おめでとうございます」
「神代さん…」
「院長から伝言です」
…御神さんから?
「もし何か有ったらすぐに私の所に来て下さい。ただし、必ず一人で」
「何か有ったら…?」
怪我の事とかか?
それとも、別の何かなんだろうか。
「院長からの伝言は以上です」
「…ありがとうございました」
「それでは、また」
神代さんは軽く微笑んで俺から離れて行った。
ん…?
あの人、またって言ったよな?
また入院しろって事か?
そういえば態度もそっけなかったし…
まぁ…いいか…
今は理緒姉の事を考えないと…
475 理緒の檻 ◆/waMjRzWCc sage 2007/12/30(日) 03:04:10 ID:G4eLCM2g
病院を出て、なんの代わり映えもしない町を歩く。
すぐに家に帰る気にはなれなかった。
公園には、冬華ちゃんが居るかもしれない。
今は冬華ちゃんに会うのも避けたい。
俺は…俺の名前は何を求めているんだ?
逃げていては、駄目なのか?
「名前に縛られて生きる必要はありませんわ」
御神さんの言葉が頭をよぎる。
でも…逃げようとしても縛られる。
なら…立ち向かうしか無い。
帰ろう。帰って理緒姉に会ってみよう。
そう決意して家へと向かった…
476 理緒の檻 ◆/waMjRzWCc sage 2007/12/30(日) 03:06:51 ID:G4eLCM2g
どうして…?
私、修くんに嫌われたの…?
あんなに真剣に「離れてくれ」だなんて…
私は…もういらないの?
どうして…?
どうしてっ!私は気が狂いそうな程愛しているのに!
今だって…あの一言だけで胸が、私自身が張り裂けてしまいそうなのに…
どうして側に居てくれないの?
このまま離れて行ってしまうの?
そんなの…そんなのいやぁ…
どんっ
…何かぶつかった?
…それどころじゃない。そう思って通り過ぎようとする。
「おいねぇちゃん。人にぶつかっといて挨拶も無しか?」
人…?ゴミか何かの間違いでしょ?
「ねぇちゃんなかなか綺麗じゃねぇか。ちょっと俺に付き合えよ」
下らない…どうして修くん以外の男ってこうなの?
ゴミはゴミらしく棄てられてればいい。
「こっちに来な」
無理矢理人気の無い所に連れて行かれる。
こんなことしてる場合じゃないのに…
段々と怒りが感情を支配していく。
「へへ、こんな服着てんだ、男誘ってんだろ?俺が相手してやるよ」
なんでそう人の外見と自分の下半身でしか物を考えられないのかしら。
頭に来た。
お前はゴミだって事を徹底的に思い知らせてやる。
477 理緒の檻 ◆/waMjRzWCc sage 2007/12/30(日) 03:09:38 ID:G4eLCM2g
男は無抵抗な私を見てのこのこと近付いてくる。
ニヤニヤと下卑た笑顔をこちらに向けながら。
私を掴もうと手を伸ばした。
その瞬間、思い切り膝を突き上げる。
ぐちゅりと、何かが潰れた様な感触。
下卑た笑顔は一転して驚愕と悶絶が混じった苦痛の表情へと変わる。
「いぎぃぃぃぁぁぁっ!」
聞くに耐えない虫の様な声。
あまりにも五月蠅いので顔面を蹴りつける。
「あぐぁっ」
情けない…なんでこんなゴミが生きているのかしら。
このゴミ、ゴミ、ゴミ、ゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミ!
気付けば目の前のゴミはぴくぴくと動いているだけだった。
「これで終わりだとでも思ってるの?」
足を持ち上げ、膝を踏み付ける。
「ゆるひて…もう…」
「ゴミ相手に許すも許さないもあるわけ無いでしょ?」
全体重を膝にかける。
ボキリと、骨の折れる音が響く。
「ぁあぁああぁあ!」
喉からありったけの叫びをあげる。
男はまともに動けず、地面を這ってでも逃げようとしていた。
その姿は芋虫の様で、私を急激に冷めさせた。
つまらない…
やっぱり私には修くんしか居ない。
理由を聞いてみないと…
私の勘違いかもしれない。
早く家に帰ろう…
最終更新:2008年01月08日 04:05