564 妹々かぶり sage 2008/01/02(水) 04:13:20 ID:k3OOUos8
妹々かぶりという妖怪がいる。
人間の負の気や欲望から生まれた妖怪で、
読んで字の如くほぼ同時に生まれた妹の妖怪を頭にかぶっている。
または背負っていたり肩車していたりする。
特に人間に危害を加えたりはしない。
元となった願望の性質から攻撃性はないし、余りにもマイナーな欲望過ぎて弱いからだ。
正直、
妖怪であるおかげで物理攻撃が効かないという特性がなければそこらの不良に喧嘩を売っただけで死ねる。
限りなく近い体験をしたことがあるから間違いない。
そう。
何故オレがこんなにたかが一妖怪のことに詳しいのかと言えば、
それがオレ自身のことに他ならないからだ。
「ひまだねー、お兄ちゃん」
「ああ。暇だな、妹よ」
雨の降る山中、オレは肩車してやった妹と共に散歩をしていた。
特に目的はない。ただの暇潰しである。
寿命の概念を持たない妖怪は大部分が暇を持て余す。
本当は山の中より都会の町並みでも歩きたいのだが、
最近は人間の世界もやりにくくなり、
長時間年下の少女を背負っていたり肩車している者は不審者とされて捕まるらしい。
妖怪なので手錠など意味がないし、警官に姿が見えるとも思えないが、
たまにいるオレ達の姿が見える人間に騒がれると面倒なのでこうしているのだ。
「雨、いやだねー」
「まったくだな」
そう言いつつ、妹はピンクの傘を差し、
肩車している妹の脚を両手で保持するオレはずぶ濡れ。
風邪など引かないが鬱陶しい。
妹の傘も、高低差があり過ぎてオレには雨避けにならない。
かと言って妖怪、妹々かぶりの存在にかけて手は放せないために傘は持てない。
マイマイカブリみたいにカタツムリの殻でもかぶりたいね、ほんと。
「お兄ちゃん、さむくない? 雨に打たれて」
「妖怪なんだから関係ねーよ」
「ごめんねー。わたしだけ楽ちんしちゃって」
頭の後ろがもぞもぞと動き、背を曲げた妹の顔が覗き込んで来る。
「これがオレの仕事で、それがお前の仕事だ。気にするな」
「うんー。じゃあ、ありがと!」
妖怪だから腹は減らないし、試験も学校もない。
人間の娯楽は楽しめるが入手が難しい。
つまり暇である。それを潰すために山で散歩なんかしているのだが。
濡れた木の葉を高く掲げる木々の間を巡り、柔らかな土を踏みしめてただ歩く。
ふと視線を上げると、遠くから近付いてくる影がある。
「うゆ? 誰だろ」
「あれは・・・・・・兄馬(けいば)さんだな」
565 妹々かぶり sage 2008/01/02(水) 04:14:15 ID:k3OOUos8
しばらくして、数歩分の距離まで相手と近付いた。
「どう、どう」
綺麗な高い声が響き、オレが足を止めるのと同時に相手も止まる。
目の前に二人。
一人は馬か犬のような四つん這いの姿勢で這って来た男。
口には沢山の穴が空けられた小さな玉を噛み、目は黒い革で覆われている。
妖怪の兄馬さんだ。
その上で傘を差し、湿気に重くなったくるくるの巻き毛を、
乗馬に使う鞭を持った手で憂鬱そうに撫でているのが妹さん。
視線が交わる。
「あら、妹々かぶりさんじゃございませんか。ご機嫌麗しゅう。
と言っても、この天気では雅に欠けますわね」
「う・・・? うう゛っ、ううう゛う゛う゛!」
優雅な挨拶をくれた妹さんの下で兄馬さんが唸る。
多分、挨拶をしてくれたんだろう。
「おだまり!」
妹さんの手が霞んだ。破裂するような音。
振るわれた鞭が兄馬さんの尻を打つ。
「う゛ぉうっ!?」
「今は私が話している最中です。兄様は静かにしてなさいな」
言われながら、体を細かく揺らしている兄馬さん。
オレと妹のようにそういう願望が具現化した妖怪だとは聞いていても、
傍から見ていると真剣に痛そうである。
「だ、大丈夫ですか兄馬さん・・・?」
「心配はいりません。これでも私の兄でしてよ。
百度打たれようと死にはしませんわ」
いや、死ななくても痛いものは痛いと思うんだが。
そんなオレの視線を意に介した風もなく妹さんが髪をかき上げる。
「はあ。本当に無思慮な雨ですこと。
降るなら私が帰ってから降ればよろしいでしょうに」
ほんと、どんな願望が集まればこんな妖怪が生まれるんだか。
「妹々かぶりさん。そんな訳で私は急ぎますので、もう行かせて頂きますわね」
「え? あ、はい。それじゃ」
随分とあっさりだが、
引き止めて話し続けても兄馬さんの打たれる可能性が増えるだけなので簡潔に済ます。
「では、御機嫌よう」
そう言って妹さんが兄馬さんをもう一度叩くと、
兄馬さんは肘と膝を地面につけながら去って行った。
あんな移動の仕方、きっと慣れないうちは相当に辛いに違いない。
兄馬さんと同じ妖怪に生まれなかったことを内心で感謝して、オレも歩き出した。
566 妹々かぶり sage 2008/01/02(水) 04:15:45 ID:k3OOUos8
兄馬さん達から完全に見えなくなるくらい離れてからすぐ。
それまで無言だった妹が、肩に乗せた足とオレの首の隙間を狭めてオレを締め上げてきた。
「ぐえ」
「お兄ちゃん」
左右から動脈が圧迫されて呻いたオレの首に、更に妹の指がかかる。
「兄馬さんの妹さんのこと、変な目で見たでしょ?」
「ぐ・・・変、なって・・・どんな・・・だよ」
ああ、またか。
そんな思考を脇において妹を見上げた。
降りしきる雨の中、
水滴と共に光を遮る傘を背に、影を帯びた妹の顔で瞳が輝く。
「えっちな目」
「そんな目でなんか・・・見てねえ・・・っての」
首にかかる圧力が増した。
「ぐっ!?」
肺に溜め込んだ空気が漏れ出し、痺れ始めた意識の中で雨音が遠ざかる。
「嘘」
頬を打つ雨粒に混じって声が降る。
「お兄ちゃんがああいう人が好みだって知ってるもん。
どうしてそういう嘘をつくの? ねえお兄ちゃん。
今まで何回も言ったよね? 嘘つくのはやめてって。
お兄ちゃんとわたしは一心同体なのに。ダメ。わたしに秘密なんて絶対ダメ。
お兄ちゃんのことでわたしが知らないことなんてあっちゃダメなの。
だから教えて。ちゃんと答えて。
お兄ちゃん、えっちな目、してたでしょ?」
確かにオレはああいうちょっと気の強い女が好みだ。
だからってそれがそのまま色目を使うことにはならない。
オレに関係なく、妹はいつもこうなのだ。
妹は同性と会話しない。異性とも会話しない。
例外はオレだけ。
そして、オレがオレにとっての異性、つまり女と会話することを何より嫌う。
567 妹々かぶり sage 2008/01/02(水) 04:16:10 ID:k3OOUos8
「聞いてるの? お兄ちゃん。
わたしがこんなにお兄ちゃんだけを思ってるのを知ってるくせに、
他の女に色目なんか使って、それにわたしが怒ってるのにそれも無視するの?」
ぎりぎりと細い指がオレの首に食い込む。
更に両足で挟まれ圧迫され、段々と呼吸も苦しくなってきた。
妹を振りほどくことは出来ない。
妹をかぶる、乗せているからこその妹々かぶりだ。
それを放棄した瞬間にオレは消滅し、半身である妹も死ぬ。
「あは。あはは。
お兄ちゃん、首をしめられて苦しいのにわたしの手をどけようとはいしないんだね。
どうしてかな? うっかりわたしを振り落としたらお兄ちゃんも死んじゃうから?
それとも────────お兄ちゃんが死んだらわたしも消えちゃうから?」
「そう、だよ」
まだ死にたくはない。が、妹が死ぬような真似はしないとも決めている。
生まれた時から一緒なのだ。
妹々かぶりは背負う兄と背負われる妹で成り立つ妖怪。
どちらかが欠けても生きては行けない一蓮托生。
それを抜きにしても、オレが妹を殺すような真似をするはずがない。
「あはっ♪」
オレの答えに、
最初からそれを聞くためだけにオレの首を絞めた妹が満足して手と足を緩めた。
細くなった呼吸が元に戻り、くらくらする意識の中で五感が回復を始める。
「そうだよね? だってお兄ちゃんの一番はわたしだもん。
生まれた時からからずっとずうっと一緒に生きて来たんだから決まってるよね。
わたしがいないとお兄ちゃんは死んじゃうし、お兄ちゃんが死ねばわたしも死んじゃうもんね?」
雨音に愉快げな声が混じり、首を絞める代わりに頭に抱きつかれた。
「大好きだよ、お兄ちゃん。じゃあ、行こ?」
「・・・ああ」
また歩き出す。
立ち並ぶ樹木はずっと先まで続き、まだまだ散歩が終わらないことを告げていた。
「でもね、お兄ちゃん? わたしはお兄ちゃんを他の女に奪われるくらいなら死ぬよ。
わたしたちは二人で一つ。生まれるのも死ぬのも一緒だもん。
わたしがお兄ちゃんを一番大切に思ってるのに、
お兄ちゃんがそうじゃなくなったらおにいちゃんを殺してわたしも死ぬ。
お兄ちゃんの上から降りて、お兄ちゃんが消えてわたしも一緒にこの世からいなくなるの。
そうすればきっとあの世でもそばにいられるもんね」
妖怪に死後の世界があるとは聞かない。
だが、妹の声を聞きながらオレが歩く木々の間はどこまでも続いているようで、
何となく冥府や地獄に続く黄泉平坂のようにも思えた。
まあ、どの道関係ない。
オレは妖怪、妹々かぶり。嫉妬深い妹を乗せて歩くだけなのだから。
最終更新:2008年01月08日 04:12