無題9

661 名無しさん@ピンキー sage 2008/01/06(日) 14:57:23 ID:2eI9ADHf
上の方でネタが少し被ってるのあるかも汗

僕の家は一言で表すのであれば良家だ。それも古くから伝わる類のものだ。
家も客観的に見て豪華な類に入るのだろう。華美な庭石や木々がそう魅せている。
少なくとも僕はそう思うし、周りの切望の眼差しがそれを訴えている。

しかし、僕はどうだろうか。

妾の子としての―――僕は。
父は別に好色家であった訳はない。少なくとも一途であったと聞いている。
何故、僕が生まれたかも、父が今なにをしているのかは知らない。
それは妾の子だからなのだろうか。いや、正妻の子以外は知らなくていいのだろう。
第一僕自身、知ろうとすら思わない。知ったところで何かが変わる訳でもないし。

「なあ薫兄、飯はまだか?」
はっとして思考を中断させる。僕は……そうだ。幸江の夕食を作っているんだった。
蛇口から音を立てて落ちる水が何だか変なことを考えさせた。
「いえ、まだできません。今は鍋が煮える間、先ほど使った包丁と板を洗っているところです。」
台所と隣接、いや既に台所とひとつのような茶の間からは妹のリラックスしてソファーにもたれ掛る姿が見える。
「なあ、薫。お前は少なくとも私の兄なんだ。その敬語を止めてくれ。私が情けなく感じるよ。」
少し口調は強い。
「いえ、幸江さんはよくやってらっしゃいますよ。この前の試験の結果も素晴しかったですし、運動も……。私としても鼻高々です
そういって振り向く。暖房のおかげなのだろうか、この季節には似つかわしくない甚平姿の妹が柱に寄りかかっり、少し責めるような目で兄を見つめていた。
「薫はまだ自分が妾の子だって気にしているのか?まだ私を許してくれないのか?」
昔と少しも変わらない少し長い髪。それを見て少し思い出す。
初めて幸江と会った日、親戚中の集まりを。

初めて会った時、幸江とは対等に話させてもらった気がする。
僕はそこでは妾の子、しかも母がいない子供は蔑まれたりするのは当然だ。
しかも妹は生まれながら何をとっても出来がいい。背は一つ年上の僕よりこぶし一つ大きいし、顔は言わずもがな。
それに比べ僕は平凡だ。優秀な家庭で平凡はそれ以下の物となんら変わりない。
僕はそこで自分がどうすべきか知った。それだけ。
妹はそこで助けることもできた。しかししなかった事に後悔の念を感じて止まないらしい。
「いえ、そういう訳じゃないですよ。私は自分を理解している、それだけです。」
「なんだかなぁ……そうだ。今から私が飯は作ろう、そうだ。それがいい」
「あ、後は味噌汁と煮物が煮えたら終りですから……」
妹はどこにそんな力があるのかと思わせるような力で僕を押し出す。
「だからそれをやらせろって言ってるんだ。お前はソファーにある私の食べかけの煎餅と飲みかけのお茶でも啜ってろ」
こう言い出すと妹は止まらない。高校一年というのは何でもやりたい年頃なんだろうか。
ふと台所を見れば楽しそうに料理――
「こ、こら、あんまり私を見るんじゃない。」

茶の間でゆっくりと腰を据え、ふと考える。
父上や母上が帰ってこないからって少しやり放題だなぁ、と。
茶の間には似つかわしくないソファーやテーブル。ゲーム機。
ベンチプレス、マッサージ器。
妹は少し洋風に憧れているのだろう。以前改築したいとか言ってたなぁ…。
僕はこの和風の方が好きだといったら止めてくれたが。
しかしどうしても事情で改築が必要になった時、安いからという理由で僕と妹の部屋はフローリングの洋館に変えられてしまった。
父上が知ったらどう思うだろうか。

怒るんだろうなぁ……兄として止められなかった僕を。
「おーい、薫。できたんで運んでくれ」
ふと思考が途切れる。僕はなんとなく嫌な気持ちになってゆっくり立った。
それでもいいか。幸江の為なら。


662 名無しさん@ピンキー sage 2008/01/06(日) 14:57:57 ID:2eI9ADHf


そっけなく妹はしているが僕にはわかる。早く味噌汁の感想が聞きたいのだ。
だから僕の手が動く度に動きが止まるんだろう。それが可愛くて、おかしくて、つい後回しにしてしまう。
「なあ薫……お前わざとか」
「ええ、幸江さんの仕草が可愛くて」
「なっ…!ぐっ…!」
盛大に咽たのだろうことはわかる。でも咽ながら僕の足を蹴るのは如何なものかと。
少しふざけ過ぎたのかも。

結局味噌汁を飲んだのは食事の最後だった。しかも感想は言っていない。
今は食器を洗い終わったところだ。
幸江はやさぐれた様に煎餅をかじっている。僕が掃除するのを知っていてだろうか。
ここで言わないときっとゲームのデータが消されたりジュースの炭酸が抜かれたりする。
少し恥ずかしい気持ちになるが、ぐっと抑えてそれを言う。

「お味噌汁……美味しかったですよ。かつおのダシと味噌の匂いがとてもいい感じで。」
そういいながら濡れた手を布巾で拭く。そして振り向けば親の敵を見つめるかのように見上げる妹がいた。
「お前は……言うのが遅いっ!」
「幸江さんが可愛らしくて」
「っ!……だとしても言うのが遅いっ!」
本当に怒らせてしまったのだろうか。妹は柱に寄りかかりあらぬ方向に顔を向けた。
「本当に美味しかったですよ。それはもうお嫁に行っていもいい位に。他の料理にも合う深い味でした。」
「そりゃ、お前が作った料理だからな。他の味にも合うんだろうな。」
墓穴だろうか。少し汗が背中を伝う。
妹は頑固なのだ。一度怒ると栄養失調になるまで飯も食わないし水も飲まない。
「いや……あのどうすれば」
「……抱きしめろ」
「え?」
「抱きしめて、頭を撫でろと言ったんだ。妹が頑張ったのにお前は何かしてやろうとも思わないのか。」
撫でろまで言ったか?いやでも……。
「でも恥ずかしいというか、ですね……」
腕を組んで知らぬ顔でこちらを見ない妹は一歩も引く気配をみせない。
「なら、お前は旨いのもを食ったんだろ?その駄賃だ。払え。」
「払えって……」
勝手にやりだしたのは幸江じゃないのだろうか。しかし一歩も引く気配は――みせない。
うちの妹は我侭なのだ。頑固なのだ。苦笑しかでない――が、もう少し出してもいいのかもしれない。

すぐそこにいる妹を背中からそっと抱きしめる。少し体が強張るのがわかる。
「笑うなっ!そして、お前は私に言うことがないのかっ」
片方の腕で優しく撫で、考える。よく姉に間違われるこの妹に言うべき言葉を。
「今日は美味しい味噌汁を作ってくれて……」
「……くれて?」
僕がそう感じるだけなのだろうか。妹は少し笑っているような気がする。

「ありがとうございます」

そこで妹は腕を解き、泣きはらした鬼の様な形相で言う。
「馬鹿だっ!お前は本当に馬鹿だ!本当に……空気を読めっ!!」
僕には酷く憤怒した理由がつかめない。なんか不味いことを言ったのだろうか?
しかし、妹は怒っている。だけどそれは喉に何か引っかかって、決して取れることのない何かのような。
そんな苦渋に満ちた表情だ。

「何か言ってはいけないことを口にしたのでしょうか?」
「それだよっ!お前は本当に……大馬鹿だよ!!」
そういって幸江は自分の部屋の方へ走っていった。


663 名無しさん@ピンキー sage 2008/01/06(日) 14:58:28 ID:2eI9ADHf



柔らかめのベットに身を落として、布団に潜り込む。
あの馬鹿は……、本当に駄目だ。あそこはそうじゃないだろう。
恋人だったらキスしてもいい場面だ。いや、それは言いすぎか。
「お嫁に行ってもいいくらい……美味しい……」
頭の中でその言葉を半数させる。そして一つのことを思い出す。
「私、薫兄に頭撫でられて、抱きしめられたのか」
何かが腹の底から頭に向かって駆け上がり、なんとも言い難い感情をふつふつとさせる。
「ひゃあああ……、頭撫で……美味しい……」
しかもお嫁にって、それは薫兄の基準でってことだよな?
ごろごろと転がりながらふと考える。そしてまた悶える。

明日は少し冷たくして、怒ってるのを理由にいろいろしてやろうか。
私は兄が怒った時は甘くなるのを理解している。多分殴っても怒んねぇと思う。
それが少し悲しくもあるのだけど。

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最終更新:2008年01月08日 04:23
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