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小ネタ:病んでますから ◆wEROd0e4kQ sage 2008/01/11(金) 22:31:38 ID:2Jv5GE9W
「この泥棒猫!」
真が病室に入ると、純子の怒鳴り声が飛んできた。
突然のことだったので、真は思わず半歩後ろに下がり、表情を引きつらせた。
「じゅ、純子……?」
「あら、兄さんいらっしゃい。そちらに座ってくださいな」
何事も無かったかのような顔で純子は兄に椅子を勧める。
真は戸惑いながらも持ってきた花を花瓶に挿し、純子の横たわるベッドの脇に座った。
「純子、泥棒猫ってのはいったい……」
「ああ、気になさらないでください。小説に書いてあった言葉を使ってみたくなっただけですから」
どんな小説だよ、と内心突っ込みながら、真は純子の頭に手を置いて優しく撫でた。
「元気そうで良かったよ……」
言って真は笑顔を見せる。
大切な妹が今日も元気であることを確認して、心の奥底から湧き上がってくる笑顔だった。
が――
「気持ち悪い笑いですね」
真の笑顔を評しての純子の一言は、実に冷たいものだった。
「兄さん、あまりやらしい笑みを浮かべていると、ますます怪しい人に見えますよ」
「ますますって……君はいつも俺をどういう風に見ているのかね」
「あら、すみません。私ったら、まるで兄さんを普段から怪しい人であるかのように……つい本音が
でてしまいましたね」
「……今日も元気そうで、お兄ちゃんは本当に本当に嬉しいよ」
純子の毒舌にため息をつきながらも、真は笑顔を見せる。
幼い頃心臓の疾患で入院してから十年。
純子はその日その日で体調が大きく変わり、時に口も開けないほどに弱ることもある。
こうしてちくちくと皮肉や悪口を言えるのは、大事のない証拠と言えた。
「兄さん、私が何か言ってもあまり動じなくなりましたね。昔はもっと沈み込んでくださったのに」
「来るたびに悪口を言われてたら、さすがに慣れるよ」
「心が鈍くなったのですね」
「心が強くなったと言ってくれ!」
「心の鈍い人は、自分の周りに誰も居なくなっていても気付かないんですよね……ああ、可哀想な兄さん……!」
「なんだか本気で不安になってくるから勘弁してくれ……」
「大丈夫です。兄さんが一人きりになってしまっても私は兄さんを見捨てませんから」
「優しい妹を持って兄ちゃんは嬉しいよ」
「ええ。ちゃんと屋根のついたお家を建てて、毎日散歩に連れて行って、毎食ペディグリーチャムを食べさせてあげますからね」
「おいこら! 実の兄を犬なんかと一緒にするな!」
「ごめんなさい……。そう、犬なんかと一緒にしては失礼よね。兄さんはゾウリムシくらいの扱いにしてあげなきゃ駄目だったんだわ」
「よりひどくなっている……」
慣れた、などというのは間違いだったことに気がつく。
純子と話していると真はどんどん落ち込んでいき、対照的に純子はますますいきいきと目を輝かせた。