小ネタ:病んでますから

784 小ネタ:病んでますから ◆wEROd0e4kQ sage 2008/01/11(金) 22:31:38 ID:2Jv5GE9W
「この泥棒猫!」
真が病室に入ると、純子の怒鳴り声が飛んできた。
突然のことだったので、真は思わず半歩後ろに下がり、表情を引きつらせた。
「じゅ、純子……?」
「あら、兄さんいらっしゃい。そちらに座ってくださいな」
何事も無かったかのような顔で純子は兄に椅子を勧める。
真は戸惑いながらも持ってきた花を花瓶に挿し、純子の横たわるベッドの脇に座った。
「純子、泥棒猫ってのはいったい……」
「ああ、気になさらないでください。小説に書いてあった言葉を使ってみたくなっただけですから」
どんな小説だよ、と内心突っ込みながら、真は純子の頭に手を置いて優しく撫でた。
「元気そうで良かったよ……」
言って真は笑顔を見せる。
大切な妹が今日も元気であることを確認して、心の奥底から湧き上がってくる笑顔だった。
が――
「気持ち悪い笑いですね」
真の笑顔を評しての純子の一言は、実に冷たいものだった。
「兄さん、あまりやらしい笑みを浮かべていると、ますます怪しい人に見えますよ」
「ますますって……君はいつも俺をどういう風に見ているのかね」
「あら、すみません。私ったら、まるで兄さんを普段から怪しい人であるかのように……つい本音が
でてしまいましたね」
「……今日も元気そうで、お兄ちゃんは本当に本当に嬉しいよ」
純子の毒舌にため息をつきながらも、真は笑顔を見せる。
幼い頃心臓の疾患で入院してから十年。
純子はその日その日で体調が大きく変わり、時に口も開けないほどに弱ることもある。
こうしてちくちくと皮肉や悪口を言えるのは、大事のない証拠と言えた。
「兄さん、私が何か言ってもあまり動じなくなりましたね。昔はもっと沈み込んでくださったのに」
「来るたびに悪口を言われてたら、さすがに慣れるよ」
「心が鈍くなったのですね」
「心が強くなったと言ってくれ!」
「心の鈍い人は、自分の周りに誰も居なくなっていても気付かないんですよね……ああ、可哀想な兄さん……!」
「なんだか本気で不安になってくるから勘弁してくれ……」
「大丈夫です。兄さんが一人きりになってしまっても私は兄さんを見捨てませんから」
「優しい妹を持って兄ちゃんは嬉しいよ」
「ええ。ちゃんと屋根のついたお家を建てて、毎日散歩に連れて行って、毎食ペディグリーチャムを食べさせてあげますからね」
「おいこら! 実の兄を犬なんかと一緒にするな!」
「ごめんなさい……。そう、犬なんかと一緒にしては失礼よね。兄さんはゾウリムシくらいの扱いにしてあげなきゃ駄目だったんだわ」
「よりひどくなっている……」
慣れた、などというのは間違いだったことに気がつく。
純子と話していると真はどんどん落ち込んでいき、対照的に純子はますますいきいきと目を輝かせた。


785 小ネタ:病んでますから ◆wEROd0e4kQ sage 2008/01/11(金) 22:33:19 ID:2Jv5GE9W
「それで兄さん、今日は何をしに来たんですか?」
「何って、別に、いつも通りのお見舞いだよ」
「兄さんも暇人ですね。こんな病人のところに毎日のように来ても、何も面白いことはないでしょうに」
「そんなこともないさ。お前と話ができて楽しいよ」
「そうよね。兄さんマゾですものね。むしろ感謝してもらう方が正しいんですよね」
「ええ!? 何でそうなる!?」
「そうとわかれば、仕方ないですね。これまで気を遣っていたけれど、これからは遠慮抜きで兄さんを貶すことにします」
「気を遣っていたってのは嘘だろう……」
そんなやり取りをしていると病室の扉が開いた。
「失礼します……ああ良かった、この病室であっていたわね。真くん、妹さんに買ってくるの、これで良かったかしら?」
現れたのは、真の通う高校の制服を着た女の子だった。
「……どなたですか?」
目を細めて尋ねる純子に、答えたのは真だった。
「この人は同じクラスの藤宮さん。お前の話をしたら、お見舞いに来たいって言ってくれてさ」
紹介されて、藤宮は丁寧に頭を下げた。
「初めまして。真くんから色々お話は聞いているわ。よろしくね、純子ちゃん」
「……よろしくお願いします、泥棒猫さん」
「え……?」
純子の言葉に、真も藤宮もぽかんと口を開いた。
「どうしました、泥棒猫さん」
「え、ええと……」
戸惑う藤宮と純子の間に、真が慌てて割って入った。
「純子! 何だその妙な呼び方は」
「お気になさらず。先ほども言ったでしょう? 小説に書いてあった言葉を使いたくなっただけですから」
「使いたくなっても、他人に対してそんな呼び方するんじゃありません!」
「それで泥棒猫さん、本日はどのようなご用で? 来ていただいたのは嬉しいですが、全く見ず知らずの人間に突然見舞いに来られても困るというのが本音なのですが、泥棒猫さん。ちなみにこの呼び方に本当に他意はありませんよ、泥棒猫さん。単なるマイブームですから気にしないでくださいね、泥棒猫さん」
真を無視してこれでもかというほどに「泥棒猫」を連呼する純子に、藤宮はひきつった笑いを浮かべた。
「え、えと……私、今日は帰るね。純子ちゃん、良かったらこれ食べてね」
見舞いに買ってきたお菓子を置いて、藤宮はそそくさと病室を出て行った。
「あ……藤宮……!」
その後を真が慌てて追いかける。
病室の扉が音を立てて閉じた後で、純子は何よと鼻を鳴らした。
「何がお見舞いよ」
言って、ベッドの傍らに置かれた椅子を見つめる。
そこに座っていた兄の姿は、今は無い。
「やっぱり泥棒猫じゃないの」
拗ねるように呟いて、純子は藤宮の置いていった見舞いの菓子に、拳を振り下ろした。

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最終更新:2008年01月13日 02:03
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