217 名無しさん@ピンキー sage 2008/01/22(火) 20:35:21 ID:+mnsNoUH
深夜。
喉の乾きを覚えて目を覚ました。腹部を掻きながら冷蔵庫を開ける。
「あ…」
そういえば飲み物は全部切らしていたんだっけ…。田舎育ちの僕には都内の水道水はマズ過ぎた。カルキ臭い、というのを身を以て知った。
「仕方ない、何か買いに行くか…」
ジャージの上からダウンを羽織ると、外へと出た。ドアがぎしり、と音を立てる。安いだけあってあちらこちらが痛んでいるのだ。隣人を起こさぬよう静かにドアを閉めた。
季節は三月。
まだまだ外は寒く、服の隙間から寒風が忍び込む。コンビニまでは歩いて五分。温もりを求めて足は早まる。深夜だけあって普段は賑わう道も静かだ。耳元で唸る風の音がはっきりと聞こえる。それが余計に寒気を増長させる。
街灯すら無い真っ暗な裏道へ。ここがコンビニへの近道。この道路を渡ればゴールは目の前だ。コンビニの無機質な光がぼんやりと見える。
そこで突然、
僕の視界は
揺れた。
一瞬視界が青い光に包まれた。その後世界は急速に色褪せていった。
「掴まえた…」
意識を手放す寸前、懐かしい声が聞こえた。
218 名無しさん@ピンキー sage 2008/01/22(火) 20:36:43 ID:+mnsNoUH
―――チュン、チュン…
雀の鳴き声が僕の意識を引っ張り出す。もう少ししたら目覚ましが鳴るだろう。いつもの一日が始まる。朝の寒さは強烈だ。布団を引き寄せようとして、
「あれ…?」
手は空しく宙をかく。使い古して少し薄くなった毛布のいつもの感触が無い。うっすらと目を、開けた。
「おはよう、たっくん」
おかしい。
僕の部屋には同居人なんかいない。
こんな生々しい肉声の目覚まし時計も無い。
ようやく頭が動きだす。急速に目の前の風景が情報化されていく。
一面クリーム色のタイルの壁。
ミントグリーンのタイルの床。
そこからインディゴのデニムに包まれた足が生えている。
見上げた先にはデニムジャケットを羽織り、赤いキャップを無造作に被った女性の顔。
「も、萌姉ちゃん…なのか?」
キャップを脱ぐと、豊かな黒髪がさらりと流れ出す。小振りな唇を少し歪ませて。
大きな瞳には少し潤いを伴って。
彼女は笑った。
219 名無しさん@ピンキー sage 2008/01/22(火) 20:39:06 ID:+mnsNoUH
「久しぶりだね、たっくん」
どくん。どくん。心臓が飛び上がるように拍動する。あまりの勢いに体が内側から破裂しそうだ。
―――何でここにいる!?親父は!?花苗(かなえ)さんはなにやってんだ!?
僕の狼狽は情けない程顔に出ていたのだろう。姉ちゃんは心配顔でこちらに一歩踏み出した。
キュッ
スニーカーのソールとタイルが擦れる音。体が自分の意思と関係なく、びくりと動いた。
ジャラッ…
…ジャラッ…?
音は自分の右手から聞こえた。目を向ければ右手と銀色の手すりが、素敵な銀色のアクセサリーで繋がれていた。
勿論、皮肉だ。
「なんだよこれ…」
周囲を改めて見回す。
白い壁。
緑の床。
頭一つ分くらいの大きさの丸窓。
立ち込める既知の異臭。
ピカピカに磨きあげられた便座。
220 名無しさん@ピンキー sage 2008/01/22(火) 20:39:59 ID:+mnsNoUH
今僕がいる空間は、いわゆる公共の障害者用トイレの中で。
そこには今、僕と萌姉ちゃんと、そして床に座り込んで昏々と眠る義妹がいて。
入口のドアにはつっかえ棒、右手には手錠。
僕は、監禁されていた。
最終更新:2008年01月27日 20:11