ハルとちぃの夢 第1話

391 名無しさん@ピンキー sage 2008/01/29(火) 12:46:45 ID:DsmF8SF/
 人生いろいろ、幸せなんて本人にしか決められない。
 今年で二十歳になる佐々木康彦はつくづくそう考える。

 弟を溺愛し本気で二人だけの世界を望む先輩。
 自分で作ったフィギュアに惚れて彼女だと紹介してきた友人。
 常に研究に没頭して解剖した蛙まで愛おしむような講師。
 サークルのマドンナではなくその父親に惚れて三角関係を作り出した後輩。

 康彦の周りにいる人々。
 普通に見れば何かに外れている人々なのかも知れない。
 それでも全員、幸せな顔をしている。

 康彦は思う。
 幸せを決めるのは自分次第だと。
 どんな形であれ、笑顔でいれる人間が一番の勝ち組なのだと。


 そんな性格だからだろう。
 ある女子高生から言われた唐突な、普通なら相手の神経を疑うような話しを受け入れたのは。



392 ハルとちぃの夢 sage 2008/01/29(火) 12:48:59 ID:DsmF8SF/
 「遥さんと智佳ちゃんは本気で愛し合っているんです!」
 女子高生が康彦相手に熱弁を奮っている。

 その日、康彦はバイトが休みで、家に携帯を忘れた事もあり、大学が終わるとまっすぐに自宅へと向かっていたのだが、その途中でこの女子高生に呼び止められ、この状態になった。

 この子は、上の妹である遥の同級生なのだろう。着ている制服からそれが分かった。

 「ちゃんと聞いてくれてますか!」
 女子高生が興奮した声で康彦に言う。
 「聞いてるよ」
 「最後まできちんと聞いていて下さいね!」
 妹達の話なだけに一応は聞いている康彦、そんな康彦の受け答えに満足出来なかったのか、女子高生が声のトーンを上げて言う。

 「遥さんが本気で愛した相手が実の妹…、智佳ちゃんだって遥さんを愛しているというのに…」
 酒でも飲んでいるのか、そう思える程のオーバーアクションをしながら、女子高生が言葉を続ける。
 「愛した相手が同性で更に実の姉妹…。世間という大きな壁が二人の前に立ち塞がっている…」
 「周りの人間が助けてあげなきゃイケないんです!」
 「悲劇は…悲劇だけは避けなくちゃイケない!一途で純粋な二人の想いを悲恋にしてはダメ!」
 「それなのに、どうして貴方は二人の仲を邪魔するんですか!二人を引き裂こうとするんですか!」
 自分のリアクションに疲れたのか、大きく呼吸しながらも、最後には康彦を睨みつけていた。


393 ハルとちぃの夢 sage 2008/01/29(火) 12:51:33 ID:DsmF8SF/
 康彦は言葉がなかった。
 相手が真実をついているから、ではない。
 この類の人間を見たのが初めてだったからだ。

 「どうなんですか!答えて下さい!」
 興奮冷めやらぬ状態で女子高生が叫ぶ。
 「どう、と言われても…」
 相手が真剣である以上、自分も真剣に答えなければイケない。
 そんな信念を持つだけに、頭の中で今の言葉を整理してから、自分の考えを相手に告げる。

 「二人が結ばれる事で幸せになるなら、俺はそれを邪魔する気はないよ?」
 「それなら二人の関係を認めてくれるんですね!」
 「二人が自分の口から俺に打ち明けたらね」
 女子高生が歓喜の声を上げるのに、冷静に対処して答えた。
 「そんな簡単に打ち明けられるもんじゃ…」
 「だからだよ」
 女子高生の言葉を遮るように康彦が言う。
 「君の言う通り、世間ってのはその恋愛を認めないだろうからね。その世間を相手にしなきゃイケないのに、俺にも何も言えないんじゃ、認める訳にはいかないよ」
 ゆっくりと、だが、信念を持った言葉を告げた。

 「それでも…、お兄さんが邪魔しないとは限らないですし…」
 康彦の言葉に飲まれたのか、まるで勢いのない言葉が口から出る。
 「邪魔するもなにも…俺は何もしないよ」
 苦笑いを噛み殺しながら康彦が答える。
 事実、彼女に言われるまで、妹二人の関係を姉妹以外で見た事はないし、無論、どうこうした事もない。

 「そんなの信用出来ません!」
 俄然、元気を取り戻したように女子高生が叫ぶ。
 「そんな事言われてもなー…」
 「信用の証拠として、携帯の番号を教えて下さい!」
 「ハッ?」
 あまりの突拍子もない提案に、思わず間抜けな声が出た。

 「どうしたんですか?駄目なんですか?」
 「ダメって訳じゃないけど…」
 「今、携帯を持ってないからね」
 完全に相手のペースに飲まれる康彦、既に圧倒されている。
 「それなら、明日にまた逢いましょう。明日はどれ位に帰ってきますか?」
 「え、明日?9時過ぎだと思うけど…」
 「その時間にここで待ってます!」
 「ちょ、ちょっと…」
 「約束ですよ!」

 それだけ言うと、彼女は立ち去っていった。

 康彦は呆気にとられたまま、彼女を見送っていた。
 「何だったんだろう…?」
 頭の中で疑問が浮かぶ。
 遥の通う相当な進学校で、それなりのお嬢様が多い、との評判なはずなのだが…。
 変わり者に場所は関係ないのだろう、そう自分を納得させると、康彦も帰路に着く事にした。


394 ハルとちぃの夢 sage 2008/01/29(火) 12:52:35 ID:DsmF8SF/
 その帰り道、康彦は女子高生に言われた事を考えながら歩く。
 妹二人が愛し合っている、普通なら考えられる話ではないのかも知れない。
 だが、康彦から見れば、それほど奇異な話ではない。
 人間が人間を好きになっただけ。その相手がたまたま姉であり、妹であっただけの話。
 解剖した蛙に惚れ込んだり物言わぬフィギュアを紹介されるよりは、どれほど分かり易い話か。
 あの女子高生にしても、何の根気もなく、初対面の自分に怒鳴り込んでは来ないだろう。
 それを考えれば、その事が事実であるように思える。

 だが、そうなると困った事がある。

 妹が会わせたい人がいると紹介してくる相手が妹になるなら、何処の馬の骨とも分からん奴に妹はやれん、と言わなければイケない相手も妹になる。
 思い出話の一つや二つをしてから妹をよろしく頼む、と妹に頼み、妹をバージンロードで先導した先に待ってるのも妹になる。

 そこまで考える頃には、康彦の頭は完全に混乱していた。


395 ハルとちぃの夢 sage 2008/01/29(火) 12:54:29 ID:DsmF8SF/
 混乱した思考をまとめきれないままに家に着く。
 鍵を差し込んだ瞬間にある考えが康彦の脳裏に浮かんだ。
 中に入っても大丈夫なのだろうか?

 時間的に、下の妹である智佳は帰ってきているだろう。遥も家にいる可能性は高い。
 二人とも家にいる。
 恋人同士の二人が良い雰囲気になった時に都合悪く帰ってくる家人、漫画等でありがちの、お約束な展開が頭を過ぎる。

 遅くなると連絡するか、そう思ったが、携帯は家の中だ。5 第一、自分がバイトを休みな事は二人とも知っているし、そんな日に帰りが遅くなったりすると、目に見えて不機嫌になる。
 それは両親が殆ど家におらず、不安からなのだろうが、だからこそ、康彦はバイトのない日はなるだけ早くに家に帰るようにしていた。

 差し込んだ鍵を抜き取り、その場で躊躇する。
 近所を散歩してくるか、家に入る時間が変わるだけで、タイミングが悪ければ、意味はなさそうだ。

 「何やってんの?」
 自宅の前で考え込んでいた康彦に、後ろから呆れたような声がした。
 上の妹の遥だ。
 ショートカットに勝ち気な瞳、部活で多少の日焼けをしている事もあり、全体に活発な雰囲気を身に纏う。

 「ハ、ハル!」
 考え事で頭がいっぱいだっただけに、康彦が思わず飛び上がるような声を上げる。
 ハルとは、康彦が呼ぶ遥の呼び名。もう一人の妹、智佳の事はちぃと呼んでいるが、どちらも兄妹間でしか使われていないような呼び名だ。

 「ハ、ハル!じゃないでしょう…」
 兄の口調を真似しながらも、微妙に溜め息混じりの遥の声。
 「兄貴はさっきから何を挙動不審なコトをやってるワケ?」
 思いっきりに痛い所を付いてくる。
 「何って、その、な?」
 微妙にしどろもどろになりながら答える康彦。
 まさか、ラブシーンの邪魔をしたくなかった、と言える訳でなしに、その前に二人の関係について、二人が言い出すまでは気付かないフリをしようと考えただけに答えにつまる。

 「まさか、また変なトラブルを抱え込んだんじゃないでしょうね?」
 この兄が時に面倒を抱えている事があるのを考え、遥が言う。
 「いや、ないから、そんな事ないから!」
 「?…じゃぁ、とっとと家の中に入って!」
 奇妙に慌てる兄を押し込むように、遥も家の中に入った。


396 ハルとちぃの夢 sage 2008/01/29(火) 12:55:42 ID:DsmF8SF/
 そこは見慣れた我が家だった。
 康彦はここで育ったのだから当たり前だ。
 だが、あの話を聞いたせいか雰囲気が違うように思える。

 「ただいまー」
 「お帰りー」
 遥の挨拶に、奥から中学生の少女が出てくる。
 下の妹の智佳だ。
 長めに伸ばした髪におっとりとした瞳、小さい頃に体を悪くしたせいで家の中にいる事が多く、今では家事全般を担う。
 ちなみに遥は、家事はまるで出来ない。

 「あ、二人一緒だったんだ」
 「一緒だった訳じゃないんだけどねー」
 智佳の言葉に遥が答える。
 「この兄貴が家の前でコソコソしてたからね」
 「ふーん。…兄ぃ、また何か悪さしたの?
 「悪さって…、何もしてないって!」
 意味ありげに言葉を紡ぐ遥、それを聞いて悪戯っぽく兄を見る智佳。
 姉妹ならではのコンビネーションがあり、康彦がタジタシになるのも何時もの事だ。

 「どうだかね~?」
 信用していない、と言わんばかりの遥の声。
 この兄が、厄介な問題を抱えているのはよくある事だし、更にその事を自分達に相談しないので、不満に似た感情を抱いていた。

 「そうだ!レポートを書かなきゃ!」
 遥の追求を逃れる為、一人でもう一度整理して考える為にも、康彦はそう言って部屋に逃げ出す。

 「ちょっと、まだ話は終わって…」
 納得のいかない遥が康彦を捕まえようとした所を、智佳が留めた。
 「ハル姉、お話があるの」
 「兄ぃには聞かれたくないから」



397 ハルとちぃの夢 sage 2008/01/29(火) 12:57:18 ID:DsmF8SF/
 部屋に戻った康彦は、まず携帯を見て、着信アリの表示がない事を確認すると、机の上に投げ出し、思案に耽った。

 妹二人が本気で愛し合っているのなら、認めてあげたいし、出来る限りの応援をしたい。
 あの女子高生ではないが、悲恋など創作の世界だけで充分だ。
 そこまで考えると、財布の中から一枚の写真を取り出し、愛おしげにそれを眺めた。
 こんな思い、自分だけで充分だ。
 高校時代の自分と、女の子が写った写真を見て、そう強く思う。
 写真の相手は、一度だけ本気で好きになった女性。
 今はこの世にいない相手。
 康彦は強く願う。
 妹二人の幸せを。
 自分が叶えられなかった分まで。


 その頃、階下では、遥と智佳が話し合いをしていた。
 「うーん、またあの人か…」 
 智佳の話を聞いた遥が呻くような声を上げる。
 「うん、何回も掛けてきてた…」
 やや力のない智佳の言葉。
 「あの人も分からないからなぁ、気が多いだけなら何も問題はないんだけど…」
 「うん…」
 「最悪の場合は…」
 「やらなきゃ、ダメ、だよね?」
 ここまで話すと、智佳は目に見えて暗い顔になった。
 「前の事、後悔してる?」
 智佳の変化に気付いた遥が鋭く問い掛ける。
 それに対して、智佳は大きく首を振った。
 「してない!アレしかなかったし、盗られるなんて…絶対にヤだもん!」
 力強く言う智佳。
 そんな智佳に、遥は満足そうに頷く。
 「私もしてない。三人で幸せになる為には必要な事だったから」
 遥の言葉に、智佳が元気を取り戻したような笑顔を浮かべる。
 「あの人の事はもう少し分かってから考えよう?」
 「うん、そうだね」
 「分かったら今日は普通に、普通にね!」
 遥は、そう智佳を窘めるように言うと、着替える為に自分の部屋に戻っていった。

 その晩、三人とも普通に振る舞う普通の晩が、佐々木家を演出した。

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最終更新:2008年02月04日 23:23
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