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ハルとちぃの夢 sage 2008/01/30(水) 14:25:08 ID:8YpVJ32i
「何で電話してくれなかったんですか!」
繁華街の外れにある古臭い喫茶店、康彦のバイト先だ。
その日、バイトに出た康彦は、事務所に顔を出すなり、後輩の岡野鈴にそう怒鳴られた。
「何回も電話したんですよ!それなのに、一度も電話に出てくれないし、かけ直してもくれないなんて…」
「ヒドいじゃないですか!」
一歩一歩と歩を詰めながら、唾でも飛ばしそうな勢いで鈴が康彦に食ってかかる。
「ゴメン、ゴメン!昨日は何かと忙しかったから」
電話はなかったような、そう思いながらも康彦は素直に頭を下げた。
鈴は納得がいかないらしく、何やらぶつぶつと文句を言い続けている。
だから、聞いた。
「で、何の用だったの?」
昨日は自分も鈴もバイトが休みで、特に用事が思い当たらない。
「えーと、それは…あのですねぇ」
不思議と言い淀む鈴、この後輩がこんな態度をとる時の用件は一つだ。
「ひょっとしてシフトの事」
「…そ、そうです、そうです!」
康彦の言葉に、鈴が強く頷く。
それを見た康彦はシフト表を確認すると、次週の土曜に、自分が休みで鈴が出勤になっている日があるのを見つけた。
「来週の土曜?」
「そうそう、来週の土曜ですよ!」
「お祭りの日だね」
「お祭りですよ、お祭り!」
「良いよ、彼氏さんと楽しんでおいでよ」
「そうそう、彼氏さんと彼氏さんと…、…へっ?彼氏?」
最後に鈴が間抜けな声を出した。
その土曜にあるお祭りは、縁結びの神様を奉ったお祭り。いい年して独りで参加する人間は先ずいない。
「彼氏って…私、彼氏なんて…」
鈴が慌てたように否定するのを聞いて、康彦も考えを改めた。
「んじゃ、彼女か」
遥に告白した過去(断られた)を持つ相手なだけに、それも不自然ではない。
「私は女ですよ!」
「まぁ、彼氏さんでも彼女さんでも真ん中さんでもいいや」
康彦の言葉に鈴が激昂するが、特に気にする事なく言う。
「マスターには俺から言っておくから、恋人さんと楽しんでおいでよ」
康彦はそれだけ言うと、時間に間に合わなくならないよう、更衣室に着替えに向かった。
「私…恋人なんて…いないのに…」
そう涙目になっている鈴に気付かずに。
425 ハルとちぃの夢 sage 2008/01/30(水) 14:26:53 ID:8YpVJ32i
その日のバイトが終わり、康彦は早足で帰宅をしていた。
正直に空腹である。
バイト先である喫茶店でも食事を取れない事もないのだが、そこで空腹を満たして家の食事が食べれなくなる訳にはいかなかった。
以前にそうした事がある。
その時の智佳の哀しそうな眼、遥の非難めいた態度、その日は正しく、針の筵だった事は忘れようとしても忘れられない。
一刻も早く家に帰り、空腹を満たしたかった。
が、そうはいかなかった。
「待ってましたよ、お兄さん」
昨日と同じ場所であの女子高生に又、捕まった。
康彦はその姿を見た時、唖然とする他なかった。
確かに今日も待っているとは言っていたが、バイトが長引いたせいか、今は既に10時近くになっている。
”この子は一体何がしたいんだろう?”
「私はあの二人の恋愛成就の為なら、何でも出来ますから」
こちらの考えを読んだかの如く、女子高生が静かに口を開く。
「さぁ、携帯の番号を教えて下さい」
「お、俺の携帯の番号なんて知ってもしょうがないと思うよ?」
手を差し出してくる女子高生、何故だか一歩引いてしまう康彦。
「しょうがない事はないですよ、有効活用させて貰いますから…」
「それとも、やはり二人の邪魔をするおつもりですか?」
「そんな訳が…」
「じゃあ、早く教えて下さい!」
不思議な迫力、表し難い雰囲気を纏いながら言う相手に抵抗出来る訳もなく、康彦は携帯の番号を教えてしまった。
「これでお兄さんが何かしたら、すぐに行動を起こせます!」
康彦の携帯番号を聞くと、女子高生は不気味な笑みを浮かべながら去っていった。
その後ろ姿を見ながら、康彦は思う。
”ハルも少しは付き合いを考えた方が良い”
と。
426 ハルとちぃの夢 sage 2008/01/30(水) 14:29:22 ID:8YpVJ32i
「また勘違いされちゃったよぉ」
岡野鈴が涙目で電話を掛けている。
「声が聞きたかっただけなのに…何で、なんで恋人いるなんて思われちゃうのぉ!」
切実に懸命に電話相手に訴える。
「ハァ、あんたはおんなじような間違えを何度繰り返せば気が済むのよ?」
電話相手が呆れたような声で返す。
「そんな事、言われても…私だって好きでやってる訳じゃないし…」
電話相手の言葉に鈴が呻くような声で答える。
「ハァ…」
鈴のそんな言い方に相手の人物はまた、深い溜め息をつく。
今、鈴が相談している相手は、中学時代からの親友である遠藤早紀だ。
互いに気があった為か、別々の高校に進学してしまった今も変わらぬ付き合いを続けている。
「その前に、あんたはホントにその先輩のコトを好きなの?」
度重なる失敗談を聞かされ続けているせいか、そんな疑念を鈴にぶつけて見た。
「想ってるに決まってるよ!三年前から、…楓先輩が生きてた時から変わらないんだから!」
勢いよく鈴が反論してくる。
が、早紀は落ち着いて一つ一つを問い詰めるコトにした。
「勇気を出した告白を相手の妹にして?」
「妹さんいるなんて知らなくて…家から出て来たのが偶然、そうで…」
「ラブレターを出せば水に濡らして脅迫文に?」
「大事に大事にしまっておいたハズなのに…」
「一緒に遊びに行く約束はドタキャンして?」
「ホントにその日にお婆ちゃんが死んじゃったり、風邪で肺炎になったりしたんだよぉ!」
「それで今度は、声を聞こうしたら彼氏がいるなんて言っちゃうワケ?」
「いるなんて言ってないよぉ!ただ勘違いされただけで…」
鈴が泣き出していたのは、早紀にも分かった。
「もう諦めたら?」
「いや!」
親友を気遣かって言った早紀の一言に、鈴は即答して怒鳴る。
「でもねぇ…、そこまで失敗した上に、その先輩とやらは死んだ恋人の事を今でも想ってるんでしょ?」
「う…うん」
力のない鈴の返事。
死んだ人間を何時までも想うなど、早紀には情けない男にしか思えないのだが、鈴にとってはそこが良いらしい。
「今度会った時に話しよ?その方が良い対策も浮かぶだろうし」
そう言って、後日に遊ぶ約束を取り付けると、電話を切った。
一度、その先輩とやらに会っておかなくてはイケない、
そう決意していた。
427 ハルとちぃの夢 sage 2008/01/30(水) 14:31:06 ID:8YpVJ32i
ちょうど鈴との電話が終わった時に、早紀の妹である久美が帰ってきた。
自分と違い、優等生である妹がこんなに遅い帰ってくるのが珍しく、それだけに気になって、妹の元に向かった。
玄関には、二日続けて康彦に絡んできた女子高生が立っていた。
「あっ、お姉さん。ただ今帰りました」
早紀の姿をみるなり、女子高生、久美が礼儀正しく挨拶をする。
固っ苦しい、久美の姿を見て早紀が思う。
自分で失敗したせいか、両親に厳しく育てられた為、久美の言動全てが早紀には堅すぎるように思う。
「どうしたの、今日は?珍しいじゃん、こんなに遅くなるなんて」
思ったままの疑問を久美にぶつけると、久美は口許に嬉しそうな微笑みを浮かべて言う。
「何時かにお話しした姉妹の事で大切な事がありましたもので…」
「前に話した姉妹…?あー、あんたの友達で姉妹恋愛してるっていう?」
「はい。彼女達の事です」
妙にイキイキと答える久美に、早紀は呆れるしかなかった。
身内、更に同性での恋愛などおかしい、早紀にはそう思えるが、久美は違うらしい。
相談をされたワケでもなく、その現場を目撃したワケでもないのに、雰囲気、それだけの理由でそんな事を考える久美の心理が早紀には分からない。
そんな願望を持っているのか、とも疑ったが、あの二人だけが特別なんです、と答える辺り、そうでもないようだ。
厳しい教育を受けたせいでどこかが狂った、そう考えるより他になかった。
「ま、適当に頑張って」
投げやりに言う早紀にも、まるで動じた様子もなく、久美が呟く。
「えぇ、頑張りますよ」
「今日、とても素晴らしい物が手に入ったのですから」
久美の顔には満面の笑顔が浮かんでいた。
最終更新:2008年02月04日 23:28