584 【偏愛 第二章・里穂(5)】 sage New! 2008/02/04(月) 15:24:51 ID:p6fxWy8w
やがて訪れた夏休み――
里穂は計画通り、ママに内緒でお兄ちゃんに会いに出かけた。
でも結果としては悲しい思いをしただけだった。
お兄ちゃんの顔は見られたけど里穂との再会を喜んでくれなかった。
ママに怒られてばかりいた頃と変わらない、優しさのない態度だった。
「よく来てくれたね」「一人で頑張ったね」
行きの電車の中では褒め言葉を期待して、わくわくしていたのに……
おばあちゃんには里穂が一人で来たことをママに言いつけられてしまった。
ひどい意地悪だった。
お兄ちゃんが優しくないのは、こんなおばあちゃんと一緒に暮らしているからだと思った。
二人に連れられて家に戻ると、ママはお仕事を早退して帰って来ていた。
いままで見たことのない怖い顔で、里穂を家に引き入れるとすぐドアを閉めて鍵をかけた。
お兄ちゃんとおばあちゃんには挨拶さえしなかった。
きっと里穂もひどく怒られるだろうと思った。いつもお兄ちゃんが怒られてたときのように。
ところが、里穂に向き直ったママは笑顔だった。
「ダメじゃないの里穂、知らない人について行ったらいけないといつも言ってるでしょう?」
「知らない人……?」
何のことか里穂にはわからず首をかしげる。
ママは里穂の頭を撫でて、
「里穂がママに黙っていなくなるわけないものね。知らない悪い人に騙されて連れて行かれたんでしょう?」
「……里穂は……」
怒られても本当のことを言わなきゃいけないと思った。
一人で出かけたことについては、お兄ちゃんやおばあちゃんが悪いのではない。
「……自分から出かけたんだよ……」
「そんな筈ないわ。騙されて連れて行かれたに決まってる。里穂はパパとママと一緒のおうちが一番なのに」
ママは笑顔で里穂の頭を撫で続ける。
「そうよ、あんな泥棒のガキとか泥棒に味方する強欲ババアなんて知らない人。里穂の家族はパパとママだけ」
「……ママ……?」
いったい何を言っているのだろう? 泥棒のガキってお兄ちゃんのこと?
「パパとママが結婚する前、嘘つき女がパパを泥棒したの。嘘をついてママを裏切ったの」
ママは言った。
「そして生まれたのがあのガキよ。だからアレは泥棒のガキ。嘘をついてママを裏切るんだわ」
「……お兄ちゃんは嘘なんて……」
里穂の言葉を遮り、ママは叫んだ。
「泥棒が産んだとしてもパパの子だもの! ママは本当の子供みたいに愛してたのに裏切られたのッ!」
里穂は怖かった。お兄ちゃんに怒ってばかりいた頃のママに戻ったみたいだった。
いや、その当時でも里穂の眼の前で、ここまで取り乱したようにわめき散らすことはなかった。
人間は「おかしくなる」ことがあると、里穂はテレビのニュースで観て知っていた。
通りすがりに理由もなく他人を殴ったりナイフで刺す「おかしい人」が世の中にいる。
むやみに大声を出すのは「おかしい人」だから近づくなとニュースを観ながら教えてくれたのはママ自身だ。
585 【偏愛 第二章・里穂(6)】 sage New! 2008/02/04(月) 15:28:04 ID:p6fxWy8w
なのに、ママも「おかしく」なっちゃったの?
里穂が一人で出かけたから怒って? それとも心配しすぎて?
「……ごめんなさい……」
里穂はママにすがりついた。涙があふれ出した。
「もう一人でどこにもいかないから……ママの言うこときくから……」
だから、おかしくならないで……
「あらあら泣かないで里穂、里穂は悪くないのよ」
ママは里穂の前でしゃがんで頭を撫でてくれた。
笑顔に戻っていたが、その眼は泣いているみたいに赤かった。
里穂がもう少し上級生で語彙が豊富なら「血走っている」と形容しただろう。
「悪いのはあのガキとババア。里穂は騙されただけ。怖かったわよね知らない人に連れて行かれて」
「ママ……」
お願いだから、おかしくならないで。優しいママに戻って。
お兄ちゃんにも優しかったママはどこに行っちゃったの……?
「さあ、そろそろ晩ごはんの支度しなきゃ。里穂の大好きなカレーにするわ。パパもママのカレーは大好物よ」
ママが里穂の手首をつかみ、ダイニングへ引っぱっていく。
ぐっと力を入れられて痛かったけど、怖くて振りほどけなかった。
食事の支度をしている間にママは次第に落ち着き、食べ始める頃には普段と変わらない様子に戻っていた。
でも里穂の心には恐怖が残った。
いつ再びママがおかしくなってしまうかわからない。
里穂はお兄ちゃんに会いたかっただけなのに、どうしてこんなことになるのだろう……?
翌日、ママはいつも通り仕事に出かけて行った。
里穂はどこにも出かける気にならず家に閉じ籠もっていた。
ママが作り置いてくれたお昼ごはんを食べ終えた頃、千代美から電話があった。
きのうの首尾を聞かれて言葉を濁すと、勘のいい千代美は「そっかあ……」と嘆息し、
「何かあったみたいね。きょうは千代美が里穂の家に行くよ」
「え……、でも……」
「来ちゃダメなんて言わないでね。話したくないことは話さなくていいから、千代美をそばにいさせて」
やがて訪ねて来た千代美を、里穂は自分の部屋に通した。
里穂の部屋はお兄ちゃんと一緒に暮らしていたときのままだった。
二つになった机は勉強用とお絵描きやゲームなどの遊び用に使い分けるから捨てないで。
二段ベッドは空いている上の段を、ぬいぐるみを並べる棚にするから買い換えなくていい。
その口実でママを説得し、里穂はお兄ちゃんの机とベッドを守ることに成功していた。
お兄ちゃんがいつでも帰って来られるように。
でもママがおかしくなったら、その機会は限りなく遠のいてしまう……
里穂は自分のものだった机の椅子を引き出して千代美に勧めた。里穂自身はもう一つの机の椅子に腰掛けた。
さりげない動作のつもりだったのに千代美は微笑み、
「里穂ってホントにお兄さんが好きなんだね。そっちがお兄さんの机でしょ?」
586 【偏愛 第二章・里穂(7)】 sage New! 2008/02/04(月) 15:31:11 ID:p6fxWy8w
「え……」
里穂は眼を丸くして、誤魔化すように笑い、
「どっちも里穂の机だよ。そっちが勉強用で、こっちが遊び用」
「でも勉強用は本がたくさん並んでるから最初から里穂ので、物が少ないそっちはお兄さんのだったでしょ?」
里穂は、まじまじと千代美の顔を見た。
「……千代美ちゃんってすごいね、刑事とか探偵になれるよ……」
「千代美の将来は美容師だってば。それより、お兄さんに会いに行ってどうだったの?」
「……うん……」
話すべきかどうか里穂は迷った。
話したくないことは話さなくていいと千代美は言ってくれた。
でも本当に話したくないのなら、里穂は千代美を家に来させなかったろう。
押しかけて来たとしても家に入れなかったろう。
ならば選択肢は一つだった。
せっかく会えたのにお兄ちゃんの態度は冷たかったこと。
そして、おばあちゃんに家に連れ帰られてしまったことを話して聞かせた。
家に帰ってママに怒られなかったか訊かれたので「ちょっとだけ」と答えた。
ママがおかしくなったことは、さすがに言えなかった。
「ひどいね、里穂のおばあさん。黙っててくれればいいのにね」
千代美は自分のことのように怒ってくれた。
「それ里穂が思った通りだよ、意地悪なおばあさんと一緒にいるから、お兄さんも里穂に冷たくなったんだよ」
「うん……でも、お兄ちゃんはママと住んでた頃もあまり優しくなかったから……」
「優しくないお兄さんなら、どうして里穂はそんなに好きなの?」
千代美が小首をかしげて訊ね、里穂は「え?」と戸惑い、
「それは……、昔は優しかったから……」
「でも優しくなくなっちゃったんだ?」
「うん……パパが亡くなってしばらくして、ママに怒られてばかりになってから……」
「里穂だけママに可愛がられてるからヤキモチかな?」
「そういうのとは違うと思う……」
お兄ちゃんのほうもママを嫌っている。ママに向ける眼を見れば、それはわかる。
前はそんなことなかったのに。ママはお兄ちゃんに優しくて、お兄ちゃんもママが好きだったのに……
千代美が腕組みして「うーん」と唸った。
「お兄さんは里穂のこと、どう思ってるんだろうね?」
「え……?」
眼をぱちくりする里穂に、にやりと千代美は笑って、
「里穂はお兄さんが好き。でも、お兄さんは?」
「……そんなこと……」
考えもしなかった。
里穂はお兄ちゃんが好き。ママが好き。パパが好き。優しいから。家族だから。
それが当然と思ってた。
でも、お兄ちゃんはママを嫌っている。優しくないから。ひどく怒るから。
587 【偏愛 第二章・里穂(8)】 sage New! 2008/02/04(月) 15:34:52 ID:p6fxWy8w
それでは――里穂のことは?
お兄ちゃんはどう思ってるんだろう?
答えを考えるのが怖くて、里穂は千代美に訊ねた。
「千代美ちゃんはお兄さんのこと、どうなの? 好きなの?」
冷たく暗い眼をした兄を、千代美はどう思っているのだろうか?
「お兄(にい)のことはねぇ……うーん……」
千代美は何故だか苦笑いして、
「向こう次第かな千代美的には」
「向こう次第って?」
「お兄が千代美をどう思ってるか知りたいってのはあるよ。ホントに好きかどうかって」
「千代美に優しいんだとしたら好きってことじゃないの?」
あの兄の優しいところなど想像つかないけど。
千代美は苦笑いで首を振り、
「優しいと好きは違うよ。千代美の言ってる『好き』は、里穂と違う『好き』だけど」
「……どういうこと?」
「そのうち教えてあげるよ。それより里穂のお兄さんの話。兄妹で喧嘩したことないって言ってたよね?」
「うん……」
里穂は幼稚園生の頃――パパがまだ生きていた頃は、よく我がままを言って家族を困らせた。
みんながお寿司を食べに行く相談をしているときにハンバーグが食べたいと言ってみたり。
お兄ちゃんが動物園に行きたいと言ったときに遊園地へ連れて行ってほしいとダダをこねたり。
そうしたとき、お兄ちゃんは必ず「里穂が行きたいほうに行こうよ」とパパとママに提案してくれた。
そう。お兄ちゃんは本当に優しかった。
「……いつも喧嘩になる前にお兄ちゃんが譲ってくれたから……」
「でもエリナとかマユとか妹や弟がいる子は、兄弟喧嘩ばかりで嫌いだって言ってるでしょ?」
「マキちゃんは弟と仲がいいみたいだけど……」
「そう、それ。つまり年上の立場で考えて、可愛くて好きだと思える妹と嫌いになっちゃう妹がいるってこと」
「嫌いになっちゃう妹……」
「好きと思ってもらえる妹に、里穂もなればいいんだよ。そしたらお兄さんも、また優しくしてくれるかも」
でもお兄ちゃんに好きになってもらうための具体的な計画は里穂にも千代美にも思い浮かばなかった。
遠く離れて暮らしていて、次回いつ会えるかもわからないのだ。
やがて八月の終わりにパパの三回忌の法事があった。
参加したのはママと里穂のほか、ママのお姉さんの世田谷のおばさん夫婦。
それにママのお友達の水谷(みずたに)のおばさんとおじさんだった。
お兄ちゃんとおばあちゃんはママが呼ばなかった。
市民霊園にあるパパのお墓にみんなでお花とお線香を供えた。
それから里穂の家に移動して、ママが前の日から用意していたごちそうを食べた。
メインディッシュはお兄ちゃんが大好きだった唐揚げだ。
おばあちゃんはお兄ちゃんに唐揚げを作ってくれるのだろうかと、ふと考えた。
588 【偏愛 第二章・里穂(9)】 sage New! 2008/02/04(月) 15:37:59 ID:p6fxWy8w
二学期に入ったある日の授業中、女子生徒の一人が泣きそうな顔で手を上げた。
「先生……」
担任の女性の先生はすぐ異変に気づき、その生徒のそばへ行って何ごとか囁きかけた。
「何だよ便所かよ」
お調子者の男子が冷やかし、ほかの男子が笑ったのを先生が叱責する。
「静かにしなさい。みんなしばらく自習してなさい」
先生はすすり泣く女子生徒を立ち上がらせ、肩を抱いて教室から連れ出した。
千代美が里穂の背中を突っついてきた。二学期の席替えで後ろの席になっていたのだ。
「あの子きっと生理だよ。ジーンズのお尻ちょっとシミになってた」
「ええっ?」
里穂は眼を丸くする。
その翌週、授業が一時間分中止になって、三年生の女子全員が視聴覚室に集められた。
男子は校庭で自由時間になったことを羨む女子生徒たちに、千代美が言った。
「きっとセーキョーイクだよ。こっちのほうが面白いって」
千代美の推測通り、それは性教育の臨時授業だった。
お母さんのおなかに赤ちゃんができる仕組み。
生理のこと。身体の成長――オッパイが大きくなったり下の毛が生えたり――のこと。
里穂を含めた大半の女子生徒は感心しながら話を聞いた。
千代美だけは「三年生にできる話はこの程度か。なるほどね」と意味ありげに笑っていたけど。
そして放課後。
いつも通り、里穂は千代美と一緒に帰った。向かう先は千代美の家だ。
千代美の部屋に通されて、渡されたクッションをフローリングの床に敷いて座る。
いったん千代美は部屋を出て行き、紅茶とお菓子を用意して戻って来た。
紅茶をひと口、飲んでから、にっこり笑って千代美は言った。
「……里穂って、オトナのエッチに興味ある?」
ぽかんと口を開けて里穂は千代美の顔を見た。
「エッチって……きょう学校で教わったみたいな?」
「ああいう健全すぎてつまんない話じゃなくて、もっと気持ちよくなれるヤツ」
「そんなの、まだ早いよ」
里穂は眉をしかめてみせた。
性教育の授業を受ける前から、里穂は大人や中高生のお姉さんたちがするエッチについて漠然と知っていた。
情報源はテレビであったり漫画であったりクラスメートとの会話だったり様々だった。
彼氏とキスして、裸を見せ合って、オッパイに触られて……
それが気持ちのいいものだという理解もあったけど、自分で体験したいとは思わなかった。
だいたい彼氏なんていないし。欲しいと思ったこともないし。
誰かを好きになるという気持ちが、まだよくわからないし。
家族や友達や憧れの歌手を好きになるのと、どう違うのだろう?
お兄ちゃんを好きなのと何が違うのだろう?
590 【偏愛 第二章・里穂(10)】 sage New! 2008/02/04(月) 15:41:06 ID:p6fxWy8w
千代美は笑った。
「早くないよ。一人でエッチする分にはね」
「一人で……って何それ?」
「簡単だよ、あのね……」
二人きりしか部屋にいないのに、千代美はわざと里穂の耳元に口を寄せてきた。
吐息がこそばゆいのを我慢して里穂は耳を傾ける。
「……自分でオマンピーに触るの」
「何それ……?」
里穂は顔を離し、呆れ気味に千代美を見た。
にんまりと千代美は笑い、
「里穂、お風呂でオマンピー洗ったりシャワーかけたりして気持ちいいと思ったことないの?」
「ないよそんなの」
「うそぉ、恥ずかしいから感じないように自分に言い聞かせてるだけだよそれ、普通は気持ちいい筈だもん」
「もし気持ちよかったとしても、お風呂とかシャワーの何がエッチなの?」
「やっぱ気持ちいいんじゃん。認めちゃいなよ」
「気持ちよくないってば。ねえ、こんな話やめようよ」
「気持ちいいのわかってるから話したくないんでしょ、恥ずかしいから」
「もうっ、怒るよ、千代美ちゃん!」
「千代美は毎日お布団の中でしてるよ、ホントに気持ちいいんだから」
「千代美ちゃんってば……」
「お布団に潜って好きな人のこと思い浮かべてするの。そしたら抱き締められてるみたいに暖かくなるの」
「お布団に潜ってそれじゃ暑いじゃないの。まだ夏が終わったばかりだし」
「暖かいってのは心がだよ。ほかほかして、ほわわぁんって幸せになるの。里穂もやりなよ」
「べつに好きな人なんていないし……」
「誰でもいいんだよ男の人なら。ただしパパとかおじいさんはダメ。カッコイイと思う芸能人とかがいいよ」
「男の人じゃないとダメなの?」
「当たり前だよエッチだもん。それとも里穂って、そっち系の趣味?」
「そっち系って何よ。もうっ、まだ里穂は男の人にもエッチにも興味ないってばっ……!」
その場はそれで話を終わらせたが、里穂は家に帰ってから夜のお風呂場で千代美との会話を思い出した。
両脚の間の「大事なところ」を洗ったりシャワーをかけたりするのが怖くなってしまった。
エッチな気分になったらどうしよう?
……もうっ、千代美ちゃんがヘンなこと言うからだよ!
お風呂を出てパジャマを着込み、ベッドに潜り込む。
余計なことを考えないように、ぎゅっと眼をつむって頭まで布団をかぶる。
べつに……エッチとかそんなのしなくても、里穂はいつもお兄ちゃんに抱き締められてる気分だもん。
元はお兄ちゃんが使っていた二段ベッドの下の段で寝てるんだから。
寝よ寝よ。優しかった頃のお兄ちゃんの夢を見られることを祈りながら。
……でも好きな人を思い浮かべるって、お兄ちゃんでもいいのかな?
591 【偏愛 第二章・里穂(11)】 sage New! 2008/02/04(月) 15:44:43 ID:p6fxWy8w
……って、ダメダメ。
お兄ちゃんとエッチしていいわけがない!
法律でダメってことになってるし。
(本当は法律が禁じているのは結婚であり性行為そのものではないが、里穂はそこまで理解していない。)
赤ちゃんが生まれても病気になることがあるって聞いたし……
でも……抱き締められてる気分になりたいだけだから……
ホントのエッチするわけじゃないし……ひとりでするんだし……
里穂は本当はお兄ちゃんがそばにいてくれたら、それでいいいんだけど。
抱き締めたり優しく頭を撫でてくれたら充分だけど。エッチそのものには興味ないから。
でも、お兄ちゃんは遠くにいて頭を撫でてくれないから、代わりに自分でエッチなとこ撫でちゃうんだよ……
パジャマのズボンに、恐る恐る右手を差し入れた。
コットンのやわらかなショーツをなぞるように、おなかから下へ、ゆっくり手を滑らせ――
ぴくんっと、里穂は震えた。
「……あっ……」
女の子の大事なところに指が触れていた。
まだ幼稚園に通っていた頃――
里穂はお兄ちゃんとママと一緒にお風呂に入って、ママに訊ねたことがあった。
「どうしてお兄ちゃんはオチンチンがあって里穂にはないの? 座らなきゃオシッコできなくて不便なのに」
「オチンチンはパパにもあるけど、ママはないでしょう? 女の人にはないのよ」
「ママもないの? モジャモジャで隠れてるんじゃないの?」
「ないってば」
くすくすママは笑って、
「あのね、里穂。女の人にはオチンチンはないけど、代わりのものがあるの」
「代わりのもの……?」
「大人になったとき、好きな男の人を受け入れてあげるためのもの。大人になると、それができるの」
「じゃあ、まだ里穂にはないの? ママはモジャモジャに隠れてるの?」
「そんなようなものね。里穂が大人になって好きな人ができたら、里穂にもそれができるわ」
「ボクのオチンチンを貸してあげられたらいいのにね」
お兄ちゃんが、にこにこしながら言った。
「お外で里穂がオシッコしたくなったら、ボクのオチンチンを貸してあげれば立ちションベンできるよ」
「ダメよ立ち小便なんて。幸弘は学校のお友達とそんなことしてるの?」
ママは笑いながらお兄ちゃんの頭を撫でた。
「でも幸弘は本当にいいお兄ちゃんね。いつも里穂に優しくて」
お兄ちゃんは褒められて嬉しそうに笑っていた。
優しいお兄ちゃんを里穂も大好きで、大人になったら――そう。
「受け入れる」というのがどんなことかわからないけど、でも好きな人にしてあげられることならば。
真っ先にお兄ちゃんにしてあげようと、そのとき思ったのだ。
いまの里穂ならわかる。
受け入れるというのは、つまり。
オチンチンがない代わりの大事なここに、好きな人の「それ」を入れてあげること……
592 【偏愛 第二章・里穂(12)】 sage New! 2008/02/04(月) 15:47:54 ID:p6fxWy8w
やだ。違うよ。
里穂は本当にお兄ちゃんとエッチしたいわけじゃないんだよ。
でもね。どうしても切なくて。
離れて暮らしているのが。抱き締めてもらえないのが。昔みたいな笑顔を見せてくれないのが。
だから……こんなふうにね。
優しかったときのお兄ちゃんのことを想って……
ショーツの上から、その部分を指でなぞった。
じんわりと気持ちよかった。何度も指を往復させてみた。
どんどん気持ちよくて暖かいのが広がっていく。
おなかの下からお尻へ、背中へ、頭まで広がって、ぽおっとしてしまう。
「……んあっ……」
声を漏らしてしまった。本当に気持ちいい。
エッチってすごいと思った。大人や中高生のお姉さんたちが好きな人としたくなるのがよくわかる。
こんなに素敵な気持ちになれるなら。好きな人とそれを分け合えるなら。
「……おにぃ、ちゃん……」
呼びかけてみた。
お兄ちゃんとエッチなんていけないこと。そんな気持ちが吹き飛びそうだった。
里穂がお兄ちゃんに好きだと思ってもらえる妹になれたら。
優しいお兄ちゃんを取り戻すことができたら。
よそのどんな女の子よりも可愛らしく里穂がなれたら。
お兄ちゃんは里穂を恋人みたいに想ってくれるかな?
ママやおばあちゃんに内緒でデートしたりキスしたり……エッチしたいと思ってくれるかな?
指先に触れるショーツがいつのまにか湿り気を帯びていた。
汗かいちゃったかな。でも気持ちいいのやめられない。
思いきって……脱いじゃえ。
布団の中で身体を丸め、もぞもぞとパジャマごとショーツを脱いだ。
これで下半身は丸裸だ。
でもエッチって裸でするんだもんね。上も脱いじゃおうかな?
まだふくらんでない里穂のオッパイだけど、触ったらオトナみたいに気持ちよくなれるかな?
ボタンを外してパジャマの上も脱いだ。
もう止まらなかった。止めようという考えも浮かばなかった。
あらためて右手を両脚の間に伸ばした。
まだモジャモジャじゃない、すべすべの里穂のそこ。
ワレメみたいになって変だけど大事なところに右手で触れると、指先が濡れた。
やだ、オシッコ?
違う……これがたぶん「濡れる」ってやつ。
エッチのときそういう現象が起こると何で知ったんだっけ?
千代美の部屋で読んだ中高生のお姉さん向けのファッション雑誌?
よくわからない。
でも自分もエッチに興味がないと言いながら、知識だけは一丁前にあるのだと呆れてしまう。
593 【偏愛 第二章・里穂(13)】 sage New! 2008/02/04(月) 15:51:13 ID:p6fxWy8w
ワレメを指でなぞる。
「……ひぁっ……!」
思わず声を上げてしまい、慌てて左手で口を押さえた。
ショーツ越しよりも断然刺激的だった。
でも、やだ。気持ちいい……
ゆっくりと刺激しすぎないよう指を動かした。
優しく。お兄ちゃんが里穂の頭を撫でてくれたときみたいに。
「……おにぃちゃん……」
左手は胸に触れてみた。
撫でてみた。単に撫でられているという感覚だった。それほど気持ちよくない。
恐る恐るオッパイ――この場合は乳首――を指でつまんだ。
くすぐったかった。
でも我慢して、指で優しく転がすようにした。
「おにぃちゃん……おにぃちゃん……」
オッパイと大事なところとを指で愛撫する。
いま、お兄ちゃんに抱き締められているのだと想像してみると、オッパイも気持ちよくなりそうだった。
オッパイはくすぐったいと気持ちいいの中間くらい……大事なところは……
「……ひっ……ひぁぁっ……!」
ぴくぴくっと身体が震えてしまった。
お布団を頭までかぶって真っ暗なのに、眼の前で何かが白く光ったように思えた。
これがイッちゃったってこと……?
でもまだ気持ちいい。まだ指を止められない。
あっ……暖かいのが、また身体の芯を走って……波みたいに何度も突き上げてきて……
「……ひゃぁっ……あぁぁっ……おにぃ、ちゃんっ……!」
その晩、里穂は疲れきって眠りに落ちるまで、何度も何度も自らの指で絶頂を味わった――
翌朝、学校で顔を合わせた千代美に、里穂は自分から打ち明けた。
「……アレ、きのうの夜やってみちゃった……」
「ホントに? それでどうだった、気持ちよかったでしょ?」
「うん、すごいよかった……きっとクセになっちゃう……」
「いいじゃん、里穂もオトナの仲間入りってことだよ」
千代美はにっこりとして里穂の頭を撫でてくれる。
「で……好きな人は誰のこと考えたの? 歌手? 役者さん?」
「えっ? えっと……サッカーのアントラーズの……」
パパが好きだったサッカー選手の名前を挙げて誤魔化すと、千代美はきょとんと眼を丸くして、
「それって誰だっけ? コマーシャルとか出てる?」
里穂にもよくわからない。パパが亡くなってサッカーは観なくなったから。
でも本当に好きなのはお兄ちゃんとは言えず、里穂はそのサッカー選手のファンで押し通すことにした。
【終わり】
最終更新:2008年02月04日 23:50