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ハルとちぃの夢 sage 2008/02/06(水) 19:41:06 ID:c86tcY6Q
康彦の部屋から、智佳は早足で台所に戻っていた。
姉、遥の行動に、自分でも制御しきれないような感情を抱いてしまったからだ。
「兄ぃは…兄ぃの側だけからは…」
「その為にも、ハル姉は大事…必要な人…」
智佳は、まるで呪文の様にそんな言葉を口ずさんだ。
幼少の頃、病弱だった智佳の側には、常に両親がいた。
その為か、智佳は両親に依存し過ぎる様になっていた。
だが、智佳が小学校に上がる頃、智佳の体が健康に成り始めた時から、両親の不在が増え始めた。
それは、智佳の治療費に貯えを使い果たしてしまった為、両親共に仕事を増やしたからであるが、
智佳は、両親に捨てられたと感じてしまったのだ。
毎日の様に泣き続ける智佳を慰め、癒してくれたのが、兄だった。
智佳の依存する対象が、両親から兄に変わっていくのに、それほどの時間は要らなかった。
それだけなら、兄の存在は両親の代わり、というだけだったかもしれない。
だが、一つだけ兄と両親が智佳に接する態度で違った事がある。
兄は智佳を一人の人間として見た。
一緒に笑い楽しみ、悪さをすれば叱られ、時にこちらが叱り、嬉しい事があれば褒めてくれる。
それが智佳に、自分の存在の確かさを感じさせた。
小学生以前の病弱で病院で過ごす事も多かった智佳と、小学生以降の健康で外で遊べる智佳との違い、であったのだが、
それらは両親が智佳には与えられなかったモノだ。
兄の側、そこが智佳にとって、自分の存在をしっかりと確認出来る唯一の場所になっていた。
眠れない、そう言っては兄のベットに潜り込んだ。
兄に手を握って貰えるだけで、頭を撫でて貰うだけで幸せな気持ちになれた。
ある日、その時に見ていたアニメの真似をして、寝ている兄にキスをしてみた。
それが今までにない幸福感と気持ち良さを、幼い智佳に与えた。
”起きている時にやってもらいたい”
そうとも思ったが、その行為がイケない事、との気持ちを智佳に与えていた為、
それは兄が寝ている時だけの、智佳の秘密になっていった。
633 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/06(水) 19:41:54 ID:c86tcY6Q
「ハル姉は必要…」
智佳がもう一度、自分に言い聞かせる様に、小さい声で、だが、しっかりと呟く。
「ちぃちゃんはお兄ちゃんの事、愛しているかな?」
それは智佳が小学校6年の時の話だ。
表情を暗くして血の気の失せた顔をした遥を心配した智佳が、遥の部屋に行った時に言われた一言。
「うん。とっても大事な人」
既に智佳の中で大きくなりすぎていた兄の存在を、智佳にはどう言葉にして良いか、分からなかった。
だから、そう答えた。
「お兄ちゃんはいま、悪い女に騙されそうになっているんだ」
「だから、二人でお兄ちゃんを救ってあげよ!」
遥が智佳の両目を見ながら言う。
遥の言葉の意味は、その時の智佳には良く分からなかった。
ただ、その時の遥が恐ろしいモノに見え、曖昧に”うん”とだけ返事すると、逃げるように、その場を後にした。
智佳が遥の言葉の意味を理解したのは、それから数日後の事だった。
634 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/06(水) 19:43:01 ID:c86tcY6Q
土曜の午後にその女は家に来た。
「あ、気にすんな、アタシはヤスに届けもんがあっただけだから」
一応は兄の部屋に通し、お茶でも出そうとした智佳を、その女はそう言って留めた。
この女が、姉の言っていた”悪い女”なのだろう。
「智佳ちゃんだっけ?」
相手を観察するように眺めていた智佳に、相手の女が声をかけてきた。
「はっはい?」
その声に、完全に不意を付かれた智佳が、裏返った声をあげる。
「ハッハハ、そんなに緊張しなくても大丈夫だぜ?」
智佳の返事に相手が愉快そうに笑う。
「これなら、ヤスがシスコンになるのも分かるけどな!」
智佳の事を一通り見た相手が、そう言って一人納得していた。
「ヤスの奴は良くあんたらの事を褒めてるからなー、良く出来た妹だってな」
「ほんとですか!」
智佳の顔を見ながら言葉を続ける相手に、智佳は思わず、引き込まれるように答えた。
「ほんともほんと!アイツにアンタらのコトを聞いたら、いっつも鼻の下伸ばしてるぐらいだからな」
その話を聞いた智佳は嬉しくなった。
兄が自分を褒めていてくれている、その喜びは、アンタらという言葉に覚えた違和感を忘れさせるモノだった。
それと同時に智佳は相手の女性に好意を持った。
言い方は乱暴だが、相手を見て、相手の事を考えながら喋る姿は、智佳にとって好ましい性格だからだ。
だから、智佳も自分では知り得ない兄の学校での様子を質問し、相手もその質問に答える形で、会話が盛り上がった。
635 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/06(水) 19:44:20 ID:c86tcY6Q
「ただいまー」
相手との会話が途切れた位に、兄が買い物から帰ってきた。
「あ、兄ぃお帰り!」
「ちぃ、ただいま」
「誰か来てるのか?」
玄関まで出迎えた智佳に、普段と見慣れない靴を見た兄が聞く。
「よぉ、邪魔してるぜ」
智佳が答える前に、楓と名乗ったその女性が、下に降りて来て、兄に声をかける。
「あれ、楓?どうしたんだ?」
楓の姿を確認した兄が不思議そうな顔をして言う。
「わざわざ、英語のノートを返しに来てやったんじゃねぇか」
「あ、そうか。悪い悪い!」
「ったく、感謝しろよ、こうやって届けてやったんだから…」
「待て!お前が英語の時間に寝ちまって、ノートをとってないって言うから貸してやったんだろう」
「ハッハハ、まぁ、細かいコトは気にすんな!こうやって返しに来てんだから」
兄と楓とのやり取り、
智佳は一つだけ、疑問を抱いた。
楓を確認してからの、兄の表情だ。
楽しそうな、嬉しそうな、喜んでいるような表情。
それは、智佳が今までに一度も見た事がない表情だった。
「まぁ、ヤスが帰ってくる前に、智佳ちゃんにヤスの悪行全部を話せたからイイんだけどな!」
「悪行って…、お前は何を話した?」
「さぁねぇ?ネッ、智佳ちゃん!」
「え…あ、うん」
兄をからかう様に茶化しながら言う楓、そんな楓の言葉を笑いながら受け止めた兄、
そして、そんな兄の様子に何とも言えない感情を抱き、戸惑う智佳。
兄と楓の二人は、その後も、智佳には内容の分からない話を続け、
ある程度の時間になった頃に、兄が楓を送っていった。
楓がいる間、智佳は複雑な気持ちに襲われていた。
兄の側にいたハズなのに、兄が側にいない感覚、その感覚からきた恐怖。
その恐怖がそれまで好意を抱いていたハズの相手に、嫌悪感をもたらしてきていた。
636 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/06(水) 19:46:09 ID:c86tcY6Q
その日の晩、智佳は兄の部屋に忍び込んだ。
昼に感じた不安を拭い去る為、昔に覚えた秘密を実行する為だ。
手慣れた感じで、一切の音を立てずに部屋のドアの開け閉めを済ますと、まるで足音を立てないままに兄の元に近寄る。
何度も繰り返してきた行為なだけに、そこまでは智佳に緊張はない。
だが、兄の寝顔を見ると、さすがに胸の高鳴りを押さえる事が出来なくなっていく。
「兄ぃ…」
兄の寝顔を見たまま、智佳が呟く。
今、こうして兄は自分の側にいる。
智佳はその事実にまず、喜んだ。
優しく唇を合わせる。
昔の智佳なら、それで満足していたのだが、得てきた知識と快感を知る身体が、それを許さない。
兄の口の周りを丁寧に嘗め、少し開いた口から自分の舌を侵入させる。
その行為が、自分と兄との一体感を味合わせてくれる。
クチュクチュと静かに響くその音が、智佳の快感を刺激する。
「ハァハァ…兄ぃ」
唇を離し、恍惚とした表情で智佳が呟く。
もっと兄と一体感を手にしたかった。
その為の、本能か知識か、智佳の右手は自分の股間に、左手は兄の股間に触れようとした。
しかし、その行為を行う事はなかった。
「か…え…で」
寝返りと共に苦しい息の中で発せられた一言。
その一言で、智佳は我に返った。
そして気付いた。
兄の心は今、ここにない。
その心は昼間の女、楓の元にある事を。
昼間に感じた恐怖の正体。
兄の側に自分がいられなくなる、兄の心が自分から離れる。
「兄ぃの側にいるのは私だけ…私一人だけ…」
兄から身を離し、何度となくそう呟く。
智佳はその時に決意した。
自分から兄を奪う者は全て始末しよう、と。
その始末が終わったら、今の続きを、兄が起きてる時に。
「私は絶対に兄ぃの側から離れないから」
その言葉と共に、兄の頬に誓いのキスをすると、智佳は兄の部屋を後にした。
その翌日から、智佳は遥と積極的に協力しあうようになる。
637 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/06(水) 19:47:03 ID:c86tcY6Q
「ハル姉も今は大事、今は大事な人…」
自分に言い聞かせる為に、智佳が何度も呟く。
自分ではない、もう一人の兄の妹。
自分にはない直感と、高い行動力を持った人。
そして、兄の事を想う相手の一人。
今の智佳にとって、遥の存在は必要不可欠だ。
2年前の”事故”にしろ、遥の存在がなければ、あそこまで上手くイカなかっただろう。
今、傷を負った兄の元には、今まで通り、二人の妹が必要なのだ。
多少以上に厄介な相手とはいえ、今は唯一の協力者であり、秘密の共有者なのだ。
台所に戻った智佳は、冷たい水で顔を洗った。
今だけは、兄の部屋で遥に向けられた感情を抑えながらイケない。
今だけは、遥のある程度の行為を黙認しなければイケない。
最後に、兄の側に自分だけがいる為に。
顔を洗い終わり、気持ちを落ち着けた智佳は、何時も通りの柔和な笑顔で、二人が降りて来るのを待った。
最終更新:2008年02月12日 23:10