双璧 第2回

812 名前:双璧 ◆Z.OmhTbrSo :2007/08/10(金) 02:03:14 ID:8eIil4Cu
 朝倉直実という女について。
 本名、朝倉直実。県立高校に通う、17歳の高校二年生。現在、付き合っている男子はいない。
 学業成績を一言で言い表すならば、優秀。
 五段階評価で表すと五、上中下で言えば上の上。
 つまり、他に並ぶものがいないほど、学業において優れた成績を誇っているということだ。

 実例を挙げるとしよう。一学期の期末テストでのことだ。
 朝倉直実はテストの成績で、同級生全員の成績を上回った。
 5教科全て100点満点。2位との差を20点つけて1位に輝いた。
 彼女と同じクラスである男子生徒、今回の結果で学年4位だった哲明との差は34点。
 同じく同級生であり、女子生徒の中でのワースト1の地位を不動のものにしている明菜との差は、325点。
 朝倉直実という女子は、成績において死角がない。

 それではテストがない教科、例えば体育ではどうだろうか。
 成績優秀ときて、スポーツ万能とまでくればもはや非のうちどころがない。
 100メートル走をしたら途中で失速したり、バレーボールをしたらボールを追いかけて仲間とお見合いをして
相手チームに1点あげてしまうような女の子であれば、比較的多く存在していそうな気もする。
 が、朝倉直実は100メートル走では陸上部の女子といい勝負をするし、バレーボールでは相手チームの
コートにビシバシとスパイクを決めてしまう。
 このように、朝倉直実はスポーツにおいても活躍してしまう身体能力を持ち合わせている。
 結論から言うと、テストの成績は全教科満点、スポーツにおいては皆に頼られる、
という非の打ち所がない特徴を兼ね備えているのが、朝倉直実という存在だ。

 このうえ容姿までいいと来ていれば、もはや日本を代表する女子高校生代表に選ばれてもいい。
 世界各国の女子高校生を相手に戦ってもらいたいほどだ。
 そして、二度あることは三度ある、というわけではないだろうが。

 朝倉直実は美少女だった。綺麗か可愛いかで言わせれば、可愛かった。
 髪の毛は黒く長い。それは長い髪が好きだからではなく、単に色々な髪型をするのに便利だったからだ。
 弄らないロング、リボンでつくったポニーテール、リボンをダブルで使用したツインテール、
動きの邪魔にならない三つ編み、コンパクトにまとめたお団子頭、など。
 化粧はしていない。化粧するのをためらっているわけではなく、必要がなかったから。
 まつ毛は程よく長く、二重まぶたは目の存在をはっきりさせ、顔は肌色の牛乳を張ったようになめらかで、
手入れの行き届いた眉毛はすっきりしていて、鼻は小ぶりでバランスよく調和をとっていた。
 まだまだ褒めることができる部位はあるが、彼女の外見でもっともいいところに比べれば霞んでしまう。
 それは、笑顔。朝倉直実の笑ったときの顔は眩しいほどに輝いていた。
 会話をする男子女子先輩先生、皆が笑顔に見とれるか顔を逸らすかした。
 そして、朝倉直実は会話をする際、ほぼいつも笑顔を浮かべていた。
 もちろん哲明に対してもそれは例外ではなかった。
 いや、朝倉直実が特に仲良くしていたのは哲明であったから、他のクラスメイトと比べてみても、
哲明が彼女の笑顔を見る機会は多かったと言えるだろう。

「つまり、それが問題なわけよ!」
「全くだ」

 と、哲明の姉と、哲明そっくりの顔をした明菜が問題視するほど、朝倉直実の笑顔は魅力的だった。
 それは哲明の姉妹が意識する、または敵意を向けるほどのものだった。
 このように、朝倉直実は才色兼備を体現している存在だ。
 あまりにもできすぎているため、かえって対処に困るような女。そう思っていただければいい。
 朝倉直実についての説明は以上で終了とする。



813 名前:双璧 ◆Z.OmhTbrSo :2007/08/10(金) 02:04:54 ID:8eIil4Cu
 リカと明菜は、リカが1人で使用している部屋で会議を行っていた。
 もちろん、哲明に近づく有象無象の女の1人である朝倉直実対策についてだ。
 わざわざリカの部屋で会議をしているのは、哲明に聞かせたくないから。
 明菜と哲明が同じ部屋で寝ている以上、リカの部屋しか秘密の会議を行える場所は家の中にないのだ。

「さて――明菜」

 リカ、という本名とは少々かけ離れたあだ名で呼ばれている哲明の姉は、テーブルに肘をついて話を切り出した。

「最初の議題だ。あの女を近いうちにやってしまうか、じわじわと追い詰めてからやってしまうか。どちらがいいと思う」
「そうね、思いっきりへこんで10kg以上痩せさせる程度にやってしまうのがいいと思ってるよ。
 あそこまで人気者だとそれぐらいが限界じゃないかな」

 哲明の妹で、哲明と顔のつくりがほぼ同じである明菜は、慎重な意見を述べた。
 対処に困る朝倉直実は、当然ではあるが人気者だった。
 同級生下級生上級生、一部の教師たちにまで好かれている。
 彼女が1人になる隙はなかなか生まれない。

「そうだな。その程度ならあまり目立たないだろう。
 できれば私が今のクラスを担任している間は動かないでおきたいところだが」
「そんなこと言って、テツ兄をとられちゃったらどうすんの」
「それについては私に考えがあると言っているだろう? 後は明菜が賛成してくれればすぐにでも実行できる」
「テツ兄にクスリ飲ませて無理矢理、ってやつ? 前から言ってるけど、それパス。
 テツ兄から襲ってもらわないと意味無いじゃん」
「お前はテツのほうから襲い掛かってくると思っているのか? 本気で?」
「……そりゃ、ありえないことだとはわかってるよ。けどやっぱり初めては……ねえ?」
「まあ、な。やれやれ、初めての壁さえ越せばこちらからヤリたい放題なのに」

 姉妹が同時に、ため息を吐く。
 彼女達が言っている初めて、というのは、当然エッチのことだ。
 この姉妹は兄または弟である哲明に、欲情している。性欲を抱いている。姉にいたっては犯したいとまで思っている。
 今まで哲明が貞操を守れてきたのは、明菜のおかげなのだ。
 姉は快楽主義者だった。対して妹は少々ロマンチストの気があった。
 初めては男の方から。プロポーズは男の方から。おかえりとただいまの挨拶は熱いベーゼで。

「それよりリカ姉。朝倉直実についてだけど」
「うむ。どうやってテツに近づけさせないようにしてやるか」
「あの女、ちょっと成績がいいからって調子にのってテツ兄に近づいてきて。
 しかも今日は適当な理由で家に連れ込んだ。今までわざと宿題やらなかったに決まってるよ」
「しかも、テツの携帯電話まで奪った」
「許せないね」
「絶対にな。そろそろ私も我慢の限界だ」

 2人の意見がひとつにまとまった。

「近いうちに、あの女がテツ兄に近づいてきたら」
「二度とテツに近づくことができないようにしてやる。必ずな」

 時刻は夜の9時。
 夏とはいえ、すでにこの時刻には外は暗くなってしまっている。
 リカの部屋で行われる会議はこれからまだまだ続いていく。
 隣の部屋でテレビゲームを遊んでいる哲明は、隣の部屋で自分の姉妹が物騒な会議を行っていることなど知らない。
 いや、知らないほうがいいだろう。
 仲のいいクラスメイトを陥れようとする策を練る姉妹の姿を見たら、哲明が彼女達に失望することは間違いない。



814 名前:双璧 ◆Z.OmhTbrSo :2007/08/10(金) 02:07:27 ID:8eIil4Cu
 8月31日、金曜日。
 世の小中高校生にとっては憂鬱であったり忙しくもあったりする一日だ。
 朝、哲明はいつも通りの時間に目を覚ました。
 哲明は今日一日、何の予定も入れていない。
 友達と遊びに行くことも、夏休みの残りの宿題に追われることも、姉妹のどちらかと遊びにいく予定も無い。
 ただ、一つだけ気がかりなことがあった。
 昨日、クラスメイトの朝倉直実の家に宿題を手伝いに行った際、携帯電話を忘れてきてしまったのだ。
 もしかしたら自分の家に忘れてきたかもしれないと思い、家中を捜索したが、携帯電話は見つからなかった。
 道端で落としたということも考えられるが、友人の家に忘れてきた可能性の方が大きい。
 仕方が無い。今日はとりあえず朝倉さんの家に行くことにしよう、と哲明は思った。

 哲明が居間へ向かうと、朝食の香りが嗅覚をついた。
 キッチンの奥に見えるは、黒くて長い髪。リカだった。
 哲明の家では姉兄妹3人がローテーションで調理を担当することになっている。
 一昨日は哲明、昨日は明菜、そして今日はリカ。
 3人の中で料理が一番上手いのは哲明だ。
 いや、哲明の味覚はあまり実力差はないと判断している。
 ただ、姉妹が揃って哲明の料理が最高だ、と言い張るのでそういうことになっているだけだ。

 哲明が居間へ足を踏み入れると、テーブル席についてオレンジジュースを飲む明菜と、
慣れた手つきでフライパンでベーコンを焼いているリカが同時に振り向いた。

「おはよ、テツ兄」
「おはよう、2人とも」
「おはよう、テツ。もうすぐでできるから座って待っていてくれ」
「うん、わかった」

 哲明がいつも座っている席に腰を下ろす。
 明菜はそれを見ると、すぐに椅子を一緒に哲明の隣に移動した。
 肩と膝が触れそうなほどの距離。明菜の口が、哲明の耳の近くに寄った。

「……ねえ、今日さあ、暇?」
「暇はあると言えばあるけど。また買い物の付き合いか?」
「いやいや、今日はそれじゃなくて。まあ、ショッピングもいいんだけどさ。今日、プールに行かない?」
「プール? んー……別にいいけど。用事が終わってからな」
「オッケオッケ。夕方でも大丈夫だよ。むしろ、その方がいろいろと先の展開が……」
「――ほう。どんな展開がある、というのかな。明菜よ」

 上から喋るように言ってきたのは、リカ。トレイには三人分の朝食が乗っている。
 今朝のメニューはバターロール、焼きベーコン、サラダ。
 トレイからテーブルへと皿を移し終えると、リカも椅子に座った。当然、哲明の隣。
 哲明は今、右を明菜に、左をリカに固められている。
 だが特に気にした様子もなく、哲明は朝食に手をつけ始めた。
 おかしいとは思っているが、今さら何か言っても無駄だとわかっているからだ。
 明菜は舌打ちを一度かましてから、姉は鼻で嘲笑してから朝食を食べ始める。



815 名前:双璧 ◆Z.OmhTbrSo :2007/08/10(金) 02:09:14 ID:8eIil4Cu
「テツ、おいしいか?」
「うん」
「ふん。簡単な料理なんだから味にそんな差がでるわけないでしょ。誰が作ったって一緒よ」
「愛情の入れ方が違う。出来合いのものとは一味も二味も違う。別のものも入れたからな」
「――なんですって?」

 姉の言葉を聞くと、なぜか明菜が顔色を変えた。

「あんた、まさか……それはやらないって約束したでしょ?!」
「明菜? どうかしたのか?」
「テツ兄は黙ってて。……もしそうだったら、リカ姉、あんた……」

 手で持っているフォークを突き出さんばかりの顔をして、明菜がリカを睨む。
 対して姉は顔色も変えることなく、静かに答えた。

「安心しろ――――ブラックペッパーのことだ」
「あ、ホントだ。少し辛い」
「なんだ……紛らわしいこと、言わないでよね」

 安心した様子で明菜が肩を落とす。

「ところで、さっきプールに行くと言っていたが」
「あ、それは――」

 明菜が姉の言葉を遮ろうとしたとき、哲明が口を挟んだ。

「リカ姉も行く? 3人で行ったほうが楽しいし」
「もちろんそうするとも。私は体育教師じゃないから、こんな時でもないとテツの成長した体を直に見る機会がない。
 ふふふ、楽しみだ。期待しておけ、テツ」
「何を」
「私の水着姿を。そして……誰かさんとの圧倒的な差にも」

 リカがチラリ、と視線を移動させた。その先に居るのは明菜――のシャツの胸元。
 Tシャツの形はほぼ真っ直ぐになっていて、乱れていない。女性特有の胸に起因する起伏が小さい。
 もちろん無いわけではない。うっすらとだがカーブがある。
 だが、よく見なければわからない。ぱっと見ではカーブというよりストレート。

「明菜、我が妹よ。やはり今年もスクール水着か?」
「……悪い?」
「悪くはない、私はな。だが、テツは面白くないだろうなあ、毎年毎年スクール水着では」
「いや、別に俺はなんでもいいんだけど」

 そもそもあまり重要視していないし。

「ふん、知らなかったの? テツ兄はスク水が好きなのよ。いわゆるスク水フェチ。知らなかった?」
「なに?! それなら私もスクール水着にならないといけないのか、テツ!」
「どっちから突っ込んでいいかわかんないけど、とにかく2人とも落ち着け!」

 3人がそれぞれに声を張り上げた。
 ――その時。



816 名前:双璧 ◆Z.OmhTbrSo :2007/08/10(金) 02:13:12 ID:8eIil4Cu
 家中に鳴り響いた電子音を聞き、3人は停止した。

「誰だろ」
「なんか約束でもしてたの? リカ姉」
「いいや。今日はなんの予定も入れていないぞ」

 リカだけではなく、明菜も哲明も、今日は誰かと会う約束をしていない。
 ということは、予定外の来客だということになる。
 これが昼であればよくあることだが、今は朝。しかも朝食をとっているような時間だ。

「俺が出てくるよ。近所の人かもしれないし」

 哲明は両隣を固めながら寄り添ってくる二人をどけて、玄関へと向かった。
 玄関のすりガラスを通して見た向こう側は朝の光で明るくなっていた。
 その光の一部を隠すようにして、人影があった。
 哲明は玄関の鍵を開けて、ドアを開いた。

「はい、どちらさま……あれ?」

 玄関にいた来訪者を見て、哲明は疑問の声をあげた。
 今日こちらから訪ねていこうと思っていた友人がそこにいたからだ。
 髪型はポニーテール。着ているのはヒラヒラのワンピース。そして顔は眩しい笑顔。
 クラスメイトの朝倉直実だった。

「おはようテツ君! いい朝だね!」
「朝倉さん……おはよう。どうしたのこんな朝から」
「んん? なんだか不可解そうな顔だね。私が来ちゃいけないの?」
「そういうわけじゃないけどさ」
「ふーん……まあいいや。それより、はい」
「ん、これって……俺の携帯?」

 朝倉直実が哲明に向けて差し出した手に乗っていたのは、携帯電話。
 それも、昨日哲明が失くしてしまった携帯電話だった。
 失くしてしまったはずのものを、朝倉直実が持ってきた。ということは。

「昨日私の家に来たとき忘れてったでしょ。だから、持ってきてあげたんだ。しかも朝イチで」
「あ、やっぱり朝倉さんの家にあったんだ。ありがと、持ってきてくれて」
「いやいや、気にしないでいいよ。――意外とうっかりさんだってことも、わかったしね」
「あはは……気をつけます」
「うん、そいじゃあね! これ以上居たらうるさい人たちに見つかりそうだし! バイバーイ!」

 哲明が何か言うより早く、朝倉直実は身をひるがえして玄関を後にした。
 姿が見えなくなるまで背中を見送ったあとで、携帯電話を開く。
 特に変わったり、壊れている部分はない。
 壁紙や通話履歴、メールのフォルダを確認してみたが、特に変わったところはない。
 なにも弄らずに返してくれたのだろう、と哲明は思った。



817 名前:双璧 ◆Z.OmhTbrSo :2007/08/10(金) 02:15:11 ID:8eIil4Cu
 居間に戻り、姉妹2人と肩を並べて食べる朝食を終えて、哲明は部屋に戻った。
 今日は姉妹2人とプールに行くことになっているから、準備をしなければいけない。
 バッグに去年使用したトランクスタイプの水着とタオルを数枚入れる。
 財布の中身は充分入っている。プールに行く準備は整った。
 部屋の同居人である明菜はというと、水着を両手で体の前にかざしてにらめっこをしている最中だった。
 何を思っているのかはわからない。
 もしかしたらスクール水着しか持ち合わせていないことを嘆いているのかもしれないし、
単純に自分の起伏の少ない体型でスクール水着を着たときの格好を想像しているのかもしれない。
 どちらにせよ、哲明が軽々しく声をかけられそうな顔ではなかった。
 ベッドに腰掛け、明菜の準備が終わるまで哲明は待つことにした。

 突然部屋にメロディが鳴り響いた。電子的なメロディは、明菜の携帯電話から発せられていた。
 明菜は水着とのにらめっこを止めて、携帯電話を開いた。
 そして、目を逆立たせた。
 ぼんやりと明菜の顔を見つめていた哲明からでも、変化は感じ取れた。
 頭が震え、少し開いた唇から食いしばった歯が見え、握り締められている携帯電話がミシミシ言っていた。
 携帯電話が喋っているわけではない。携帯電話の本体が悲鳴をあげているのだ。
 携帯電話を握り締める明菜の手には血管が浮かんでいた。

 明菜が怒っている、ということは哲明にもわかった。
 その理由はおそらく携帯電話に着信した何かが原因だろう。おそらくはメールだ。
 哲明の位置からは画面が見えないので、明菜が見ているものはわからない。
 明菜は携帯電話を折りたたむと、すっ、と立ち上がった。

「テツ兄、ごめん」
「なんだ、どうかしたのか?」
「今日は、プール行くのなしにしよ。用事ができちゃったんだ」
「そうなのか? なら、残念だけど仕方ないか……」
「ごめんね。また今度、邪魔なやつを片したら行こ」

 明菜は携帯電話を持ったまま、部屋のドアを開けて出て行った。
 夏休み最終日なのだからプールに行きたかったのだが、1人で行ってもあまり面白くない。
 友達もたぶん今日は遊ぶか宿題をしているだろうから、誘っても無駄だろう。
 哲明はバッグの中身をひっくり返し、タオルと水着をタンスの中にしまった。
 そのとき、ジーンズの後ろポケットに入れていた携帯電話が振動した。
 メールが届いていた。送り主は男友達の1人。メールの本文はこう。

『お前が朝倉直実を仕留めたというメールを送ってきたことについて。
 今俺の心は感動している。しかし拳は枕を殴り続けている。
 なぜ俺が感動しているのかというと、お前もとうとう明菜嬢以外の女に興味を持ち始めたと知ることが出来たからだ。
 だが俺の拳は感動ではなく、怒りに打ち震えている。貴様が抜け駆けしたということに怒っている。
 お前は殴られれば悲鳴をあげるだろうが、枕は悲鳴をあげない。だから俺は枕を殴っている。
 もしお前が俺愛用の枕に対して哀悼の意を示すならば、すぐに説明しろ。
 どうやって鉄壁の朝倉直実を仕留めたのか、いかにして付き合うに至ったかを詳細にメールで説明しろ。
 どこまで行ったのか、それも教えろ。傷にならない程度に。
 こんなメールを送ってくる俺の心がおかしいと思っても、友達だというのならば笑わないでくれ。
 決してお前が羨ましいとか、そんなわけじゃないんだ。返事、待ってます』

 普段と比べて以上に長いメールを読んで、哲明はなんと返事をするべきか迷った。
 朝倉直実と付き合っていないし、交際始めましたというメールを送った覚えもないからだ。
 見に覚えのないことを説明できるほど、哲明の想像力は優れていない。
 この日の哲明は、友人から似たようなメールを何通も受け取った。
 送られてきたメールに対する返事をすることで、31日という夏休み最後の一日は過ぎていった。
 隣の部屋からは物音と怒号が何度か聞こえてきたが、精神的に参っていた哲明は深く考えず、
メールの文章を打つことに没頭することにした。

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最終更新:2008年02月12日 23:48
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