9 智子のお弁当 sage New! 2008/02/09(土) 03:38:11 ID:8kQXS1qB
「これっくらいの、おべんとばっこに…」
台所から、愚妹・智子の能天気な歌声が聞こえる。
智子は中学校の制服の上からエプロンを着け、ぼくの弁当を作っている。
「お兄ちゃんっ!まだだよ!まだまだまだ!!」
牛乳を飲もうと、台所に入ろうとするぼくを怒る智子。お弁当はお昼になってのお楽しみらしい。
「えっと、あとは筑前煮を入れておっしまーい」
お弁当を作っている智子は楽しそうだ。ぼくは、居間でテレビを見ながらぼうっとしていた。
もう一度、牛乳を飲もうと台所に入ろうとすると
「まだまだ!今、お弁当をさましてるんだからね!!」
また、怒られた。
「いってきまーす!!」「いってくるよ」
ぼくと智子は一緒に家を出る。智子は中学校、ぼくは大学へ。
途中まで智子といっしょの道を歩く。
「わたしの作ったお弁当はおいしいでしょ?」
「ああ」
妹のお弁当は美味い。
体の弱かった智子はあまり外に出ず、昔からお兄ちゃん子だった。
小さいころから母の料理を手伝っていて、料理センスはなかなかのもの。
ぼくが中学生のころ、小学生だった智子はカレーを初めて作った。
「智子のカレーはうまいなあ」
この言葉がきっかけかどうかは分からないが、彼女の極度のブラコン振りに拍車が掛かったことは間違いない。
夕食の手伝いだけでは飽き足らず、ぼくのお弁当までいつしか作り出した。
10 智子のお弁当 sage New! 2008/02/09(土) 03:38:34 ID:8kQXS1qB
夕方。智子に連れられて、買い物に出る。
智子は庶民的な市場を巡るのが好きで、いつも摘み食いしながら買い物をしている。
とある昔ながらの公設市場。細い路地に食品店がひしめき合っている。
「お肉スキスキ、おなかすきすき♪」
能天気な智子の歌声が響く。
智子はぼくの手首を握りながら、八百屋を物色している。
「おじちゃん!その『みなみうり』一個ちょうだい!」
「へい。おじょうちゃん『カボチャ』ね」
兄として、身内としてこっぱずかしくなった。
「智子。3×5は?」
「えっと、にじゅうご!」
本当に中学生なのか。ぼくは悲しくなる。
公設市場の路地はとても狭い。ましてこのように込む時間帯は人ごみにぶつかる。
「はい、荷物持ちさん!持ってちょうだい」
ぼくに買い物で一杯になったエコバックを渡そうとする智子。人ごみに押され、こけそうになった。
智子の小さな胸がぼくに当たる。髪の毛のやさしいミルクのような香りがぼくの鼻をくすぐる。
頬を桜のように淡い色に染める智子。
「ねえ。智子のキス、試してみる?」
悲しくなるくらいバカな妹だが、そんな妹に一瞬でもドキっとさせられた。
「ふふふ、おにいちゃーん。いま、智子の魅力に、参っちゃったでしょ?」
ニシシと笑いながら、ぼくにもたれかける智子。
どうして、こういうくだらない言葉はすぐ出るんだろう。
11 智子のお弁当 sage New! 2008/02/09(土) 03:38:57 ID:8kQXS1qB
翌日。いつものように智子のお弁当を持って大学に向かう。
午後一時。今日のゼミは一旦終わり。お昼ごはんの時間。
「おーい、彼女の手作り弁当自慢しやがって…」
「ウチの妹が作ったんだよ…」
ぼくのゼミでお昼にお弁当持参の男子は、ぼくぐらいだ。
ましてや実の妹の手作り弁当なんぞ…。
「へえ、妹さんって料理得意なの?」
ゼミで二番目に美人の三宅さんが声をかける。
「いいなあ。わたしってば料理苦手なんだよね」
あんな残念な妹でも、尊敬されるんだ。ほんの少し、妹を自慢に思う。
三宅さんは女の子達とカフェに出かけ、ぼくら男どもは学食に向かう。
一時過ぎの学食は結構空いているので、ぼくもお弁当持参で一緒に食べる。
その日の夕方、ぼくのお弁当箱を洗おうとしている智子が泣いていた。
「お兄ちゃん、誰かにお弁当食べさせちゃったでしょ!!」
「??」
「今日は間違えて、お兄ちゃんの苦手なトマトを入れちゃったんだよ。
なのに、トマトがなくなってる…」
一緒にお昼を食べた友人にトマトを差し上げただけだ。
「お兄ちゃんのバカー!!」
お弁当箱で叩かれた。智子は手を滑らせ、床にお弁当箱を落っことす。
「あーあ…」
ひびの入ったお弁当箱を拾い上げるぼく。台所から飛び出した智子は、居間でふて寝をしている。
12 智子のお弁当 sage New! 2008/02/09(土) 03:39:19 ID:8kQXS1qB
翌日、昨日のことでへそを曲げてるんじゃなかろうか。
そんな不安を抱きつつ、台所を覗く。
「さかなさかなさかなー、さかなーを食べーるとー」
能天気な歌声が聞こえる。
智子は何事もなかったようにぼくのお弁当を作っていた。
「今日は、三色弁当なんだ」
智子は自信満々の笑みで小首をかしげ、ぼくにお弁当を渡した。
なんだ、昨日のことはもう忘れていたのか…。ぼくの杞憂に終わった。
お昼。
「ねえ、一緒にごはん食べない?わたしもお弁当作ってきたんだ」
かわいらしいお弁当箱を見せながら、三宅さんがぼくに誘った。
「…う、うん。いいよ」
マヌケな答えしかできなかったが、キャンパス内の静かな池のほとりで、一緒にお昼を食べることにした。
ぱっとお弁当箱を包む布を開くと、かわいいくまさんのお弁当箱だった。
昨日、智子が今まで使っていたヤツを壊してしまい、彼女が昔使っていたものに、今日はお弁当を詰めたらしい。
横で三宅さんがくすくす笑う。とても不安な気持ちにさせるお弁当箱。
ふたを開ける。三宅さんも、ちょっと期待しているみたい。
きれいな色とりどりのお弁当。料理に関しては、本当に天才的だ。
黄色のいり卵に囲まれて、鳥そぼろで「お兄ちゃん RABU」と書かれていた。
おしまい。
最終更新:2008年02月14日 01:18