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ハルとちぃの夢 sage New! 2008/02/09(土) 10:24:58 ID:7q6Fxnfa
その日、遠藤久美は、最悪の気分のまま、学校へと向かっていた。
昨晩、何度も電話を掛けたのだが、あの”兄”が出る事がない。
その都度、久美はあの美しい恋愛をしている姉妹が虐待されているのでは、と不安な想像に駆られる。
最終的には、自分でさえも分からない程の回数のコールをしていた。
その結果として寝不足になり、更には最悪の想像が精神的に不安を煽ったまま、今に至る。
”二人に何か遭ったのかも知れない”
そう思った久美は、二人の家に行こうか、とも考えたが、その必要はなかった。
「久美オハヨー!」
そんな明るい遥の声が久美の耳に届いたからだ。
「お早うございます、遥さん」
遥の姿に多少は安心した久美は、何時もの様に丁寧にお辞儀した挨拶を返す。
そして、遥の姿をじっくりと観察した。
明るく振る舞っているだけ、との可能性もあるからだ。
「な…なに?」
自分を執拗に見つめる同級生に、遥が脅えた様な声を出す。
「いえ、何でもありません…」
遥の顔をじっくりと見ながら、久美が答える。
「鼻の頭、どうなされたのですか?」
遥のその部分が、赤く腫れ上がっているのを見つけて、そう聞いた。
「コレ?」
鼻の頭を摩りながら遥が言う。
「えぇ、それです」
「コレはその、兄貴に…」
「お兄さんに?」
「あっ、ち…違う違う!そ、そう!転んだんだって!」
自分が言いそうになった言葉に気付き、慌てて言い直す遥。
友人相手とは言え、兄の唇を奪おうとしたら失敗した、と言える筈がない。
だが、それによって、久美は違う受け取り方をした。
「お兄さんに…暴力ですか…」
「暴力って…、あの兄貴がそんな事、出来るワケないでしょ」
まるで呟く様に言う久美に、遥が呆れた声で反論する。
その反論を久美が信じる訳はない。
「遥さんはお優しい。そんな相手を庇うとは」
まるで同情するかの様な久美の言葉。
遥は既に溜め息を漏らすしかなかった。
「そんなコトより、久美はどうしたの?顔色悪いよ」
話題を変える為に、遥が気付いた事を聞く。
が、この質問に久美は”使命がありますので”としか答えなかった。
20 ハルとちぃの夢 sage New! 2008/02/09(土) 10:26:53 ID:7q6Fxnfa
その日の昼休み、遥は教室を抜け出し、人気のない体育館裏に来ていた。
昨晩の電話相手について、智佳と相談する為だ。
家ですれば、康彦が帰ってきた時に、聞かれる恐れがある。
いざとなれば、相手を始末する事も視野に入れなければイケない。
そんな会話は絶対に康彦に聞かれる訳にはいかないからだ。
周囲に人がいない事を確認してから、携帯のボタンを押す。
「ちぃちゃん、今、大丈夫?」
朝には一応、昼休みに連絡する事を伝えていたが、智佳が人気のない場所に行けたかは分からない。
「ハル姉、私も大丈夫だよ」
智佳から返ってきた言葉に、遥が安堵の微笑みを見せる。
「朝に言ってた、何度も電話を掛けてくる人がいるって話だよね?」
智佳が先に話を切り出す。
「そう、その事!どうしたもんかねぇ?」
話の早い智佳に、遥が 相談を持ち掛ける。
が、智佳から返って来たのは、遥にしては意外な疑問だった。
「何でハル姉は、その時にかけ直してくれなかったの?」
痕跡を残さない為、かけ直さないのは、普段からの事だ。
「それは…兄貴に知られるワケにはいかないから…」
「ほんとにそれだけ?」
朝の抜け駆けの様な行為で、遥に不信感を抱いた智佳には、それだけの理由とは考えられなくなっていた。
だから、声にもそれが出た。
「ちぃちゃん、私だって怒るよ!」
遥が声を張り上げる。
「今は二人で協力しなきゃイケない時期何だから!」
「それは…うん、そうだね…」
「そう!分かったら、もう少し私を信頼して」
遥にしろ、智佳にしろ、互いの独占欲の強さは良く分かっている。
とは言え、今は互いを信頼し、協力するしか、康彦を守る道はないのだ。
だからこそ、遥は声を張り上げて言った。
その事については、智佳も一応の納得をした。
だが、肝心の部分は結論を出せない。
康彦の知り合いなら、”?”なんて登録はされてない。
康彦の知り合いでないなら、となると、何なのかは良く分からない。
少なくても、康彦にトラウマが出てる間は、恋人候補ではない。
結局、今まで以上に兄の周囲に気を配る、というだけで話は終わった。
21 ハルとちぃの夢 sage New! 2008/02/09(土) 10:28:34 ID:7q6Fxnfa
「やっぱり難しいよねえ」
智佳との相談が不調に終わった為、遥は深い溜め息をついて、携帯を閉じると、教室に戻った。
「やはり、私の勘に狂いはなかったみたいですね」
遥の後ろ姿に、久美が満足そうに呟く。
遥は気付かなかったが、久美は智佳とのやり取りを、全て物影から見ていたのだ。
無論、智佳の声が聞こえた訳ではない。
だが、最初に見せた笑顔、
兄に知られてはイケない、信頼して欲しい等の単語、それらが久美にある事実を語る。
二人が愛の囁きを交わしていた、という事。
そして二人が今、苦境に立たされている、という事。
この二つさえ分かれば 、久美には充分だった。
何せ、人目を避ける様にして、遥が智佳に電話する所を見たのは、始めてではないのだから。
そして、その時に久美は二人の関係に気付いた。
正確には勘違いし始めた。
それは、綺麗な物を見たいという、彼女特有の心理からだったが。
「お二人の幸せの為に、私が協力します」
決意を久美は口にした。
あの兄の処分は自分しか出来ない。
殺害しても良いが、肉親が死ねば二人も悲しむだろう。それは避けたい。
早めに処分を決めなければならない、
その方法について、久美は頭を悩ませ始めた。
22 ハルとちぃの夢 sage New! 2008/02/09(土) 10:30:37 ID:7q6Fxnfa
2
ある喫茶店、早紀が康彦を挑発し、康彦がトラウマを再発させた店。
同じ店に、早紀は鈴と訪れていた。
昨日に康彦と会った事を話し、バイトに行こうとしていた鈴を、半ば強引に誘ってきたのだ。
「そんな事言われても…私だって頑張ってるつもりなのにぃ」
涙目になって訴える鈴に、早紀は溜め息をついた。
あまりにも康彦に脈がなかった為、今まで何をしていたのかを聞いたらこうなった。
「その楓さんって人を真似してみたらよ?」
あまりの鈴の不甲斐なさに、そんな提案をしてみる。
「ムリムリ!絶対にあの人みたくはなれないよぉ」
「そ…そうなの」
勢い良く否定してきた鈴に、早紀が及び腰で返事を返すと、鈴は大きく頷いた。
そして気になった。
「楓さんって、どんな人だったのよ?」
死んだ後も恋人の心に生き続ける様な人間に、興味が湧いた。
「どんな人って言われてもぉ…」
早紀の質問に、鈴は言葉を詰まらせる。
「喋り方とか性格とか何でもイイから、言ってみな」
鈴を促す様に、早紀が言う。
そんな早紀に答えるよう、鈴が”うーん”と唸ってから語り出す。
「何時も先輩と口喧嘩しててぇ、誰と話すトキもスッゴク口が悪いの」
「でも、ストレートでサバサバしてて、みんなから頼りにされてた!」
「それに先輩と二人っきりのトキとかホントに信頼し合ってたかなぁ…私の方が先輩のコト、何倍も好きだったのにぃ!」
最初の内は懐かしそうに、最後の一言には怒りと嫉妬を滲ませて、鈴が語った。
「へええ、そんな人だったんだ」
早紀は鈴の話を聞いて、楓に対して強い人、との印象を受けた。
「そんな人が何で亡くなったの?」
だから、そんな疑問が出た。
「事故だよ、事故!」
「へっ、事故?」
23 ハルとちぃの夢 sage New! 2008/02/09(土) 10:32:38 ID:7q6Fxnfa
鈴の答えが早紀に意外だった。
確かに、事故ならば仕方のない話なのかも知れない。
が、鈴の話を聞いてイメージした限りでは、そんな簡単に事故に遭う程に、鈍い女のイメージが湧かなかったからだ。
そんな早紀の疑問に気付いてか、気付かずか、鈴が言葉を進める。
「満員のホームから押し出されて線路に落っこっちゃったんだよ!」
鈴のそんな言葉に、早紀はますます、不思議に思えた。
そんな事故が起こり得るのか、と言う事、
そんな事故を起こした人間と、鈴が語ったイメージ像が一致しないからだ。
「大変だったんだよぉ!あの事故の後、先輩や先輩の妹さんまで警察に話を聞かれたみたいだしぃ!」
恋人だけならともかく、何故にその妹まで。
そんな疑問が、早紀の頭に浮かんだ。
その疑問が、早紀の妄想を刺激し、自分でも笑える様な考えが頭に浮かび、慌てて首を振った。
「どうしたの、早紀ちゃん?」
早紀の様子に気付いた鈴が、彼女にしては珍しく、率直に聞いてくる。
「何でもない何でもない!」
自分の妄想を打ち消す為に、早紀は業と大きな声て否定した。
「楓さんの話は分かったからさ!」
そこまでの話を終わらせるように早紀が言う。
「鈴と、鈴の先輩とのこれからを話そうか」
話題を変えたくて、思わず早口で言う。
その後、早紀は鈴に、康彦をお祭りに誘うように、と忠告した。
先輩がバイトだ、と渋る鈴に、”バイトが終わった後でいい”と言ってから、”あのお祭りは夜遅い方が盛り上がるから”と、含みを持たせた。
最後に”その日は私も付き合って上げるから”との言葉を言うと、
鈴は”お願いね!”とだけ、答えて、康彦との夜に幸せな妄想に浸り始めた。
楓の話をしている時は、どれほど無我夢中になろうとも、早紀から眼を離さなかったにも関わらず。
そんな鈴の姿を、早紀は溜め息混じりに見守っていた。
24 ハルとちぃの夢 sage New! 2008/02/09(土) 10:33:57 ID:7q6Fxnfa
3
その日の帰り道、康彦は酷く疲れた顔をして、道を歩いていた。
バイト先では、鈴に昨日休んだ事で責められていた。
連絡がなかったです、と怒り、ちゃんと店に電話した事を伝えると、私にはしてくれなかった、と意味不明な事を訴え出した。
バイト前後やその合間には、妹二人の恋仲を主張するあの女子高生からの電話が鳴り止まず、その対応にも頭を悩ませた。
相手いわく、昨日に電話を取らなかったのは、二人の邪魔をしていたのではないか、としつこく言われていた。
体調を崩して寝ていただけだ、
そう答えても、信じる気配すらなく、
遥に暴力を振るったのでは、とまで疑ってきた。
流石にそこは康彦も強い調子で否定したモノの、相手に伝わった様子はない。
結局、一日に一度は康彦から電話をする、日を決めて会う約束をさせられてしまった。
「はああー」
大きな溜め息と共に、康彦は足を止めた。
空を見上げれば、満面の星空が広がっている。
「あの星のどれかが楓なのかなぁ?」
死んだら人は星になる、そんな言葉を思い出して、そう呟く。
「まだ逝く訳にはいかないけど、もう少し待っててくれよ?」
星のどれかに謝るようにして呟いた。
康彦には一つだけ、決めている事がある。
それは楓の死だけでなく、その死の直後から複数の警官や一部の記者から言われた話が原因になっている。
遠藤楓は自殺ではないか、その自殺の原因が佐々木康彦にあるに決まっている、という話。
その話は、康彦に更なるショックと衝撃を与えた。
楓を救えなかった自分を責めさせる要因ともなった。
そして決意した。
妹二人が自立したら、楓の死に責任を取ろう、と。
妹二人の恋愛が本当なら、自分の存在は二人にとって軽くなる、
それなら、自分は自分の責任を果たしても問題はない。
「もうすぐだと思うからさ」
小さく、だが、揺らぎのない声で呟いた。
これが遥にも智佳にも気付かれていない、康彦の本音。
そして、最後に抱いた夢。
最終更新:2008年02月14日 01:20