監禁トイレ⑧

29 監禁トイレ⑧-1 sage New! 2008/02/09(土) 13:54:56 ID:2Yg/Fjrq
帰ってこない。
弟が帰ってこない。
摩季は車の中で震えていた。エンジンを切り車内で待つこと既に六時間、時計の短針は10を指している。外は暗く、人通りもまばらになってきた。
「達哉」
言葉ともに湯気が上がる。揺らいで薄くなっていく白煙。摩季の不安は湯気のように簡単には消えてくれなかった。



「摩季は今度お姉さんになるのよ」
実母は摩季の頭を撫でながら嬉しそうにそう言って数日後、皺くちゃの顔で泣く赤ん坊を残して逝ってしまった。父親の泣き叫ぶ姿を見たのもこの時が初めてだ。それ以来、結局一度も見ていない。
母の葬式の時すら泣かなかった。父親はただただ涙を耐えていた。それを見ているのがどうにも辛くて、抱き上げた弟の顔をずっと見ていた。葬式を終え和室の仏壇に手を合わせていた時、
「父さん、仕事頑張るから。その代わり摩季には達哉の面倒を見てほしいんだ」
父親は摩季にそう言った。
小学校にあがったばかりの娘だ。母親が恋しいに決まっている。それでも摩季は頷いた。もう父親の泣き顔も、泣くのを耐える顔も見たくないから。

―――摩季は今度お姉さんになるのよ―――

仏壇に飾られた母の写真から、声が聞こえたような気がした。

それからは毎日が戦いだった。小学生向けの育児本などあるわけもなく、近所の主婦達に指導してもらいながらの授乳やオムツ換え、夜になれば疲労のあまり黙り込む事の多い父の食事作り。
夜泣きする達哉を一晩中あやして、目の下に隈をたずさえての登校など日常茶飯事であった。
それでも、確かに幸せは彼女の腕の中にあったのだ。弟という名の、達哉という名の幸せが。



あの悪魔達がやってくるまでは。






30 監禁トイレ⑧-2 sage New! 2008/02/09(土) 13:58:10 ID:2Yg/Fjrq
携帯電話は相変わらず着信も受信も告げてこない。学校は休みの筈だ。何処かに外泊しているということも有り得ない。今日、自分がここをたずねる事は前もって連絡しておいたので向こうも承知しているはず。
月に一度、弟の様子を見にいく。別に両親に強制された訳ではない。強いて言うならば強制したのは自分だ。
達哉の顔、声、匂い、温度、纏う空気。それらを五感に刻み付けておかなければ、自分の精神など砂城の如くあっさりと崩壊してしまうから。
一か月に一度。
それだけで良いのだ。
それだけで自分は今まで通り、「良き姉」でいられる。

しかし心の声は否定する。

そうやって理由をつけては弟に会いに行ったのもまたお前じゃないか、と。
最初は「達哉が高校を卒業するまで」だった。次は「成人になるまで」だった。そして結局、今もこうして弟の帰りを待ちわびているじゃないか。
それだけじゃない。会わなければいい、と屁理屈をこねながら弟を遠くから見ていたのは誰だ?大学からアパートに帰ってくる弟の姿を見るためだけに、車の中で震えていたのは誰だ?
例えば一昨日。
例えば十日前。
そしてよりにもよって弟で自慰をしたのは―――
分かっている。理解している。角倉摩季は救いようもないくらいに角倉達哉に恋をしている。姉としての愛、母代わりとしての愛、二つを差し引いて尚、余りある程に。女として弟を愛している。

だがそれは禁忌だ。決して踏み込んではならない領域だ。例え達哉がどんなに身体を寄り添わせてきても、それは親愛だ。間違ってはならない。絶対に情愛ではない。
そうやって二十年近く耐えてきた。達哉が思春期を迎え、雄としての精神と肉体を構築し始めた頃などは忍耐の限界を幾度も超えかけた。



31 監禁トイレ⑧-3 sage New! 2008/02/09(土) 14:01:18 ID:2Yg/Fjrq
彼の下着をどんなに嗅ぎたかった事か。ゴミ箱にあるちり紙に何度手を伸ばしかけた事か。
あの双子のように己の心情を爆発させる事が出来れば、どんなに幸せか。
摩季はそれを必死に押さえ付けてきた。自分は姉なのだ、自分は肉親なのだ、と。

血縁とは何と忌々しい鎖なのだろう。決して首を締め付ける事なく、しかしその重みを確実に伝えてくる。普段は沙汰なくそこに在るだけだというのに、禁忌に近付けば途端に甲高い金属音で警告するのだ。断ち切る事は叶わず、解く事は夢のまた夢。

それすらも振り切って想い人に触れようとした事もある。
皮肉にも、そんな時摩季を最後の一線で押し止どめたのは、双子であったのだが。



思考を中断した。
もしかしたら何か急な事情があるのかもしれない。何らかの事故に巻き込まれたのなら実家から連絡があるだろう。無論、そんな最悪の事態があってほしくはないのだけれど。
今日は帰ろう。
殺人の現場検証が二件、それ以外にも山積みの報告書を片付けてきたため体が限界だ。

未練がましくたっぷり十数分、安アパートを見つめた後、エンジンをかけた。車を走らせ、摩季は帰路につく。


32 監禁トイレ⑧-4 sage New! 2008/02/09(土) 14:04:08 ID:2Yg/Fjrq
繁華街へと入り、大小のネオンが夜とせめぎあう道を抜ける。
もはや見慣れた建物の前でスピードを落とす。
駐車場に車を入れ、マンションのロビーに入る。

入口で部屋番号とパスワードを入力すると、音も無くドアが主を迎え入れた。女性の一人暮らしを主目的に建設されたマンションだ。セキュリティには信頼が置ける。その分、値も張るが。
エレベーターの駆動音に包まれながら、眼鏡を外し目を揉みほぐす。ガラスにぼんやりと映る自分の顔を見て苦笑した。

何とも酷い顔だ。目が充血している。馬鹿馬鹿しいくらい真剣にアパートを見つめたせいだ。

「実際、馬鹿馬鹿しいわよね…」

摩季の呟きは扉の開く音にかき消される。
パスワードを打ち込み、鍵を回す。自室に入り、着の身着のままベットに身を投げ出した。

達哉に…会いたかった…

唇だけ動かしてそう言ってみた。片手をパンツに差し入れ、それはやがて彼女の秘所に到達する。下着越しに指を這わせ、撫で上げる。
「…んッ…たッ…つやぁ…たつやぁ…」
秘所が、それを貪る指が、脳内が液状化していくような錯覚を覚えながら、摩季は考える。明日は実家に帰る事にしよう。両親の顔も見たい。



目に写る全てが、色と形を失っていく。
微かな喘ぎ声とベットの軋む音は、いつまでも部屋に谺していた。

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最終更新:2008年02月14日 01:20
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