59 和田先輩の夢 sage New! 2008/02/10(日) 20:05:53 ID:pnAH3UYW
大学での昼休み、康彦はある先輩の相談に乗っていた。
正確に言うと、この先輩、まだ相談内容を話し始めてはいない。
相談がある、と康彦を誘ったにも関わらず、自分の弁当を一口食べては、一人愉悦に浸っている。
「和田先輩、話があるなら、早めにしてくれると有り難いんですけど」
この先輩、和田美奈が話をし始めない為、康彦が促す様に言う。
「あっ、ゴメンね」
和田先輩、一度は康彦に気付いて謝ったもの、 「このお弁当には新ちゃんの色んなモノを入れたから…」
と言うと、グフッフとしか表現しようがない笑いを浮かべ、再び自分の世界へと帰ってしまう。
「新ちゃんの汗…新ちゃんの鼻水、新ちゃんの髪の毛に新ちゃんの耳垢…」
恍惚とした表情で呟く和田先輩に、康彦は”腹を壊さないで下さいね…”としか、言い様がなかった。
この和田先輩、和田美奈さん、おっとりとした美人で、学内でも有数の人気を持つのだが、
弟の新之助君を溺愛しており、二人だけの世界を望んでおられる。
康彦とは、共に両親の不在が多い家の長子、と言う事から気が合い、
康彦も妹達の事で相談したりしているのだが、その趣向にだけは、理解は出来ても、ついていけない。
そんな和田先輩の様子に、康彦は自分の弁当を食べながら、溜め息を付く他になかった。
60 和田先輩の夢 sage New! 2008/02/10(日) 20:07:17 ID:pnAH3UYW
「ヤス君には私の苦労が分からないんだよ!」
康彦の溜め息に気付いたのか、和田先輩が康彦の方に向き直る。
「く…苦労ですか?」
「そうだよ!新ちゃんが協力してくれないから、新ちゃん成分を集めるのに何時も苦しんでんだよ!」
そんな協力ならしたくはないだろう、
そう心中でツッコミを入れる康彦に関係なく、和田先輩が熱弁を繰り出す。
「ある時には新ちゃんが寝ている時にスポイトを使って!」
「別の日には新ちゃんの部屋のゴミ箱を懸命に調べて!」
「新ちゃんが使ったタオルから、新ちゃんの汗だけを採取したコトだってあるの!」
肩で息をしながは話す和田先輩に、康彦はただただ、頷く以外になかった。
「でもイイの」
途端に冷静に戻った和田先輩が言う。
「こうやって新ちゃん成分入りのお弁当を食べれるんだから。それに新ちゃんのお弁当には…」
「私の唾液が、私の蜜が、私の血が…」
そう言うと、和田先輩は再びに、グフッフと幸せそうな笑みを浮かべた。
それを見た康彦は、心の底から新之助君に同情した。
そして、そんなモノが入っていない、美味しい弁当を作ってくれる智佳に感謝した。
製造元が違うだけで、同じ成分が入っている事に、康彦が気付いていないだけだが。
独特の嗅覚で和田先輩がその事に気付き、
だからこそ、康彦にありのままを話している事も、
康彦は知らない。
61 和田先輩の夢 sage New! 2008/02/10(日) 20:08:57 ID:pnAH3UYW
「ヤス君にね、どうしても聞いておきたい事があるんだ」
弁当を食い終わった後、和田先輩がようやく本題に入った。
「何ですか?俺に分かる事なら、何でも答えますけど…」
意外に真剣な和田先輩の表情に、康彦がそう答える。
「実はね…」
真剣に思い詰めた表情を見せる和田先輩。
「何でしょう?」
康彦の声も強張る。
「どうしたら新ちゃんが私を襲って、私を新ちゃんだけの美奈にしてくれると思う?」
「…はあ?」
思わず間抜けな声が康彦から漏れた。
「お風呂上がりに抱き着いたりとか」
「新ちゃんに聞こえる様に新ちゃんの名前呼びながら一人でしてたりしたんだよ!」
「それなのに、新ちゃんは全然襲ってくれなくて…」
語る声は真剣そのものだが、内容については何とも言い難く、
「どうしたらイイと思う?」
と問い掛ける和田先輩に、康彦は答え様がなかった。
「どうしたらって、言われても…」
何と答えるべきか、康彦は首を捻る。
「新ちゃん、少しだけ変なのかな?」
悩む康彦に関係なく、和田先輩が言葉を続ける。
「お姉ちゃんがここまで挑発してるのに、全然欲情してくれないなんて…」
家族ならそれが普通ですよ、との言葉を慌てて飲み込みながら、康彦は和田先輩の話を聞く。
世間から見て禁忌だとしても、和田先輩は一途で真剣なのだ。
その想いを茶化す事はしたくなかった。
「うーん…」
康彦も考え込む。
そして言ってみた。
「いっその事、襲ってみたらどうですか?」
62 和田先輩の夢 sage New! 2008/02/10(日) 20:10:44 ID:pnAH3UYW
「襲うって…新ちゃんを?」
康彦の提案を聞いた和田先輩の声が低くなる。
流石に言い過ぎたか、と思った康彦は、慌ててフォローの言葉を入れようと思ったが、
「そんなの何度も実行しようとしたよ!」
との言葉で、動きが止められた。
「新ちゃんの方が強いんだよ!」
「腕ずくで何とか出来てたのは、10年以上前の話何だから!」
怒りながらも、どこと無く淋しげに言う和田先輩。
「あの時に、もっとちゃんとヤっておけば…」
悔しそうに涙ぐむ和田先輩に、康彦は言葉もなかった。
美人の涙は見たくない、そういった男の性ぐらいなら、康彦にもある。
だから、つい言ってしまった。
「く、薬とかで寝かせてから…とか…」
その康彦の言葉に、和田先輩がもっと辛そうな顔をした。
「新ちゃんには薬が効かないんだよ!」
「前に目薬をたっくさん混ぜたのに、寝てくれなかったし」
「眠れるぐらいに風邪薬を入れた時は飲んでもくれなかったんだ!」
苦しそうに熱弁する和田先輩に、康彦は”それはそうだろう”と心の中で突っ込む。
「最近じゃあ、私が出す飲み物に手ェ付けないし…」
哀しそうな声で言う和田先輩。
「もう寝てる間に縛って下さい!」
康彦はやけくそ気味に叫んだ。
本物の睡眠薬を教えても、和田先輩なら、自分が間違えて飲みそうだ。
それを考えると、それしか手がないと思えたからだ。
「う…上手く行くかなあ?」
和田先輩が不安そうな声を出す。
「相手が熟睡してたら、上手く行きますよ!」
康彦が根拠なく答える。
「そうかな?」
「そうですよ!」
迷う和田先輩に、康彦が力強く頷く。
そして、和田先輩は決意した。
「上手くいけば、起きてからも色々出来るんだよね…」
「私、やる!」
和田先輩は力強くそう言ってから立ち上がると、
「ヤス君、ありがと」
と言ってから、何処かへ走り去っていった。
63 和田先輩の夢 sage New! 2008/02/10(日) 20:11:33 ID:pnAH3UYW
「新之助君とやら…」
「スマン!」
走り去る和田先輩を見送りながら、康彦は頭を下げた。
和田先輩の勢いに乗せられたとはいえ、康彦にとっては、不本意な忠告をしてしまったからた。
”せめて幸せになってくれ”
そう願わずにはいられなかった。
その日、ニヤケた危ない顔でロープを買おうとして、警察に通報されそうになった和田先輩がいた事、
何度もロープ片手に弟の元を訪れ、結局は警戒されて部屋に鍵を掛けられてしまい、泣きながら夜を明かした和田先輩がいた事、
この日以降、弟に近付く事さえも困難になって、更に弟への愛情を深めていく和田先輩がいる事、
これらの事は、康彦は知らない。
これは、康彦があの女子高生、遠藤久美と出会うちょっと前の話。
最終更新:2008年02月14日 01:24