智子のチョコレート

109 智子のチョコレート sage New! 2008/02/12(火) 04:00:40 ID:1tAC71Xs
「おきろー!朝だー!」
耳元でフライパンの音がガンガンする。
妹の智子がフライパンを麺棒で叩きながら、ぼくを起こしにやってきた。
ぼくはまだ眠い目を擦りながら、布団をかぶったまま立ち上がる。
「怪獣・フトンゴン、敗れたり!!」
智子から麺棒でお尻を叩かれた。
「大学生はいいなあ。寝坊ができて」
「早く、大人になりなさい」
「智子も早く大学に行きたいなあ」

昨夜から両親は、遠い親戚のお通夜に行っており今日は、智子と二人きりの朝ごはん。
今朝は、ハムエッグとトースト。シンプルな料理だが、それだけ作り手の力量が試される。
きれいな黄色と白の卵が美しい。
「兄ちゃんも、昔ハムエッグを作ったことあるけど、黄身が崩れちゃって難しかったよ」
「じゃあ、智子が大きくなったら、お兄ちゃんのメイドさんになって毎日ハムエッグだ!」
「メイドさんは九九ができなきゃいけないんだぞ。4×6は?」
「えっと、にじゅうしち!!」
バカな会話が続く。

大学は今、休みの真っ只中。だけど今日は、ゼミの集まりで登校する。
春休みの間、お弁当が作れず寂しそうにしていた智子は、昨日ぼくが「お弁当がいる」って言っただけで、大喜びをしていた。
一緒に家を出る。今日は家は二人きりなので、先に帰る智子が鍵を持つ。
「いち、にい、さん、しっ、鍵かけてー♪にい、にい、さん、しっ、おっでかっけだー♪」
「なに?ソレ」
「おでかけのうた」
智子の素っ頓狂な歌声が玄関に響く。
「はいっ、お兄ちゃん!お弁当!」
智子はいつもよりニコニコしながらお弁当箱を渡す。



110 智子のチョコレート sage New! 2008/02/12(火) 04:01:30 ID:1tAC71Xs
大学に着くとゼミ棟に向かう。朝っぱらから法律のことなどあまり考えたくない。
でも、ゼミを取ってると単位に有利なのだ。兎に角、午前中だけでもゼミに集中しよう。
まとめ役は、ゼミで二番目に美人の三宅さん。テキパキと仕切る。
午後十二時を回る。
「では、お昼にして午後は『未必の故意』についてのまとめに入りましょう」
三宅さんの声でお昼に入る。それぞれみんなは、お昼ごはんに向かう。
「ねえ、聡くん。いっしょに食べよ」
三宅さんが誘ってきた。彼女はこの間から、自分でお弁当を作ってきて、ぼくと一緒に食べるようにしている。

ぼくと三宅さんはキャンパス内の静かな池のほとりに向かった。
「きょうのお弁当、なんだろうな」
三宅さんがぼくのお弁当箱をちらちらと見ながら笑う。
智子は料理に天才的な才能を放つ。三宅さんも毎回、ぼくのお弁当を見るのを楽しみにしている。

池のほとりにハンカチを敷き、ここで食べる事にした。
「あっ、そうだ。飲み物持ってきてなかったな。わたし買ってくるね」
三宅さんはお弁当を置いて、自販機コーナーへ走る。
さて、ぼくのお弁当はどうだか…。楽しみと不安が上手い具合に混ざりながら、お弁当箱のふたを開ける。



111 智子のチョコレート sage New! 2008/02/12(火) 04:02:10 ID:1tAC71Xs
「!」
中にはハート型のチョコレートがちらりと見えた。背中に冷たいものを感じ、中の文字を見ないうちに、慌ててふたを閉じる。
「バ、バカタレが…」
「ん?どうしたの?」
いつの間にか、三宅さんが戻ってきた。間一髪、中身は見られなかった。
「…あ、智子のヤツ、お弁当箱を空っぽのヤツ渡しやがったんだよ。ははは」
「ふーん。智子ちゃんも結構うっかり屋さんね」
平気ですごいウソをついた、三宅さんに見透かされたかな。
「それじゃあ、聡くん。わたしのお弁当を有難く半分頂きなさい」
三宅さんはお情けか、小さな手作りおにぎりを一つくれた。白米に海苔を捲いたシンプルなおにぎり。
「ごめんよお」
有難く頂戴する。三宅さんのおにぎりには、塩の味がしなかった。

午後からのゼミはレポートをまとめる。なかなか進まず、時計の針が五時を回った。
あーでもない、こーでもないと判例集や、模範六法を捲りまとめようとするがなかなか上手くいかない。
そんな中、ぼくの携帯が鳴った。
「ちょっと、ごめん」
一同、渋柿を十個も食べたような顔をする。低姿勢でぼくは部屋を抜ける。
電話は智子からだった。



112 智子のチョコレート sage New! 2008/02/12(火) 04:03:14 ID:1tAC71Xs
「お兄ちゃん、きょうは遅いの?」
「んー、わかんないな」
「もー!せっかく肉じゃがにしようって思ったのに、冷めちゃうでしょ!なるべく早く帰ってらっしゃい!」
母親みたいな口調で、妹から叱られた。
「それから、二番目の人。…三宅さんって人?その人に騙されちゃいけないからねっ!」
「はあ」
時々、智子に三宅さんの事を話しているから彼女の事は知っている。
しかし、どうやら三宅さんを敵対心の目で見ているらしい。何もないのに。
「だって、お兄ちゃんと三宅さんが一緒になっちゃたら…智子…」
涙ぐむ智子。
「わかったわかった。何もないから!」
智子を黙らせて、無理矢理通話終了。ぼくは、こっそり部屋に戻る。

「ふう、やっと終わったね」
全て終わったのは、夜の七時過ぎだった。
三宅さんは、おじさんみたいな伸びをしながら大あくびをする。
(やっと帰れる…)
ぼくの中でも大あくびをしてみた。
「じゃあ!お先!!」
ぼくはダッシュで、家へ向かった。三宅さんが呼んでいるのにもかかわらず。
「ちょっちょっと!聡くーん!…行っちゃった」
三宅さんは寂しそうに小さな小箱を見つめながらつぶやく。
「せっかく、バレンタインのチョコ作ってきたのに…」



113 智子のチョコレート sage New! 2008/02/12(火) 04:03:44 ID:1tAC71Xs
「おかえりなさーい!ご主人…じゃなくってお兄様!」
制服にメイドさんのようなフリフリのエプロン、ヘアタイをつけた智子が、玄関まで迎えにやってきた。
ピョンと跳ね、子犬のように絡みつく。
智子の甘い香りがぼくを包む。どさくさに智子はキスをしようとするが、寸止めされた。
「きょうは寂しかったんだから!もう、朝までお兄ちゃんと一緒だね!」
台所からいいにおいがする。電話で言ってたように、きょうは肉じゃがだ。
カバンを肩にかけたまま台所に入り、くんくんと家庭の匂いを楽しむ。
鍋のふたを開けて、ちょっと摘み食いしようとすると、智子からもみ上げを引っ張られた。

「そうそう、お兄ちゃん。お弁当箱洗うから出して!」
しまった、すっかり忘れていた。きょうのお弁当は食べず、そのまま持って帰ってしまったんだ…。
「そそ、そうだね…。ちょっと待ってくれな…」
「怪しい!!せっかく、智子が作ったチョコレート食べなかったの?」
「いや、いや。おいしかったよ!ハートの形をして、真ん中に『お兄ちゃんへ』って…」
「うそ。お兄ちゃんの名前をおっきく書いたんだよ」
南無三!逃げようとするぼくに、智子がぼくの右足にタックルしてきた。
おもいっきりぼくと智子は倒れ、はずみでぼくのカバンからお弁当箱が飛び出す。
智子がお弁当箱をかっさらう。ぎゅっとお弁当箱を抱えたまま、ぼくを睨みつける。

「ホントは三宅さんの方がいいんだ!」
智子から大粒の涙がこぼれる。どうしよう。
「そんなこと、ないよ…」
「もー!じゃあ、智子のお口でチョコを食べさせてあげる!!」
「え?」
「宇宙一あまーいチョコで、智子の事しか考えられなくしてあげるの!」
智子がお弁当箱を開けると、ハート型のチョコレートがまだ入っていた。
チョコレートには「LOVE 恥兄ちゃん」と書かれていた。


おしまい。

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最終更新:2008年02月14日 01:31
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