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ハルとちぃの夢 sage 2008/02/14(木) 16:22:14 ID:U/j2cFMe
その晩、遥は寝付けずにいた。
康彦と相談しているという、自分と同じ学校に通う人物に心辺りがなく、モヤモヤとしていたからだ。
康彦が名前を知らないのは、相手が名乗らなかったという事で、
”二人”を通じての関係なだけで、気にする必要はない、
そう、自分に言い聞かせてみても、何か得体の知れない不安が消える気配がない。
「礼儀正しい子か…」
智佳が言ったキーワードを頭の中で繰り返す。
遥の通う女子高は私立であり、遥の様な特進組(一定以上の成績が必要だが、学費が公立より免除される)を除けば、小学校からのエスカレーター組が基本であり、
育ちの良いお嬢様が多い。
礼儀正しいと言える生徒も少なくない。
「1番に当て嵌まるのは久美何だけどなあ」
溜め息混じりに遥が同級生の名前を呟く。
同級生相手にも敬語を使い、決して粗野な振る舞いを見せない久美は、確かに、”礼儀正しい”と言う言葉に相応しい。
だが、遥は久美が、自分以外の誰かと親しく喋っているのを見た事がない。
それだけで全てを判断する訳にはいかないだろうが、それでも久美は人付合いの苦手な、内気な人物としか、遥の眼には写っていない。
そんな人物と康彦との接点は自分ぐらいしか思い付かないし、
遥が知る限り、二人が会った事は勿論、久美にしても康彦の事は知らないハズだ。
「あぁ、もう!」
纏まらない思考に、いらつきの声が出る。
兄貴は何時も他人の問題を抱えてくる、
遥はつくづくそう思う。
「もっと、私を…頼って!」
出来れば眼の前で言ってやりたい台詞を口にしてみた。
それを康彦に言ったところで意味がない事は、遥にも良く分かっている。
今回も自分だけで解決するつもりだろう。
せめて、名前の知らない人物が、康彦を狙う泥棒に化けない事を、遥は願う。
176 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/14(木) 16:23:12 ID:U/j2cFMe
「いざとなったら…始末しないとな…」
憂鬱な遥の声が小さく響く。
相手が誰であれ、康彦を狙う人間を許す気はない。
楓を手にかけるその前から、遥の気持ちは後戻りに出来ない所に来ている。
問題はその手段だ。
楓の時は、時間を掛けて、性格から趣向、行動パターンを調べ上げてから実行した。
その間に、康彦と楓の関係を見せ続けられた遥の苦悩は筆舌に尽くし難いものがあった。
だが、その甲斐があったのか、誰に見られる事もなく、人込みに紛れて事を遂行できた。
少なくても遥と智佳はそう考えている。
事実、この事故の件で警察が二人をマークしたり、事情を聞きに来たりする事はなかった。
一度上手くいったとはいえ、この時の事をもう一度繰り返したら、遥は自分が発狂するだろう、と思う。
「早めに手を打たないとダメかな」
今はまだ、康彦は相手の事を気にかけてないし、相手もそうだろう。
今の内に康彦を自分の物にすれば良い。
その為には、不本意であっても智佳の手を借りなくてはならない。
「まだ、私だけの兄貴にはならない…か」
「今は人手に渡らない事を第一に考えるべき」
「何時かは、自分だけの物に出来る」
遥は自信を持って、そう言った。
土曜、お祭りの日。
その日からしばらくは今まで以上に智佳と協力する事になる。
決勝の舞台に立つその日まで。
177 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/14(木) 16:24:37 ID:U/j2cFMe
2
「だーかーら!土曜に決めるコト、決めちゃいなって!」
電話越しに早紀が怒鳴る。
電話相手は無論の事、鈴だ。
「でもぉ…」
「でもぉ…じゃない!
相手の居所が掴めてるのに、何もしない手はないでしょ!」
さっきからの繰り返しになる言葉を、説教する様に鈴に言う。
何度同じ言葉を繰り返そうが、鈴は何かに躊躇するかの様、まるで怯えているかの如くに、中途半端な返事を返す。
「あんた、ホントに先輩のコト、好きなの!」
溜まりかねた早紀が、罵声に似た声で聞く。
「好きだよ!」
間髪入れない鈴の返事。
「二人っきりになりたいし、色々されたい!」
「出来れば最後まで寄り添っていたい!」
「だったら…」
「だからぁ…」
途中までは威勢の良かった鈴の言い方も、最後には萎れていく。
そんな鈴の態度に、早紀は付き合いきれなくなり、
「とにかく、その日は私も付き合って上げるからね!」
とだけ言うと、強引に電話を切った。
電話を切った後に、
「ったく、あの子だけは臆病過ぎるんだから」
と、早紀が愚痴る。
「男なんて単純なモノなんだか…」
「お姉さん、お話しは終わりましたでしょうか?」
「エッ!あ、あぁ…
久美!」
鈴の事で思案に耽っていた早紀は、久美に声をかけられて慌てた。
普段、この妹が自分に話し掛ける事など、殆どないのだから。
「ど、どうしたの?」
慌てる内心を抑えながら早紀が聞く。
「いえ、ご迷惑でなければ、相談に乗って頂きたいのですが…」
「相談?私で分かる事なら聞くよ?」
遠慮がちに言う久美に、早紀は珍しげに答えた。
178 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/14(木) 16:25:35 ID:U/j2cFMe
「で、その兄ってのをどうにかしたいワケね?」
「そうです。あのお兄さんさえ、何とかなれば二人が幸せになれるのですから」
久美の相談は、姉妹恋愛している二人の邪魔をする兄を、どうするべきか、と言うモノ。
「うーん…、どうにかって言われても、ね」
早紀は頭を抱える。
同性愛の上に近親相姦など、早紀の理解の外にある。
「お姉さんなら、男性経験が豊富ですから、良い智恵が浮かぶかと」
どこと無く侮蔑を含んでいるような、久美の言葉に、早紀は憐憫の眼差しで応える。
確かに、早紀は今までに何人かの彼氏がいたコトがあるが、
それは普通の恋愛であり、人に恥じるモノとは考えてないからだ。
逆に出会いそのものがなく、変な妄想に駆られる久美が哀れに思えるからだ。
「普通は、彼女の一人でも出来れば、妹になんか構わなくなるだろうけどね…」
呟く様に言った早紀の一般論、
それに久美が意外な反応を見せた。
「生き贄…ですか」
「はあ?」
飛躍した久美の言葉に、早紀の口から間抜けな声が出た。
そんな早紀を気にするコトもなく、久美は、
「それが良いかもしれませんね…」
と呟くと、
「良い事をお聞きしました」
「吉日を選び、実行しようと思います」
と言ってから、早紀に深々と頭を下げると、小走りで自分の部屋に帰っていった。
「姉妹じゃなかったら…近付きたくないな」
一人残された早紀は、そう呆れる他になかった。
179 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/14(木) 16:26:50 ID:U/j2cFMe
「ふっふふ、その手が合ったんですよね」
部屋に戻った久美が一人、笑いを漏らす。
生け贄、その言葉が久美に興奮をもたらしていた。
あの姉妹の為に、その身を犠牲にする役割は自分しか出来ない、
その事が久美の気持ちを更に高ぶらせる。
そして、その中に久美自体が気付いていない感情がある。
この身を捧げる相手に対しての気持ちだ。
初日に顔を合わせた時に相手は自分の存在を認め、その話を受け止めた。
翌日に電話で話した時には、想像以上に自分をさらけ出し、見せていた。
連絡が通じなくなると、二人の事だけでない不安に襲われていた。
そして今日、その姿を見た時に、安心と喜びを得る事が出来た。
それらが何を意味するか、
久美には分からない。
男女の恋愛を不潔と考える久美は理解しようともしないだろう。
ただ、歪んだ想いが、二人の為と言う大義名分を持って、彼女を突き動かすだけ。
「神前にて、生け贄を捧げるのが筋でしょう」
カレンダーを見ながら、久美が呟く。
それに絶好の事が土曜にある、
その日に久美は自分の考えを実行する事を決意した。
最終更新:2008年02月24日 18:44