241 智子のさくせん ◆H9jBOlCxdQ sage 2008/02/17(日) 05:38:59 ID:n2GZelan
「ごちそうさま…」
「智子、今日は食欲ないのか?」
「うん…」
今日の夕ごはん、わたしはご飯を残した。大好きな切干大根なんだけど、半分残した。
わたしには、とても気に掛かる事がある。それは「三宅さん」の事。
最近、お兄ちゃんと三宅さんは仲がいいらしい。お兄ちゃんは家でよく三宅さんのことを話す。
わたしにとってはものすごく退屈な事だけど、お兄ちゃんは三宅さんの話のときは、少し嬉しそう。
三宅さんは、一浪していてお兄ちゃんとは学年は同じだけど、年は一つ上。
大人の色香ってやつなのかなあ。十四歳の智子にはまだ、オトナのイロカは出せないなあ。
比べてみれば、智子にはないものを三宅さんは一杯もっている。
智子よりセクシーだし、背も高いし…。
智子がおいしいお料理を100作っても、三宅さんが1の大人の魅力を使うと
お兄ちゃんは三宅さんになびいてしまう。うーん、くやしいな。
242 智子のさくせん ◆H9jBOlCxdQ sage 2008/02/17(日) 05:39:40 ID:n2GZelan
いろいろ悩んだ挙句、わたしは、意を決っして三宅さんに直接会う事にした。
お兄ちゃん情報だと、三宅さんは二丁目のお花屋さんでバイトをしているらしい。
バイト中の三宅さんに近づき、お友達になる。だんだん仲良しになって、いい所で三宅さんの秘密を握る。お兄ちゃんに暴露する。お兄ちゃんは三宅さんを嫌う。
お兄ちゃんと三宅さんの仲は壊滅状態。そして、わたしとお兄ちゃんのあまーい生活が取り戻されるのだ。
わたしって頭いいかも、天才だ。
ノーベル賞で「お兄ちゃん」って部門があったら受賞まちがいなし。
さっそく、明日お店に乗り込むぞ。初陣だ。
お店に行くとしたら、このままの姿じゃやっぱりまずいかな。
伊達メガネをかけ、白いニット帽を目深にかぶる。
マフラーにダウンベスト、ハーフパンツに買ったばかりのかわいいブーツ。完璧だ。
とりあえず、傍から見てはわたしって分からないように…。
フラワー・コッコ。
ここが三宅さんの勤めるお花屋さん。屋根には風見鶏が誇らしげに立っている。
何でもないお花屋さんなのに、いざ入るとなると緊張するな。三宅さんはいるのかな。
店頭をちらっと見る。ニワトリのような顔の店長がレジにいる。
ちらっともう一度覗く。
「いらっしゃいませ」
まさしく、三宅さんだ。写メで見るよりちょっと大人びて、ポニーテールにした栗色の髪がきれいなお姉さん。
おっぱいだってちょっと大きい。でも、智子負けないもん。
お兄ちゃんと三宅さんの付き合いはせいぜい一年。わたしとお兄ちゃんとは十四年も一緒だもん。あんな若造に負けるもんか。
243 智子のさくせん ◆H9jBOlCxdQ sage 2008/02/17(日) 05:40:25 ID:n2GZelan
「何か、お探しですか?」
三宅さんがわたしに話しかける。
「えっとお…、まだ決めてません!」
(三宅さん、空気読んでよ…)
「ゆっくり、お花を選んでね。お嬢ちゃん」
(あんたの顔を見に来たんだけどね…)
三宅さんと初めて話した。記念すべき第一歩だあ。
わたしは、お花を買いに来た客(のつもり)。くんかくんかと花の匂いとか嗅いでみる。
後ろでは三宅さんがニコニコしながら見ている。
「何かあったら、お気軽に呼んで下さいね」
ホントに呼ぶぞ、意味もなく呼ぶぞ。
「どんなお花をおさがしですか?」
店内には、三宅さん、店長とわたし。
三宅さんの秘密でも弱点でもないかなあ。それでも見つかれば儲けもんなんだよね。
背後からは三宅さん、横からニワトリ店長の視線。
どうしよう。お店から出る雰囲気じゃなくなった。
あんまり無駄遣いをしたくないんだけど、周りの花たちが「金使え」ビームを出してくる。
「これ下さいっ!」
いたたまれなくなったわたしは、思わずそばにあった花を掴む。
「ありがとうね。手、痛くない?」
思わず掴んだのは、バラの花だった。
244 智子のさくせん ◆H9jBOlCxdQ sage 2008/02/17(日) 05:40:54 ID:n2GZelan
次の日もフラワー・コッコに向かう。
「あ、あの。先輩にあげる花を探しに来ましたっ!」
思いっきりウソをついてまでこの店にやってきた。誰かわたしを誉めて欲しいな。
「そうねえ。『尊敬』の意味のランなんてどうかしら?」
「じゃあ!それにしますっ!」
「名前を入れられるけど、入れますか?」
「『聡先輩』へってお願いします!」
「お嬢ちゃんの名前も入れてあげよっか?名前はなんていうの?」
「えっと…『さとみ』です!」
思わずわたしの顔が真っ赤になった。「さとみ」だってさ。誰だよ、ソレ。
どこからそんな名前、出たんだろう。わたし、女優になろうかなあ。
そしてまた、わたしのお小遣いが削られる。
この泥棒猫、お兄ちゃんだけでなく、わたしの貴重なお小遣いまで持っていこうとしているらしい。
そう考えると、だんだん腹が立ってきた。
わたしの家に花が増えてくる。お母さんは「どう言う風の吹き回し?」って聞くけど
本当に気まぐれってしか答えられない。
それより、わたしのお小遣いがピンチなのだ。
こんなバカげたことに、貴重なぶたさん貯金箱を割りたくない。
お母さん、お父さんにねだっても無駄なのは分かってる。頼るは、お兄ちゃんしかいない。
元をたどれば、お兄ちゃんのせいで宇宙一かわいい妹が財政難に苦しんでいるんだぞ。
のほほんとテレビを見ながら、くつろぐお兄ちゃんに近づく。
「ねえ、お兄ちゃん。恵まれない妹に愛の手をさしのべない?」
「はあ?」
「いま、智子は黄色いTシャツを着てます。マラソンで100キロ走った所です。さあ、どうする?」
お兄ちゃんは呆れて、居間を出たかと思うと、瓶に百円玉をつめて持ってきた。
「わーい!感動のフィナーレありがとう!本当の主役はお兄ちゃんです!」
勝った。愛はマジックだ。
百円玉のつまった瓶を抱えてわたしの部屋に戻ると、空になったわたしのぶたさん貯金箱の破片が飛び散っていた。
245 智子のさくせん ◆H9jBOlCxdQ sage 2008/02/17(日) 05:41:24 ID:n2GZelan
今日は、学校帰りに寄ってみる。
制服に伊達メガネ、ぐるぐるまきのマフラーに、髪の毛をぼさぼさってした「さとみ」になりきってフラワー・コッコにやってきた。
何か、秘密はないかなあ。さすがに、わたしもあせってきたぞ。
「さとみちゃん。いらっしゃい」
三宅さんがやってきた。側にはニワトリ店長もいる。
わたしの後ろ側に、同じ制服姿の娘が野菜の種をしげしげと見ていた。
フラワー・コッコには園芸コーナーもあり、野菜の種も充実している。
すっかり、わたしは「フラワー・コッコ・マスター」だ。
わたしは気にせずに、かわいらしいサボテンばかり見ていた。
「あっ!聡くん?いらっしゃい!」
わたしは、思わずビクっとした。聡くん?
がんばって横目で見たところ、なんとお兄ちゃんだった。
街に買い物に行った帰りか、肩からトートバッグを担ぎ、ふらりとこの店にやってきたのだ。
「聡くんさ、こんなところまで来てくれるなんて、わたし嬉しいな」
三宅さんは事もあろうにも、お兄ちゃんに近づき、擦り寄ってきたじゃないか!
(おいおい、三宅さんよ。仕事中だよ、自重しろ)
お兄ちゃんは楽しそうなのに、わたしはムカムカしてきた。
泥棒猫は尻尾を振る。尻尾を振るのは犬か、泥棒犬め。
わたしが、ワンコだったらまず三宅さんに噛み付く。自慢気なお尻に噛み付いてやる。
『痛い!痛い!やめてよお』って三宅さんはマヌケな声で叫ぶけど、
わたしはもっともっと噛み付いてやるんだ。
そしてお兄ちゃんにくうんくうんって思いっきり甘えたいな。
そして「お兄ちゃん、だーいすきっ」ってイヌ語で言って抱っこしてもらう。
いっぱいキスしてもらって「かわいい。かわいい」って、お兄ちゃんから言ってもらうんだ。
お兄ちゃんは、三宅さんから離れ、並べられている色とりどりの花を眺め始めた。
三宅さんは、奥に戻り他の仕事を始めた。尻尾を捲いて、逃げ出した…と思いたい。
「あっ、ごめん」
お兄ちゃんの声が聞こえた。
思わず、振り向くわたし。なんだ、さっきの制服娘に肩がぶつかったのか。
その制服娘は店から出て行った。
246 智子のさくせん ◆H9jBOlCxdQ sage 2008/02/17(日) 05:42:03 ID:n2GZelan
「じゃあ、また」
お兄ちゃんは帰ろうとした瞬間、お兄ちゃんがニワトリ店長に取り押さえられた。
「キミ!待ちたまえ!」
「え?」
「万引きは許さんよ」
「???」
「キミのカバンのポケットに『ダイコンの種』の袋が入ってるんだけどねえ」
「し、知りませんよ?!」
「隠してもだめだよ。さ、奥に行こうか」
一大事だ。お兄ちゃんが犯罪者になってしまう…。
お兄ちゃんは、絶対そんな事はしない。うん、絶対に…。
しかし、わたしはお兄ちゃんを見てたわけでなく、お兄ちゃんの潔白が証明できない。
わたしは今、なんて無力なんだろう。お兄ちゃんを助ける女神にもなれないなんて…。
だんだん目頭が熱くなってきた。
三宅さんが出てきて店長に話しかける。
「店長。この人は…」
「三宅君。私情はいかんよ」
冷徹非情な店長。そのやり取りを聞いていたわたしはたまらなくなった。
「そのひとは、犯人じゃありませんっ!!」
しまった。わたしの声がフラワー・コッコに響く。
全く一部始終を見てもないのに、証人にはなれっこない。バカだ、わたし。
お兄ちゃんも迷子のように立ちすくんでいる。幸いわたしが智子ってことは、気付いていない。
「…ほんとなんですう。信じてください…」
力なく、わたしはつぶやく。しかし、大人たちには遠すぎる。
とうとう、お兄ちゃんは店の奥に連れ去られてしまった。
わたしの瞳から涙がこぼれる。何も言わずに、とぼとぼとフラワー・コッコを後にした。
屋根の風見鶏が冷たそうにわたしを見下ろす。
帰り道、公園に寄った。家に帰りたくない。
お兄ちゃんのいない家なんて、帰りたくないのだ。
わたしは、ブランコに一人寂しく座る。
「ぜったい、うそだ…。ぜったい、うそだ」
どうしよう、涙が止まらない。わたしのスカートに涙とが落ちる。
罰を受けるんだったら、わたしを捕まえてお兄ちゃんを今すぐ自由の身にして欲しい。
遠くでカラスが鳴く。
「うるさーい!!」
カラスに八つ当たりしても、どうしようもないのは分かってる。
でも、今日だけは許して欲しい。
我慢できなくなり、かけている伊達メガネを地面に投げつける。
247 智子のさくせん ◆H9jBOlCxdQ sage 2008/02/17(日) 05:42:25 ID:n2GZelan
「ただいま…」
力なく、わたしは家に帰る。智子に戻って、家の玄関を空ける。
ん?奥から、お兄ちゃんの声が聞こえる。
店長さん、許してくれたのかな!?
わたしは、駆け足で声の方に向かう。
「まったく、迷惑なお話なんだよ。これが」
お兄ちゃんは、電話で友達に愚痴っていた。
立ち聞きした話によると、お兄ちゃんは濡れ衣だった。あの時の制服娘が真犯人だったのだ。
その万引き娘は常習犯で、フラワー・コッコでの犯行の後、別の店でも万引きをして捕まった。
そのときにフラワー・コッコでの事を白状したらしい。
万引き娘がフラワー・コッコを出るときに、こっそりお兄ちゃんのバッグのポケットに
『ダイコンの種』の袋を入れて、罪をなすりつけようとしたんだって。
「お兄ちゃん…」
わたしは、どこかの巨人のお姉ちゃんのように、そっとお兄ちゃんを見ていた。
何はともあれ、お兄ちゃんは無実と言う事が証明された。ばんざーい。
「三宅さんと仲良しになって、お兄ちゃんと三宅さんは仲たがいさせよう」作戦は、どっかに吹き飛んでしまった。ちくしょう。
しょうがない。気を取り直して、お買い物にでも行こう。きょうは何にしようかな。
「お兄ちゃん。きょう、何食べたい?」
「何でもいいよー」
「じゃあ…きょうは、あっつあつのおでんにしようかな。まる天入れて、大根入れて…」
「もう、大根は勘弁してくれ」
おしまい。
最終更新:2008年02月24日 18:50