魔法より強い何かを 第一話

379 魔法より強い何かを sage 2008/02/22(金) 09:21:31 ID:+4yt0Oiw
 僕の住んでいる街は、国立の魔法学院を中心としながら方円状に発展した街だった。
 その片隅にひっそりと控える家の屋根裏を間借りして、僕は小さいながら仕事をしている。

 よく"魔法使い"と言われることで誤解されることがある。
 "魔法使い"といえば、優雅に空を飛び回り不恰好な重鎧を着ている兵士の頭上を飛び回り、派手な魔法使いをドンパチしてばっさばっさと薙ぎ倒すといったような英雄談がよく思い浮かばれる。

 実際のところは、全くそんなことは無い。
 例えば僕みたいに平平凡々とした魔法使いは、それこそ一般人よりかは魔法が使えるというだけの話でしかない。
 瑣末な道具の修理、薬の調合、異民族間の書物の翻訳など、地味な仕事を請け負って日銭を稼ぎ、なんとか生活しているだけに過ぎない。

 僕も初老の魔法使いに弟子入りし、少なからず期待を受けた。
 だからそれなりの自信はあった。

 ただし、持ち前の、あまり褒められたものではない愚鈍さのせいか、痺れを切らした師匠に説教をされ、暫くの間、破門というきつい処分を下された。
 他の弟子達は、まあ、怒りも収まればまた元通り一緒に教えてくれるだろうと慰めはしたものの、その気配は無く一年は経っている。
 慣れは恐ろしいもので、もうそのことを愚痴っても仕方は無いし、この生活にもそこそこ満足はしていた。


380 魔法より強い何かを sage 2008/02/22(金) 09:23:31 ID:+4yt0Oiw
 僕は目が覚めて窓を見やる。
 窓からは光が射している。
 もうそんな時間なのか、と頭をかきながらベットから這い上がる。
 少し背伸びをして、机の上に貼られた作業内容と必要な材料を確認する。

 ――今日の作業は、傷薬の調合と杖への魔力補填か。

 僕は作業着であるローブを着込んでいると、四角く切り取られた床が開き、一人の少女がけたたましく叫んだ。

「いつまで寝てるの!ご飯冷めちゃうよ!」

 ああ、そういえばもうそんな時間だったのか。
 僕は階段を揺すりながら部屋へと降りていき、足取りぎこちなく階段を下りていく。
 下宿の女将さんが台所でフライパンを洗っている。
 机の上には不丁寧に切り取られたパンが皿の上に乗っかっており、キャベツとタマネギが入ったコンソメのスープが添えられている。
 僕は台所のほうを向いて、申し訳なさそうに挨拶する。

「ごめんなさい、いつも迷惑をかけてしまって」

 女将はこちらを向き、でっぷりとした体を揺すりながら、明るい声で答える。

「なに言ってんだよ、今更なんだい、一人も二人も変わらないよ。むしろ家族が増えて嬉しいくらいなもんだよ」

 それは何度も行われている会話ではあるが、その返事を聞く度に、僕はありがたい気持ちになる。
 席に座り、今日も食事にありつけることを神に感謝すると、パンを切り取り、湯気を立てているスープに浸す。
 目の前には、先ほど起こしに来た少女がまじまじと見つめている。



381 魔法より強い何かを sage 2008/02/22(金) 09:24:59 ID:+4yt0Oiw
「えと、僕の食べているところ、珍しいかな?」

 少女は、別に、という感じでそっぽを向き、スプーンを持ってスープを音を立てて食べる。

 この少女は女将の一人娘であった。
 親父のほうはどうか、と言えばここ最近続く戦火に巻き込まれ、勇敢な無名の兵士として国の礎になったという。
 女将はエプロンで手を拭き、棚から茶封筒を取り出すと、僕の前に出した。

「なんかね、家先にこんなものが届いてたよ、どうやらあんた宛らしい」

 僕は茶封筒を取り、裏表を確認する。
 確かにここの住所と僕の名前である「フィロス」は書いてあったが、差出人の名前は何処にも書いてはいなかった。

 このような商売だから、別に匿名で依頼を受けることは時折ある。
 それはお互い詮索しないことが、暗黙のルールだ。
 お金と周囲に迷惑をかけないことだけがはっきりと解ればそれでいい。

 僕はパンを口の中で咀嚼しつつ、紙を取り出す。そこにはこう書かれていた。

「貴方ニ至急依頼スル事アリ、今日中ニ参ズル」

 それだけがやたら達筆な字で書かれており、何か不安な気持ちにさせる。
 しかし、何を考えても仕方が無いので、僕はポケットの中へ突っ込むとごちそうさま、と弱く呟き、皿を流し台に突っ込むと僕は扉を開き、外へと出た。


382 魔法より強い何かを sage 2008/02/22(金) 09:27:46 ID:+4yt0Oiw
 薄暗い道をうねうねと歩く。
 大通りに近づくにつれて段々と騒がしくなっていく。
 やっとのことで大通りへと付くと慌しく人が行き来を繰り返している。
 さらになだらかな坂を上がっていくと、賑やかな市場へと出た。
 そこでは、商人達が大声で自分の商品が如何に素晴らしいかを宣伝しており、また客達は怒鳴り声で値下交渉を行っている。
 その騒音は、僕には好きにはなれず、たまに頭を痛ませた。が、僕は我慢する。
 何故ならそこでは店頭に並ぶハーブの数々よりも幾分安く手に入るからだ。
 そして、経費を抑えようとするならばそこで手に入れるに越した事は無かった。
 僕はいつも買出しを行っている髭面の商人に話しかける。

「おお、坊主、商売の様子はどうかね?」
「いえ、相変わらずですね。良くも無く、悪くも無く」

 商人は少し笑う。
 僕は品物を書いたメモを渡すと、髭面の商品は馴れた手付きで袋へと詰めていく。
 その姿を暫くじっと見せると、商品は周囲を振り向き、こっちに手招きをする。
 僕は顔を近づけると、商人は少し耳打ちをする。

「おい、お前さん、なんかファンでもいるのか?」

 ファン?まさか。僕は心当たりがない。僕は首を振る。

「いやさ、なんかかわいい女の子がね、『この辺にみすぼらしく修理業みたいなのをやっている青年はいませんでした?』と聞いてきたのだよ。
 ほら、この街のことだから、そんなのは沢山いるわけだが、特徴なんか聞いているうちにお前のことだ、ってピンときたわけよお。
 長身かつ細身、瞳と髪は同じ茶で色白。髪毛は少しパーマがかかっていて手入れしていないからぼさぼさ。
 とまー、そんなのはお前さんしかいないからな」

 と商人特有の多弁さでまくしたて、そしてかっかっと笑う。
 正直、その笑い方には不愉快しか覚えなかったが、いつも良くして貰っているので無下に扱うことも出来ない。
 ハーブを詰め終わると、重さをはかる。
 僕はその分の料金を払うと、抱えて家へと向かう。



383 魔法より強い何かを sage 2008/02/22(金) 09:28:32 ID:+4yt0Oiw
 自分の身を嗅ぎ回られる、か……
 特段やましいことをしているつもりはなかった。
 もしそんなことをしているならばもう少し良い生活が出来るから、恐らくそういうわけではない、と僕は思う。
 さすがにいい生活をしていないのに事件に巻き込まれるのも馬鹿馬鹿しい。

 あまり考えたくは無いが、一つの可能性があるな、と僕は思った。
 それは妹だ。
 何故妹なのか、と僕が考える理由には一つある。
 それは、妹が僕に対して重度の依存を持っていたことだった。
 僕が故郷の片田舎から師匠と一緒に旅に出ると言い出した時のことだった。
 妹は泣きながら僕にこう叫んでた。

 「捨てないで、捨てないで、悪いところがあったら何でも直すから」

 周囲からはまるで恋人のようだな、と苦笑されたが、年齢が上がればそれも直るだろうと楽観していた。
 精神が不安定なときは誰かに頼りたくなるもので、それも一過性のものだろうと僕は見ている。

 そう考えるとさすがにそれは無いか、と僕は思った。
 妹が僕に甘えるたびに「お前は少しは成長しろ」と怒っていたのに、今更こんなことを考えるなんて、僕も妹に依存しているみたいじゃないかと少し自嘲した。
 しかし、虫の知らせというのは恐ろしいものだ。
 まさか、考えていたことが本当になるとは。


384 魔法より強い何かを sage 2008/02/22(金) 09:29:22 ID:+4yt0Oiw
 僕が家に帰り、扉を開けると、女将さんと一人の少女がちょこんと座っていた。
 女将のやかましい、あの一人娘ではない。
 ピンクの色をした服にレースのついたフリルのスカート。
 薄暗い部屋にやたらと、少し場違いな形な印象を受けた。明るい花。
 僕は直感した。

 女将は僕を見ると相変わらず、陽気な調子で言った。

「おお、帰ってきたんだね。このかわいらしい娘はあんたの依頼主――」

 そう言うと少女が振り向く、やっぱりそうだ。お前は……

「ああ、ククル、な、なんでお前がここに」

 少女はこっちを振り向くと、満面の笑顔で腰に抱きつき、ローブに頬をすりつける。
 女将は呆気に取られた顔をしている。
 そりゃそうだ。
 誰だってこんな姿を急に見たらびっくりするに決まっている。

「あはは、フィロスお兄ちゃん、やっと合えたね」

 僕の"妹"は凄く幸せそうな顔をしていた。
 一方、僕は固まったまま、どうしようかと考えあぐねていた。

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最終更新:2008年02月24日 19:08
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