ハルとちぃの夢 第11話

388 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/22(金) 11:46:24 ID:xLPIwwSc
 午後7時過ぎ、喫茶店『無銘』は、祭りの喧騒とは無縁な静けさに包まれていた。

 「意外と早くに暇になったな」
 マスターが小声で康彦に話し掛ける。
 「そうですね」
 康彦は苦笑混じりに答えながら、”暇にもなるだろう”とおもった。

 その日にもっとも多かったのは、鈴を目当てとした客であり、そんな客の多くは、マスターに一睨みされて、退散していったし、
 他の客達は、やけ酒でも飲む前に寄った、そんな雰囲気だったからだ。

 今、店内にいる客は、老夫婦と予備校生、中年のサラリーマンに隠居した旦那と、カップル祭とは無縁な客だけだ。

 4組共に常連客なだけに、無用な気遣いをする必要もないし、そんな気遣いが逆に仇になる客だけだった。


 「いらっしゃ…」
 カランコロン、と客の入りを伝える音と共に口にしようとしたマスターの挨拶が、途中で止まった。
 常連の中にはマスターの挨拶を、他人行儀だ、と言って、嫌がる人も少なくない為、
 康彦は特に気に止める事もなく、洗い物を続けていたが、店内に入ってきた二人連れを見て、そうする訳にもいかなくなった。

 遥と智佳の妹二人だったからだ。

 「二人とも、いらっしゃい」
 「こんばんは、おじさん!」
 「今日は兄貴にオゴって貰いに来たんだ!」
 マスターのにこやかな挨拶に、二人が明るく答える。

 「そうかそうか、ヤス君のオゴりなら、遠慮なく注文した方がいい!」
 「「もちろん!!」」
 顔を綻ばせたマスターの言葉に、二人が声を合わせて答える。

 「ちょっ、マスター!何を言ってるんですか?」
 抗議の声を上げた康彦に、マスターは、
 「今日ぐらいは良いだろうよ」
 と、反論出来ない威圧的な微笑みを見せた。

 そんなマスターに圧倒される康彦に関係なく、二人は既にテーブル席に向かっていた。



389 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/22(金) 11:47:27 ID:xLPIwwSc
 「店は大丈夫だから、ヤス君は二人の相手をしてやりな」
 二人の注文が出揃った時点で、マスターが康彦に言った。

 康彦は、”そういう訳には…”と渋る様子を見せたが、
 「さっすがマスター!優しいなあ」
 「おじさん、大好きだよ!」
 という二人の声に背中でも押されたのか、
 「ヤス君、今日は兄としての勤めを果たしなさい!」
 と、有無を言わせぬ強い調子で、康彦を妹達の元に向かわせた。

 「安心しなよ」
 「時給からはちゃんと引いておくから」
 最後にそう言った時のマスターの笑顔が、康彦には多少以上に恨めしいモノに見えた。



390 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/22(金) 11:49:27 ID:xLPIwwSc
 康彦が私服に着替え、遥と智佳のいるテーブル席に座ると、二人はそれまで以上に嬉しそうな笑顔を見せた。

 「あんまり食うと太るぞ」
 更にオゴらされる事を恐れた康彦は、先手を打つように言う。
 既に遥は、ナポリタンにサラダ、フルーツとケーキを平らげ、今は優雅にダージリンの紅茶を飲んでいるし、
 智佳は、ピザとサラダにチョコパフェを平らげて、今はフルーツの盛り合わせと格闘している。

 「その分、運動するから大丈夫だって!」
 遥が笑う。
 「成長期成長期!」
 苺を食べながら、智佳が言う。

 確かに二人とも、どちらかと言えば痩せ型である。
 康彦もそうだし、両親も太ってはいないのだから、太りにくい遺伝子でもあるかもしれない。

 そんな事を考えてながら二人を見ていた康彦は、二人が”オシャレな恰好”をしているのに気付いた。
 「ハルもちぃも、何か用事でもあるんじゃないか?」
 康彦が思った事をそのままに口にする。
 「ん、どうしたの、急に?」
 「いや、綺麗な恰好してるからな」
 康彦の返答に、二人は顔を見合わせて、ほくそ笑んだ。

 作戦の第一段階、普段とは違う恰好で康彦の気を引く、が成功したからだ。

 「この後に大事な用事があるんだ」
 「そう、凄く大事で、重要な仕事があるんだ」
 そう言って、二人は顔を見合わせて楽しそうな笑い声をあげた。

 康彦が思った事をそのままに口にする。
 「ん、どうしたの、急に?」
 「いや、綺麗な恰好してるからな」
 康彦の返答に、二人は顔を見合わせて、ほくそ笑んだ。

 作戦の第一段階、普段とは違う恰好で康彦の気を引く、が成功したからだ。

 「この後に大事な用事があるんだ」
 「そう、凄く大事で、重要な仕事があるんだ」
 そう言って、二人は顔を見合わせて楽しそうな笑い声をあげた。

 そんな二人の姿に康彦は、
 ”今日は家に帰るのを遅らせるか、何処かに泊まりに行った方が良いかな”
 と、要らない気遣いを考えていた。

 どの道、二人が店を出たら、自分はバイトに戻れるだろう、
 そんな感覚しか、康彦にはなかった。



391 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/22(金) 11:51:46 ID:xLPIwwSc
2
 喫茶店『無銘』、
 その店の前で、言い合いをしている女性が二人いた。
 早紀と鈴だ。

 「ほら、ここまで来たんだから、行くよ!」
 早紀が苛立ったように鈴の手を引っ張るが、鈴は、
 「だってえ、断られたらって思うて怖いしい、なんて言ったらイイかも分からないんだもん」
 と、中々、足を進めようとしない。

 「あぁ、もう!」
 ストレスが溜まり過ぎた早紀が、鈴の方を向き直って怒鳴る。
 「男なんて、フインキ作って迫れば、簡単にオトせるんだから、ウジウジしない!」
 自分の経験から来た発言を力強くするが、
 それでも鈴は、
 「そんな雰囲気なんか分からないし、作れないよお!」
 と弱気な発言を繰り返す。
 「フインキなんか簡単に作れるのに…」
 溜め息混じりに、鈴の顔を見ながら、早紀が言う。
 鈴は困った顔をしながら、涙目になっていた。

 「分かった分かった」
 多少以上に投げやりに早紀が言い出す。
 「外から店の様子を見て、それで私が作戦を立てて上げるから!」
 それは、早紀が出来る最大限の手助けであり、決断しない鈴への譲歩でもあった。

 「それならあ…」
 「よし、じゃあ行くよ!」
 早紀は、鈴が自分の提案に乗る態度を見せたところをすかさずに捕らえて、店の横まで鈴を引っ張って行った。


 二人がこっそりと店内の様子を伺うと、康彦は二人の女の子と楽しそうに話をしていた。

 「誰、アレ?」
 早紀がそう聞く前に、鈴が声を出す。
 「妹さん達…来てたんだ…」
 その声には驚きと困惑が篭められていた。

 「へぇー、妹さんか」
 鈴の声の変化に気付かないまま、早紀が納得の声を出す。

 言われれば、確かに3人とも似ていた。
 それぞれに違った個性を感じさせながらも、
 綺麗な黒髪、はっきりとした二重瞼、高めの鼻と、共通点も多く、知れば納得がいく感じだ。

 「ちょうどイイ機会だから、妹にも…」
 「私、ちょっとトイレに行ってくる!」
 早紀が最後まで言い切る前に、鈴がそう言って走り出していた。
 「トイレなら店で…」
 「そこのコンビニだから!」
 慌てる様に鈴は行ってしまった。



392 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/22(金) 11:54:30 ID:xLPIwwSc
 「何考えてんの、あの子は!」
 鈴がいなくなった後、早紀が一人、毒づく。
 「全く勇気ないんだから!」
 愚痴を独り言で言い続ける。

 とはいえ、早紀に帰る気はない。
 ここに来る途中、何人にもナンパされてきたのだ。
 それ自体は問題がないのだが、
 その中に好みのタイプがいた事が問題なのだ。
 それを断って来たのだから、何の成果も上げずに帰れる訳がなかった。

 そんな事を考えていた早紀の目に、自分達と同じ様に中の様子を伺っている人影が、入って来た。

 それは妹の久美だ。

 久美も、自分の考えを実行する為に、康彦の働く店の前で待機していたのだが、
 遥と智佳がこの店に来るという、予想外の出来事が起こってしまった為に、
 今、こうして様子を観察しているのだ。

 「何やってんの?」
 「えっ、お姉さん!」
 早紀が声をかけると、久美は飛び上がる様に驚きの声を上げた。

 「お、お姉さんこそ、何をやってらっしゃるんですか?」
 「アタシは友達の付き合いだよ」
 久美の質問に、早紀は普通に答えたのだが、
 久美は何か厭味な表情を浮かべながら、
 「お友達、ですか」
 と、薄ら笑いを浮かべる。

 久美が、早紀の男性遍歴を嫌悪している事は、早紀も知っている。
 だから、
 「残念ながら、”男”じゃないんだよね」
 と、嘲る感じで答えた。

 「そう、と言う事で考えておきましょう」
 そう言う久美の言葉には、毒を感じさせる。
 が、早紀にはその毒は通じない。
 所詮は男に相手されない女の戯言、そう受け取るからだ。

 「で、アンタは何をやってるの?」
 「お姉さんには分からない事ですよ」
 冷静な声で言う早紀の質問に、久美が冷淡な物言いで答える。
 「また、例の姉妹の事でしょう?」
 早紀のそんな言葉に、久美は微笑で答えた。

 それを肯定と受け取った早紀は、店内にそれらしい客がいるか、探してみた。
 が、それに該当しそうなのはは一組だけ、
 その一組は、康彦の妹二人だった。
 「ひょっとして、あの二人の事?」
 早紀が、遥と智佳の二人を指差しながら、久美に聞いて見る。
 久美は驚いた様に早紀の顔を見て、頷いた。



393 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/22(金) 11:56:30 ID:xLPIwwSc
 ”都合が良い”
 早紀はそう思った。
 妹達から兄を引き離したい久美ならば、鈴と康彦の仲を取り持つのに、協力するだろう、そう思えたからだ。

 だが、久美の返事は、早紀の期待を裏切る物だった。
 「お断りします」
 それは、取り付く暇もない即答だった。

 「断るって…、アンタはあの二人の為に、アニキを引き離したいんでしょう!」
 「それは事実ですが、その役割を担うのは、私の使命です」
 興奮して問い詰める早紀に、久美がにべもない返事を返す。

 「使命だか何だか知らないけど、鈴は本気であの男が好きなんだから、イイ相手でしょうが!」
 なるべく声を抑えてはいるが、それでも早紀の声は自然と高くなる。
 それでも久美は、
 「これは私の役目ですので、他の方に譲る気持ちはありません」
 と、冷静に返してくる。

 「それでも、アンタはアレを好きなワケじゃないでしょうに…」
 早紀のそんな質問に、久美は初めて動揺の色を見せた。
 そして、一度だけ店内を見ると、目を閉じて、すぐに表情を戻した。

 「確かにそう言った事実はありません」
 「なら…」
 久美の言葉に、早紀が反論しようとしたが、それは叶わなかった。
 「それでも、あのお兄さんへの生け贄は、私しか出来ないのです」
 それは、誰にも反論する事を許さない、強く力のある一言だった。

 早紀は何も言えなくなっていた。
 呆れもあったし、それ以上に、自分の妹のハズの久美が、自分の理解が及ばない存在だと思い知らされたからだ。

 そんな早紀の気持ちを知ってか知らずか、久美は静かに、
 「あの人の心は私が受け持ちます」
 「あの人に対して、生け贄になれるのは、私だけです」
 と言うと、
 「今日は興が冷めました」
 とばかりに、早足で早紀の前から姿を消した。

 「ワケ分かんないなあー!」
 混乱した早紀が、そう怒鳴りながら頭を掻いてる時、
 「今の、妹ちゃんだよね?」
 と、恐る恐ると言った感じで鈴が声をかけてきた。



394 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/22(金) 11:58:51 ID:xLPIwwSc
 「え、あ…、鈴!」
 突然の鈴の存在に、早紀は混乱を深めた。
 「妹さん、ひょっとして…、先輩の事が好きなの?」
 早紀の混乱を気に止める様子もなく、鈴が静かに聞く。

 「えっ?」
 鈴の言葉の意味が分からず、しばし茫然とした早紀だが、
 すぐにその意味を察すると、
 「違う違う!それはないから、違うから!」
 と、慌てて否定した。
 が、鈴はそれを肯定と受け取ったのか、
 「そっかあ、早紀ちゃんの妹さんも、先輩のコトが好きなんだあ」
 と言うと、
 「そう言うワケじゃないから!」
 という早紀の悲痛な叫びを聞かず、
 「早紀ちゃんの妹さんがそうなら…」
 「私は諦めなくちゃいけないよね…」
 と呟いて、走って帰っていってしまった。

 「あー!」
 「なんなのよ、二人して!」
 一人残された早紀は、そう叫ぶ他になかった。



 「生け贄かあ」
 元いた場所から充分に距離をとった鈴が、足を止めてそう呟いた。
 あまりにも的を射ている、そう想うと、可笑しくなってしまったからだ。

 「あの時は保険のつもりで言っただけなんだけどなあ」
 自分の発言を振り返りながら、鈴が言う。
 確かにその時の鈴は、聞かれたから答えただけで、
 自分に何か遭った時の保険以上の意味合いはなかった。
 だが、それが今、別の意味を持つ可能性があった。

 「頑張ってね、早紀ちゃん!」
 既に姿の見えない”親友”に声をかける。
 「妹ちゃんの…」
 「かたきうち!」
 そう言うと鈴は、堪え切れなくなった笑いを、表に出した。

 全てが、自分と康彦の為に動いている、
 そう感じる事が出来た。


395 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/22(金) 12:01:10 ID:xLPIwwSc
3
 外は少しだけ賑やかになっていたようだが、店内は至って穏やかだ。

 口数が多い客は残っていないのと、
 康彦達3人にしても、
 康彦は元から口数の多い方ではないし、
 遥と智佳の二人は、康彦といれる時間に喜んでいて、にこやかな笑顔を浮かべているだけだったからだ。

 「ヤス君、二人を何処かに、連れてって上げなよ」
 二人の飲み物がなくなった時に、マスターがそう声をかけた。

 「何処かに、て言われれても…」
 康彦が困惑する。
 康彦は、遥と智佳の二人が愛し合っているものだと考えているからだ。

 だが二人は、康彦の気遣いに関係なく、
 「そうだよ、兄ぃ!何処か連れてってよ!」
 「そうそう、たまには兄貴らしい事をした方が良いよ?」
 と、呼吸を合わせて言ってくる。

 康彦はそれでも悩んでいたが、マスターの、
 「行って来なよ、ヤス君」
 「店の事は心配いらないから」
 という言葉に後押しされて、二人を外に連れ出す事にした。


 「この日に兄妹で出掛けても意味ないよ」
 中年のサラリーマンがマスターに声をかける。
 それにマスターは、
 「意味は3人が決める事ですから」
 と、静かに答えると、
 「妹だって、ヤス君を救えるなら、それでも構わないだろう」
 と、呟きを漏らした。
 そんなマスターの胸中が分からず、客は首を傾げるだけだった。

 「タブーなんて言葉じゃ、人は救えないんだ」
 誰にも聞こえないよう、マスターは静かに語った。



396 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/22(金) 12:03:01 ID:xLPIwwSc
 康彦と共に、店から出た遥と智佳は、様々な作戦で康彦を感じさせようとした。


 お酒に酔ったフリをして、とにかく康彦に抱き付く。
 康彦に触りまくり、触らせるように仕向ける。

 これは、二人に許されたアルコールが、缶チューハイ一本だけだった事や、二人共に酔っ払った経験がない事が災いし、
 見事に失敗した。


 人気のない場所でムードを作り、康彦に迫らせようともしたが、
 そもそも”3人”いる時点でそんなムードになるワケもなく、
 更に言えば、二人が牽制しあっているのだからどうしようもなく、
 実行にすら移せていない。


 カップルが多い場所に康彦を連れて行き、興奮させる、という作戦もあったが、
 康彦の前に自分達が盛り上がってしまい、
 肝心の康彦はどんどん冷めていく、という現象が起きただけだった。


 「明日から、明日からはもう、何でもやるからね!」
 「私だって、兄ぃに女を意識させるんだ!」
 帰り道、二人が涙目に成りながら、そんな会話をしていた事は康彦は知らない。

 そして二人も知らない。
 ずっと自分達の後を尾けていた人間がいた事を。

 大人しく家に帰る気になれなかった早紀が、興味本位で様子を伺っていた事を。



397 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/22(金) 12:04:53 ID:xLPIwwSc
4
 「アレは違うな」
 3人が家に入った事を確認した早紀は、そう呟いた。

 久美は、あの二人が恋愛してると言い切っていた。
 だが、早紀の眼からはそうは写らなかった。
 秘密めいたモノを感じなくはなかったが、それは恋愛とは結びつかなかったのだ。

 むしろ、二人が恋している相手が、兄である康彦に思えていた。

 妹同士で愛し合っているにしろ、二人が兄を愛してるしろ、
 早紀には理解し難い世界だ。
 だが、もし、二人が兄を好きだとしたら、
 早紀の頭に、鈴の言葉が思い浮かぶ。

 鈴は早紀に、楓の事故の時、妹も警察に事情を聞かれたと話した。
 鈴がどんな意志があってそんな話をしたのか、早紀には分からないが、
 早紀は、楓の死と二人が関係あるように思えてきてしまった。

 我ながら馬鹿げた妄想だと早紀は思う。
 だが、一度でも考えてしまったモノは、早紀の頭から離れずにいた。

 「バカバカしい!」
 自分の考えを否定する為に、早紀はわざと声を出した。

 そんな妄想よりも、久美や鈴の本心を聞かなくてはいけない。
 自分にはやらなくてはならない事がある、
 そう思う事で早紀は、自分の考えを掻き消そうとした。

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最終更新:2008年02月24日 19:09
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