505 好き好きお姉ちゃん sage 2008/02/25(月) 23:46:39 ID:uvV/anZC
『ごめんなさい、昨日の告白のことは忘れてください』
今しがた届いた短いメールを一読した恵美は、溜息をつきながら携帯電話を机の上に置いた。回転
椅子に座ったまま頬杖をつき、さてどうしたものかと考える。
背後からドアをノックする音が聞こえてきた。
「おねえちゃーん、はいるねー」
一つ下の妹が、勢いよくドアを開けて部屋に入ってくる。こちらの返事を聞くつもりは最初からな
いらしい。椅子を回転させて向き直り、妹を睨みつけてやるが、気にする素振りすら見せなかった。
妹は鼻歌を歌いださんばかりに楽しげな笑顔を浮かべている。弾む足取りでこちらに向かって歩く
たびに、二つ結いにした髪の房が軽やかに揺れる。実に上機嫌な様子だった。
「ねえねえ、お姉ちゃん」
「なにかしら、茜」
恵美は顔がひきつりそうになるのを堪えながら、努めて平静に返す。目の前で立ち止まった茜が、
期待に目を輝かせて、こちらの顔を覗き込んでくる。
「いいこと、あったでしょ」
「あら、いいことって、具体的にはどんな?」
「お姉ちゃんに付きまとう悪い虫が消えた!」
「あんたね」
恵美は額を押さえながらじろりと茜を見やる。
「今度はなにしたの、一体」
「べっつにー。なーんにもしてないよ、なーんにも」
わざとらしくとぼけた声で言いながら、茜がそっぽを向いて舌を出す。いつもどおりのパターンだ、
と恵美はうんざりした。
クラスメイトの男子から、放課後に告白を受けたのがつい昨日のことである。誰にも見られていた
と思うのだが、どうやら茜は早速察知して、彼のところに何らかの愉快な脅しをかけに行ったらしい。
その結果として、さっきのメールが恵美の携帯電話に届いたわけだ。
「そういうことはやめなさいって、何度も何度も言ってるでしょ。別にわたし、付き合うって返事し
たわけでもないのに」
「だってぇ」
茜はまだ幼さの残る顔に、不満げな表情を浮かべた。
「あんなヒョロくてナヨナヨした男がさー、ビーナスみたいに美人で菩薩みたいに性格よくてヤハ
ウェみたいになんでも出来ちゃうお姉ちゃんに告白しようなんて、まさに神を冒涜するに等しい行為
だと思ったんだもん」
「ヒョロくてナヨナヨって……あんた、野球部の小野君がわたしに告白してくれたときは、『あんな
筋肉だるまの汗臭い野郎が~』とか言ってたでしょうが。要するにどんな人が相手でも不満なんで
しょ、全く……っていうかヤハウェはやめなさい、いろいろ危ないから」
「はーい」
「それと、今後おなじことがあっても、もう二度とこういうことはしないこと。いいわね?」
「はーい」
茜は素直に頷いたが、実際に従うつもりはさらさらないに決まっている。なにせ、こういったやり
取りは、恵美が高校に入学してから既に何度も何度も繰り返されてきたのだから。
(わたしが誰かに告白されるたびに、絶対後から『ごめん忘れて』って言われるんだもんなー。これ
で十……何回目だっけ。もう覚えてないし)
今まで自分に告白してきた男たちの、赤い顔と青い顔のビフォーアフターを思い出しながら、恵美
は深々と溜息をつく。茜がぐっと身を乗り出し、心配そうな顔を近づけてきた。
「大丈夫、お姉ちゃん。あのヒョロ男から変な菌うつされたんじゃない?」
「んなことあるわけないでしょ……っていうかあんた、近い、近いって」
茜の顔がほとんど視界一杯に広がっている。少しでも遠ざかろうと椅子に座ったまま身を引いたが、
妹はその都度じりじり顔を近づけてくる。頬が薄らと上気し、息が荒くなっているのが分かる。
「おねえちゃーん」
甘えるような声と共に、茜が抱きついてきた。小柄で華奢な妹だから、椅子に座ったままでもなん
とか受け止められる。二人揃って椅子ごとひっくり返っては大変なので、恵美は仕方なく妹の体をき
つく抱きしめ返した。腕の中の茜が嬉しそうに身じろぎする。こうなることを狙ってやったのは間違いない。
「こら茜、離れなさいって」
「いやー。えへへ、お姉ちゃん、いい匂い……やわらかおっぱい……」
「普通におっぱいとか言うなコラ」
恵美の胸の谷間に顔を埋めながら、茜がうっとりと息をつく。小さな手が背中を這い回っているの
が分かった。ほんの少し、くすぐったい。
506 好き好きお姉ちゃん sage 2008/02/25(月) 23:47:09 ID:uvV/anZC
「お姉ちゃん、茜だけのお姉ちゃん……お姉ちゃんはずっとお姉ちゃんだもん、他の奴になんか絶対
渡さないんだから」
ぶつぶつと低い声で呟きながら、茜は恵美の胸に頬を摺り寄せている。言葉の内容が物騒な割に、
表情は至福と言ってもいいほど穏やかで、満ち足りたものだった。
(まあ、別にこうやって抱きつくぐらいなら、わたしだって許さないでもないんだけど)
恵美は眉間に皺が寄るのを自覚しながら言う。
「茜。お姉ちゃんの太股にお股を擦りつけるのはやめなさい。っていうかなんか湿っぽくて気持ち悪
いんだけど」
「えへへ、お姉ちゃんのすべすべのふとももぉ……」
「今すぐ止めないと、もう二度と添い寝してあげないわよ?」
「ごめんなさい」
茜は素直に謝り、さっきから絶え間なく続けていた前後運動をぴたりと止めた。不満そうに唇を尖らせる。
「お姉ちゃんのケチ。姉妹のスキンシップも許してくれないなんて」
「スキンシップってレベルじゃないでしょ今のは」
「じゃあせめて、可愛い妹のために張り型つけて後ろから突いてくれるとか」
「可愛い妹にそんなことする姉は間違いなく変態だって」
「じゃあ変態になってよ! ずるいよわたしばっかり変態にしておいて」
「それはわたしのせいなの、ホントに?」
「お姉ちゃんがエロすぎるのがいけないんだよ! 全くもう、永遠の幼児体型が確定しつつある妹を
ほっぽって、年々いやらしい体つきに成長していくんだから、このエロ姉は」
「どういう言いがかりよそれは。親父かあんたは」
「わたし我慢できなくて、日に三度はお姉ちゃんでオナニーしてるんだからね!」
「そんなこと本人目の前にして言うんじゃない」
軽くデコピンしつつ、まあその程度なら見逃してやってもいいか、と思ってしまう辺り、自分もか
なり毒されてきたなと恵美は少しショックを受ける。
そんな姉の内心を知ってか知らずか、茜はまた恵美の胸に頬を摺り寄せ、うっとりとした微笑を浮
かべている。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なに」
「茜のこと好き?」
「それは妹的な意味で? それとも違う意味で?」
「もちろん性的な意味で」
「じゃあ嫌い」
「酷い!」
「酷くはないでしょ……でも妹的な意味でなら、もちろん好きよ」
「うん。茜もね、お姉ちゃんのこと大好き」
「そう。じゃあお姉ちゃんに人並みの幸せが訪れるように、少しでいいから自重して欲しいんだけど」
「いや。男なんかと一緒になっちゃったらお姉ちゃんが汚れちゃうもん。いいじゃない、お姉ちゃん
は茜が幸せにしてあげるから」
「あ、そう」
あえて素っ気なく言ってやったが、茜は特に気にした風もなく、それどころか「うん、そう」と嬉
しそうに頷いている。
二人はしばらくそのままの姿勢で黙っていたが、ふと気付くと、茜は恵美に抱きついたまま穏やか
な寝息を立て始めていた。無防備な寝顔に、ついつい苦笑が漏れる。
「ったく、毎回毎回こうなるんだもんなあ。これだから、どうもあんまり怒る気になれないんだな、わたし」
一人ごちながら、恵美は茜を起こさないようにそっと立ち上がる。妹の体は自分よりも頭一つ分は
小さく、体重も子供のように軽い。だから、軽々と抱きかかえることが出来る。
恵美は茜の体をベッドの上に横たえた。服が皺になってしまうだろうが、まあそれは仕方のないこ
とだろう。そっと毛布をかけてやると、茜は眠ったままその毛布をぎゅっと引き寄せ、柔らかい布地
に顔を埋めてうっとりと頬を染める。
「お姉ちゃんの匂いだー、ってか? まったく、こいつは寝てても……」
苦笑しながらベッドに頬杖を突き、恵美は茜の寝顔をじっと眺める。
昔から体が小さくて、いつも気弱な表情を浮かべて自分の後ろをついてきていた妹。逆に身長が高
かった自分が、よく近所のいじめっ子たちから守ってやっていたものだ。その頃からもう茜は自分に
べったりだったが、まさかこの年になってもまだ「お姉ちゃんお姉ちゃん」と後ろをついてきている
とは夢にも思っていなかった。しかも最近、姉を見る目がなんだか危ない。
(ま、考えても仕方ないかな。この子はこの子だし)
顔にかかった髪をそっと払ってやると、茜の寝顔に嬉しそうな微笑が浮かぶ。
この顔を見ていると、どんな無茶なことをされても「まあいいかな」とつい許してしまうのだ。自
分もひょっとしたら妹と同じぐらいに問題のある姉なのかもしれない、と少し思わないでもない恵美だった。
最終更新:2008年03月02日 21:29