気持ち悪い妹

557 気持ち悪い妹 sage 2008/02/27(水) 23:16:10 ID:gRaODouZ
 誰かのかすかな喘ぎに、意識が眠りの中から引き戻される。夜の闇の中、一志はそっと薄目を開けた。
 窓から差し込む青白い月明かりの中、華奢な人影が浮かび上がっている。妹の綾香だ。一志が寝て
いるベッドのそばに膝を突き、震えながら息を荒げている。
 彼女の寝巻きのシャツはボタンが全て外されており、露出した下着も半ばずらされて、小ぶりで形
のいい乳房が白い肌を覗かせていた。細い左手がゆっくりとそれを揉みしだき、右手はズボンの中に
もぐりこんで股間をまさぐっている。
 目は閉じられ頬は上気していたが、自分の体を激しく責め立てているにも関わらず声はほとんど漏
れていない。小さな口がはだけた寝巻きの布地をきつく噛み締めているためだ。眉根を寄せた表情は
とても苦しそうだ。声が漏れるのを抑えようと必死に努力しているらしい。
(気付かなきゃよかった)
 一志は後悔しながらも、意識を集中して呼吸を規則的に整えた。できれば、起きてしまったことを
綾香に悟られないまま、彼女をやり過ごしたい。
 自慰を続ける綾香の喘ぎ声が、少しずつ大きくなってきた。口はまだきつく布地を噛んでいるため、
声はほとんど聞こえてこないが、鼻から漏れる呼気とそこに混じる切なげな呻きは隠しようがない。
額から流れ落ちた一筋の汗が、月明かりを浴びて薄らと光っている。顔の赤みも深くなってきたよう
だ。細められた瞳が潤んでいるのが、闇の中でも見えるような気がする。
 そうやって数分ほども自慰を続けたあと、綾香は服の布地から口を離し、両手を自分の体から離し
た。寝巻きを着直しながら、なにか思い悩むように数秒ほど黙り込む。不意に、その顔が真っ直ぐこ
ちらに向いた。先程まで淫靡な興奮に浸っていた顔に、愛しげな微笑みが浮かんでいる。
「お兄ちゃん、起きてるでしょ」
 どう答えたものか迷っていると、綾香は微笑んだままで、小さく溜息をついた。
「気を遣わなくてもいいよ。わたし、途中から気付いてたから」
 どうやら誤魔化しようはないようだ。一志は仕方なく目を開き、ベッドの上でためらいがちに上半
身を起こした。じっとこちらを見つめている綾香に、軽く片手を上げる。
「すまん、起きるタイミングが分からなくてな」
「あの、お兄ちゃん」
 綾香が少し呆れ気味に言う。
「こういうときって、普通わたしが謝るものだと思う」
「そうか?」
「そうだよ。妹が夜中勝手に部屋に忍び込んできて、自分の寝顔を見ながらオナニーしてるんだよ?
普通なら怒鳴るとかしてるよ、絶対」
「そうは言ってもな……俺がお前を怒鳴ったことなんて、あったか?」
「ないけど。でも、迷惑だったら怒鳴ったっていいし……それこそ殴ったっていいんだよ、お兄ちゃん」
「絶対しない……いや、出来ないよ、そんなことは」
 断言すると、綾香は少し辛そうに眉をひそめ、うつむいてしまった。いつも以上に小さく見える妹
に、一志もまた何も言えずに黙り込むしかない。
 少しずつ、夜気が体を冷やしていくような気がする。一志は掛け布団を捲り上げて、妹を手招きした。
「とりあえず、こっち来い。そんなとこで話してたら、風邪引いちまうよ」
 綾香は一瞬ためらうように入り口の方を見てから、またこちらに視線を戻した。そっと立ち上がり、
おそるおそるベッドの端に身を横たえる。一志は苦笑した。
「こら、そんなところにいたんじゃ、遠くて話しづらいだろ」
「でも」
「いいから、もっと近くに来いよ。ちょっと前までは普通にそうしてたじゃないか」
 綾香は迷うように視線をさまよわせながら、じりじりとこちらに身を寄せてくる。一志は布団の中
で右腕を伸ばし、妹の体を軽々と抱き寄せた。腕力、体力には自信のある自分と、小柄で華奢な妹の
関係は、昔からこのままで少しも変わらない。
「だ、だめだよ、お兄ちゃん」
 腕の仲の綾香が、焦ったようにもがく。
「だめって、なにが?」
「こんな近くだと、わたし、変になっちゃうから」
 見上げる瞳に涙が滲んでいたので、そっと指で拭ってやる。不安げな綾香の耳元に、出来る限り柔
らかい声音で囁きかける。
「別に、いいから。遠慮しなくても。何がしたいのか、言いな」
「でも」
「いいから」
 綾香は困ったように眉根を寄せながら、一志の顔と胸の間で視線を揺らがせる。その頬が少しずつ
赤くなっていき、小さな唇が固く引き結ばれた。唾を飲み込む音が、かすかに聞こえたような気がする。


558 気持ち悪い妹 sage 2008/02/27(水) 23:16:42 ID:gRaODouZ
「あの、ね」
「うん」
「ぎゅってして、ね」
「うん」
「お兄ちゃんの匂い、嗅ぎたい」
 恥ずかしそうに俯き、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟いた。一志は黙って笑い、さ
らに強く、妹の体を抱きしめる。わずかな喘ぎを漏らして、綾香の頬が一志の胸にぴったりと寄り
添った。細い腕がおずおずと伸ばされ、兄の体を抱きしめ返す。胸の辺り、服越しに息を感じた。胸
いっぱいに、兄の香りを吸い込んでいるらしい。密着している胸から伝わってくる鼓動が、じょじょ
に小さくなっていくのが分かる。
「落ち着いた?」
「……うん。ごめんね、お兄ちゃん」
「謝らなくていいったら」
「今日は、大丈夫だと思ってたんだけど」
 泣きそうな声。
「ベッドの中に入ったら、急に来たの。お兄ちゃんのことしか頭に浮かばなくなって、体が熱くなっ
て……それで、抑えられなくなって」
「ああ。分かってる、分かってるから。大丈夫だよ」
「うん」
 頷き、綾香はまた兄の胸に顔を埋める。しばらくして顔を上げ、ぎこちなく笑った。
「ねえお兄ちゃん、本当は、こんなことしちゃダメなんだよ?」
「兄妹が一緒のベッドで寝たって、別におかしくはないだろ」
「ダメだよそれじゃ。ちゃんと怒らなくちゃ」
「綾香は怒るようなことなんか何もしてないよ」
 綾香は深く溜息をつきながら目をそらした。寂しそうに笑う。
「ねえお兄ちゃん、多恵さんとはうまくいってる?」
「うまく……まあ、普通だよ。仲良くしてる……と思う」
「多恵さん、たまに家に来るけど、わたし、変に思われてないかな?」
「思ってるわけないよ。多恵はもう綾香のこと、本物の妹みたいに思ってるみたいだからな」
「そっか、よかった」
 綾香は安心したようだった。
「わたしのせいで多恵さんがお兄ちゃんのこと嫌いになっちゃったりしたら、どうしようって思ってたんだ」
「あいつはそんな奴じゃないよ」
 一志は綾香の頭を撫でてやりながら、多恵の能天気な笑顔を思い出した。
「かずぽんかずぽん、あやちゃんはかわいいねえ。あたしもあんな妹ちゃんがほしかったよ。大人し
そうな子だもんね、二人で一緒に守ってあげようね、ね!」
 今日の昼間、目を輝かせてそんなことを言っていた。おそらく、そんな風に思っている小さな女の
子の本当の姿には、まだ気付いていないだろう。もちろん、一志も話していないし、気付かれないよ
うに細心の注意を払っているつもりである。
(多恵なら、きっと理解してくれるんじゃないかって思うんだけどな。こればっかりは、そう迂闊に
話すわけにはいかないよな)
 憂鬱な思いが顔に出てしまったのか、綾香が心配そうに顔を曇らせた。
「どうしたの、お兄ちゃん。多恵さんと喧嘩したの?」
「しないよ。仲良すぎだとか、周りの連中にからかわれるぐらいなんだから」
「そう。それならいいんだけど。ねえ、お兄ちゃん」
 綾香が真剣な顔でこちらを見上げてきた。
「もしもわたしのせいで多恵さんと変なことになっちゃったりしたら、ちゃんと多恵さんの方を優先
してあげなくちゃだめだからね。わたしのことなんて切り捨てちゃっていいんだから」
「そういう言い方、あんまり好きじゃないな」
「好きじゃなくても。お兄ちゃんみたいな優しい人が、わたしみたいなクズのせいで幸せになれない
なんておかしいもん。お兄ちゃんには絶対、幸せになってもらわなくちゃ」
 一生懸命言い聞かせるような綾香の言葉を聞いていると、一志の胸がずきりと痛んだ。
「そうか、ありがとう。でもな綾香」
 痛みをこらえて手を伸ばす。愛しい妹の頭にそっと手を触れ、柔らかい髪を梳くように撫でる。
「俺はお前だってずいぶん優しいし、だからこそ幸せになるべきだと思ってるんだからな」


559 気持ち悪い妹 sage 2008/02/27(水) 23:17:08 ID:gRaODouZ
 綾香が目を見開き、ぎゅっと細めた。滲む涙を隠すように顔を伏せ、黙り込んだまま無理矢理一志
の腕から抜け出してしまう。敢えて止めずに見送る。小さな妹は床に降り立つと、耐え難い苦痛に喘
ぐように深く息を吐き出し、振り返らずに言った。
「わたしには」
 声はか細く震えていた。
「わたしには、そんな資格、ないよ。本当は、ここにいる資格だってないのに」
 振り返らずに早足で歩き、綾香はドアノブに手をかける。ドアを開ける直前、小さな呟きが聞こえてきた。
「気持ち悪い妹でごめんね、お兄ちゃん。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
 綾香は部屋を出て行った。
 少し経ってベッドから抜け出した一志は、この部屋と隣にある妹の部屋とを隔てている壁に耳を押
しつけてみた。かすかに、すすり泣きが聞こえてくる。
(かわいそうな綾香)
 今すぐ隣の部屋に飛び込み、妹の体を抱きしめて慰めてやりたい衝動に駆られる。綾香が泣くたび
ずっとそうしてきたし、それは兄として正しい行いのはずだった。だが、今はその正しさに自信を持
つことができない。
 一志は全身に疲労と痛みを覚えながら、のっそりした足取りでベッドに戻った。天井を見上げ、思い返す。
 ――お兄ちゃん、ごめんなさい。
 突然部屋に入ってきた綾香が、床にカッターを放り捨てて泣き出したのは、もう半年ほども前のことだ。
 確か、その当時はまだ友人以上恋人未満、ぐらいの関係だった多恵から、告白を受けた日だった。
こちらとしても彼女のことを憎からず思っていたので、もちろんOKした。夕日に染まった帰り道、
手を繋いで帰ってきたことだとか、お互いに緊張していて上手く話せず、それが面白くて二人で笑い
転げたことだとかを、嬉しさのあまり全部綾香に語って聞かせたのだ。なんて残酷なことをしたんだ
ろうと、今になって思う。
 ――わたし、普通じゃないの、おかしいの。
 昔から、不安そうな顔で自分の後をついてきていた綾香。振り返って微笑んでやると、安心しきっ
た笑顔を見せていた綾香。その妹が、聞く者の胸を抉るような悲痛な悲鳴を絞り出していた。
 ――お兄ちゃんのことが好きなの。好きで好きでたまらないの。
 いつだって守ってやったし、悲しいときは慰めてやった。妹のことなら、なんだって知っているは
ずだった。だが、綾香がずっとひた隠しにして、誰にも言わず、言えずに育ててきた想いのことは、
何一つ知らなかった。一番近くにいながら、その欠片すら見えていなかった。
 ――多恵さんのことだって大好きで、多恵さんならお兄ちゃんを幸せにしてくれるって、そう思っ
てたのに。気付いたら、こんなの握ってたの。これであの女を殺せたらって、本気で考えてたの。わ
たし、もう駄目。こんなんじゃ、お兄ちゃんのそばにいられないよ。こんなクズがいたら、多恵さん
もお兄ちゃんも不幸になっちゃう……!
 床に突っ伏して泣く妹に対して、あのときの一志はかける言葉を見つけることすら出来なかった。
ただ、今までの習慣に従うまま、妹の体を抱きしめて、「大丈夫、大丈夫だよ」と囁いてやることぐ
らいしかできなかった。そんなものが何の助けにもならないことは、分かっていたはずなのに。
 半狂乱で死ぬとか出て行くとか言い募る妹を、ただただ必死になだめた。大丈夫だからと、馬鹿み
たいにそれだけしか繰り返せなかった。綾香はなんとか踏みとどまってくれたが、その心は未だに不
安定な状態にある。解決の糸口すら、見出せぬままだ。
 ――ごめんなさい。普通じゃなくてごめんなさい、普通になれなくてごめんなさい……
 すすり泣く綾香の声は、今も時折蘇っては胸の傷を無遠慮に嬲っていく。
「普通じゃなきゃ、ダメなのかよ」
 無力感に苛まれながら、負け惜しみのように呟く。
 ベッドに横になったまま、窓越しに空を見る。闇の中に浮かんだ月が、嘲笑うようにこちらを見下
ろしていた。
 朝はまだ、遠くにある。

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最終更新:2008年03月02日 21:34
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