「駄目だ!全ッ然釣れねえぇぇ!!」
ヘンゼルお兄ちゃんが癇癪を起こして叫びます。
結局、昨日は一日何も釣れずじまいでした。ヘンゼルもグレーテルも今朝から釣糸を垂らしていますが、針には何もかかりません。
昨日食べたライ麦パンの麦粒を口の中で転がしながら、グレーテルは考えます。
(ずっとここにとどまる訳にはいかないわ。冬がやってきたら食糧はますます手に入らなくなるもの…。
お兄ちゃんを説得して何とか山越えを成功させなきゃ。そして何処かの小さな町で、お兄ちゃんと二人…)
「おにいちゃんとふたり…ふひひひひひひ…」
グレーテルの頭の中では夢のような生活、もとい性活が広がっていました。
「お兄ちゃん、もう少し上流に行けば釣れるかもしれないよ?場所移動してみようよ」
しかし、ヘンゼルは渋い顔をするだけでうんとは言いません。
どうやらヘンゼルはまだ両親に未練があるようなのです。
(困った人だわ…)
内心呆れながらも、辺りを不安そうに眺めるヘンゼルが可愛くて、思わず乳首を噛み千切りたくなりましたが、ここは我慢です。
「ほら、この河原には小石がいっぱいあるからコレを目印にすれば良いじゃない。また迷っても、これなら安心でしょ?」
グレーテルの言葉でヘンゼルもようやく決意を固めました。二人は手早く荷物をまとめると、暗い森の中を彷徨います。
小石を落としながら二人は歩きます。
森の中は木の根っこが飛び出ていたり、茂みが道を塞いでいたりで、大変歩きづらいのです。疲労のため、二人の間にも自然と会話は無くなります。
ヘンゼルはもちろん、グレーテルだって不安は感じています。
(やはり計画が性急過ぎたのかしら…。でも、こうでもしなかったら二人きりになんてなれなかったし…)
焦りと不安がグレーテルを迷わせ、後悔の無間地獄へと誘います。
「おい、なんか良い匂いがしないか…?」
ヘンゼルお兄ちゃんが口を開いたのはそんな時でした。
グレーテルも鼻をくんかくんかさせます。確かに、何か良い匂いがします。
スーパーカップ豚キムチ味のようで、カップヌードルシーフード味に近い匂いもします。
584 ヘンゼルとグレーテルKIMO-remix Ver. sage 2008/02/29(金) 02:02:30 ID:qdxenYJ2
二人はその匂いに誘われ、ふらふらと歩きだします。しばらく歩くと、森の奥に明かりが見えます。
「あ、明かりだ…!!」
「よっしゃあ!!行くぞグレーテル!!」
途端にハイテンションになったヘンゼルは光に向かって走り出しました。
「あっ!ま、待ってよお兄ちゃん!!」
グレーテルもその後を追います。
茂みをかき分け突き進むと、そこには一軒の小屋がありました。窓からは暖かそうな光が、ドアからは美味しそうな匂いが漏れています。
小屋の前には看板が立っていて、そこにはこう書いてありました。
『犯しの家』
あなたは意中の人に近付く泥棒猫を煩わしく思った事がありませんか?
想い人がなかなか振り向いてくれない事に苛々した事はありませんか?
ここ、『犯しの家』はそんな一途な女性の恋のお役に立つアイテムを扱っているお店です。
邪魔な腐れ雌豚を排除する為の毒薬から凶器、愛する殿方を籠絡する媚薬まで、何でもございます。
是非、気軽にベルをお鳴らしください。プロの資格を持つスタッフが誠心誠意、応対します。
「何かやたら物騒な事書いてあんな、この看板…」
ヘンゼルお兄ちゃんは若干引き気味です。
「何言ってるの!?とても素敵なお店じゃない!!」
対照的に、グレーテルは目をキラキラさせて看板に見とれています。
グレーテルは迷わずベルを鳴らしました。
――――ピーンポーン
「いらっしゃいませ!!『犯しの家』へようこそ!!」
間髪入れずお店のドアが開き、中から一人の女性が飛び出してきました。
ロングヘアーのクール美人なお姉さんです。たわわに実った巨乳が動きに連動してぽよよんと弾んでいます。
真っ白なエプロンに包まれた腰は、キュッとくびれていて、お尻は丸く上向きについています。
「あ、あの…」
「まあまあ!可愛いお嬢ちゃん!!あなた、そんな可愛い顔してるのに振り向いてもらえないの!?
もしかして相手の殿方はとてもピュアアンドシャイな方なのかしら…?あ!そうか分かったわ!泥棒猫ね!!泥棒猫が邪魔なんでしょう!?
親が勝手に決めた許婚とか、昔はいつも一緒だった幼馴染みとか、ずっと男だと思ってたのに女だったとか、私達は前世で恋人でしたとか言ってくる電波女とか!!
まあ相手が誰だろうと構わないわ。そんなお嬢ちゃんにはコレがオススメよ。
585 ヘンゼルとグレーテルKIMO-remix Ver. sage 2008/02/29(金) 02:04:45 ID:qdxenYJ2
コレは“竜殺しの大剣”って言ってね、ガチムチのゴツい男じゃないと振り回せないんだけど、刀身の四分の三をカットして女の子でも使えるようにしたの。某ゴットハンドだって倒せる凄いアイテムなのよ。
お金は分割も出来るからね。それとも一括?
あ、ここで装備していくかい?」
「あの!!すいません!!」
グレーテルは声を張り上げます。
物凄い勢いで営業トークをしていたお姉さんは我にかえり、改めてグレーテルを、そしてヘンゼルを見ました。
「あのー…実は私達、この森の中で迷ってしまいまして、食べる物も寝る場所も無いんです。一晩だけでも泊めさせていただけないでしょうか?」
兄妹はぺこりと頭を下げます。
「えっと…」
お姉さんはいきなりの事に困っていましたが、二人の疲れ切った顔を見るとお家の中に入れてくれました。
「どんどん食べてね!作りすぎちゃったからちょうど良かったわ!」
暖炉ではあかあかと火が燃え、見ているだけで体が暖まります。テーブルの上には豪華絢爛な食事が並んでいました。
ビーフシチュー、シーザーサラダ、サーモンのマリネ、焼きたてのパン、あと何故かカップ焼きそばの一平ちゃんもありました。
「「美味しそう…」」
二人は思わず呟きました。ただしヘンゼルお兄ちゃんの視線はお姉さんの胸に釘付けだったので、料理の感想だったのかは分かりません。
二人は家でも食べた事のないような、料理を瞬く間に平らげてしまいました。そのうえ、お姉さんはデザートにショートケーキまで用意してくれました。
ヘンゼルもグレーテルも料理を堪能し、幸せ気分いっぱいです。
「お風呂沸かしたからお入りなさい。私は最後で良いから」
お姉さんの言葉に甘えて、二人はお風呂に入る事にしました。
グレーテルはお風呂をヘンゼルに譲り、あてがわれた一人部屋でしばらくくつろぐ事にしました。
「今日は大変な一日だったわ…」
ベットの上で大の字になって、グレーテルは言います。
「明日、あのお姉さんに道を聞いてこの山を越えれば、もう何も心配する事はないわ…」
楽園はもう目の前です。
ヘンゼルお兄ちゃんが呼びにくるまで、グレーテルは笑い続けていたのでした。
586 ヘンゼルとグレーテルKIMO-remix Ver. sage 2008/02/29(金) 02:07:00 ID:qdxenYJ2
ぐつ、ぐつ、ぐつ。
鍋の中で紫色の液体が煮えたぎります。
かき混ぜる手を止め、鍋に取っ手をつけると別の容器に中身を移し替えます。
「やっぱり取っ手のとれるティファールは便利だわ…」
先日、通販で買った新しい器具の使い心地に満足し、呟きます。
(それにしても…)
お姉さんは考えます。さっきは本当にびっくりしました。
『理想のクリスマスの過ごし方in2007』ごっこ(要は二人分の食事を用意して、脳内彼氏とご飯を食べているつもりになりながら
二人分のご飯を食べるという、選ばれし者のみに許された遊びです。)をしようとしていた矢先、迷子がやってくるなんて。
しかも、その迷子の一人はとても素敵な男の子でした。
「…あの人にそっくりだわ…」
目を閉じれば、かつて恋い焦がれた男性の姿が浮かびます。気付かぬうちに、ついつい鼻歌を口ずさんでしまいます。
「いやだわ、私ったら…男の子が来たからってこんなに…」
顔が真っ赤になるのが自分でも分かります。
「あの二人は明日にでも出て行ってしまうのかしら…?」
お姉さんはそれをとても寂しく感じました。お店がお店だけに、お姉さんには仲の良い知り合いがいません。
というか、人間と話したのも久々です。仕事はインターネットでの注文も受け付けていて、主にそちらの方で収入を得ているのです。
でも、お姉さんは思います。いくらお金を稼いでも、本当に大事なものはお金で買えない価値があるものです。
例えば家族であったり、友人であったり、恋人であったり。
お姉さんはとある事情によって、それらを全て失っていました。
(あーあ…あの男の子が私の彼氏になってくれたらなぁ…)
もしそうなれば、それはとても素敵な事です。兄は恋人に、妹は友人に、いっぺんに二つのプライスレスを手に入れる事になるのですから。
「そしてゆくゆくは、家族に…ふひひひひ…ハッ!!いけないわ、私ったらまた変な妄想を…」
孤独の寂しさを紛らわすため、日々妄想に明け暮れていたお姉さんの頭はいつだって先走るのでした。
コンコン。
「お風呂、空きましたけど…」
振り向けば女の子がタオルを首にかけ、こちらを見ていました。
「あ、わざわざありがとう。今日は疲れているだろうから、もうお眠りなさい」
お姉さんはそう言って、紫汁の入った容器を冷蔵庫に入れます。そしてお風呂場へと向かいました。
587 ヘンゼルとグレーテルKIMO-remix Ver. sage 2008/02/29(金) 02:09:49 ID:qdxenYJ2
「びっくりしたぁ…聞かれちゃったかなぁ…。変な女だって思われなきゃ良いけど…」
先程までの独り言が聞かれていたら―――
そう思うと、冷や汗が一気に吹き出します。人間、恥ずかしすぎると死ぬというのは、案外、本当なのかもしれません。
手早く服を脱ぎ、そのわがままぼでぃーを湯船に浸します。水飛沫がランプのぼんやりとした光を反射し、虹色に輝きます。
保湿効果のあるハーブを入れた薬湯は、どこまでも広がる草原のような青色です。その中で寝そべる白馬のごとく、なまめかしい肢体を湯の中に漂わせるお姉さん。
しばらく目を閉じた後パッと開眼し、
「明日、もう少しここにいてもらえるか聞いてみよう…」
そうひとりごちます。
ポジティブシンキングなお姉さんはすぐさま頭を切り換えると、湯船の中で伸びをするのでした。
「ちょっと怪しい雲行きになってきたわね…」
お姉さんの背中を見詰め、グレーテルは呟きます。
「確か…家族に…とかなんとか…」
――――せっかく泥棒鳥を排除したというのに、今度は泥棒牛の登場かしら…。
グレーテルはあくまで独り言の断片しか聞いていないので、実際のところお姉さんが何を考えていたか曖昧ではありましたが、それを見逃す訳にはいきません。
暖炉の炎もそのままの形で凍り付いてしまいそうな視線を向けながら、どうしたものかと考えます。
「悠長な事言ってたらまたハマーDの時みたいになってしまうしね…」
ネガティブシンキングなグレーテルは、いつまでも今後について頭を回転させるのでした。
最終更新:2008年03月02日 21:36