花言葉

620 花言葉 sage New! 2008/03/02(日) 05:18:52 ID:6lUh/ghE
僕は他の人に比べて体が弱い。
生まれてからずっと弱い訳じゃない、8年前事故にあったのがその原因らしい。
らしいと言うのは僕自身、事故前後の記憶がすっぽりと抜けているからだ。
事故にあった際に両親は僕を庇い事故死し、両親の記憶が残っていると心に影響を及ぼすために自己防衛として記憶障害になったのだと医者は言っていた。
僕の家族は妹の桔梗だけで他にはいない。
体が弱い僕は妹の手伝いがあって初めて日常生活をおくれている状態で、もし妹がいなかった場合まともに生活すら出来なかっただろう。
そんな僕の体を案じた妹が全ての資産を売り払いこの田舎の古屋敷を購入し、そして引っ越してきてから3年になる。


「おはようございます、お兄様」
僕の朝の目覚めは桔梗の起こす声によって始まる。
前に毎朝僕を起こすのしんどいだろうから目覚まし時計で良いよと伝えたら。
あの大きな音は体に障るのでいけませんそれに……毎朝お兄様を起こすのは桔梗の楽しみなので奪わないで下さいと懇願された為に未だ妹に甘えている。
僕はこの軟弱体質が溜め息がでるくらいに嫌いで仕方ない。
この軟弱体質を克服する為にあらゆる方法を試したが一向に効果が現れず、今もこの状況に甘んじている。
「おはよう桔梗」
「おはようございますお兄様」
やんわりと微笑みながら僕の背中に手を入れ、上半身を起こしてくれる。
軟弱体質のせいで朝には極端に弱く、ある程度時間を置かないと一人では体を起こす事さえできない。
全く嫌になる。
「今朝も良い天気です、準備が出来たら大広間までお越し下さい」
そう言い残すと桔梗は腰まである黒髪を揺らしながら部屋を出て行った。
桔梗。
僕の唯一人の肉親で一人では満足に生活出来ない僕を嫌味の一つも言わずに世話してくれる大切な妹。
記憶が欠けている為にどんな幼少時代を過ごしてきたかは分からないが、妹を単語で現すなら100人中100人共こう言うだろう。
大和撫子……と。
腰まである黒髪と控え目に施した化粧は桔梗の魅力を最大限に引き出している。
それに加えて桔梗は学校の制服以外は全て和服という徹底ぶり。
桔梗によれば小さい頃は和服じゃなかったらしい、ならどうして今は和服なのって尋ねた時。
桔梗はとても楽しそうに僕の顔を見て笑っていた。



621 花言葉 sage New! 2008/03/02(日) 05:20:11 ID:6lUh/ghE
服を着替えて部屋を出た僕を待っていたのは古木独特の香りと、所々に飾られているイソトマと言う名前の目が覚めるような美しい紫色の花。
桔梗はこの花が好きらしく良く飾っている。
確か花言葉を以前聞いた気がするのだが思い出す事が出来ない。
元々この屋敷は明治時代の豪商が別荘として使っていた館らしくとにかく無駄に広い。
引っ越して来た当初は自分の部屋さえ分からなくて良く迷っていた記憶がある。
ゆっくりと足元を確かめながら歩く。
軋む床の音と外から聞こえる鳥の囀り。
螺旋階段を降りて右に曲がった場所に目的地の広間がある。
昔は外交の場として使っていたらしく他の部屋の5倍はある大きな部屋なのだが、今は20人は座れるであろう大きなテーブルしかない。
その上座と次席に料理が置いてある。
上座にいつも僕の用意がされており桔梗は次席。
これも全て桔梗が定めた事で僕には反論の余地がないのだが、本当ならば桔梗が上座に座るべきだろう。
「お兄様、お待たせ致しました」
そう言いつつ、湯気が立つ味噌汁を2つ持ってきてくれた。
「いや……僕も今来たとこだから」
今朝の献立は鮭と豆腐の味噌汁それから出汁巻き卵。
インスタント食品は全く使用しておらず、味噌汁に使っている味噌も桔梗の手作り。
「お兄様、そろそろ戴きましょうか?」
「そうだね戴きます」
小さく手を合わせてから出汁巻き卵を口に運ぶ。
少し甘めの味付けが凄くおいしい。
「今日もおいしいよ」
「良かったです」
僕が先に手を付けてから桔梗が少し遅れて食べ始める、これがいつの間にか習慣化していて一種の家訓みたいになっている。
桔梗はいつも僕を立ててくれる出来た妹なのだが、僕しか知らない桔梗の秘密があるのだ。
「どうかしたのですか?味噌汁を飲みながらそのように笑われて」
僕の考えが顔にも現れていたらしい。
訝しそうに桔梗が僕を見つめる。
「桔梗の事考えていたのだよ」
「私の事……ですか?」
「うん、こんなに優秀な妹なのにどうして一人で寝れないのかなってね」
普段冷静な桔梗の顔が一瞬で真っ赤になる。
「なっななななにをっ!!?」
「おおう予想通りの反応」
「も、もしかしてお兄様。桔梗をからかって遊んでますか?」
「うん」
「……お兄様のいぢわる」



622 花言葉 sage New! 2008/03/02(日) 05:21:46 ID:6lUh/ghE
何でもこなす桔梗だが、一人で寝ることは出来ない。
きっと両親が死んでしまった上僕も体が弱いせいか心配なのが起因しているのだろう。
「ねぇ桔梗」
「はいお兄様」
顔から朱が抜けてきた桔梗が改めて僕を見つめる。
「僕は安心してるんだ」
「安心……ですか?」
「うん」
「またどうしてですか?」
「桔梗にも弱いとこあるんだなぁって思うから」
「弱いことはダメだと思います」
桔梗がはっきりとした口調でそう言い切る。
僕は食べ終えた箸を置くと緑茶をゆっくりと啜ると間を置いてから口を開いた。
「弱いところがあるって事は誰かに頼るって事と同義だと思うんだ」
「ですがっ……」
意見を述べようとした桔梗の口を人差し指で優しく抑える。
「僕は桔梗に頼ってるし、桔梗も僕を頼りにしてる」
ゆっくりと湯呑みをテーブルに置く。
「この相互関係は大切だと思うんだ」
「お兄様……」
「だからこれからもよろしくな」
「はいっ」
桔梗の顔が微笑みで溢れる。
僕は叶うのならこの微笑みをずっと見つめたい。
そう願っている。
神様願わくばもう少しだけ2人だけの穏やかな時間をお与え下さい。

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最終更新:2008年03月02日 21:37
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