ハルとちぃの夢 第13話

212 ハルとちぃの夢 sage 2008/03/16(日) 20:44:24 ID:e9X1ti2f
 「どうするかなあ?」
 自室にて、遥が小声で呟く。

 遥は、既に兄を襲った相手を特定している。
 今までの言動、
 智佳が言っていた丁寧な言葉遣いをする同じ学校の生徒、
 そして、今日に嗅いだ匂い、
 それらが遥に、ある一人の人物を想定させていた。
 遠藤久美、
 少々変わった友人。
 「どう始末を着けようかな?」
 遥が、小さく首を傾げた。

 かつての、横山楓のように殺すのは、それほど難しくはない。
 あの時と違い、遥は久美の事をある程度は把握しているのだから。

 それでも遥は、あの時と同じ手段を取る事を躊躇していた。
 久美が同級生、
 だからではない。
 ”人の死”
 それが兄にどんな影響を及ぼすか、
 それが想像出来ないだけに、
 怖かった。

 楓という人間の死が兄に与えた影響、
 それは、自分と兄との間に、血縁だけではない大きな壁を作ってしまったのだ。
 その壁は、遥の望みを妨げている。

 そして、もう一つの理由を言うなら、
 久美が最後まで出来ていない、
 その事実に、自信がもてるからだ。

 通常、移り香が残る程に男女が近くに居続ける状況なら、
 ある程度の知識がある人間なら、大概が同じ答えをだすだろう。
 遥は、おそらくは智佳もその答えを導き出している、そう考えている。
 だが、遥はその答えを否定する事が出来る。
 楓の死が与えた後遺症が、
 自分だけが癒やせる、
 そんな根拠のない自信がある、兄の傷。
 その存在を遥は知っているから。
 とはいえ、兄に何らかの危害を加えた久美を、遥は許す気はない。

 「ちぃちゃんと協力して…」
 そこまで言いかけて、遥は口を止めた。

 もう一人の自分が、まるで悪魔の様に、囁きかけてきた言葉がある。
 それを実行すれば、兄は完全に壊れるかも知れない。
 だが、そうなれば、自分だけの兄に、
 兄貴から康彦へと、変られるチャンスにもなる。
 そこまで考えた自分に気付き、その考えを否定する為に、遥は大きく首を振った。
 まだ、その手段をとるのは早い。
 全てを終えていない今は。


213 ハルとちぃの夢 sage 2008/03/16(日) 20:45:19 ID:e9X1ti2f
 智佳は小さく溜め息を吐く。
 今回の出来事に対して。

 全てが分かる訳ではないが、智佳にはある程度の想像がついた。
 兄が、誰かの悩みを聞くうちに、その誰かを惚れさせてしまった、
 そんな簡単な事実。

 今、智佳が吐いた溜め息は、そんな事実に対してのものではない。
 遥に対してのものだ。

 智佳は遥の存在を認めている。
 実行力と勘の鋭さ、
 その二つは自分にはないものだ。
 だからこそ、智佳は遥と共闘しているのだ。

 だが、遥には遥の甘さがあった。
 身内を疑いきれない、
 そんな甘さが。
 それが智佳には、不満でもあり、物足りなさでもあった。

 今回の事、
 おそらくこれは、遥の友人から起こした出来事だろう、
 智佳はそこまで確信がもてる。
 そして、その友人とやらは、それなりの信号を発していたはずだ、
 智佳はそう考える。

 「もう要らないかな」
 小さく呟いた智佳の一言、
 その言葉には、人に言えない暗さが宿っていた。


214 ハルとちぃの夢 sage 2008/03/16(日) 20:46:33 ID:e9X1ti2f
 妹、久美の様子を見た早紀は、久美が何をしてきたのか、察する事が出来た。

 久美が、あの”先輩”と何かをした。

 具体的な説明は出来ないものの、そこはある程度以上に経験を積んだ、女の直感とでも言うべきものか。

 その上で早紀は悩んでいる。
 鈴に、あの先輩に惚れている友人になんと説明すべきかを。

 話さなければ良い、
 そんな考えは鈴からの電話、そして鈴からふられた話で駄目になった。


 「妹ちゃん、そこまでいったんだぁ…」
 「いや、そうじゃなくてさ、あの子は…」
 力無く言う鈴の言葉に、早紀は懸命に反論の言葉を捜す。

 鈴の口車に乗せられて言ってしまった一言、
 それを否定する為に、早紀は必死だった。

 「私は別に良いんだよぉ?」
 「早紀ちゃんの妹さんが幸せになるなら…」
 何かを悟ったように、優しく言う鈴に、早紀は言葉もなかった。

 「鈴…」
 言葉を詰まらせながら言うべき一言を考える。
 二人の恋愛を応援しようと決めたのだから。

 「そんなに気にしなくても、大丈夫だよぉ」
 早紀の胸中を察するように、鈴が優しい言葉を出す。
 「私はそんなに辛くないからあ!」
 そういう鈴の言葉は、早紀にはやせ我慢に聞こえた。

 「でも…」
 「大丈夫、大丈夫だからねえ!」
 何かを言いたかった早紀に、鈴はそれだけ言うと、焦る様に電話を切った。

 それが早紀には辛く感じていた。


215 ハルとちぃの夢 sage 2008/03/16(日) 20:48:20 ID:e9X1ti2f
 「ヤったんだあ、あの子ぉ…」
 電話を切った鈴が、一人呟く。

 「妹さん達ぃ、気付くだろうなあ…」
 その言葉は鈴に笑いをもたらした。

 そして鈴は目を閉じる。
 中学の時、初めて康彦に会ったあの日、
 自分を受け入れてくれそうな相手を見つけられた歓喜。
 それからは、康彦から決して離れない様に過ごしてきた日々、

 「辛かったなあ」
 過去を思い出して、思わずそんな言葉が口に出る。

 「でもぉ、もう終わりだよねえ…」
 歪んだ唇、濁った光を宿した瞳、
 それ以上は表現し難い顔を鈴はしている。

 久美という女がした行動に自分の夢を邪魔している存在がこれからするであろう行為、
 それに対して早紀がするだろうという報復、
 その二つを考えた鈴は思わず、
 「先輩、壊れちゃうかなあ」
 そう言ってしまった。

 ニヤけた顔は止まらない。

 「そしたらあ、私だけの先輩に…」
 その言葉が鈴の興奮を強めたのか、吐息が荒くなっていた。

 そんな自分を、鈴は懸命に押さえ込んだ。

 今回は決定的な証拠を掴んで、それを上手く早紀に使わせなくてはいけないのだから。

 難しい作業だとは鈴も思う。
 しかし、その先に待ってる未来は、鈴が待ち望んだ未来だった。

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最終更新:2008年03月23日 21:33
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