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美咲の闘い sage New! 2008/04/06(日) 16:39:40 ID:AQs5uuOA
それまで、不動琢磨は平穏な日々を過ごしていた。
小さい頃に両親を亡くし、様々な事情から姉である美咲と二人暮しをしてはいるものの、
その生活に特に不平もなければ、不満も覚えていない。
強いて琢磨が愚痴を言うとしたら、
美咲が行き過ぎとも思える程にブラコンであり、何かとなく琢磨の世話を焼きたがる事、
それが反抗期でもある琢磨に煩わしさを感じさせていたぐらいだ。
とは言え、美咲は、弟である琢磨の眼から見ても美人であるし、
快活な歯切れの良い性格は、接する相手に心地良さを与えるものだ。
故に、琢磨自身もかなりのシスコンであり、姉を少しでも助けたくて、家事等を覚えてきたのだから、
多少の煩わしを感じたとしても、それが特にどうと言う事はなかった。
それ以外の琢磨は、高校受験の事で頭を悩ませる、一般的な中学生で、
特に揉め事を作るタイプではない。
もっとも、揉め事やトラブルといったものは、本人以外からの原因からも起こり得るもので、
琢磨の場合、姉、美咲の存在、その趣向や性格が、悪夢を見させる原因になった。
715 美咲の闘い sage New! 2008/04/06(日) 16:41:52 ID:AQs5uuOA
その日は普段と変わらない朝だった。
普段通りに美咲に起こされた。
目覚ましはセットしているのだが、寝ぼけて止めてしまうらしく、その都度、美咲に余計な負担をかけている。
その事を琢磨は心苦しく感じているし、美咲にも、
「琢磨はまだ、子供だからしょうがない」
そう言われる度に、情けなさも覚えている。
「”オレ”に変えてもこれじゃなあ」
そんな事を呟きながら着替えていると、
「朝食の準備出来てるからね!」
そう言いながら、美咲が笑顔で入ってきた。
「な…なんだよ!の、ノックぐらいしろよ!」
そう怒鳴りながら、慌ててトランクスを隠すのは、美咲は姉とはいえ、一応は異性であるし、琢磨自身も思春期だからだろう。
そんな琢磨の様子に、美咲は優しい笑顔を浮かべながらも、
「何を照れてんのよ」
と、からかうような言い方をする。
「照れてるワケじゃねえから…」
「そんな事より、着替えんだから、姉ちゃんはとっとと出ていってくれよ!」
顔を真っ赤に染め上げながら、抗議の声を張り上げる琢磨に、美咲はあくまで穏やかに、
「はいはい、なるべく早く着替えな、ね」
と言うと、
「これぐらいで恥ずかしがるなんて…」
「琢磨はやっぱり、子供だねえ」
と笑いながら、部屋を出ていった。
そんな美咲の態度に、琢磨は腹立ちを覚えながらも、
「姉ちゃんには勝てないのかな…」
と、嘆息する他になかった。
その後は、特別に話をするような事はなかった。
高校受験が今年になった琢磨は、余裕なく勉学に励んでいたし、特に友人付き合いで問題があるタイプでもなかったから、校内での様子を詳しく語るほどはない。
異変は、琢磨が下校する時に起きた。
716 美咲の闘い sage New! 2008/04/06(日) 16:43:01 ID:AQs5uuOA
その日の放課後、琢磨は何時も通りに帰宅していた。
その日、琢磨は食事当番であり、何を作ろう思案しながら道を歩いていた。
「キャベツと挽き肉があったな…」
「後は…人参と…」
冷蔵庫に残った食材を頭に思い浮かべながら、琢磨が家路を急ぐ。
琢磨が料理できるようになったのは、ここ最近の話しだ。
姉、美咲の助けに少しでもなりたくて、懸命に覚えたものだ。
現在は、琢磨も料理当番を任されるぐらいにはなったが、それでも琢磨は不安だった。
”姉ちゃんが喜んでくれてるのか?”
と。
琢磨は常に不安げに美咲を見る。
そんな時の美咲は、何時も通りに笑顔だ。
話が逸れた。
そんな訳で琢磨は、今晩に作る料理を懸命に考えながら歩いていた。
717 美咲の闘い sage New! 2008/04/06(日) 16:43:47 ID:AQs5uuOA
4 「不動琢磨、ですよね?」
見知らぬ相手に声をかけられ、琢磨は咄嗟に答えを返す事が出来なかった。
「えーと、あんた…君は誰?」
琢磨のその答えに、相手は嘲るような笑いを浮かべた、
少なくても、琢磨にはそう思えた。
次の瞬間、琢磨に何かが走るような感覚があった。
それからの事は、琢磨はまるで覚えていない。
「黒岩、早く運びなさい!」
「このクズは、私がしっかりと…」
そんな女の、暗く湿った声だけが、琢磨の耳に残った。
最終更新:2008年04月21日 16:26