856 湊家の朝 ~妹・彼波~ sage 2008/04/14(月) 22:39:17 ID:uY2uuzGq
その日も、湊 奏(みなと かなで)の朝は柔らかな重圧によって始まった。
「う・・・」
深い眠りの中から引き上げられた強引な目覚め。
頭が重く、無理矢理な覚醒に、未だタールに似た流れの意識が揺れる。
反射的に目を開こうとして、しかし上手く行かない。
目蓋越しの朝日が遠く、思考するための言葉は半分以上が夢の中。
接続を焦った肉体が混線を起こし、睡眠欲求の不満が不具合として訴えられる。
鉛の感覚。
特に、つっかえたような息苦しさを訴える胸が一際重い。
それから腹、腰の順で軽くなりつつも何かが自分の上に乗っている。
布団の重さではないだろう。
纏まらない意識で懸命にそこまで考え、奏は数秒の苦闘を経てから瞳に光を浴びた。
「────────何だ、またか」
その日一番の言葉を紡いで、漸く動き出した脳から急速に眠気が抜け出す。
押し出されたそれに代わって首の下から順番に繋ぎ直されていく神経の上を通る意思が全身に行き渡り、
部屋に差し込む日の光に細められた両目が焦点を結んだ。
「彼波(かなみ)」
起き抜けの、少し枯れたような声による呼びかけ。
「ふふ」
首だけを起こした奏の胸の上で鈴の音が響く。
軽やかな、高いが控え目な微笑の声。
「朝起きて最初に家族に言うのは『おはようございます』ですよ、兄さん」
相手の身じろぎに合わせて奏の体が揺れた。
開いた目の十数センチ先には自分と同じ色の瞳を持った制服姿の少女。
奏が長男を務める湊家の次女、彼波。
一つ下の妹が、兄の前で春の太陽のように柔らかな笑みを浮かべていた。
「・・・・・・おはよう」
「はい、おはようございます。兄さん、今日もいい天気ですよ」
爽やかとは言い難い調子で応えると、晴れやか、という顔で返される。
そんな妹にすぐには二の句が告げず、向けられる笑顔の前で二秒ほど悩んでから、
奏はふと最初に指摘すべきだったことに思い至った。
「あのさ、彼波」
「はい、何でしょう」
寄せれば触れそうな顔の近さで小首を傾げてみせる妹に、内心で失礼かと思案してから口に出す。
「どいてくれない、かな? その・・・息苦しいん、だけど」
重い、と言いかけてずらした視線が捉えたのは、いつも見るより早い時刻を示すデジタルの時計。
肺の圧迫に加えて、目覚めが悪くなる理由には十分だ。
つまり、原因の半分は今この瞬間にも自分の胸や腹の上に身を置いている妹。
ついでに言うと、彼女が第二次性徴期を迎えていると実感させる膨らみはまだ押し付けられたままである。
身体的と倫理的、奏にとっては二つの意味で心身に良くない。
858 湊家の朝 ~妹・彼波~ sage 2008/04/14(月) 22:41:42 ID:uY2uuzGq
「あ。すみません兄さん」
言われ、彼波が身を起こそうと二人の乗るベッドを揺らす。
それまで抱きつくように密着していた彼女の腕が離れ、マットが沈み込む感触と共に顔の位置が上がった。
衣擦れより幾らか重い音を立てて布団が退けられ、重さの中心が奏の胸から腰へ移る。
彼波が膝で奏の腰を挟み込む馬乗りの体勢。
世間的には着衣の上でも問題のある姿勢だが、彼波は終始頬を赤らめることもなく奏から身を離した。
ベッドから降りる際に、その背中で振れる艶やかな黒髪の流れが奏の目に入る。
前髪よりも遥かに長い、天然色の一筋の流れ。
腰まで伸ばされたポニーテールは微かに左右へと毛先を躍らせると、
持ち主が振り返る動きで逃げるように背後へと隠れた。
「げほ」
胸の重石が取れた拍子にか、奏が何となく咳をする。
「どうしました?」
「いや、何でもないよ」
見咎めた彼波に首を振って答え、それで、と続けた。
「何でまたこっちに? それも制服を着て」
言いながら、奏が視線をやった先には自分が使用しているのとは別のベッド。
奏から見て彼波を挟んだ部屋の対岸には、彼の妹用の寝具が設置されていた。
昨夜、彼波はそこで眠ったはずであり、現にそちらの布団も乱れている。
彼女が起きたのも何時間も前という訳ではないだろう。
「朝御飯の用意が出来たので兄さんの様子を見に来たんですけれど・・・・・・その、
兄さんの寝顔を見ていたら久しぶりに家族のスキンシップを図りたくなりまして」
着衣越しに兄と体を重ねるよりもその理由を告白する方が恥ずかしいらしく、彼波が僅かに頬を染める。
その様を可愛らしいと感じると同時に、奏は溜息を心中に留める努力を行わねばならなかった。
現在、湊の家に子供用の部屋は二つしかなく、そのうち一つは年長の姉に割り当てられている。
新たに部屋を設けるスペースも金もない湊家では必然的に年下の二人が残る一部屋を共有しなければならず、
結果、奏と彼波の二人は同じ部屋で寝起きを共にしている。
その結果自体に不満があるわけではない。
当時、最初から最後まで他ならぬ妹自身が兄と同じ部屋になることに肯定的だったのが、奏にとっては問題だった。
むしろ、積極的とさえ言えたかもしれない。
今でも、いや、むしろ以前より頻繁に奏の脳裏にはブラコンという言葉がよぎる。
「何も制服を着たままでなくてもいじゃないか。シワになるぞ」
それでも、今それを言い出しても良い結果にならない、
いやむしろ悪い結末しか迎えないことを経験から知っているため口にはしない。
軽く、そして遠回しに注意を促しておく。
859 湊家の朝 ~妹・彼波~ sage 2008/04/14(月) 22:42:57 ID:uY2uuzGq
「いいんですよ。それが兄さんと『肌で触れ合った』証拠になるんですから」
奏は妹の返答に、口紅の跡の類でもあるまいし、スキンシップに証拠云々とは変に生々しいな、
とまで考え、そこで流石に意識し過ぎかと思い直す。
「とにかく、僕も着替えたら行くよ」
そのまま、わざわざ和製英語を翻訳したせいだと思うことにして暗に退出の要求を示した。
「わかりました。早く来てくださいね」
今度は兄の言いたいことを察した様子で、彼波も踵を返す。
乱れのない足取り。一定のリズムでポニーテールが踊る。
そして彼波がドアの手前で立ち止まると揺れる尻尾も止まり、振り返る動きと共にぽん、と跳ねた。
「ああ、そう言えば」
着替えようと部屋の入口に背を向けた奏の後ろで、ドアノブを回す音に混じる笑みを堪えたような声。
「兄さんは、着ないままの方がお好きでしたか?」
妹の問いかけに奏がその言葉の意味を理解しようとして、
自分の台詞を思い出し、相手の意図を理解し、顔に血が集まるよりも早く振り向く。
「なんっ・・・!」
────────同時に扉が閉まり、部屋には赤面した兄だけが残された。
「はあ」
咄嗟に言いかけた何かが、続きを伴わずに部屋の四隅へと消えていく。
遣りきれない。そして妹ならやりかねないと思い、一人、ようやく溜め込んだ息が吐けた。
「どうにか、ならないかな・・・」
願望に過ぎないと理解していても、つい口をついて出てしまった。
今の奏は、ほぼ姉と妹と三人暮らしという状況にいる。
三人も子供を抱えた両親は稼ぐのに忙しく、
また奏達がある程度大きくなってからは安心して夫婦共働きに出られるようになったからだ。
そこにきて妹と、更に今日はまだ見ていない姉の無警戒振り、と言うには積極的過ぎるブラザーコンプレックス。
前にそんな暮らしで男性の朝に特有の生理現象を見られたりはしないのかと友人に揶揄されたこともあり、
内心気が気でない。
「────────?」
と。
そこで一旦首を傾げてから、下げる。
妹と同じ黒瞳が見詰めたのは被服のために見えない腰の下部、両脚の付け根の間にあるもの。
「そう言えば」
最後に朝勃ちしていたのは何時だったか、と。
ふと気になって思い出そうとして、正確に思い出せないことに気が付く。
一年前か、二年前か。
妹、それに姉が布団に潜り込むようになった頃は気を付けていたのだが、
それが習慣化するあまりいつの間にか記憶に残らなくなっていたようだ。
860 湊家の朝 ~妹・彼波~ sage 2008/04/14(月) 22:44:32 ID:uY2uuzGq
「一応、気を付けないと」
これまで騒ぎになった憶えはないが、用心に越したことはない。
いっそ枯れてくれた方が楽かもしれないと思いながらもそう心に留め、奏は妹のいなくなった部屋で着替えを始めた。
脱ぎ着するに従って髪を始めとする体毛が床に落ちる。
奏にとっては今朝の出来事もたまにある日常の延長であり、頭を悩ませながらも異常と捉えてはいなかった。
────────ガチャリ。
扉が閉まる。
回されたノブが戻り、金属の取っ手が鍵となって内外を隔てた。
「ふふ。本当は、おはようございますよりも先に『御馳走様でした』を言うべきでしたね、私は」
防犯としては薄く脆い一枚の木の板。
それでも防音には役立つ仕切りを隔てて、彼波は小さな声で愛しの兄へと呼びかけた。
聞こえてはいないと知りながら。
聞こえてはいけないと思いながら。
聞こえればいいのにと焦がれながら。
胃の腑へ収めた兄の一部に火照り、喉奥に残るそれの芳香を反芻する。
「息、生臭くはなかったでしょうか?」
『普通の女性らしく』口臭対策を施してはあっても、彼波は兄の猛りの凄まじさを思うと不安になる。
「私には最高のアロマセラピーになるんですけれど」
兄の前とは違う、艶の加わった笑み。
ん、と鼻を鳴らした彼波がドアノブの感触に冷えた指をスカート越しにその奥へと触れさせてみると、
沈み込んだ指先に熱いぬめりの手触りが返された。
二度、三度と五指を蠢かせる。
押し込み、弾き、摘み、引っ掻く毎に、口内で止める喜悦の代わりに兄への愛情の証が溢れるのが分かった。
はあぁ、と吐息が漏れ、指と触れ合うそこからどうしようもない痺れが這い登ってくる。
そこで、手を止めた。
「・・・・・・ふう」
それ以上は本当に止まらなくなるからだ。
兄から『ご馳走』を戴いた時に彼女が堪えられる限界は、せいぜい数度。
重ねて来た経験による答えである。
あまり『はしたない』女は兄の好むところではないという判断も手伝い、
彼波は軽く額をドアに触れさせ、惜しむように数秒が経ってからそっとその場を離れた。
861 湊家の朝 ~妹・彼波~ sage 2008/04/14(月) 22:45:53 ID:uY2uuzGq
「残りは、また兄さんに買出しをお願いした後で」
そう言いながら、声と共に吐き出される呼気はひどく熱い。
だが、耐え難きを耐えるのも、その先に目標がや救いがあるならそう苦にはならなかった。
「その時は、兄さんに包まれて、全身に兄さんの香りを擦りつけながら」
あの、兄さんのベッドで、と低く呟く。
「ふふ。お部屋のお掃除も楽しみですね」
摘むような動作。
服に付いた汚れを取るように、しかしそれにしては慎重に、彼波が制服に付着した何かを二本の指の腹に挟む。
「兄さんの分の朝御飯は、しっかりと作ってありますからね」
輪を作った右手を顔の前に運ぶ。彼波の視線が上向き、摘んだものをじっと眺めた。
ひどく美味しそうに、期待するように舌で唇を舐める。
大きく、限界まで顎が開かれた。
「では、兄さん」
閉じていた指の輪が開かれ、支えを失ったものが落下する。
「一足先に────────『戴きます』」
彼波の口内に吸い込まれるように消えたもの。
細く線のように浮かび上がる縮れた何か。
誰かの陰毛にも見えるそれが彼波の舌に触れると同時、ぱくん、と小気味良く音の鳴りそうな勢いで口が閉じられた。
「ん・・・おいふぃ」
先ず歯を噛み合わせ、次いで顎を前後させて磨り潰し、『旨味』を引き出していく。
三十回。健康ではなく、兄への愛と感謝の念を込めてよく噛む。
その間、鼻腔を通る呼気に乗せて香りを楽しむのも忘れない。
もごもごと口を動かしながら、大きく、ゆっくりと鼻から息を抜き出していく。
擦りつける様に粘膜に匂いを吸収させながら、一回の呼吸に十秒近くをかける。
何度か繰り返す内に、流石に噛む作業が終わった。
喉を通る感触を意識しながら嚥下する。
それから舌の蠢かせ、内側から頬を押し上げながら口内に残った味を掬い取り、
薄くなった分だけよく味わってから唾液に溶かすと、くちゅくちゅと攪拌してから飲み下す。
「それではご馳走様でした、兄さん」
丁寧に時間をかけて兄の陰毛を味わい尽くした彼波は、ごくりと喉を鳴らし終えてそう言った。
扉に向かって手を合わせ、踵を返して歩き出す。
場合によっては、兄が着替えを終えて顔を洗ってくるまでに朝食を温め直さなければならない。
念のためにもう一度味見もしておこうか。
粘ついた喉とたっぷりと唾液に濡れた口内を意識しながら、彼波はそう考えて笑みを浮かべた。
最終更新:2008年04月21日 16:09