676 妹が病んだ原因 第四話 sage 2008/05/13(火) 07:07:27 ID:OMUHiuoW
『人間は自分のことを傷つけるものを遠ざける、
もしくは自分から忌避することによって自分の身を守ろうとする。
人によってはこれを愚かな行為と見なすだろう。
何故それに立ち向かっていかない、何故戦わないのか、とね。
しかし僕はそれを愚かな行為だとは思わない。
なぜならそれは全ての生きとし生ける物が持っている本能なのだから。
百獣の王たる獅子でさえ、自分の身を脅かす存在に立ち向かうことなどしない。
生きることは戦いだと僕は思う。
だからこそ逃げるという選択肢をとることは、
立ち向かうわけではないが、決して戦わないわけではない。
だが、もし、本能が逃げろと告げているにもかかわらずに、
立ち向かうことがあるのならば、
それこそが愛というものだと僕は思うのだよ』
先輩と始めてした会話(向こうが一方的に喋っていただけだが)が以上である。
この発言からわかるように、先輩は非常に難儀なお方で、
いくら俺といえどもできればお近づきになりたくない人だ。
にもかかわらず、今現在休み時間において俺は、
そのできればお近づきになりたくないお方に、
わざわざ歩を進め謁見(比喩や冗談ではなく本当にそんな気分だ)しにいっている。
そもそも最初に話をかけたのは俺のほうなのだ。
高校入学を果たしてすぐに、俺はある厄介ごとのため、
先輩に接触する必要があった。
そして初対面にもかかわらず上のような発言をされ、俺はとっさに
『愛が立ち向かうということなら、
少年誌はさぞや純愛に満ち溢れているんでしょうね』
と返した結果、
『うん、合格だ』
と言われ、厄介ごともすっかり解決してしまった。
どうも最初から俺の来訪を知っていたらしく、
俺をどのような人間か試していたらしい。
曰く、面白くない人間に手を貸すほど暇ではないらしい。
ホント、自由というかなんというか。
677 妹が病んだ原因 第四話 sage 2008/05/13(火) 07:07:48 ID:OMUHiuoW
そんなこんなで屋上に到着。
ちなみに先輩は、晴れの日は屋上、雨の日は図書室に生息している。
どちらもエンカウント率は100%とという脅威の出没率を誇る。
一回授業をサボって会いに行ったときも、
平然と屋上で読書をしていた。
そのときは、
『僕には授業よりも大切なことがある。
それは、常に思考し続けることさ。
僕は思考の結果よりも過程を重視する性質でね。
授業という、結果を教師という自分より無能な人間から与えられるという所業が、
僕には時間の無駄に思えて仕方がないんだ。
だから僕はいつもここで思考に励んでいるのさ』
などということをのたまっていた。
つーか、そんなこと言っているからいつまでたっても卒業証書がもらえないんだよなぁ。
まあ、卒業したらしたで困るんですけどね。
いつまでもドアの前で思考にふけっているわけにもいかんので、
さっさとドアを開けますか。
キィィ
若干錆び付いたドアを開けるとそこには、
夏の到来を告げるような雲ひとつない空が広がっていた。
ワー広いですなー。
しかし先輩が見あたらんねぇ。
トイレかな?
ところで空を見てると死にたくなってくるのは俺だけかねぇ。
「空を見ていると」
不意に、
それまで誰もいないように思えた屋上に、はっきりとした声が響く。
「自分が如何に矮小でちっぽけな存在か、ということが思い知らされてしまう。」
678 妹が病んだ原因 第四話 sage 2008/05/13(火) 07:08:16 ID:OMUHiuoW
それって死にたい、ってことかね。
ワー嫌だ。嫌なお仲間が見つかっちゃったよ。
それよりどこにいるんだろうか。
自分が如何に矮小でちっぽけな存在か思い知らされて、
フェンスの向こうにダイブしてなきゃいいんだけど。
手遅れになっちゃマズイ、と本腰を入れた気分で辺りを見回す。
いた。
先輩はドアのほうからは死角になっている一角の、
フェンスによじ登り、腰をかけていた。
う~ん。後一歩みたいだったね。惜しい。
「今君は、僕が落ちていなくて少し残念に思っただろう」
「何言ってるんですか。
今だっていつ落ちてしまうのかと思うと、
ハラハラドキドキ、ワクワクテカテカですよ」
「ほ~う。君は自分たち兄妹のことを影ながら支えていてあげている、
優しい優しい先輩に向かってそのようなことを言うんだな」
「残念ながら、俺の脳内データベースに『優しい先輩』と打ち込んで検索しても、
先輩の名前はかすりもしないので、安心して逝って下さい」
「ハッハッハ。だったら今すぐ君の頭を切り開いて、
君の脳味噌に僕の名前を直接刻んであげよう」
「ハッハッハ。先輩こそ、そのままじゃ落下したときに真っ先に脳天から逝っちゃいそうなので、
俺が先輩の頭を切り開いてその頭でっかちな脳味噌の中身をくりぬいて、
ダイエットに協力してあげますよ」
「いやいや謹んで遠慮させてもらうよ。
僕の脳味噌を見たら君の貧困なキャパシティでは、
あっという間に限界を迎え破裂しかねないからね」
「いえいえ俺のほうこそ遠慮させてもらいますよ。
俺の脳味噌なんか見た日には、麻里が如何に素晴らしい人間かということを思い知り、
自分のあまりの醜さを嘆き、先輩が自殺しかねませんからね」
「相変わらず殺してあげたくなるほど気持ち悪いシスコン野郎だな、君は」
「先輩のほうこそ、思わず突き落としたくなるくらい頭がいかれていますね」
「あっはっはっはっは」
「あっはっはっはっは」
よし、朝の挨拶終了。
そう、これは挨拶。
こうでもしないと先輩とは会話にならんのだ。
この人は下手するとすぐ自分の考えを述べたがるからな。
演説癖のある思想家は政治家にでもなりゃいいのに。
679 妹が病んだ原因 第四話 sage 2008/05/13(火) 07:08:47 ID:OMUHiuoW
さてさて、挨拶も済んだので俺は改めて先輩のほうに目を向ける。
そこにいたのは、青年のような口調からは想像出来ないような美女だった。
細身の長身でありながらスタイルも抜群。
ボブカットの髪は夏特有の湿り気をはらんだ風になびき、
細められた目には達観した光を宿らせている。
まあ、美人といってもそれは世間一般の評価であり、
俺個人の評価としては、少女A<先輩<<越えられない壁(鉄板舗装)<<<麻里、である。
兄さんは浮気してないですよー
だからこの人には手を出さないでねー
いろいろ厄介な人なんだからー
俺は今頃クラスメートと、アハハ、ウフフ、と会話をしているであろう、
麻里に向かって心の中で呼びかける。
俺たちは心と心でつながっていたらいいなぁ、という願望。
おっと。すっかり話がそれてしまった。
どうも俺は麻里抜きでは話が進められないらしい。
まったく進んでないけどね。
さりとて先輩。
「いつまでそこに上っているんですか。
先輩は煙と同じくらい高いところが好きな人ですか?」
「いやなに、君らみたいな社会のヒエラルキーにおいて、
最底辺に位置する奴らをたまには上からの視線で観察したくてね」
そう言ってまろやか(誤字)に着地する。
本人が気にしてないなら別にいいんだが、黒ね。
なんというか、まあ、先輩のイメージにぴったりで。
「たまには……ああ。
いつも、卑屈な上目遣いで俺たちのことを見上げるような場所にいるってことですな」
「ああ。いつも日向にいる人間の残飯を処理しているからね。
たまには、高いところから世界を観測してみるのも悪くはないさ」
それはそれは、いつもご苦労様です、と皮肉のひとつでもかまして、
労ってやろうかと思ったが、その言葉で今日来た目的を思い出し、あわてて口にチャックをする。
そ、くらいは漏れ出したかもしれないがそこは気にしないことにしよう。
それよりも用事用事。
何も俺は、暇だからと先輩に会いに来るほど酔狂な人間ではないのでね。
麻里にばれると血を見ることになるような危険を冒してまで、
この人に会いに来たのにはそれなりに理由があるわけで……
680 妹が病んだ原因 第四話 sage 2008/05/13(火) 07:09:08 ID:OMUHiuoW
あー。
昨日の件。どもどもでした」
俺はここに来た目的を圧縮して相手に送る。
先輩は一瞬、何のことやら、みたいな表情をして合点がいったのか、
ああ、と頷いて返事をする。
「なに、気にしなくていいさ。
僕と君の仲だろう。なにを畏まる必要がある。
友情とはいかに相手に見返りを求めずに尽くすか、ということだと僕は思う。
自分に利益を求めてはそれは仕事であり、契約である。
相手のことを自分の都合よく使い、自分も相手に都合よく使われる。
それこそが互いを認め合ったものたちの、あるべき友情の姿だと僕は思う。
だから君は僕の事を存分に使ってくれてもかまわないんだ。
友人である君が望むのなら僕は喜んで今ここで純潔を散らして見せるだろう」
「いや、俺と先輩の関係はまさしく仕事でしょうが。
先輩みたいな変人は俺一人で十分ですし。
それと、ありもしない純潔を散らすとか言わないでください。
麻里に聞かれたら殺しますよ」
まったく心臓に悪い。
まあ、先輩のことだからそのあたりは心配要らないのだが。
「おやおや。ずいぶんと嫌われてしまったものだね。
反抗期かい?」
「反抗しようにも親はいませんし、
そもそも別に嫌いじゃないですし」
ただ単に苦手なだけで。
「まったく、君はほんとにシャイだな」
ああ、ホントに。この人は口さえ開かなきゃ…
「冗談はさておき、昨日のことだろ?
なに、あの程度なら本当にたいしたことなんかないさ」
たいしたことがないんですって。
一夜にして、俺が少女Aに呼び出されて告白を受けたことをみんなが忘れてしまっているのに。
681 妹が病んだ原因 第四話 sage 2008/05/13(火) 07:09:43 ID:OMUHiuoW
いくら放課後だったといっても俺が少女Aに呼び出されたときは、
まだ教室にはクラスメートがいて、
一緒に帰ったときも校内には俺と少女Aを目撃した生徒がいなかったわけではない。
また、彼女は友人が多く、そのうちの何人かは彼女が俺に好意を持っていたことを知っていた。
にもかかわらず、俺には疑いのまなざしは一切向かない。
まるで、彼女と俺の間には何もなかったかのように、誰の記憶にも残っていない。
それだけのことをやっておいて『たいしたことない』と言う。
まったくこの人は……
「ホントにいったいどうやったんですか?
みんなの記憶を消すなんて荒技。
なんですか、催眠術でも使ったんですか?」
「まあ、方法なんかいくらでもあるさ。
『起きたこと』を『無かったことに』にして闇に葬り去る。
そういったことは僕みたいな『始末屋』の専売特許だしね」
そう、なにを隠そうこの人は裏社会では有名な『始末屋』である。
高校入学当初、いい加減麻里の殺人行動を自力で隠し切ることに、
限界を感じた俺は名のある情報屋からこの高校にそういったことの専門家がいる、
という情報を買い取り、接触した。
依頼人の都合の悪いことをどんな手を使ってでも抹消する、
忘却のスペシャリスト、それが『始末屋』である。
本来なら莫大な報酬を必要とするのだが、
俺は先輩に『気に入られた』らしく、今のところ報酬らしい報酬は払っていない。
タダならタダでいいんだけれども…
「ん?どうしたんだい?」
「いや、こんなことをしてもらっておいてタダと言うのには、
何か裏があるんじゃないかと思いましてね……」
「ほう」
その言葉を聞いた途端、目を細めいやらしく笑う先輩。
しまった。余計なことしか言わない口だよな。
「つまり、君はどんなことをしてでも僕に報酬を支払いたいと、
そういうわけかな?」
「いえ、べつに、そういうわけじゃ……」
まいったな。
俺は攻めるほうが好きなので、こういう風に攻められるのは弱いんだよな。
「そうだな……僕は基本、物欲とか俗世のものとはかけ離れているからな……」
「仙人か、あんたは…」
かく言う俺も麻里以外には興味がないのだが……
「まあ、お礼云々は別にいいさ。
君たち兄妹には楽しませてもらっているからな。
くふふ、本当に君たちは面白い」
「はあ……」
682 妹が病んだ原因 第四話 sage 2008/05/13(火) 07:10:18 ID:OMUHiuoW
別に俺たちは夫婦漫才師でもないんだよな……自然に間違えた。
そういえば……
「先輩はなんで『始末屋』なんてめんどくさいことしているんですか?」
「ん?ああ。そういえば君にはまだ話していなかったね。」
先輩はこちらを向き、真剣の『し』の字を申し訳程度に隠した目で語る。
いや、そんなの分かんないけど。
「前にも話したと思うけど、僕は物事の結果よりも過程を重視するタイプなんだ。
結果を考えず、思考することにこそ意味があると僕は思う。
僕の人生はきっとこれからも、死ぬその時ですら、
ひたすらにいたずらに思考し続けるだろう。
なぜならそれこそが僕のアイデンティティであり、至高の楽しみであるからだ。
僕にとって、結果を与えられるということは思考を停止しろ、と言っているのと同義だ。
そして、それは僕にとって何よりも耐えがたいものであり、
それに甘んじるくらいであるなら僕は喜んで外道となり、思考の探求を続ける。
僕が満足しない結果、僕が十分に思考しきったと考えられる結果以外は僕は認めない。
そんな結果は、そもそも思考自体をなっかたことにする。
そんなことを、飽くなき思考への探求を続けているうちに、
気がついたら『始末屋』と呼ばれるようになっていた、というわけさ。
わかったかな?」
あー
とりあえず、先輩が話を埋めるにはものすごく役に立つことはわかったな。
いや、自分でも何を言っているのかはさっぱりなんだけど。
「先輩が自己中の身勝手人間だというのはわかりました。
とりあえず、その語り癖を生かして政治家にでもなればいいんじゃないですか」
と、さっき心の中で思い描いたことを口から吐露する。
まあ、この人が指導者になるんだったら政治家よりも教祖様のほうがお似合いな気もするが。
そしたら俺は、まあ、麻里教でも立ち上げようかな…
いや、それだと麻里に群がるゴミ虫どもが……
と、俺がシスコンがおそらく一生に一回は直面するだろう(おれだけではないと願いたい)
命題に頭を悩まされていると、
「別に僕は自分の考えに同調してもらうために、延々と話しているわけじゃない。
僕は単に自分が思っていること、思考の途中経過を誰かに報告したいにすぎない。
それは決して誰かと分かりあうためではなく単なる僕のエゴ。
それを聞く相手は別に君ではなく、そこら辺を歩いている幼稚園児にだって、
僕は君に聞かせたのと全く同じ内容を話すだろう。
まあ、僕は一度として同じ考えを別の人に話したことはないんだが」
694 妹が病んだ原因 第四話 sage 2008/05/13(火) 19:32:38 ID:OMUHiuoW
いや、幼稚園児に聞かせたら確実にトラウマになるでしょう。
まあ、なんだ。
「とにかくあなたはおかしいってことで……」
そういう結論に墜落。
おっと、結果を出したら怒るんだっけ。
じゃあ、あくまで暫定変人ということで。
「僕自身は多少なりとも自分のことは変わり者だと思っているけど、
それを、君に、言われるのは甚だ疑問なんだが」
先輩は自分のことを語る時よりも、鋭さを増した声と視線で俺を射抜く。
な、なんだ!い、いきなりマジになりおったぞ!!
「君が君自身のことをどう思っているかは知らない。
僕はこれでもいろいろな人種の人間を知っているつもりだが、
それでも君のような人種はほとんど見たことはない」
ほとんどってことは、稀に俺みたいなシスコンがいるわけね。
先輩はそこで一息、区切って、
「君のように、妹に殺させるために告白を受ける人間はね」
最終更新:2008年05月18日 18:45