淫獣の群れ(その3)

294 淫獣の群れ(その3) sage 2007/10/12(金) 22:00:04 ID:AkjMWiQi

「にいさまったら遅いですの……。んもうっ! 桜ちゃんたちったら、にいさまで遊び過ぎですのっ!!」

 ダイニングキッチンで、ぷりぷりと可愛い怒りの湯気を上げているのは、深雪(みゆき)。
 六人姉妹の四女であり、一家の家計と食事を一手に担当する、綾瀬本家の母親代わりである。
 そう。
 いま現在、この家には彼女たちの両親――綾瀬家の本来の家長である和彦夫妻――は、ここにはいない。
 いかに伝統ある旧家とはいえども、単なるサラリーマンでしかない和彦は、社内派閥闘争のあおりを食らって、博多支社に左遷されてしまっており、妻(つまり姉妹たちの母)も、そんな夫の道行きに同道し、家を出ていた。
 単なる単身赴任ではない。
 完璧なる左遷だ。
 東京本社へはいつ帰って来れるか分からない。
 和彦が、喜十郎の養子縁組を急いだのは、綾瀬家家名存続問題よりも、頼りになる男が一人、“兄”として、娘たちしかいない家にいて欲しかったのかも知れなかった。

「これ以上、ぐずぐず煮込んでたら、折角の味が落ちてしまうですのっ」
 そう言いながら、コンロの火をさらに小さくする。七人分の夕食を煮込んでいる大鍋は、彼女の140センチの矮躯にはあまりにも大きく見える。しかし深雪にとっては、そんな作業も一向に苦にはならない。
 彼女にとって、料理というのは単なる趣味やルーチンワーク以上の価値をもつ行為であり、その情熱は、あたかもアスリートが自分の専門競技に傾けるそれに似ており、実際、彼女のその身には、莫大な料理の才能が埋蔵されていた。
 つまり深雪にとって、日常の食事当番は一日の面倒事ではなく、彼女自身の調理技術の研鑚の場であったのだ。
――彼女の“兄”、喜十郎が来るまでは。

 彼自身が記憶しているか否かは分からないが、そもそも深雪に料理の楽しさを教えたのは、喜十郎だった。
 ある日、風邪で寝込んでいた彼女たちの母親に代わって、仕事で帰宅が遅くなった和彦を含めた、その晩の家族全員の夕食を二人――たまたま本家に来ていた喜十郎と深雪――で作ったのが、彼女の料理人生の出発点となった。
 当時は、ただの従兄妹でしかなかった喜十郎の存在が、深雪にとって大きくクローズアップされたのもそれからであり、その喜十郎が“兄”として我が家に来た、その日から深雪の料理は家族全員のためではなく、彼個人のためのものとなったのだ。
 その“兄”が今、自分の料理を食べる前に、自分以外の姉妹に『食べられて』いる。

――深雪の心中は、穏やかではなかった。



295 淫獣の群れ(その3) sage 2007/10/12(金) 22:03:13 ID:AkjMWiQi

 喜十郎は、未だ腰を降ろすことも許されず、湯舟に立たされていた。
 しかし、男独りを五人がかりで取り巻いていた少女たち、という構図は、いささかなりとも変化があった。

「あ、だめぇ、おにいたまったら、ちゃんと自分の足でたたないとダメなのっ」
「んふふふふ……兄上様、しゃんとしないと、またお仕置きですわよ」
 喜十郎の身体を前後に挟むように、比奈と真理が自らの胸を押し付け、こすり合わせている。

「らめらっ、もうでる、でちゃうよっ!」
 押し付けられる白絹のような妹二人の肌、その快感をさらに増幅させるのは、二人の胸と彼の肌との間に生み出される泡沫――ローション代わりに使用されているボディソープ。
「ダメよ比奈ちゃん、兄上様をイカせては何にもならないわ」
「あっ、そうか」
 真理の放ったツルの一声に、陽気な末っ子はひょいっと、“兄”から身体を放す。
「ああああああっ、もう、もうイカせて下さいっ! おねがいですっ!!」
 優に一回りは年下の妹に長兄は懇願する。
 聞き入れてもらえる事など決してない、と分かっていながら。
「くしししし、あぶなかったね、おにいたま。もう少しで出ちゃうとこだったね」
「あああああ……イカせて、イカせてください……なんでもしますから……」
「本当にいいのですか兄上様? 射精なされば、その分お仕置きはひどくなるのですよ?」
「ひどくともいいっ! ひどくていいから……出させてくらさい……ぁぁぁ……もう、もう我慢出来ない……」
 むせび泣きながら妹たちに訴える喜十郎の表情を見ても、真理の瞳に宿った情欲の光は、やはりいささかも衰えない。むしろ、その輝きは増すばかりだ。
 そんな真理の表情に、いよいよ喜十郎の涙は水かさを増す。



296 淫獣の群れ(その3) sage 2007/10/12(金) 22:04:48 ID:AkjMWiQi

「――ダメよお兄様っ!」
 悶え苦しむ彼の背に、長姉の鉄鞭の如き声が飛ぶ。
「忘れたの? お兄様がイっていいのは、私たち全員の許可を取ってからだって事を」

 いま桜は、詩穂・春菜と並んで自慢の長髪を洗っていた。
 彼女たちが入浴してから、そろそろノルマの一時間が経つ。
 喜十郎を風呂場から引っ張り出す時は、すなわち自分たちも風呂から上がる時間である。
 なんのかんの言っても年頃の少女である。入浴には、人一倍時間をかけたい。
 しかし、かといって自分たちの身体を洗う時に喜十郎をほったらかしにするつもりも、彼女たちは無かった。
 つまり、妹たちが“兄”を風呂で愛撫する場合、どうしても複数の女手が必要だった。

「兄君さま、これはワタクシたちからの躾なのです。兄君さまをこの綾瀬本家に相応しい殿方に教育するためのシツケ。ですから、これはどうしても耐えて頂かなければなりません」
 春菜が、桜の尻馬に乗っかる形で言葉を継ぐ。
 だが、その真剣な語気に反して、彼女の眼は笑っている。
(我ながら、よくもまあ、こんなムチャクチャな理屈を、ぬけぬけと真顔で言えるものだわ……。)
 腹の底で春菜がそう思っているのは、いかにも見え見えだった。

「だからお兄様、あと三日我慢すればいいのよ。土曜になれば、腰が抜けるくらい搾ってあげるから」
「でも、お兄ちゃま、土曜日になったら、泣きながらいつも逆のこと言うよね? もう出ませんから勘弁して下さいって」
「平日に禁欲した分を週末に吐き出す。いかにも健康的だと思いませんか、兄君さま?」
「――だ、そうですわ兄上様。私としても心苦しいのですが、やはり兄上様の御要望にはお応えできません」
「くしししし、おにいたまもおとこのこだったら、がまんしようね?」

 喜十郎は、あからさまな嘲笑を隠そうともしない妹たちを、何も言えずに眺めていた。

 結局、彼が風呂から出ることを許されたのは、それから十分後、彼女たちの闖入からきっかり一時間後だった。



297 淫獣の群れ(その3) sage 2007/10/12(金) 22:07:08 ID:AkjMWiQi

 夜中に不意に目が覚めた。

(寒い……。)
 まぶたを覆う眠気より、全身を包む寒気の方が強い。
 可苗は、羽毛布団を肩まで引っ張り上げると、再び意識を闇の底に沈めようとする。
 するが――遠い。
 眠ろうとすればするほど、闇は意識から遠ざかってゆく。
 原因は分かっている。
 さっきまで見ていた夢。
(お兄ちゃん……!)
 心のうちでそっとつぶやいた瞬間、可苗の眠気は弾け飛んだ。

 がばっ!
 布団を蹴りはがし、上体を起こすと、まぶたを開く。
 二段ベッドの上階から身を乗り出し、部屋の一角に視線を送る。
 暗闇の先にある兄の机、兄の本棚、兄の洋服箪笥。
 かつて兄が存在していた空間。
 比喩ではない。――可苗は暗中であっても、この部屋のどこに何があるか、全て把握している。
 この部屋は、彼女の実兄たる喜十郎がいなくなるまで、ともに寝起きしていた――いわば、彼女にとっての楽園に等しい一室だったのだから。
 部屋数の乏しい公営団地。2LDKのこの我が家が、可苗は大好きだった。
 少なくとも、兄が家を出てしまうまでは。

 蹴り剥がした布団を手に取り、そっと匂いをかぐ。
 そこに存在するのは、微かな、しかし、彼女以外の確かな体臭。
(……お兄ちゃんの匂いが、薄くなってきてる)
 そう、かつて彼女の兄は眠りの際に、この二段ベッドの上階で、この布団を使用していた。
 喜十郎がこの家を後にしたとき、せめて可苗は、彼の匂いに包まれて眠りたかった。
 そうでもしなければ、兄の居ない、この広大な六畳間の一室で、到底独りで夜を過ごすことなど不可能であったろう。しかし、その残り香も、
(いや、お兄ちゃんの匂いが消えちゃう! いや、いや、いやいやいやいや!!)
 今では、可苗の寂寥感を助長する働きしか為しえない。
(補給しなきゃ! 早く『お兄ちゃん分』を補給しなきゃ、可苗どうにかなっちゃう!)

――この世で孤独死できる生き物はただ二つ、ウサギと人間だけだ。
 かつて兄がふざけ半分に言っていた言葉が、可苗の肩に、真剣な説得力を持って圧し掛かっていた。




298 淫獣の群れ(その3) sage 2007/10/12(金) 22:09:22 ID:AkjMWiQi

(何で、何でお兄ちゃんは、可苗の前からいなくなっちゃったの?)
 その明確な解答は、彼女には分からない。
 ただ一つ感じるのは、兄が、喜十郎が自分を捨てた事。

 本家の六人姉妹たちには、不思議と憤りは感じない。
 むしろ、同志のようなシンパシーさえ覚える。
 現在にいたるまで、喜十郎が学校でモテたという話は聞いたことも無かったからだ。
 妹として、そして女として可苗は、喜十郎の魅力に気付かない彼のクラスメートが不思議で仕方なかった。
 だから本家の姉妹たちが、喜十郎にくびったけになっているという話を聞いて、嫉妬と同時に安堵さえ覚えた。兄の魅力に気付ける女性は、自分だけではなかったのだという安心感に。
 逆に、喜十郎の本心が分からなくなった。
 わからない分、裏切られたと思った。

 彼女は、枕もとの携帯電話を手探りで掴むと、ディスプレイを開いた。
 暗闇に、兄の笑顔が待ち受けとして浮かび上がる。
 目覚まし代わりに使用している、と両親には言っているが、本当は違う。
 例え夜中であっても、兄から来るかもしれない電話・メールに、リアルタイムで返答するためだ。そのため彼女は入浴中であっても、この防水加工の携帯を手放さない。
 自分を裏切った。そう思えば思うほど、可苗は喜十郎が恋しくなった。
 その想いには、いつ芽生えたのかもしれない、重く濃い、血混じりの感情が多分に入り混じっている。
 殺意――とさえ呼んでもいいかも知れない。
 その重い感情は、つねに彼女が兄を見る眼差しに陰をつくりだし、彼が自分を『裏切った』後は、さらに深く暗く、可苗の心中に沈殿した。

――兄を犯したい。犯しながら殺したい。

 鎖で縛り付けた兄と騎乗位で情を交わしながら、首を絞める。そして失神した兄を人工呼吸で蘇生させ、再び首を絞める。そしてまた、人工呼吸で蘇生させる……。

 このシチュエーションを浮かべながら自慰を行う限り、可苗にイケない夜は無かった。
 ただの嗜虐性とは全く異なる、結果的には殺人すら許容する黒い情欲。
 その興奮には、血の禁忌に関わる要素が多分に含まれている。
 本来、決して許されざる相手だからこそ――その許されざる恋人に、許されざる行為を施すという興奮……。

 それこそは元来、従兄妹でしかない本家の姉妹たちには最も希薄な感情であり、そういう情の強(こわ)さこそが、――そういう感情を含む視線を実妹が兄に向ける、という事実こそが、喜十郎をして可苗から背を向けさせる最大の要因となった。
 しかし、可苗にはそれが分からない。
 分からないからこそ、許せない。
 許せないと思えば思うほどに、喜十郎への想いは深まる。
 情欲と殺意は矛盾しない。――それが可苗の“兄”に対する独占欲だった。

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最終更新:2007年10月21日 02:04
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