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貴方だけを愛し続けます第__話 ◆iIldyn3TfQ sage 2008/07/25(金) 21:22:19 ID:mLSKD0+o
[kai side]
俺は久しく執ってない、筆を握る。
といっても、マザーボードを、だが。
創作はとても精神力が必要な作業だ。
骨組み[プロット]を構成し、肉付けをし、微調整する。
たった、2バイトという些細な文字に、
意味を籠め、表現を籠め、想いを籠める。
延々と続く地道で、かつ繊細なもの。
例え人に妄想だとか、云われたとしても、
文章に出力/具現化するのは根気を要する。
だが、そうだとしても、批評[フィードバック]が無ければ、
フィードバックがなければ虚しくもあり、哀しくもある。
作者にとって、何よりも悲しいのは、
無関心ということだからだ。
と職人じみた阿呆なことを柄にもなく考察しながら、
ただひたすらキーボードを正味一時間ほど叩いてヤンデレSSを作成していた。
517 貴方だけを愛し続けます第__話 ◆iIldyn3TfQ sage 2008/07/25(金) 21:22:38 ID:mLSKD0+o
すると、トントンッと控えめなノックの音が耳に響く。
雪か、それとも桜さんか。階段を登る振動はないから、
雪だろうと予測して、ドアに振り向いた。
「兄さん、入りますね」
「ああ、どうぞ」
俺の部屋は書架に埋め尽くされた空間を除けば、
雪とはほとんど変わらぬ大きさだ。
親父の書斎だったここを、俺が分捕[ぶんど]ったと云えば早かろう。
元々俺と雪は、打ち解ける様にと、同じ部屋(今は雪の部屋)を使っていた。
だが、俺が中学生になってから自室が良いといったからだ。
それと桜さんが使う部屋は、寝室だ。
整理整頓せずに使える部屋数がなかったこともある。
母さんが使っていた部屋・・・は未だに原型をとどめている。
未だに朧げで、けれど幼心に刻まれた過去。
優しくて、力強くて、陽気で、愛しい母。
母さんの一室だけは、と唯一あの糞親父に殴りかかったのは記憶に古い。
もっとも一合で死合いは決着がつき、揺さ振られた顎を抱えながら糞親父も同じ考えだと聴かされたが。
勿論、桜さんを拒絶するとか云う意味ではない。
だからといって再婚当初に会った、新しい母親という存在に、
違和感[わだかまり]を持ったこと。またそれも覆しようのない真実なのだ。
518 貴方だけを愛し続けます第__話 ◆iIldyn3TfQ sage 2008/07/25(金) 21:23:02 ID:mLSKD0+o
閑話休題。
参考書を片手に、部屋へと入る雪。
試験は其の場凌ぎの俺とは違って、
雪は毎日数時間は勉強へと注ぐ優等生だ。
といっても、彼女が勉強大好きというわけではない。
「割り切らなきゃ駄目なことありますから」と、
苦笑いで眼鏡をずり上げる雪に兄妹[キョウダイ]ながら
ドキッとしてしまったものだ。
「相も変わらず伊達眼鏡してんのか」
「うぅ。だって、スイッチが入るんですから」
どうも雪自身としては自意識を集中するために、
眼鏡を切欠[スイッチ]にしているらしい。・・・自己暗示かよ。
椅子をクルッと回しだらしなく背を曲げる魁だが、
線の端に見える―――小難しそうな分厚い書冊を取ろうとする雪が。
否、取ろうとして、均衡[バランス]を崩し、ポニテを揺らしながら。
「あっ?」「クッ!?」
倒れこむ姿に、必死に手を伸ばす。
掌を、腕を、理解に達する前に、躯を移動させた。
無理やり躯を滑り込ませ、己が身体を雪のクッションにする。
だが、体勢的に雪が魁を押し倒した図に、発展していた。
519 貴方だけを愛し続けます第__話 ◆iIldyn3TfQ sage 2008/07/25(金) 21:23:25 ID:mLSKD0+o
「いてててて、」
「ご、ごめんさない、兄さん」
「大丈夫・・・」
雪が取ろうとした本が、
振動に揺られ、雪の後頭部へ向かう/落ちる/引き寄せられる。
「くそっ!?」
「に、にいさんっ!?」
一難去って、また一難。
雪の腰に、手を巻いて向かってドア側に転がり込む。
「ふぅ」
気がつけば立場が逆転し、
俺が押し倒すような体勢へと。
そこへエロゲが展開の如く、扉は啓かれる。
「魁さん、大きな音がしたんですけ」
「「・・・・・・・」」
俺の沈黙。
雪の沈黙。
桜さんの沈黙。
「あらあら♪仲が宜しいのね。邪魔しちゃいけないわ」
「ちょっ、」待ってよ桜さん誤解だっ!
という前に、頑張りなさいと云ってドアを閉める。
何を頑張るんですか、桜さん。俺ら兄妹ですよ。
立ち上がろうと思えば、雪が両手で顔を挟んで固定している。
520 貴方だけを愛し続けます第__話 ◆iIldyn3TfQ sage 2008/07/25(金) 21:23:44 ID:mLSKD0+o
「あのな、雪。桜さんの誤解を解かなきゃ」
「何が誤解なんですかっ!?」
「ッ!? ぉい、どうした雪」
「今までずっと兄さんを見てきました」
「熱でもあるんじゃないのか?」
「誤魔化さないでっ!! 私は、私はっ、
兄さんの事がっ!!」
止めろ。止めてくれ。止めるんだ。
言葉は喉を通らずに、咥内で消えて行く。
「ずっと兄さんに恋焦がれてきました」
「雪・・・お前・・・・・・」
「兄さんが健やかなるときも、病めるときも。
例え誰かに心を浮つかせるときも」
「嗚呼、声を震わして今こそ云います。
私、兄さんのことを愛・・・」
ウッヴッという振動音に掻き消されて、はっと躯が動く。
雪も咄嗟のことに反応が遅れ、なんとか振りほどく。
携帯電話を机から拾い上げると、憐からの電話だった。
「兄さんっ!! 待ってく――――」
「―――すまん、俺頭冷やしてくる」
居た堪れなくなった俺は、財布だけジーパンに突っ込むと急いで、部屋を出た。
台所へと戻ろうとする、桜さんをが振り向く。
当たり前だ、響く音を考えもせずに、焦って階段を下りたのだから。
「あら、雪はどうしたの?」という桜さんに、
「すいません。今日夕飯は要りませんから」
鄭重に辞退してドアを開けて、夕日の沈む初夏を駆け去った。
その時の俺には、雪をフォローする余裕などなかったのだから。
521 貴方だけを愛し続けます第__話 ◆iIldyn3TfQ sage 2008/07/25(金) 21:24:11 ID:mLSKD0+o
「失敗したのね、雪」
「母さん・・・止めるの?」
「止めるも何も、別にしないわよ」
「でも、私は兄さんを・・・」
「はぁ、誰があなたを生んだと想ってるの?
とっくに気がついてるわよ。今の所は私位でしょうけどね」
「・・・・・・」
「黙ってばかりじゃぁ駄目わよ、獲物[魁さん]を逃すわよ~?
それに貴女の強情さは知ってるもの」
「・・・」
「ただ、世間の風当たりは、あなたが思うよりずっと酷いわよ」
「ありがとう、母さん」
「それと学生のうちは避妊はすること」
「・・・うん、わかった」
悟ったような口ぶりに怪訝に思いつつも、雪は兄の行方について考えを廻らせる。
「憐さんの処、かな?」
522 貴方だけを愛し続けます第__話 ◆iIldyn3TfQ sage 2008/07/25(金) 21:24:39 ID:mLSKD0+o
公園のベンチに独り、消沈した貌で携帯を弄る男がいた。魁だ。
アドレス帳からとある人物に電話を掛け、
耳に当てると聴こえるのは数度のコール音。
「はいはぁーい、憐ですが~。魁、どったよ~」
「なぁ、憐、俺はどうすればいいんだろ」
と電話口で、人生相談をしそうな、魁の深層心理だった。
「ぶっ、ごほっごほっ!?」
受話器越しに咽かえったような音を発して咳をする。
「ぐ、ぐるしいし、変なこと言うから紅茶でカーペットがーー」
「あ、済まない。それで、だが。
「ちょうどいい。雪について相談したいことがあるんだ。
これから少し電話できるか?」
「今日逢えないか?」
「え、これから!? 家とかは大丈夫なのか、憐」
「親居ないし、じっくりと話できるとおもう」
「それに、電話だけじゃ、ちゃんと話せないだろ?」
催促されるように、誘導されるように、「ああ」と頷いていた。
最終更新:2008年07月27日 20:52