319 時給650円 sage 2007/10/14(日) 20:11:43 ID:fSR9jaTJ
「喜十郎、ちょっといい?」
昼休み、いつもツルんでいる仲間たちと学食に向かおうとしている喜十郎を、桜が呼び止めた。
ちなみに桜は、学校では彼のことを『お兄様』とは決して呼ばない。
彼女自身、喜十郎と従兄妹同士であるということは、このクラスの者であれば、誰でも知っているし、何より、彼と親しく口を利く者たちは、性別を問わず彼を『喜十郎』と呼ぶからだ。
(その、サムライのような彼の名前は、これまでの学生生活を通して、ほとんど仇名を必要としなかった)
さらに桜は、現在の彼と自分たち姉妹の“関係”――養子縁組、同居の事実、さらに肉体関係など――が、外部に洩れる事を極度に恐れていた。
今の生活と、彼女自身の妹たちを守るためだ。
だから、この高校に通学している春菜や真理にも、中等部の深雪や詩穂にも、その連絡は徹底してある。
しかし、いまの桜の眼差しは、単なる親戚兼クラスメートのものではない真摯さを伴っていた。
(何だってんだ、一体)
「ああ、悪いなお前ら、今日はオレ、学食はパスだわ」
わざとらしく勝ち誇ったような笑顔で、背後の級友たちに軽口を叩く。
「おいおい喜十郎、まじかよテメエ」
「男の友情より、イトコのネエチャンを取ろうってか!?」
「単なる“イトコのネエチャン”じゃねえ。ミス3Bの誉れも高き、綾瀬桜のお誘いだ。お前らだったら断るか?」
そう言いながら、桜の後を追って教室の扉に向かう。
「断るわきゃねえだろっ」
「でも、イトコだろお前ら」
「イトコとベンチに並んで座って、母ちゃんの弁当食うのか?」
「不潔だっ、不潔だぜテメエらっ」
「――うるさいわよっ あんたたちっ!!」
扉から顔だけ出して、教室に轟くような桜の怒声。
数秒間、昼休みに似合わぬ静寂が教室を覆ったのは、言うまでもない。
320
淫獣の群れ(その5) sage 2007/10/14(日) 20:13:51 ID:fSR9jaTJ
「……すげえ声だな、お前。放送部に入ってもやってけるんじゃないか?」
「これでも一応、演劇部部長だからね。腹式発声なら誰にも負けないわ。それよりもアンタ……」
「?」
「深雪が作ったお弁当、お母さんのだって言ってんの?」
「仕方ねえだろ。それが一番波風立たないんだから」
「だったら、あんな連中なんかと、お昼食べなきゃいいじゃない。それも、わざわざ学食行ってまで」
「人間関係を軽視してたら、今のご時世、高校生なんざやってらんねえだろ?」
「イジメられるって言うの? アンタが?」
「美人で優しい、ミス3Bには分からん苦労さ。――さて」
喜十郎はそこで不意に口を閉ざし、ジロリと桜を見た。
「本題に入れよ、桜」
それまでの、お茶らけたクラスメートの顔の下から、頼り甲斐のある“兄”の顔が現れる。
桜は、そんな二面性をあらわにした瞬間の喜十郎が、決して嫌いではなかった。
「――ええ、大変なのよ、お兄様」
「帰ってくるって……叔父さんたちが?」
「ええ……いえ、正確には違うわ」
風吹きすさぶ高等部旧校舎の屋上。しかし、まだまだ肌寒い季節ではないため、逆にその風通しが心地いい。ここは、綾瀬家六人姉妹たちの秘密の集合場所でもあった。
ちなみに、こんな場所へと通じる合鍵を持っているのは、小中高一貫教育のこのマンモス校でも、おそらく桜ただ一人に違いない。
「帰ってくるのはお母様一人だけ。お父様はまだしばらく博多にいるみたい」
「ふ~~ん。……で?」
「で? じゃ無いわよ、お兄様っ!」
桜の態度は、すでにしてクラスメートから“妹”のそれへとシフトチェンジしている。
喜十郎は、深雪の弁当を食べながら桜の話を聞いていたが、いま一つ彼女の話が分からない。
「だからさ、イマイチ話が読めないんだよ。叔母さんが博多から帰ってくる。しかも、深雪の聞いたところによると――」
喜十郎はそこで言葉を切って、自販機で買ったホットの緑茶を一口ぐびりと飲み、食べ終わった弁当を流し込む。――で、また話を続けた。
「その帰宅は一時的なものではなく、一定期間にわたるものらしい。少なくとも二週間から一ヶ月」
「もっと伸びる可能性もあるわ」
「だからさ」
喜十郎は、やれやれという表情で、アスファルトに硬い視線を送る桜に尋ねる。
「一体それの何が問題なんだい? さっきから聞いてたら、まるでお前、自分たちの母親が帰ってくるのが困るみたいな口調だぜ」
「困るのよっ!!」
321 淫獣の群れ(その5) sage 2007/10/14(日) 20:15:28 ID:fSR9jaTJ
そこでようやく、喜十郎も事態の深刻さに気付き始めた。
「困るような……何かがあるんだな……?」
桜は、ノリこそ軽いが、そう簡単に冷静さを失う少女ではない。
「叔母さんが帰ってきたら、お前たちの――いや、オレたちの存亡に関わるような、何かがあるんだな……?」
桜は静かに頷いた。
「なんだ? 一体何だそれは?」
「お母様は……」
「叔母さんは……?」
「――潔癖症なの」
……アノ、サクラサン……ナンデスカ、ソレ……?
こんなに散々ビビらせといて、それがオチ?
喜十郎としては、桜ではなく、むしろ不思議と叔母の方に怒りが沸いたが、しかし同時に興味も沸いた。
「……説明しろよ桜。ただの潔癖症っていうだけなら、お前がそんなに怯えるわけがねえ」
「潔癖症って言っても、他人の後のトイレに入れないとか、そういうんじゃないわ」
「当たり前だ。そんな下らねえオチなら、オレは今すぐ学食に行くぜ」
「人の性的な行為が許せない性質(たち)らしいの。だから、私も昔、初めてオナニーを見つかった時は、こっぴどく折檻されたわ……」
「で?」
「で、じゃないわっ! いまの私たちの関係がバレたら、一体どうなると思うのっ!?」
「そりゃ……まずいだろうな」
「まずいなんてもんじゃないわ。まずいなんてもんじゃないわよっ……!!」
桜は、それこそ親指の爪をかじりながら、目を血走らせている。
「でもさ、そんなもん、それこそ見つからなきゃいいだけだろ?」
「何言ってるのよっ! あんな狭い家で、一体どうやってバレずにヤれって言うのよっ!!」
「いや、だからさ――」
喜十郎は、ことさら彼女を落ち着かせようとオーバーアクションを取る。
「バレずにヤるのが不可能なら、しばらくヤらなきゃ済む話じゃないか。どうせ、最悪でも一ヶ月くらいで、九州に帰っちまうんだろ?」
「――冗談言わないでっっ!!」
322 淫獣の群れ(その5) sage 2007/10/14(日) 20:16:59 ID:fSR9jaTJ
桜の剣幕に、思わず腰を引いてしまう喜十郎。しかし、未だに彼は桜が本当に言わんとする言葉の見当がついていない。
「いや、でもさ……」
「一ヶ月もガマン出来るわけないでしょうっ!! 二日三日だって、お兄様ナシじゃ怪しいもんだわっ。何でそんな事も分かんないのよっ!!」
「――さくら……!」
「私たちはねえ、私たちはもうねえ、お兄様中毒なのよ。もうお兄様のいない生活なんて考えられないんだから。――責任とってよっ! 取りなさいよっ!!」
そう叫んだ桜は――怒りか、もしくは照れか――うなじまで真っ赤になっていた。
一人の男としてそこまで言われては、喜十郎としても嬉しくないわけが無い。だが、空気的に素直に喜んでいい雰囲気でもない。現に、桜の言い分は支離滅裂もいいところだ。
「いや、でも……責任とか言われたってさ……」
「責任取れないとは言わさないわよ……! 私たちをこんな身体にしたのは、お兄様なんだからねっ」
(何を言ってやがる、オレを無理やり逆レイプしたのは、お前らのクセに)
迂闊にも一瞬ムッとした表情が、桜にも丸見えだったのだろう。
「いま、オレのせいじゃないとか考えてたでしょう……!!」
「うっ、いや、……その……」
「いい? どう思おうとお兄様には責任があるの。日本では、男女関係の責任は男性が取る事に決まってるんだからね。――だから、お兄様には絶対に協力してもらうわ……!!」
「協……力?」
「そうよ」
そこまで言って桜は、いつもの淫靡な“妹”の笑みを浮かべ、“兄”のブレザーからのぞくタイを掴み、引っ張った。
「お母様を出し抜くためには、もう手段は選べないわ。トイレだろうと玄関先だろうと、風呂場だろうと食事中だろうと、スキさえあれば――ヤれると踏んだときには、必ず協力してもらうわ」
323 淫獣の群れ(その5) sage 2007/10/14(日) 20:18:42 ID:fSR9jaTJ
そう言って桜は、喜十郎の唇との最後の距離をゼロにする。
タイを引っ張られているため、喜十郎は自分からキスを拒めない。
ひとしきりキスを味わった桜は、彼を解放すると、
「例えば、それが学校だったとしても、ね」
そう囁いて、スラックスの隙間から、股間に手を突っ込んだ。
「うっ!?」
「あら――えらいのね、お兄様。ちゃんと詩穂のパンティを穿いてるなんて……」
「桜……その……」
「なぁに? お兄様」
「スキあらば、いつでもどこでもって、――それで見つかったらオレたち……?」
「タダじゃ済まない、でしょうね。少なくともお兄様は、我が家からお払い箱って事になるでしょう」
その瞬間、フラッシュバックのように喜十郎の脳裡に浮かんだのは、自分を見下ろす可苗の姿だった。
「じょっ、冗談じゃねえっ!!」
喜十郎は、反射的に桜を突き飛ばす。
「きゃっ!?」
“兄”の予期せぬ反撃に、桜は思わずひっくり返った。
「そんなお前らの、そんな――ワガママのために、いちいち追い出されてたまるかっ!」
「おにいさま……?」
桜は驚いていた。
常ならぬ彼の剣幕に、ではない。
かつて自分たちに、何をされても直接的な暴力で反撃した事の無い“兄”が、『お払い箱』という言葉に、そこまで過剰な反応を示した。それが意外だったのだ。
「帰りたくない、の……?」
その瞬間、哀れなくらい喜十郎の顔が歪んだ。
「そうなのね? 帰りたくない。実家に帰れないワケがあるのね?」
桜は立ち上がった。そして、ゆっくり喜十郎に歩を進める。
「私たちに何をされても、お兄様が全然逆らわなかったのは、本当はそのためなのね?」
「違うっ!! 違うっ!! 違うっ!!」
「隠しても無駄よっ!!」
324 淫獣の群れ(その5) sage 2007/10/14(日) 20:20:16 ID:fSR9jaTJ
その瞬間、勝負はついた。
彼は期せずして弱味を匂わせ、彼女は、抜け目無くそれを嗅ぎとった。
誰のせいでもない。眼前の女の鋭さを侮った喜十郎自身のミスだ。
「お兄様が、一体何で帰りたくないのか、……そんな事はどうでもいいわ」
「桜……」
「ただ、そこまでして帰りたくないなら、私たちは協力し合うべきだと思わない?」
「脅迫する、つもりか……?」
「とんでもない!」
その瞬間、桜は、自分のスカートをまくり上げ、喜十郎に自分のショーツを見せつけた。
「さあ、お兄様、――舐めて頂戴」
「……さ、くら?」
「お兄様がいなくなれば、お兄様中毒の私たちは困ったことになるわ。でも、一緒に住んでないからって、いざとなれば逢いに行く事は出来るわ。お兄様のご実家でも、どこかの公園でもね。でも、お兄様は違う……!」
取り憑かれたように喋りつづける桜の頬は、真っ赤に興奮している。
しかし、それはさっき、同じく『お兄様中毒である自分たち』をカミングアウトした時に比べて、明らかに別種の紅潮だった。
もう、喜十郎は何かを言う事すら出来ない。いや、桜の唇から放たれる言葉に、動く事すら出来ない。
(やめろっ! もう言うなっ!! もう聞きたくないっ!!)
心の中で、悲鳴だけが半鐘のように鳴り響く。
「お兄様はご実家に帰れない。帰りたくない。――だったら、そのために最大限必要な事はしておくべきじゃない? 例えば……」
(もう、もうっ、勘弁してくれっっっ!!)
「――例えば、お兄様と私たちの関係を知る者、または当事者たちを、つねに上機嫌でいさせるための、そんな努力とかね……!」
――ぴちゃ、くちゃ、ぺちゃ……。
「――あ、もしもし、深雪? ――うん、私、桜――ぁぁぁ――ええ、お兄様も協力――してくれるって――くぅぅぅ、そこっ、そこっ!――え、ああ、今ね、ふふふ、お兄様がキョ、ウ、リョ、ク、してくれてるところ……ふふ、ぁっ、いいっ――」
電話中の桜の、膝上スカートは不恰好にふくれあがり、その中に誰かが入り込んでいるのが分かる。そして、その“誰か”が、何をしているのかも……。
「んふふっ、そうよお兄様……あと三分でイカせなさい。さもないと、午後の授業に間に合わないわ……! ――あああっ、そうっ、そこそこっ、――ぁぁぁっ、あああああっ!!」
桜の嬌声は、風にかき消されて、校内の誰の耳にも届いてはいなかった。
最終更新:2007年10月21日 02:07