154 ねえたんファッション1 sage 2008/09/10(水) 21:30:15 ID:lZI+ksYB
ベンチに腰掛けた政人は、恥ずかしそうに身を縮めていた。
雑誌やTVで紹介される様な小洒落た街など初めて来る。
レンガで舗装された道に植えられた並木の列。そこに立ち並ぶカフェやレディースファッションの高級そうな店。
駅からこの開けた通りに来る少しの距離で、一体何軒美容院を目にしたか分からない。そんな街だ。
(皆すごくカッコイイしお洒落だし、女の人は皆モデルさんみたい…)
田舎生まれ育ちの政人は、自分一人が場違いな気がしてモジモジしていた。
本当は、ポロシャツ短パンで腹の出たオッサンや、部屋着のままコンビニの袋を提げている近隣住民もそこらにいるのだが、緊張で一杯の彼の目には入らない。
今もベンチの目の前を、スキニーの細身美人が可愛らしいチワワを連れて颯爽と通り過ぎた。
フード付きのカジュアルなベストを着せられたこのお犬様でさえ、人間の自分よりお洒落でセレブな感じがする。
(ああ…もうやだ…未来ちゃん早く戻って来てくれ!)
自分をこんな場所に連れ出した張本人の名を、政人は祈るように胸中で叫んだ。
と、政人の声が届いたのか、紙のカップを両手に持って一人の少女が小走りで向かって来た。
「まーちゃんおまたせ」
人目が多いため、家よりも少し小声だ。
政人は助けが来たとばかりに義姉の顔を仰ぎ見た。
キラキラ・・・う、まばゆい・・・
コサージュの愛らしいキャスケットを目深に被っているが、そのきらめく美しさはどうしても隠しきれない。
茶色い髪には艶が満ち、ノーブルな顔立ちを際立てる。大きな瞳や高い鼻梁はまるでハーフの様に華やかだ。
ギャルのカリスマ読者モデル・深川未来ちゃん、その人である。
やっぱり本職の人はオーラが違うなぁと政人は感嘆した。
さっきからお洒落でキレイなお姉さんは一杯見てきたが、なんかもう、未来ちゃんは土台が違う。
「あ、ありがとうございます」
思わずペコペコと頭を下げ、差し出された紙コップを受け取る。
160 ねえたんファッション2 修正 sage 2008/09/10(水) 21:38:31 ID:lZI+ksYB
「やーん。なんで敬語なの?ねえたんなんだから、まーちゃんはもっと甘えてくれなきゃヤー」
美しい少女は気味の悪いことを言いながら政人の隣に腰掛けた。
そう、不気味である。
母の再婚により政人の義理の姉になった未来だが、彼女は異様に歪んだ姉弟感を持っていた。
「ねえたん」と悪趣味な呼び方をするよう強要し、自らは政人をまーちゃんと呼んでくる。
弟に抱きつく。無許可で弟の下着を撮影しブログに載せる。弟に夜這いする。
政人にとって彼女は、義理のお姉さんというより単なる変質者だった。
ただ同時に、再婚によって貧しかった母と自分を深川の家に養ってもらっているという
負い目もある。
未来の悪事を声高に訴える事もできず、両親の前では涙を飲んで「仲良し姉弟」として未来のセクハラを耐える毎日だった。
政人ははあと疲れたため息を吐き、コップのプラスチックの蓋を開ける。中身は温かいロイヤルミルクティーだ。
角に停車されたワゴンの移動式カフェから、未来ちゃんが買ってきてくれたのだ。
屋外で何か飲むといえば自動販売機でジュースが常の政人だが、一口ミルクティーを飲んで、おぉと感動する。
さすがにお店で淹れてもらうお茶は味が違う。
(気前良くおごってくれたけど、これ一杯で三百円くらいするんじゃないか?)
そんなセコイ心配まで胸をよぎった。
深川の義父は会社の重役をしているし、未来自身も相当な稼ぎがあるのだから要らぬ心配だが、政人は根っからの庶民なのだ。
いきなり、未来が身を屈めて政人の顔を覗き込んでくる。ふいに視線がぶつかり政人の胸はドキンと打った。
そんな可愛い顔でジロジロ見られると、照れるというか、困るというか。政人の頬は自然と熱くなってしまう。
「まーちゃんオイシイ?」
156 ねえたんファッション3 sage 2008/09/10(水) 21:32:56 ID:lZI+ksYB
リップグロスのパールでほんのりと彩られた唇が、悪戯っぽく動く。
ドキン!
政人は思わずガバッっと紙コップに顔を向け、その甘い視線を振り切った。
「う、うん」
コクコクと頷く政人に満足したのか、未来は体を起こしてニコニコ笑った。
「良かった~。私ここのミルクティー好きで良く飲むの。まーちゃんが気に入ってくれてウレシイッ」
先ほど、飲み物を買ってくると言い出した未来に「同じのでいいよ」と適当にオーダーしていたのだ。
未来は、味覚が似てる!とか自然と同じものを口が欲するんだ!とか言いながら一人でキャッキャとはしゃいでいる。
政人はそんな未来を横目に、もう一口ミルクティーを飲んだ。確かにおいしい、とは思う。
(でもまぁ、俺は家でのんびり飲む緑茶のが好きなんだけどね)
おごってもらっておいて、決して口に出せない本音を心の中で呟いた。
未来はそんな政人の心中など知らず、長い足を組んで街を見渡す。
「ここの辺ね、私が小さいころからずっと遊んでるとこなの。ホッとくつろげる癒しスポットって感じ」
えー。こんな気取りかえった場所でくつろげるかー?と思うが、確かに未来はこのお洒落な風景にピッタリと合っている。
並木道のベンチで足を組み、秋を意識した可愛い服に身を包む未来の姿は、そのままファッション雑誌の紙面を飾れそうだ。
ホットパンツから伸びるのは、目のやり場に困るようなむき出しの細い足。薄手のカーディガンを内側から形良く押し上げるバスト。
うう~ん、モデルさんって私服もお洒落だなぁ。
とにかく、週末に無理矢理見知らぬ土地に連れ出され迷惑だなぁと感じていたが、未来は可愛い弟に地元の案内をしているつもりなのだろう。
そういう心遣いはありがたいな、と政人は少し微笑む。
「これ飲み終わったらお買い物行こう」
「あ、うん。でも俺そんなにお金持って来てないから、あんまり高い店とかは…その…」
「そんなのねえたんが買うって~。服でも靴でも、何でも好きなの買ってあげるよぉ」
157 ねえたんファッション4 sage 2008/09/10(水) 21:33:50 ID:lZI+ksYB
さすが売れっ子は言うことが頼もしい。
しかし、男が女の子にお金を出してもらうなんて、例え家族と言えど心苦しいものだ。
政人はいやいやと手を振って未来の申し出を辞退しようとしたのだが、その時、ベンチ前を横切る人物に目が釘付けになった。
(す、すっげぇ素敵だ…!!)
目前を通り過ぎたのは黒髪のロングストレート。
なんとも地味めの女の人だ。
目立って美しい顔をしているという訳ではないのだが、全身から漂う大人しい雰囲気がなんとも政人好みである。
古風なロングスカートと薄手のセーター、清潔そうな白いブラウス。
おお、このような清楚な女性がまだ日本にも居たなんて…、これは国で保護をするべきではないだろうか。そんな意味のわからない法案まがで浮かんできた。
政人はこの時、よほど心奪われて彼女の後ろ姿に見とれていたのだろう。
だから、自分を見つめる未来の異変にすぐに気が付かなかったのだ。
ブシュウッ!
隣から聞こえた異様な音に、政人は思わず振り向いた。
未来の手の中には、無残にも握りつぶされた紙コップがあった。
「ちょ、ちょっとねえたん、どうし……」
未来の顔を見上げ、息を飲む。
(呂、呂布!?)
そこには、三国志最凶の武将として名高い呂布が居た。
いや、よく見ると違う、未来だ。鬼の顔をした未来が、震える手で紙コップを握っているのだ。
第一、呂布なんて歴史上の人間はゲームでしか知らないのだけれど、未来はそれを彷彿とする極悪な形相をしていた。
今にも敵の首級をあげんとせん血走った目、牙を剥きそうに食いしばった口。
さっきまでここにいた美麗なモデルではない。本田忠勝とか柴田勝家とか、とにかく猛将の名が似合う獰猛な兵が、なぜか座っている。
未来はその目でただ一点を凝視していた。
政人が見とれた、黒髪の女の後ろ姿である。
政人の全身を恐怖が支配した。何かが起こる。きっと起こる。
不吉な予感が、警鐘のごとく政人の頭に鳴り響く。
つづく
最終更新:2008年11月02日 23:53