ねえたんファッション 第2話

486 ねえたんファッション5 sage New! 2008/10/05(日) 14:01:06 ID:dItHlReJ
「未来ちゃ…じゃない、ねえたん!落ち着いて!」
滴り落ちるミルクティーに慌て、政人はポケットティッシュをガサガサと取り出した。
握り潰された紙コップの残骸を未来の手から抜こうとするが、その拳は鋼鉄のように固く、男の力でもこじ開けられない。
「火傷しちゃうよ!これホットなんだからぁっ」
未来には政人の呼びかけも届かないのか、遠ざかる黒髪の後ろ姿を視線で追っていた。
フシュー…
歯ぎしりの隙間から呼気の音が漏れる。もし、仁王像に命が宿れば丁度こんな感じだろう。
その騒ぎに道行く人もチラチラとベンチを振り向いた。
若い女性の二人組がこちらを見ながら囁き合う。
「え、何あのカップル喧嘩してる。…あれ?あの女の子深川未来じゃない?」
「いや似てねーから。スタイルいいけど顔ヤバイって。フツーに一般人」
幸か不幸か、驚異の変貌により周囲に身元がバレずに済んでいた。
しかし、往来でこんな事をしていれば今後の芸能活動にも支障が出かねない。政人は焦った。
「ねえたん!ねえたん!!」
未来の名前を出す訳にはいかず、ねえたんの呼称で必死で呼びかけ続けた。
街中でキモイ呼び名を叫ぶシスコンの姿にしか見えないだろうが、構ってられるか。


487 ねえたんファッション6 sage New! 2008/10/05(日) 14:03:15 ID:dItHlReJ
政人は未来の視線を立ち切るように身を乗り出し、顔を突き合わせ未来の両肩を強く揺すった。
「ねえたん、まーちゃんだよ…俺だよ!分からない?」
真っ直ぐにまーちゃんの瞳に見つめ合い、ねえたんの色素の薄い瞳がハッと揺らいだ。
眩しい光を見たように瞳孔が収縮し、そして、緊張が解けゆっくりと黒く広がる。
―すうぅ
それと同時に表情筋も元に戻り、瞬く間に麗しい貌が現れた。
未来は呆然と呟く。
「…まーちゃん…?」
「そそ、そう、まーちゃんだよ。ねえたんの弟のまーちゃんだ」
SFXばりの変形を前にうろたえつつ、政人は力強く頷いて見せた。
自分の状況が分かっているのかいないのか、未来は曖昧に頷き返す。
そして、花が萎むようにゆっくりとうつ向いてしまった。
未来は力無く両手を膝に落とし、虚ろな目で地面を見ている。
(う…大丈夫かな)
政人は未来の手から紙コップを取り出し、溢した中身を拭いたりとイソイソ働きながら、心配そうに未来の顔を盗み見た。
二つの紙コップを側の屑入れに投げ込むと、恐る恐る小声で話し掛ける。
「今日はもう帰ろう…。ねえたんは気がおかしくなっ…じゃない、気分が悪くなったんだよね。無理しないで家で休んだほうがいいよ」


488 ねえたんファッション7 sage New! 2008/10/05(日) 14:04:32 ID:dItHlReJ
もう買い物どころの騒ぎではない。
また急に我を忘れてフシューフシュー言い出したら、良くて入院、悪くて強制連行だろう。
(それに…)
政人は悲しそうに未来の姿を眺める。
せっかくのお洒落な服がミルクティーの染みまみれだ。
女の子。しかも有名なモデルさんがこんな格好で店を回るなんて可哀想だった。
未来は政人の提案に大人しく頷き、囁くような弱い声で詫びた。
「まーちゃん…、なんかごめんね…」


休みも終わり、水曜日。
学校帰りの政人は、閑静な住宅街を浮かない顔で歩いていた。
(あの日から未来ちゃんがおかしい…)
今までは政人にくっつきまくりだったくせに、最近は一人部屋に閉じ籠っていることが多い。
食卓で顔を突き合わせる時も元気がなく、政人が話を振っても会話が弾まなかった。
避けられているようで少し切ない。
(…まあ、ベタベタされないだけいいか)
そうこう考え事をしている内に深川の豪邸に到着した。
立派な塀に囲まれた入り口を抜け玄関まで歩く。
「ただいまー」と気の抜けた声を上げて戸を開けた。

「あら、おかえりなさい」

女性らしい柔らかさに満ちた発声。
――政人の目に最初に飛び込んで来たのは、鮮やかな黒の発色だった。


489 ねえたんファッション8 sage New! 2008/10/05(日) 14:06:24 ID:dItHlReJ
「み、」
政人は目を疑って一度言葉を区切る。
「未来ちゃん?」
黒髪の彼女は「まあ」と優しく微笑んだ。
「未来ちゃんだなんて他人行儀ね。お姉さんって呼んで」
つられて政人もひきつった笑みを浮かべる。
(なんだこれ!?)
未来の服装―
白いブラウスにショールを羽織り、ボトムは若草色のロングスカート。
さらに未来の全身を下に辿り、政人は愕然とする。
三つ折りソックス。
ギャルのカリスマが三つ折りソックスを履いてる!?
冷えた鉛を体内に落とされたような、強烈な違和感が政人をゾッと貫いた。
「な…何?どうしたのその服?そ、それにその頭…」
震える政人が指し示すのは、未来の肩に真っ直ぐに降りる墨色の髪。
政人の指摘に、未来は頬にかかった髪をサラリと指で耳に掛けた。
「これ?ちょっと元に戻してみただけよ」
200%嘘である。こんな不自然な程の真っ黒・サラッサラが地髪ではないはずだ。
昨日まではふんわりした茶髪だったのだから、今日美容院でストパーをかけ染めたのだろう。
「それより早く上がって。お茶にしましょう」
薄化粧の未来が政人を誘って奥へ歩き出す。
政人は他にどうすることも出来ず、ただそれに従うしかなかった。

つづく

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最終更新:2008年11月02日 23:54
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