未来のあなたへ2 前編

728 未来のあなたへ2 sage 2008/11/26(水) 12:36:33 ID:nfADyUED
Kenta-side

「なあ、優香」
「なに、兄さん」
「晶ちゃんって可愛いよな」

その瞬間、妹が撃たれたようにぶっ倒れた。



まず自己紹介をしよう。
俺は榊健太。中学三年生、男子だ。
好きなことは運動全般。苦手は勉強全般。悩み事はちょっと(ちょっとだけだぞ!)背が低いことだ。
性格的には能天気とかキングオブ馬鹿とか言われる、自分でもまあ間違ってはいないと思う。赤点を取るのなんてしょっちゅうだし。
誰とでも仲良くなれるのが特技で、俺自身もみんなでわいわいと騒ぐのが大好きだ。お祭り好きといってもいい。
今、一番打ち込んでいるのは部活のサッカーで、俺は一応レギュラーの一人だ。といっても、DFだし地味な役回りなので、部長みたいにモテはしない。
それから、俺には優香という妹がいる。
今日も日が暮れるまで練習に明け暮れた。両親が食事に出かけていたので、優香に夕食を作って貰う。妹の料理は普通に美味い。
そうして、お茶をすすりながら食後になんとなく話していると、妹が当然ぶっ倒れたのだ。

「優香? おい、ゆーかー?」
慌てて抱き上げてみたけれど、妹はぴくりとも動かない。どうやら気絶しているようだった。
ぺちぺちと、呼びかけると同時に頬を叩く。反応なし。焦る。
今家にいるのは俺達だけだ。救急車を呼ぶべきだろうか。混乱したけどとりあえず、横にさせた方がいいだろう。
妹を抱き上げて、部屋に運び込む。優香の体はそれなりに重かった。
「ふう……これでよし、と」
優香をベッドに寝かして、布団をかけてやる。まだ意識は戻らないが、心なしか顔色は良くなったようだ。呼吸も、耳を近づけてみればすうすうとくすぐったい。
少しは落ち着いたみたいなので、救急車を呼ぶのはやめておいた。とりあえず、出しっぱなしの食器を洗ってから、目が覚めるまで付いておくことにする。
勉強机の椅子を持ってきて、ベッドの脇に座る。優香の寝顔を見るなんて、随分久しぶりだった。俺とは似ても似つかない、繊細な顔立ち。
妹を見ているうちに、練習の疲れが出たのだろう、眠気が俺の意識を飲み込んでいった。
そう……いえば……優香はなんで……いきなり、倒れたんだろう……

俺には優香という妹がいる。
俺とは比べ物にならないくらいできた奴で、物事の考え方はしっかりしてるし成績はいつも学年上位、ついでにとても美人なのだ。
中学二年、という年齢を考えると、可愛いという表現の方がいいのかもしれない。けど優香は、背も高いし体つきもすらっとしているし雰囲気は落ち着いているしで、俺よりも余程大人びている。
当然、優香はモテる。俺にも、妹を紹介してくれと頼んでくる奴は後を絶たない。
けれど優香には男と付き合う気はさらさらないようで、告白を断った回数も十を超えている。
ちなみになんで俺が回数まで把握しているかというと、優香は誰かに呼び出されると必ず俺を同伴するのだ。
告白のやりとりも俺の前で行われる。正直、気まずくて仕方ない。俺の友達が呼び出したこともあったのに。
当然俺も相手も抗議するが、優香は「襲われたときの護衛です。私だって兄さんに頼み事などしたくありませんが、他に男性の知人がいませんから」と、きっぱり言うのだ。相手に向かっても!
確かに優香は良い子だとは思うけど、性格的にはちょっと問題があるなあ、と思う。
俺と優香はあまり仲は良くない。
といっても、優香が俺を嫌っているだけで、俺自身は妹のことが普通に大切だ。
昔から優香は大人びた子供だった。親父にも母さんにも、怒られるのは俺だけで。なんで俺ばっかりと、妹のことを恨んだこともある。
だけどそのうち気づいたんだけど、優香は別に、両親に特別可愛がられているわけじゃなかった。親が薄情だった、ということじゃなく。どれだけ褒められても、妹はなにも嬉しそうではないのだ。
なんとなく、なんとなくだけど。ようやく最近になって、妹がどうして嬉しそうでないのか、わかってきた気がする。
優香はきっと、とても寂しい場所に立っている。
何故なのか、どういうことなのか、俺ではそれ以上うまくは言えないけれど。俺の妹はきっと、誰からも離れた場所に立っているのだと思う。物心ついたときから、ずっと。



「……う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」



730 未来のあなたへ2 sage 2008/11/26(水) 12:37:14 ID:nfADyUED

跳ね起きた。
暗くなった部屋、簡素な内装、痛む背中。どうやら俺は、妹の部屋で椅子に座ったまま寝ていたらしい。
そして目の前のベッドでは、優香が枕に顔を押し付けてうめき声を発していた。
泣いている、のか……?
断定できなかったのは、その嗚咽があまりにも凄まじかったからだ。大きさ自体はそれほどでもない。部屋の外には聞こえていないだろう。
けれど、その嗚咽に込められた感情の深さは、本当に人間が発しているのかと思うほどだった。
獣が長年の伴侶を失った時、こんな唸り声を上げるのではないかと、思った。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
「……」
俺は、動けなかった。
もしも、妹が泣いていたならば。俺は確かに驚くだろうけど、慰めるなり落ち着かせることができただろう。
けれど、この嗚咽に込められた感情は。俺が推し量るには、あまりに、あまりに、大きすぎた。
適切な言葉など、かけようがない。優香の心情など、わかりようがない。
そもそも、俺は優香の中に、これだけのうねりが存在することすら想像していなかったのだ。
だから、俺にできることは。わけもわからず、ただ抱き締めることだけだった。
「優香……よくわからないけど、泣くな……」
枕に突っ伏す妹の頭を抱き込んで、頭を撫でる。さらさらと、気持ちのいい髪の感触。
けれどそれでも、優香の嗚咽はやむことはなかった。疲れて眠りこんでしまうまで、ずっとずっと続いていた。
そして次の日、優香は体調不良で学校を休んだ。



Akira-side

ちーっす。みんなのアイドル藍染晶、十四歳です。よろしく!
わたしの個人情報については、モブキャラみたいなものなのでどうぞ気にせず。スリーサイズは秘密っす!

さて、その日。わたしが登校すると、友達の優香ちゃんが休みだった。体調不良らしい。
すわ何事か、と連絡するのも迷惑な気がしたので。優香ちゃんのお兄さんを昼休みに呼び出して問いただしてみた。昼食がてら。ちなみに場所は屋上。
「というわけでどういうことっすか、榊先輩」
「うーん……」
と、お弁当をつつきながら悩ましげな顔をする榊先輩。太眉がハの字を描いている。この人の特徴を表すなら太眉、それに尽きる。
え、もうちょっと説明しろって? ういっす。
榊健太。今話題に上がっている、優香ちゃんの実の兄。わたしとの繋がりはそれだけじゃなく、部活での先輩後輩関係でもある。
あ、申し遅れましたがわたしサッカー部のマネージャーを務めております、まる。
榊先輩自身は、いわゆる一つのキングオブ馬鹿。みんなの明るいムードメーカーで、能天気極まる性格だ。
誰とでも簡単に打ち解けることのできる人で、人間関係の潤滑油みたいなところがある。榊先輩自身はあまり上手なプレイヤーじゃないけれど、今のサッカー部の強さの何割かは彼のおかげだろう。でも異性にとってはいい人で終わるよね、うん。
なので、そんな先輩がハの字太眉を描くというのは、結構珍しい事態なのだった。
「もしかして雪菜ちゃん、本気で何かあったんですか!? 事故?」
「あ、いやいや、そんなことないよ。優香は家で寝てるけど、別に病気でも事故でもないから」
びしりと箸を突き付けるわたしに、ぱたぱたと箸を振る榊先輩。まあ、本当に事故やら病気なら、榊先輩が登校しているはずもない。
「うーん……実は俺にもよくわからないんだよね。いきなりだったし」
「ああ。んじゃあもしかして生理かもしんないですね」
「ぶふっ!」
「うわー、えんがちょです先輩。バリアバリア」
「い、いきなり何、言うんだよ!」
「ん? ああ、じゃあえーと。女の子の体には不思議がいっぱい☆」
「しくしく……」
さておき。
優香ちゃんが休みを取る、それ自体は不思議はなかった。まあそれこそ二日目なのかもしれないし。
けれど優香ちゃんなら、もうちょっと榊先輩にそつなく説明しててもいいかと思うんだけどなー。まいっか。
「んじゃ、部活サボるんで放課後お見舞いいってもいいっすか?」
「いや、いいけど……部長にはちゃんと言っておこうね」
「ちーっす」



731 未来のあなたへ2 sage 2008/11/26(水) 12:38:01 ID:nfADyUED

「おじゃましまーっす!」
ピンポーン。
というわけで、やってきました榊家に。一応インターホンを鳴らしてから、榊先輩に借りたカギを使って扉を開ける。
もう片方の手には、途中のコンビニで買ってきたデザートの袋。うーん、これ部費で落ちないかなあ。
一応わたしは優香ちゃんの唯一の友達なわけだし、榊家には何度か訪れたことがある。玄関マットに丸くなっていた猫(確か名前は三毛)をしばらくさわさわした。
優香ちゃんの部屋は二階だ。とてとて、と階段を上がる。どうでもいいんだけど、他人の家を自由に歩く時は何となく違和感がある。

「……兄さん……?」
階段最後の段に足をかけたあたりで、パジャマ姿の優香ちゃんが、自室の扉を開けて出てきたところだった。パジャマverゲット!
片手をあげて挨拶する。
「やっほー、優香ちゃん。お見舞いにきたよー」
「……」
彼我の距離は三m。わたしは階段を登り切る直前の不安定な姿勢。左手はビニール袋でふさがっている。左右に逃げ場なんてない。突き落されれば階段の下までまっさかさまだ。ついでに、今この家にはわたしと優香ちゃんしかいない。
ここでクエスチョンです。なんでわたしは、そんな危険予測シミュレーションをしているんでしょうか?
答え。わたしを認識した瞬間の優香ちゃんに、ちびりかねないほどビビったからです。
その、瞳。
例えるなら深い井戸。例えるなら夜の海。例えるなら汚泥の沼。例えるなら火山の口。例えるなら地獄の蓋。
自らは何もせず、けれど足を踏み入れたものを破滅させる、奈落の穴のように思えた。
「いらっしゃい、藍染さん。お見舞い、ありがとう」
「……う、うっす」
「少し聞きたいことがあるのだけど、私の部屋に来ませんか?」
「……」
選択の余地が、なかった。

わたしにとって優香ちゃんは、ある意味憧れみたいなところがあった。
背丈はすらっとしてるし、成績は比べ物にならないほど良いし、まあ運動能力では勝ってるかなあ。一応運動部だしね。
後、優香ちゃんはすごくモテる。貴女はどこのメインヒロインですか的に。整った顔立ち、切れ長の瞳、つやつやのロングストレート、そつのない立ち振る舞い。
天は二物を与えずって嘘です本当。ともあれ、わたしのようなチビはもう憧れるしかできません。
わたしが優香ちゃんと話すようになったのは、サッカー部のことを聞かれたからだった。話してみるとお兄さんがサッカー部所属というので、榊先輩をネタにしてご飯を食べた。
以降、昼休みは優香ちゃんと一緒にすることになっているけれど、たまに浮かぶ疑問があった。
わたしは優香ちゃんを友達だと思っているけれど、果たして優香ちゃんはわたしを友達だと思ってくれているんだろうか?
優香ちゃんに憧れる最大の理由は、学力や美貌じゃない。わたしが囚われて仕方のない、世間のしがらみ。外面だとか、人間関係だとか、そういったものをまるきり下らないことのように淡々と処理していく、その超越性にわたしは憧れた。
しがらみから逃避しているのではなく、しがらみなんてものよりもはるかに大きな問題を抱えて、それでもここまで平気で生きてきた。優香ちゃんからは、そんな匂いがする。
けれどそれなら。優香ちゃんにとっては、わたしもまた『下らないこと』に属する存在ではないんだろうか。
更に考えるなら、優香ちゃんにとって『下らなくないこと』とは、一体何なのだろう?



―――――あなたは、にいさんのことが、すきなの?

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最終更新:2008年12月02日 09:51
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