未来のあなたへ2 後編

742 未来のあなたへ2 sage 2008/11/27(木) 12:31:36 ID:BVmcowqH
Kenta-side

「おい健太、今日はどうしたんだ?」
「え、なになに? 俺はこの通り絶好調だぜ! いえい!」
「あのな、ゴールポストに三回もぶつかっておいてそれはないだろ」
「あー。晶ちゃんがいれば優しく手当てしてもらえたのになー。俺も運が悪いや」
「念のため病院行くか?」
「ゲエー! 大袈裟なんだよお前は。この程度なんでもないって!」
「それじゃなんでボーっとしてたんだよ。調子悪いなら今日はもう帰ったらどうだ」
「んー……そうだな。それじゃ今日は帰らせてもらうわ」
「帰るのか? いや、自分で薦めておいてなんだが、最近打ち込みまくってたからな」
「まあ、俺にも練習より大事なことはあるからさ。んじゃ、みんなに挨拶してくるぜ」
というわけで、その日は結局部活は早退した。こんなことなら、最初から晶ちゃんと一緒に帰ってれば良かったな。
部活に集中できなかったのは、勿論優香が心配だったからだ。正直学校を休もうかとも思ったけれど、それは優香に固く拒否されていた。
昨日から、俺が何を言おうとしても、全て優香に拒否されて終わっている。仕方ないけれどこういう時、嫌われているというのはこの上ないマイナスだ。
だからひとまず晶ちゃんにお願いして、俺は部活に出てたわけだけど。やっぱり俺は二つのことを同時に考えられるほど頭がよくないみたいだ。
まずは優香。そのことに集中しよう。
途中、思いついたのでコンビニに寄って桃の缶詰を買った。
ずっと昔、風邪で倒れた優香が、そんなものを欲しがっていた気がしたのだ。

「ただいまー」
「おかえりなさいこのやろー!」
「えぶしっ!」
自宅の扉を開けた瞬間、飛び出してきた晶ちゃんに殴られた。ぶっ倒れる俺。わけがわからない。
「い、いきなり何だよ晶ちゃん!?」
「榊先輩。申し訳ないんですが、わたしのフラグはあなたには立ちません」
「は、はい?」
「つーかですね。後輩からの恋愛相談を、なんで優香ちゃんに漏らしやがるんですか?」
「ん? ああ、いや。別に、晶ちゃんが可愛いかどうか確認しただけだから、誰が好きとかは言ってないって」
晶ちゃんから恋愛相談を受けたのは三日ぐらい前だ。
内容としては普通に、サッカー部の○○先輩が好きなんですけど、協力してくれませんかね、的なもの。三年は今年で卒業だしなあ。
ちなみに、そういう相談は割とよく受ける。その筆頭が優香関連だけど、基本的には顔が広いからだろう。あと、俺自身が恋愛しそうにないキャラだしね。
まあ、恋愛しそうにないキャラ、という意味では失礼ながら晶ちゃんから相談を受けるのは予想外だった。考えてみれば年頃なんだし普通か。
優香にもそういう相手がいるといいなあ。
さておき。
そんなわけで、昨日は晶ちゃんの友達である妹に、その可愛さを確認してみたんだけど。それの一体何がいけなかったんだろう。
「いっぺん死んだ方がいいかと思いますね榊先輩は」
「なんでっ!?」
「こっちがいっぺん死にかけたからです。あのですね、誰かが可愛いというのは、普通好意を表すもんですよ」
「ああ……じゃあ、もしかして。俺が晶ちゃんを好きだって優香に?」
「あんだすたん?」
「そっかー。それは優香に悪いことしたな。晶ちゃんと優香はほんとに仲がいいんだな」
「……ふぁっつ?」
「ん? いやほら、晶ちゃんが取られると思って、優香はショックだったんだろ? 俺って優香に嫌われてるしな」
「げばは!」
今度は晶ちゃんがぶっ倒れた。え……なんでだ?
箸が転んでも笑うと言うけど。この年頃の女の子って、よくわからない。



743 未来のあなたへ2 sage 2008/11/27(木) 12:32:22 ID:BVmcowqH

晶ちゃんは頭を振りながら帰ってしまったので、入れ替わりで帰宅する。
母さんは既に帰っていて、キッチンで夕食の支度をしていた。優香のことを確認すると、まだ自分の部屋らしい。
「優香の友達が来てたけど、晶ちゃんっていうのね。元気がよくていい子ねー」
「うん。サッカー部のマネージャーもやってるんだよ」
「うんうん、聞いたわよ。もしかして健太、気がある? ある?」
「ないない」
それに晶ちゃんには好きな奴がいるし、とは言わない。それで怒られたばっかりだしな。
そういうわけで母さんを適当にあしらい、缶切りと桃缶を持って二階に上がる。自室の隣、部屋の扉をたたく。
「ゆーかー。入っていいかー?」
「どうぞ」
お、体調とか機嫌、よくなったかな? 少なくとも声音は普段どおりに聞こえた。今朝は色々聞いてみたんだけど、とうとう部屋から追い出されたし。
入るぞ、と優香の部屋に。妹とはあまり仲好くないので、二日連続と言うのは本当に珍しい。
優香は、明かりもつけない暗い部屋で、カーテンを閉めた窓際に立っていた。
「おかえりなさい、兄さん」
「ただいま優香。ほら、起きてたなら電気つけろって」
「うん」
ぱちり、と電灯をつける。優香の端正な顔立ちが照らしだされた。普段より青白い気がするのは、一日寝ていたからだろうか。
「寝てなくて大丈夫なのか?」
「初めから、精神的なものだから。気にしないでいいですよ」
「そういえば晶ちゃん来てただろ? 入れ違いだったけど、お礼言うの忘れてたな」
「明日私から伝えておきます」
「……優香?」
「……」


優香はきっと、とても寂しい場所に立っている。
何故なのか、どういうことなのか、俺ではそれ以上うまくは言えないけれど。俺の妹はきっと、誰からも離れた場所に立っているのだと思う。物心ついたときから、ずっと。
けれどそれでも、優香は寂しがり屋なのだ。
昔、優香が風邪で倒れたことがある。小学校中学年の頃だ。母さんに、桃缶が欲しいと言っていた。いや違う、母さんの開けた桃缶をおいしいと言っていたんだ。
感染るといけないから、と俺は部屋にはいるのを禁止されていたので。両親の目を盗んで優香の部屋に入った。
近所の八百屋(今はもうない)で買った桃缶を持って。
優香は、顔を赤くして布団に埋もれるように眠っていた。そっと顔に触ると、びっくりするほど熱かった。
そのとき。はしり、と優香の手が俺の腕をつかんだのを覚えている。死ぬほど驚いた。
妹が目を覚ましたのかと思ったけれど、そうじゃなかった。優香は眠ったままで、いわゆる寝相だ。小さな手はとても熱かった。
そして
『……に……ちゃ……』
優香が泣いていた。
布団に埋もれて、高熱に顔を赤くして、俺の手をつかんで、ぽろぽろと涙を流して、眠っていた。
その頃から、優香は俺のことを嫌っていた。ふつうの兄妹みたいに一緒に遊ぶこともなく、突き放したような言葉ばかり飛んできた。
けれどそれでも、俺はどうしても優香を嫌いにはなれなかった。それは心のどこかで、優香が本当は寂しがり屋なのだと、気付いていたからなのかもしれない。
俺の妹は、他の人とは離れた場所に立っているのかもしれない。けれど、優香はそれを決して望んではないんだ。



744 未来のあなたへ2 sage 2008/11/27(木) 12:33:17 ID:BVmcowqH

Akira-side

帰り道。
榊家から生還したわたしは、自販機でイチゴミルクを買って、舐めるように飲みながら一人歩いていた。呟く。
「しっかし、まさか優香ちゃんがブラコンだったとは」
なんとなく周囲を見回す。大丈夫、子供が犬を連れて散歩しているだけだ。セーフ、いや何が。
―――――あなたは、にいさんのことが、すきなの?
優香ちゃんの部屋に誘われて、聞かれたのはそんなことだった。
まず呆気に取られ、次にマッハで真相に気付いた。榊先輩に恋愛相談をしたのは数日前、まさかそんなことが引き金だったとは。
とにかく、要はつまらない勘違いのようだった。優香ちゃんがブラコンだという意外さえ思いつくなら、物事自体は大したこともない。
まあ、実のところブラコン疑惑は前々からあったのだ。素っ気ない態度ではあったけれど、わたしを通してでも榊先輩の様子を知りたがるって……ねえ?
さておき、迅速に誤解を解除できたおかげで、わたしは榊家から生還できた。日頃の観察ってマジ大事です。
「しっかし、まさか優香ちゃんがブラコンだったとは」
口にしてから、なんとなく周囲を見回す。大丈夫、とろとろと軽自動車が追い越していっただけだ。
さっきから生還生還と連呼しているわたしだけど、別にノコギリで脅されてたわけじゃない。それどころか優香ちゃんは、脅迫の類なんか一切口にしなかった。
淡々と聞かれただけだ。
ただ
榊先輩が玄関先で華麗なボケをかましてくれたとき、わたしは危うく優香ちゃんのブラコンをばらしかけた。その場の勢いとツッコミという奴だ。
優香ちゃんがわたしのことを思って榊先輩に嫉妬したとか有り得ねえー!と
けれど、その瞬間、背後から刺した気配にわたしの心は凍りついた。心だけではなく、手足も、呼吸も。
その時の心境を、わたしの未熟な人生経験で表現することはできない。今思い出しても、体が震える。
ちなみに位置関係から考えて、二階の優香ちゃんがカーテンの隙間からわたしを見降ろしていてもおかしくはない。
「しっかし、まさか優香ちゃんがブラコンだったとは」
周囲を見回す。大丈夫、ベビーカーを押す主婦とすれ違っただけだ。
ところで。
いわゆる同性愛というのは、世間的には純然たる趣味嗜好と思われてる部分が多いけど。こいつはれっきとした脳の障害じゃないかという説もある。
あ、わたし自身は別にホモは治療すべきとか偏見持ってません。ボーイズは淑女のたしなみだよね。
勿論、趣味嗜好で同性愛やってる人も多いんでしょうが。同性愛なり、先天的な脳障害を持って産まれてくる人間と言うのは、存在すると思う。
精神的な異常は、先天性の脳障害として有り得るのだ。
もしも生まれつきの殺人鬼なんて人間がいたのなら、その思考はわたしにはとても理解はできないだろう。
人間同士は理解し合えないとか題目以前に、脳の構造からして違うのだ。ソフトではなく、ハードからして違う。そこから編み出される感情、論理、本能、わたしにはないそれ以外のなにか。想像すらできない。
たとえ言語が共通でも、地獄の住人に等しい異質さだ。
ところでわたしはつい先程、どこかで奈落の底を覗きこんだような気もする。
あまりの異常に、気配だけで背筋が凍る、そんなおぞましさ。そう、おぞましいものに遭った気もする、けれど
「しっかし、まさか優香ちゃんがブラコンだったとは」
そういうことにしておく、しておいた、しておいた方が幸せだろう。今日は早く寝よう。




745 未来のあなたへ2 sage 2008/11/27(木) 12:36:02 ID:BVmcowqH

Yuka-side

霧が晴れた。
世界はこんなにも美しかったのか。

「兄さんは、蝉をどう思います?」
「へ? せみ?」
「はい、蝉です。何年も地中で成長して、地上では一週間だけ鳴いて、そして死ぬ。ああいう生物を、兄さん。どう思いますか?」
「どうって……まあ、夏はうるさいけど、そう考えるとかわいそうだよな」
「可哀想? 兄さん、そんなことはないと思いますよ。だって蝉は、そういう生き物なんですから」
「あ、ああ。うん……」

私は唄う。

「幼虫はきっと羽化などしたくはないでしょう。安寧の居場所を捨てて、見知らぬ危険に満ち溢れる世界に、心底行きたくないでしょうね。
 それも余命はたったの一週間。何年も過ごして来た幼虫にしてみれば、それは死にに行くようなものだから。蝉はきっと未来を恐れる」

私は呪う。

「けれど成虫になったなら、蝉は過去なんて振りかえらない。だって、世界は果てしなく広いことを知ってしまったから。この青い空になら、命を燃やす価値があると思い知ってしまったから。
 何年もかけて蓄えたエネルギーをたったの一週間で燃やし尽くして。それでも満足できるから。蝉はきっと過去を懐かしまない」

私は壊れた。

「兄さん。命というのは、生きているから生きるのではなく。生きるために死ぬんですね」

私は壊す。

「明日から、改めてよろしくお願いします」


兄さん。霧が晴れました。
世界はこんなにも美しかったのですね。
全て、あるがままに。



746 未来のあなたへ2 sage 2008/11/27(木) 12:37:48 ID:BVmcowqH
Kenta-side

結局、次の日優香は元に戻っていた。昨夜のあれは一体何だったんだろう。
一つ変わったことと言えば、優香が朝、支度をして玄関に立っていた。朝練の時間帯なのに。
「優香? どうしたんだ?」
「たまには一緒に行きましょう」
「あ、うん」

朝の通学路を優香と二人で歩く。妹と一緒に登校するなんて小学校以来だ。懐かしいなあ。
優香は俺の後ろをついてくる。そうそう、並んで歩くのは邪魔だと言って、いつも後ろに回るんだった。話しづらいけれど、そもそも会話はほとんどしないし。
けれど今日は珍しいことが続くようだった。背後から、優香の声。
「兄さん、昨日はありがとうございました」
「ああ。別にわざわざ気にしなくていいだろ。家族なんだし」
「いえ、私の気が済みません。これをどうぞ、缶詰のお返しです」
「ん? なんだこれ?」
後ろ手に渡されたのは、親指ほどの小瓶だった。中には無色の液体が入っていて、網状の蓋と短い紐が付いている。
「香水です。兄さん少し汗臭かったですよ」
「(くんくん)あ、ほんとだ。いい匂いがするな。花?」
「サフランを薄めました。これくらいならあまり気にならないでしょう。中身がなくなったら言ってください」
「ん、ありがと」
香水は校則で禁止されていた気もするけど、せっかく妹の好意なんだから貰っておこう。
匂いも、言われなければ気付かない程度だし。それにしても、花以外のすっぱい匂いも混じっている気がするけど……まあいいか。
「それにしても、兄さんのように私も少しは体を鍛えたほうが良いと思いました」
「優香が?」
「意外ですか?」
「ん、まあちょっと意外だったったけど、いいんじゃないかな。どこかの部活に入るのか?」
「そのつもりです」
「へえー」
妹の言葉は驚きだったけど、その方がいいかもしれない。優香は自分で言うほど体も弱くはないけれど、他人と一緒に何かを行うことはほとんどなかったと思うから。
放課後は何をしているのかと聞いたら「勉強」ときっぱりと言い切る奴だし。いや、別に勉強が悪いわけじゃないけどさ。
それにしても、今日の優香はなんか変と言うか……うーん。
「なんか今日は優しいな、優香」
「わざわざ罵倒を望むなんて、兄さんはマゾヒストですか。今日ぐらいはいいでしょう」
「あはは。まあ、そうだよな」

もう夏は近いけど、この時間はまだ空気が冷たい。人通りも少なく、大きく深呼吸をする。
見上げれば、雲ひとつない青空。悩みも解決したし、今日は良い一日になりそうだった。

「……少しずつ……」
「ん? なんか言ったか? 優香」
「いいえ。今日は良い一日になりそうですね、兄さん」

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最終更新:2008年12月02日 09:52
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