未来のあなたへ2.5 前編

875 未来のあなたへ2.5 sage 2008/12/03(水) 12:24:32 ID:66lgtAK+

よくある話をしよう。

わたしは家族を知らない。
わたしの両親は、わたしが物心つく前に離婚した。ちなみに現代日本の離婚件数は二十万超。よくあるよくある。
わたしを引き取った父親は、いわゆる一つのダメ人間だった。離婚のショックという説もあるけれど、わたしが見るにアレは素だ。
お酒とタバコと賭け事と十八禁なお店が大好きで、仕事はかなり転々としている。そりゃまあ母も愛想を尽かす。というか、それ以前に見る目がないですぜ、見知らぬ母よ。
そんな父親と二人暮らしだったので、幼い頃からわたしはかなり放任主義で育てられた。ありていに言うと、部屋に放置。よく死ななかったものだ。
自宅にいると酔った父親からランダムで打撃や根性焼きを食らうので、歩けるようになったわたしは好んで外に出ていた。幼稚園なんて一番遅くまで残っていた。まあ、どうせ迎えなんかなかったし、二本の足を使うのはいつでも自由だ。
とはいえ外に出るというのも問題があって、当然同年代の子供たちと遭遇するわけだけど。わたしは他人との付き合い方というものが、まったく下手くそなのだった。要するにKY。
まあそれもある意味当然で。誰もが人付き合いの前提とする、家庭というものが皆無だったのだから仕方がない。知らないことはできない。
あ、ちなみに家庭崩壊してる子供が、みんなKYになるとは無論言わない。わたしの場合は、たまたま要素がこのように作用しただけだ。
というわけで、集団に混ざってもすぐにハブにされるわたしは、一人遊びの達人になっていった。某正義の味方風に言うのなら、TVと砂場だけが友達さー。あ、それからかくれんぼも超得意。鬼は父親で。
小学校に上がっても、基本的な構図は変わらなかった。強いて言うなら変化は三つ。あれ、割と変わってるじゃん。
一つは知識の収集。教室にも家にも定位置のなかったわたしは、暇さえあれば図書室に入り浸っていた。幸いというかなんというか、ネットに接続したパソコンもあったので、わたしはあっという間に要らない知識にまみれた。小学生でオタクとか。
二つ目は栄養状況の改善。省略したけどわたしの食事は、幼い頃から基本的にジャンクフードだった。代表格はスナック菓子や酒のつまみ、菓子パン。後は水、とにかく水。おかげでわたしは同年代の中でぶっちぎりにチビガリだった。
けれど小学校には給食がある。余ったおかずを持って帰るとかはデフォだった。貧乏貧乏とからかわれたが、思いっきり事実だし命には代えられない。
ちなみに料理は死に物狂いで習得した。自炊できないとたまに本気で餓えるのだ。ここだけの話、万引きもたまにやった。
ともあれ食生活の改善によって、わたしの背丈体重は急激に伸びた。まあ、それでも前から一番目は常にキープしましたけどね。ちえっ! 世の中トレンドは小型軽量です。
三つ目は、ものの見事にイジメを食らったこと。これはまあ仕方ない。ここまで奇矯な行動をとっていて、いじめられない方がむしろおかしい。
具体的な内容は略すとして、一番ダメージが大きかったのは教科書ノートに切り込みや書き込みを入れられることだった。無論金銭的ダメージだ。仕方ないので使い辛いまま使っていたら、教師に注意されて以降切り書き込みはなくなった。
その次に辛かったのが、大声で囃したてられることだった。何を幼稚な、と思うかもしれないが。打撃や孤独、飢餓に対する耐性は高いわたしだけど、周囲に注目されることは全く免疫がなかったのだ。
わたしにできる対応は、顔を赤くして逃げ出すことだけだ。イジメが無視に移行した時はホッとした。
というわけで、藍園晶の人生は、そんな風に移行してきて今に至る。スレチでごめん。
よくある話だよねー。
中学生になっても、わたしはやっぱりわたしのままだった。相変わらずチビだし、相変わらずKYだし、相変わらず無視されてるし、相変わらずお金はないし、相変わらず家にダメ父親がいるし。
けれどそれでも、変わったことを挙げるなら。

わたしは、独りで、なくなった。




晶ちゃんのDOKI☆DOKI恋の大作戦



876 未来のあなたへ2.5 sage 2008/12/03(水) 12:25:27 ID:66lgtAK+
さて、某日某所。
「おおー、でっけー。でっけーっすね雨宮先輩」
「うん、ほんとだ……室内プールと屋外プール、両方あるみたいだね。本当に、こんなところ入っていいのかな?」
「お気遣いは結構です。父が仕事の関係で貰って来たものですが、どの道チケットの期限はもうすぐ切れてしまいますから」
「そうそう、今日は気にせず泳ぎまくろうぜ!」
わたしたち四人は、駅とバスを使って郊外にあるウォーターパークに来ていた。まあ要するに、色々くっついたでっかいプール屋。
当然金を取る場所で。本来わたしなんかがおいそれと訪れて良い場所じゃないけれど、来れた理由は会話の通り。
わたしたち全員は、ついでに出入りする人たちも、水着の入った防水バッグを装備している。榊先輩に至ってはでかいリュックまで背負っている。海に来たんじゃないんだから。
日差しはカンカン、八月半ばとはいえ、まだまだ暑さは引きそうにない。絶好のプール日和だ。

さて。なぜわたしがここにいるのかと言えば、話は二週間前までさかのぼる。
前々から榊先輩に相談していた恋愛相談のことだけど。夏の大会で熱血してたこともあって、進展は遅々としてなかった。
八月が終われば九月。そのあたりからは三年生は受験に忙しくなる。さすがにやばい、と焦り始めたころだった。
榊先輩の家で、あーだこーだと相談していたら。優香ちゃんが案を持ってきたのだ。
「普通にデートにでも誘えばいいと思いますよ」
「ゲエー!? いきなり無理言わないでくださいよ優香ちゃん!」
「あー、いや、もういっそのことその方がいいかもな。デート、って言うのが恥ずかしいなら。遊びに行く、ってことにすればいいんだし」
「いやいやいやいやいや、二人で映画に行きませんか、ってそれ完璧に告ってるじゃないすか!」
「では複数人で行きますか? それなら『遊びに行く』という体裁にはなるでしょう。それに映画とは限りませんよ」
「ああ、それいいな。じゃあどこ行く? たしか、親父がチケット貰ってきてたよな」
「隣町のウォーターパークのものがありましたね。決行は大会終了後が良いでしょう」
「そうだな、とにかく今は大会が一番だし。終わればいくらでものんびりできるからなー。後は……」
「私と藍園さん、兄さんとその人、という組でいいでしょう。私と兄さんにも繋がりがありますから、不自然な流れではないはずです」
「えーと、そのー」
とまあ、こんな感じで本人の意見を一切挟まないままに作戦はトントン拍子に決まっていった。
こういう時の押しの強さに、間違いなく血の繋がりを感じるのはわたしだけでしょうか。
ともあれ、こんな理由により、わたしたち四人は夏休みのある日、ウォーターパークに来ていたのだった。


着替中。
広い更衣室の一角でロッカーに向かい、優香ちゃんと並んで服を脱いでいく。
隣の人と比べてみる。たとえとして、本当にたとえとしてわたしをAとするならば、優香ちゃんはBというところだろうか。
そもそも顔立ちとか肌の白さとか髪質とか他あらゆる面で負けてるわけですけどね。
「しかもわたしはこんな水着だし……はあ。仕方ないけどいきなりマニアックすぎやしませんかね」
「趣向が一致するかもしれないでしょう」
「嫌ですよ、ツルペタスク水がジャストフィットって。雨宮先輩が小学校のプールを定期的に覗いてたら卒倒します」
「そう」
「その点優香ちゃんはいいですよね。趣味嗜好以前にめっさ美人ですし、まあプロポーションは……って何ですかそれ!」
「私、着痩せする性質なんです」
「えええええ、いやいやいや。どう見ても増強というか増胸というか。なんでそんなに必死なんすか」
「藍園さん。勘違いしているようだけど。今日必死にならなければいけないのは貴女の方でしょう」
「……そのパッド、余ってたら分けてくれませんか」
A→B。
B→C。



877 未来のあなたへ2.5 sage 2008/12/03(水) 12:26:55 ID:66lgtAK+
「おっまたせしましたー!」
「お待たせしました」
優香ちゃんと連れ立って、プールサイドで先輩方と合流する。二人は備え付けの空気入れで、エアマットを膨らませていた。
間違いなく榊先輩が持ち込んだものだ。子供ですかあなたは。まあ、わたしも浮輪を持ちこんでますが。
わたしたちを確認した男二人が、ぽかんとした顔をした。うう、恥ずかしいけれど……
「おお、これがB効果ですか。もう流線型とは言わせない……って、二人とも優香ちゃんガン見ですか!?」
「え、いや、あははは……」
「おー、優香水着似合ってるな。可愛いぞ」
「ありがとうございます、兄さん」
優香ちゃんの水着は、意外なことに花柄のビキニタイプ。基調色は青。下にはスカート型のパレオが付いていて、全体的にフリルで装飾されている。胸の布地が多めな秘密はわたしだけが知っている。
クール系な彼女にしては可愛いチョイスで、そのギャップがすさまじい打撃力を生み出していた。普段はストレートにしている髪をポニーテールにしているのも一助だろう。新鮮な魅力という奴だった。
対してわたしは、いつものショートに授業で使うスクール水着。一応胸の名札は外してあるけど、増胸までして所詮Bだし。いったいわたしは何を期待していたんだろう。まあ、世の中はそんなものだ。
つーか、優香ちゃんが視線持って行ってどーするのさ!
「晶ちゃんも、うん。似合ってるよ」
「スク水相手にはちょっと微妙な評価ですがどうもありがとうございます、雨宮先輩」
「あは、あはははは」
うーん。まあとりあえずの目的は果たしたんだし、まあいいか。
ところで、男性お二人は普通に海パンを身につけている。榊先輩は緑、雨宮先輩は青。
二人とも日頃からサッカーに打ち込んでいるだけあって、鍛えられた体つきをしていた。榊先輩ががっちり、雨宮先輩がしなやかな感じだろうか。他の男性客と比べても若さが溢れているのがよくわかる。
というか、正直たまりませんね、じゅるじゅる。おっとよだれが。
「(ごくり)」
おや、今隣で生唾を飲み込むような音が聞こえたような気もしますが、多分気のせいだよねー。
さておき。
「それじゃ泳ぎに行こうぜー!」
「波の出るプール! 波の出るプールがいいっす!」
「それじゃあまずそこで……」
「兄さん。私はウォータースライダーに興味があります」
「あ、そうだったな。じゃあ俺と優香はそっち行くから、義明は晶ちゃんを頼むぜ」
「え?」
「ちーっす。じゃあお昼なったらここで集合ってことで」
あっさり二手に別れる。勿論これは作戦だ。みんなで遊べないのは残念だけど、とにかく今日は勝負の時だ。
二人で歩いていく榊兄妹を見送って、雨宮先輩が苦笑する。ややややや、やばい、緊張してきました。
「健太の妹さんには久しぶりに会ったけど、なんかちょっと変わったかな?」
「はいいっ!」
「晶ちゃん?」
落ち着け落ち着け落ち着けわたし。怪鳥音なんぞ発している場合じゃない。優香ちゃんを見習って、KOOLになれ藍園晶。
「んじゃ、我々は波乗りに行きましょうか、雨宮先輩」
「うん、そうだね」
その人は柔らかく微笑んだ。



878 未来のあなたへ2.5 sage 2008/12/03(水) 12:27:49 ID:66lgtAK+

その人のことを話そう。
雨宮義明。十五歳。男。中学三年生。
サッカー部のレギュラーで、MFを務めている。伸び伸びとフィールドを走って的確なパス運びをする、そんなプレイヤーだ。自由闊達という表現がよく似合う。
外見はすらっとした背丈に整った顔立ち。方向性は優香ちゃんに似ているかもしれないけど、纏う雰囲気は柔和なものだ。カモシカとか、草食動物系の匂いがする。主夫とか似合いそう。
成績も普通に良い。たぶん、家に帰ってから予習復習をきちんとやっているんだろうなあ。はい妄想乙でした。
性格は、気弱と言ってしまってもいいぐらい優しい。基本的に微笑みながら他人の意見に流される流木みたいな人ともいえる。押しが弱いんだよねえ。
あ、ここまで来ればわかるかもしれませんが、この人女子から人気ありますよ。優香ちゃんほどじゃありませんが。
サッカー部というのは何かフィルターでも入るのか、雨宮先輩以外にも人気のある部員はいる。その筆頭が部長氏で、榊先輩は残念ながら背景っすね。いい人なんですが。
それでもって接点を持ちたい二年女子が、たまにマネージャーであるわたしに仲介の頼み事をしてきたりする。こんな感じだ。
Q.サッカー部のあの人を紹介してくれたら、無視してるのやめてあげてもいいわよ?
A.自分でやれヘタレ。
かくしてわたしはますますいじめられていくのであった。舐めんな、こっちは年季が違うぜ。
雨宮先輩に彼女はいない。あの人の押しの弱さを考えるに奇跡に等しい。さりげなく聞いてみた理由としては
『僕はまだ学生だし、今は部活に打ち込んでいる。恋人にまで責任は取れないと思う。だから誰とも付き合う気はないよ』
とのことだった。え、アナタどこの聖人君子ですか? 性欲真っ盛りでしょ? 嘘だ! ごめん取り乱した。
とにかく、どんなふうに転んでも、わたしのような魅力に欠けたチビにはチャンスもなさそうだけど。

「おお、つめてー! きもちいーですねー」
「本当だね。今日は日差しも強いから」
「でも割と空いてますね、なんででしょう。排水溝に子供が吸い込まれたりしたんでしょうか」
「いやいやいや。今日は平日だからじゃないかな。僕たちは夏休みだけど、大人の人は働いてるし。小さな子供だけで来るにはちょっと遠いしね」
「入場料割と高いっすしね。うりゃー!」
「わぷっ!」
はしゃいだ声を上げながら、水の掛け合いっこをしたり。
「先輩、向こう岸まで競争しましょう!」
「ん? いいよ」
「ハンデはわたしが半分行ったら先輩がスタートってことでどうでしょう!」
「えー、それは流石に勝てないような気がするなあ。晶ちゃん、泳ぐの速そうだし」
「誰が抵抗のない流線型かー!」
結局、勝負はわたしがタッチの差で勝った。
「あー、らくちんらくちん。雨宮先輩、ちゃんと浮輪押してくださいねー」
「はいはい。負けたしね」
「ざばー、ざばー。ほっとくとわたし、流されてってあちこちぶつかりますからねー」
「うん、大丈夫だよ。ちゃんと支えてるから」
「おー、雨宮先輩。なんか今のプロポーズっぽい響きっすねー」
「えええええ。いや、他意はないからね? ほんとだよ?」
そんなふうにして
楽しい時間を、楽しい時間を、過ごした。


わたしが、雨宮先輩を選んだのは
それがやっぱり、叶わないものだとしても。
それでもわたしは、雨宮先輩を選んでよかったと思う。

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最終更新:2008年12月07日 21:54
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