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未来のあなたへ2.6 sage 2008/12/05(金) 17:36:03 ID:vBiNaN59
こんばんは。雨宮秋菜です。シングルマザーをやっています。
突然ですが聞いてください。しばらく前のことなんですが、ありのままに起こったことを話します。
息子が嫁を連れてきたと思ったら、わたしの娘だった。
何を言っているのかわからないと思いますが、わたしもわかりたくありません。頭がどうにかなりそうでした。
他人の空似とか同姓同名とか、そんなちゃちなものじゃあ断じてありません。完全に兄妹です。
もっと恐ろしいことに、お互いそのことに気付いていないようです。
何のドラマなんでしょう。
娘に会ったのは十年以上ぶりです。息子は、自分に妹がいたことすら覚えていないようです。
わたしも、写真を一枚だけ残しておかなければ、判別は難しかったかもしれません。わたしと娘はあまり似ていませんし。
ともあれ。兄妹で交際なんてとんでもない話です。正気の沙汰じゃありません。
けれど、事故をわざわざ大げさにすることもありません。娘にそのことを教えれば、それとなく別れてくれるでしょう。
というわけで、わたしは娘を呼び出しました。万が一にも漏れないように、夜の公園に車を停めて。
おっと、考え込んでいるうちにもう来たようです。娘が手を振って、助手席に入ってきました。
「こんばんは。わざわざごめんなさいね、藍園さん」
「いえいえ、おかーさんの頼みですから断れませんって」
「えっ!?」
おかあさん……あ、ああ。お義母さん、ね。驚いちゃったわ。
「お義母さん、なんて気が早いわね。婚約したいって義明が言ってたけど、本気なのかしら」
「雨宮先輩は真顔ですごいこと言いますからねー。あ、でも今のはそっちの意味じゃないですよ」
「え?」
「お母さん、ですよね? 改めて、はじめまして」
「!?」
こ、こここの娘……知って!?
「わたしも流石にビビりましたよー。お母さんの部屋を漁ってたら、見知った顔の集合写真が出てきたんですもん。そういえば約一名顔が切り抜いてありましたけど。これなんのドラマかって感じですね」
「な、なんでそんなこと……!」
「だって雨宮先輩がお母さんの話ばっかりするんですもん。ちょっと嫉妬しちゃって嫌がらせでもしようかなって思ったんすよ。思わぬ藪蛇でしたねー」
「な……な……」
「それで今日は何ですか? やっぱりわたし達に別れてほしいってことですか?」
「そ、そうよ。そう、わかってもらえてるなら早いわ。偶然会ってしまったのは不運だったけど、兄妹でなんてとんでもないでしょう?」
「だが断る」
え!? な、なにこの娘。今、どうして、なんて……?
「今さら何言ってんですか。せめて付き合う前に言ってくれってんですよ。もうね、わたしは雨宮先輩がいないと生きていけない心にされちゃったんすよ」
「こ、心?」
「わたしにとって雨宮先輩は、このクソだめの中で拾った宝石みたいなものなんです。今更の他人に明け渡すなんて、とてもとても。とてもとても」
「だ……だって兄妹なのよ!?」
「だから何? ハッキリ言ってそんな繋がり、わたしにはゴミクズほどの価値もないんです。一体どうして、わたしに『家族を大事にする』なんて価値観があると思ってたんです?」
「そ、それは……」
「大体、お母さんはわたしを何も助けてくれなかったじゃないですか。その上、わたしを助けてくれた雨宮先輩を奪おうっていうんですか? あはは」
「ひっ……!」
14 未来のあなたへ2.6 sage 2008/12/05(金) 17:36:59 ID:vBiNaN59
娘が笑った、その瞬間。わたしは凄まじい悪寒に襲われた。目が、まるで笑っていない。思わず、怖じ気づきそうになる。
い、いけない。わたしが息子を守らなくてどうするというんだろう。
「い、いい加減にしなさい! 義明にこのこと、教えるわよ!」
「えー、困ったら誰かに言いつけるって、さすがにガキ過ぎやしませんか。でもそれをされると困りますねえ。雨宮先輩も、まだそこまでわたしに惚れてないし」
「でしょう? 今なら許してあげるから、義明と別れ……」
「そんなことしたらわたしも父を呼びますよ」
「!?」
父……父親……この娘の、父親……
と、いうことは、あの人……
ひ
ひいいいいいいいいいいいっ!
「いやあっ! いやあああああああ!!」
「おー、すごい反応。本当にトラウマになってるんすねえ。雨宮先輩から常々伺ってますよ」
「ひっ! いっ……!」
「ま、あの父親がクズなのは確かですけどね。どのくらい殴られました? 風呂に入ると古傷が浮かび上がってきますか? あはは」
「ひっ……!」
「でもですね、お母さん。あなただって相当、クズですよね?」
あ。
あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ。
「こいつは父から耳がタコになるほど聞かされたネタなんすが、離婚する時がっぽり慰謝料とってたんですよね。おかげでわたしは生まれてこの方アパート暮らしですよ。あはは」
「そ、それは。しかた、仕方なかったのよ……」
「そもそも話の道筋がおかしくありませんか、お母さん。普通生き別れの娘を見つけたら、家族に迎えるってことになりません? こんな呼び出しなんてしてないで、最初から雨宮先輩に話せばいいことです」
「う、そ、それ、は……」
「うん、わかりますよ、わかります。要するに、わたしを引き取るつもりなんて毛ほどもないんすよね? さっきからお母さん、わたしのこと絶対に名前で呼ばないし」
「そ……!」
「それにもう一つ。クズの案件があるんですがお母さん。雨宮先輩に、セクハラしてますね?」
!!
「なんでわかったかって感じっすね。単に、わたしが雨宮先輩にセクハラして股間に触れたら、すっげえビビられたんすよ」
「よ、よしあきに……!?」
「ああ、もうその反応だけで状況証拠ものですね。息子を男として見てるとか、そんなんでよくわたしのこと責められますよね?」
「そ、そんなこと……そんなこと、あるわけ……」
「あ、そうそう。そう言えばこの件で、確認しなきゃいけないことがあったんですが……えへへ」
娘が照れくさそうに微笑んで。次の瞬間、伸びてきた小さな手がわたしの首をがしりと、掴んだ。
ひ……!
「お母さんは、雨宮先輩と、SEXしたんですか?」
「かっ……あっ……」
「雨宮先輩は、まだ童貞なのかって聞いてるんですよこのクズババア!」
「ひっ……! してない、してません……!」
首を掴まれながら、必死で頬を左右に振る。わたしの顔をまじまじと覗きんでいた娘が、ふと表情を綻ばせて手を離した。
「げほっ……げほっ……!」
「ああ、どうやら事実みたいでお互いよかったですね。さすがに雨宮先輩がそんなことで汚されてたら、わたしもちょっと何の保証できませんでしたから。あはは」
「ごほ……あ……悪魔よ……あなたは……」
「えー? わたしが悪魔だったら、友達に大魔王がいますよ。それにわたしなんて、クズとクズが結婚してすごいクズが産まれただけなんです。当たり前じゃないですか」
「……」
「ついでに物心ついたときからクズのスパルタ教育を受けてますしねー。お母さんが何年で、トラウマ負うほど耐えられなくなったかは知りませんが。わたしは物心ついてからの腐れ縁ですもん。クズレベルが違うんですよ」
15 未来のあなたへ2.6 sage 2008/12/05(金) 17:37:43 ID:vBiNaN59
歌うように自慢げに、娘が語る。こんな夜中に、こんな車の中になんて、呼び出したわたしの愚かを死ぬほど後悔した。
けれどどうしたら良かったんだろう。この娘は、怪物だ。わたしの手になんか負えない、怪物になってしまっていた……!
「けれど雨宮先輩は違うんです。クズとクズの間に生まれて、クズにセクハラ受けながら育てられて。それでも奇跡みたいに素直に育って、わたしを救ってくれたんです」
「……」
「ねえ、それがどんな偶然か、想像がつきます? それこそ奇跡なんですよ。わたしは、この奇跡に殉じて生きていくんです。お母さんはいい加減、いい歳なんだから子供に依存しないでくださいよね」
「な……なんであなたは……そんな風に、なったの……?」
「雨宮先輩のせいですよ。今まで我慢に我慢を重ねてため込んできたのが、あの人のせいでぷっつーんと切れちゃったんです。ホント罪深い人ですよね。愛しちゃうぐらいです。えへへ」
嬉しそうに娘が笑う。実の兄のことを語るその様子は、まるで、先輩に恋するただの少女のようだった。近親相姦の禁忌なんて、まるで感じさせない。
悟った。
この娘にとって、家族なんてものは真実どうでもいいものなのだ。わたしに対する『お母さん』という呼称にも、特別な感情はなにも込められていない。
わたしや父親個人に対する憎悪ではなく、家族という概念に対する無価値。それは義明にとってもそうなのだ。この娘にとって、兄という概念はゴミに等しい。
家族を知らない怪物。それが今、わたしの前にいる少女の正体だった。
どうしよう、どうすればいいのだろう。このままじゃ息子が奪われる。息子はわたしの生き甲斐なのに。どうしたら。
警察? いや、だめだ。公事にしたら必ず親が出てくる、あの人と関わる。もう二度と、二度と人生を狂わされたくない。いやだ、いやだ。
なら……いっそ……この手で……
「そんなに父のことは心配しなくてもいいですよ。そのうち消しますから。えへへ」
「……け、す?」
「だって考えてみてくださいよ。あのロクデナシは絶対、わたしが結婚したら相手の家にたかりに行きますよね?」
「ひっ……!」
「そうそう、怖いですよね。そうなれば一発でばれますから、わたしとしても都合が悪いんです。だから籍を入れる前に消しておかないと」
「……」
人を殺すということ、父を殺すということを、楽しげに扱う姿に、再度怖気が走った。
けれど……そうか……あの男が、死ぬのか……
そうすれば、もう夜中に飛び起きることもない。あの男の影に怯えることもない……
「本当に……殺せるの?」
「あはは、クズ同士らしい会話になってきましたね。父の食事はわたしが作ってるんで、何だって盛りたい放題ですよ」
「……」
「誰にも見られず殺して誰にも見られず埋めれば、ああいう男が消えても誰も探しませんよ。ね、お母さん。そのときは協力してくれますよね?」
「……ええ、わかったわ」
「えへへ。いい約束ができてうれしいですよ。それじゃお母さん、また会いましょうね」
「……」
娘が最後に笑って、車を出ていく。夜の闇に消えた。
それを見送ってから、わたしは緊張の糸が切れてハンドルに突っ伏した。幸いクラクションは鳴らなかった。
なんて……恐ろしい娘。けど……大丈夫だ。まだチャンスはある。
あの娘が自分の父親を殺したら、わたしには恐れるものなんてなくなる。義明に真実を教えてあげればいい。警察に突き出したっていい。
それまでは仕方ない、我慢しよう。わたしの生き甲斐を取られるのは癪だけど、最後に取り戻せばそれでいいもの。
既成事実を作られると面倒だから、婚前交渉はダメと息子にはきつくきつく言っておかないと。
義明……ごめんね、今は我慢してね。あの男さえいなくなれば、ちゃんとお母さんが守ってあげるから。
わたしを見捨てないで……一人にしないでね、義明……
「心配しなくても大丈夫ですよ、お母さん。ちゃんと夫婦仲良く送ってあげますから、ね? あはは」
最終更新:2008年12月07日 22:01