サワーデイズ 第1話

509 名無しさん@ピンキー sage 2009/01/03(土) 04:55:21 ID:JdF7eMxf
この想い。もし遂げられるなら、悪魔に魂を売り渡してもいい。
――そう思っている。本気で。

私は夢を見る。私の年子の兄――御門迅(みかど じん)と手を繋いで一緒に春の野を行く夢を。
花咲き誇る丘の上。桜舞い散るその場所で、私は兄に抱きつく。
兄はそんな私をやさしく受け止め、唇にキスをするのである。
――そして二人は結ばれる。

そういう夢を見る。願わくば、これが夢でなければ良いとも思う。
しかして現実はそうともいかない。

何の間違いか、私こと御門華音(みかど かのん)は実の兄のことを一人の男性として愛してしまった。
いつの頃からか。ずっと昔からだ。
初めの頃は、これが人間として普通のことだと思っていた。
家族のことを好きでいて、愛しているのは誰しもそうである、と小学校の道徳の授業ではそう教えていた。
だから、小学校の、高学年まではずっとお兄ちゃん好きで通していた。
お風呂にも一緒に入っていたし、一緒の布団でも寝ていた。
ある日突然、それが許されなくなった。
母は兄と私が一緒の風呂に入ることを禁じ、一緒の布団に入ることを禁じられた。
何故? きっかけは単純だ。禁止令が発布される前の日に、私には初潮が訪れていた。
母にそのことを話したらその日の晩にはお赤飯が出されていたことを覚えている。
二つの事象は繋がっていた。……母は何も言っていなかったが、今ならそう言える。
もちろんその時の私は理不尽な命令に対して拒絶をした。何故なのか、説明を求めた。
だが、返ってきた答えは「みんなそうしてるし、あなたたちもそうするべき」との一点張りだった。
母は従兄弟の努お兄ちゃんと友香お姉ちゃんを例に出して私たちにそう言い包めた。
努お兄ちゃんと友香お姉ちゃんは5歳ほど歳の離れた姉弟で、友香お姉ちゃんはその時丁度二十歳だった。
二人は小学生の頃から別々の部屋を与えられており、私たちよりずっと早く別々に風呂に入るようになったそうだ。
だから、それに比べたら私たちのそれは、遅すぎるというのだ。
私は納得できていなかった。しかし、兄は納得した様子だった。
それどころか「華音は甘えんぼさん過ぎるんだ。だから、もうちょっと大人にならないとな」とまで言ってきた。
そして、「分かったかい、華音。大人しく言うこと聞いてくれたら、お兄ちゃんちゅーしてあげるからな」
と頭を撫でてくれたのが決定打となった。
私はうん、とそのまま頷くと、その日から独りでなんでもするようになった。
それからもう五年にもなるだろうか。私はもう16歳になった。しかし、約束はまだ果たされていない。

――私はまだ、子供だということだろうか。



510 サワーデイズ 2 上のは1 ◆3vvI.YsCT2 sage 2009/01/03(土) 04:57:21 ID:JdF7eMxf
暗闇の中、ひたすらに兄を想う。目を開けたまま見る夢があるとすれば、私は瞬きすら惜しんでその夢を見るだろう。
せめて、夢の中ならば、私は兄と自由にいられる。一緒にキスをすることも、抱き合うことも――
股間に手が伸びる。
兄を想い、寂しくなり、涙が出そうなときは、こうやって自分を慰める。
それが一時の快楽でしかなく、心の隙間を埋められる行為でないことは百も承知の上だ。
体だけが大人になってしまった。心はまだ子供のまま。兄離れは、できていない。
繰り返される虚無との対面。私は、この家に於いて、世界に於いて孤独を患う。


「華音。朝だよ、起きなさい」
とうに目は覚めている。兄が起こしに来るまで、ずっと目を瞑って待っていた。
すう、すう。寝ている振りだ。
私は、そうそう良い子と認められるような娘ではなく、ちょっとだけわがままで手のかかる娘である。
少なからず、そう思われるように生きていくつもりだ。――兄に構ってもらう為に。
「華音は全くお寝坊さんなんだからなぁ、これだから、世話が焼けるよ……っと」
兄が布団をめくりにかかる。
「……寝相も悪いし……」
そんなことは無い。兄が部屋に来る直前に、寝巻きをはだけさせておいたのである。
胸元のボタンはいくつか開けておいた。下半分も、下品にならない程度にずり下げておいた。
寝るときにブラジャーは着けない。見えているはずだ。
自慢ではないが、私はスタイルに自信がある。胸はDカップだし、ウエストも綺麗にくびれている。
身長はちょっと低めだけれど、でも雑誌の読者モデルに誘われたことだってあるし、
結構良い線行ってるんじゃないかなって思ってる。
会ったことも無い男子からラブレターを貰った事だってある。全部、開封もせずに捨てたけど。キモいし。
だから、兄だって、そうそう私の体を意識しないということも無いだろう、と睨んでいる。
私は女の子である。兄は、男の子である。
理性が私と兄との関係を抑制しようと、本能のレベルではそのくびきからも開放されるだろう。そう信じている。
……ただ残念なことは、これを続けてから今までに兄がそういう気分になった気配がない、ということだ。
「なにしてるのよ、お兄ちゃんのエッチ!」
しかし、恥じらいは必要である。私はだらしの無い娘かもしれないが、貞操観念の緩い女ではない。




511 サワーデイズ 3 ◆3vvI.YsCT2 sage 2009/01/03(土) 05:00:09 ID:JdF7eMxf
ある年の四月に兄が生まれた。翌年三月に私が生まれた。
年子ではあるが、学校での学年は同じである。
ゆえに、私と兄とが距離的に離れたことは無い。
幼稚園から小学校、中学校。高校に至るまで。
私は兄と一緒の空間にいることを選択した。
この選択が正しかったのかどうか、疑問に思うこともある。

私と兄が近親者であること以前の問題である。
接触回数の非常に多い人間、例えばそのもの親や親 友間に於いて、
男女間の関係に発展することは全くといって良いほど無い。
これはウェスターマー ク効果といって、我々生物全般に刷り込まれた遺伝子の命令のようなものらしい。
卵から孵った雛 が初めて視る動物を親だと思い込むそれと同じ類である。
それらは誰に教えられるでもなく、みん な自然にそうなるという。

だとすれば、生まれてからずっと一緒にいる兄が、
私のことを異性と見做さないのもまた自然にな された選択だといえる。
――だが、現に私は兄を異性として認識している。
兄は、私と血の繋がりを持つ者だ。私だけがそ うであるはずなど、ない。そう思いたい。そうであって欲しい。

いっそのこと、兄と離れて暮らし、より女性らしくなり
兄妹という関係を薄らげた状態で兄と接すればよいのではないか、と考えたこともあった。
しかし、それをやるためには私が我慢をし続ければいけないこと、
及び兄にたかる「何か」の存在 を軽視できなかったため、今に至っている。

兄は取り立てて特徴のある顔をしているわけではない。
いわゆるイケメンかと聞かれれば、私であ ってもそうでもない、と答えてしまうほどに普通の顔をしている。
服飾センスは無い。(もっとも 、これは私が任意で兄をごまかしているからだが)
積極性はあまり無い。――だけれど、一つだけ 大きな欠点がある。
兄は、決定的に人に甘い。私に対してもそうだが、万人に対して甘い。
まるで宮沢賢治の詩に出てくる人間のように。
我慢強く、いつもにこやかに笑い、困った人を放っ ておけず、人と一緒に泣き、笑い、励ましてもくれる。
優しすぎるのである。――私が、手放したくなくなるほどに!

そんな兄のことだから、いつ私以外の女が纏わりつくか知れたものじゃない。
だからいつ何処であ ろうと監視の目を光らせておかなければ気が気でない。
そのためにずっと一緒にいる道を選んだ。
お陰で、今のところ兄は彼女いない暦は年齢と同じに保たれている。
もっとも、私を彼女とカウントしたならば、彼女いない暦は常にゼロで固定だが。



512 サワーデイズ 4 ◆3vvI.YsCT2 sage 2009/01/03(土) 05:02:07 ID:JdF7eMxf
問題はある。

私と兄が兄妹の関係であることは周知であり、これをして極度にいちゃつくようなことがあれば
関係が疑われるだろうことにある。

仲の良い兄妹。
それすらなるべくならば避けておくべき領域だ。……外聞上は。
目の前にいるのに。友達のように接することすら控えねばならないというのは、とても辛いものだ。
せめてもの救いは、兄が帰宅部で、私も帰宅部で「偶然」帰り道が一緒になるということくらいか。
あまり学校とは関係が無いが。その時だって雑談をする程度で、手を握ったりなんてとんでもない。
普通の恋人同士がやるようなことは何一つ出来ない。
だって、私たちは体面上恋人同士ではないし、もしそのような噂が立てば一番困るのは兄である。
兄に迷惑をかけることだけは全力で避けたい。
例えば手作り弁当。やってみたいと思っているが、周囲から冷やかされるのが怖くて出来ない。
同じクラスであるのに一緒にお弁当を食べることさえままならない。
これで、本当にいいのかな……と思うことしきりである。

兄を好きでいること。
そのことに後悔は、したくない。
そのために出来ることはないか――
一人で考えていてもなかなか思いつかない。時間は刻々と過ぎてゆく。

相談相手がいないわけでもない。私にだってちゃんと心の内を吐き出せる友人の一人や二人はいる。
ただし、ちょっとだけ変わっている娘なのでそんなにまともな回答は返ってこない。
……ま、話を聞いてもらえるだけでも有難いし、秘密を守ってくれているだけでも感謝すべきなんだけどね。


513 サワーデイズ 5 ◆3vvI.YsCT2 sage 2009/01/03(土) 05:04:43 ID:JdF7eMxf
相談しましょう。そうしましょう。

一日のうちで一番の楽しみである、兄との下校ツアーをキャンセルして向かうは学校の図書室。
そこには司書席に座りながらBL小説を机に積み上げ、ものすごい速度でページを捲る少女がいる。
名前は神楽坂朱未(かぐらざか あけみ)。私と同じく高校二年生である。
分厚い瓶底メガネは小さ い頃に暗いところで本を読みすぎたせいだとかなんとか。
今はちゃんと本を読むときは明るい場所で 読むようになったので、近視は進まなくなったのだとか。
いやに長い髪をゴムで纏めてポニーテール のようにしている。
本人曰く、「これが一番本読みに適した髪型さね。前髪かからんし」とのことだ 。
切ればよいんじゃないのか? との意見に対しては「切るの面倒」との返答だった。
髪を洗う手間 は度外視されているらしい。
実際のところ、朱未の髪はオタク特有の――手入れされていないぼさぼ さのそれとは違い、
エナメルの如きキューティクルが女の命たる輝きを存分に発揮していた。
ただし 、それに気づくものは私のほかにはいない。


ひたすらにBL小説を読む、朱未の存在こそが彼女を魅力のある異性とは映していなかった。
それは同性にとってもそうであるようで、一時期彼女が教室内で常に浮いた存在であったことは否定 はしない。
ただし本人は浮いていようが浮いていまいが他人に興味など無く、
ひたすら小説や物語にのみ興味の矛先が向いていたため、寂しさなどは感じなかったようだ。
人から見て孤独であるように 見えたが、彼女は決して孤独ではなかった。
――私とは正反対だ。

だから、私は彼女に憧れた。
彼女の強さを手に入れたいと思った。
なので、勇気を出して彼女に話し かけてみることにしたのだ。


515 サワーデイズ 6 ◆3vvI.YsCT2 sage 2009/01/03(土) 05:07:28 ID:JdF7eMxf
「ねえ、あなた、何でそんなにいつも幸せそうなの?」

今思えば嫌味な質問だったかもしれない。
でも実際に私は彼女の生き方と言うものに憧れていたし、 その疑問は嘘ではなく本当に知りたかったことだ。
「知りたいかいな? うひひ、ならこれあげるから読んでみ~」
朱未が私に渡してくれたのは一冊の小説だった。
表紙には線の細い男性とボーイッシュな女の子が描かれている。
何かの漫画だろう。その時はそう思 った。
「これ、貸してくれるの? ありがとう。早速、家に帰って読んでみるね」
その渡された本にどういった秘密が隠されているのか。
なんてことはなかった。秘密など隠されていなかった。

渡された本は俗に言うBL(ボーイズ・ラブ)と呼ばれるジャンルの本であり、
漫画ではなく小説、 それもライトノベルというジャンルになるだろうキャラクタ小説の一種であった。
表紙に書かれてい たカップルは男女のペアではなく、両方男であり、作中この二人は行為にまで発展する。
行為は男女間のそれと変わりなく(多分)、性別を除いて通常の恋愛小説とそう変わりなく話は展開 していく。
そこに「男同士だから宜しくない」というような社会通念は入り込まない。
まるで、男と男が愛する ことは当然かのように描かれる。
女性の存在は極めて薄く描かれる。それが、その世界での価値観だった。
はっきり言う。訳が、分からなかった。
だから、私は朱未にも、ちゃんとそう言った。すると
「ふふふふふ。最初は誰だってそうさね。でもね、これがまた辞められんのですよ……」
と言い、今度は二冊程鞄に捻じ込まれた。そして家に帰って読みきってみせた。
やはり感想は変わりなかった。何が面白いのか? 疑問はそれに尽きる。
「説明させるのかい? なぁーがーいよぉ。それでも聞く?」
したり顔で笑いながら私に問いかける朱未に、「……うん」と答えてしまったことが
彼女に私を友人 だと認められた瞬間であったような気がする。
場所を図書館に移して、朱未の講義は閉門まで続いた。私はただ聞いてるだけだった。
相変わらず、理解は出来なかった。だけど一つだけ分かったことがあった。
好きなものを好きでいることを厭わないこと。これが彼女の、朱未の強さだということだ。

「やぁ御門くんじゃないかい。あちきのお勧めBLでも借りていくんかい?」
私の接近を音だけで感知したらしい。本から目を離さずとも私を認識できているようだ。行儀は悪い が。
「あのね、今日は乙女の方」
乙女、というは隠語のようなものである。本来なら乙女といえば乙女小説、
つまり女性向けのハーレム小説を指すものだが、私と朱未の間ではその意味が違ってくる。
――お兄ちゃんのことで相談がある。
朱未と私の間だけで通じる言葉のやり取り、である。
朱未はこの言葉の重要さを良く知っている。だから、軽い意味で私がこのような相談を持ち掛けないことを理解している。
「ん、ああ。OKですお。今人居ないみたいだしの」
朱未はBLから目を離し、辺りを確認しながらそう言った。

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最終更新:2009年01月06日 20:48
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