思い出の村 2話

557 思い出の村 2話(1/4)  ◆sw3k/91jTQ sage 2009/01/04(日) 16:23:38 ID:sIGuX/zK

side秀樹
 俺達は実家を目指して歩いていた。
「月並みですが懐かしいですね、兄さん。」
「ああ、こっからの夕日が凄く綺麗なんだよな。」
昔まだ新しかったアスファルトが、今ところどころ欠けて、古めかしくなっているのを見て、なんとなくノスタルジックな感じになる。
そういえば気になったいた事を聞いてみる。
「なあ、瑞樹。」
「何ですか?兄さん。……ハッまさか!」
「プロポーズネタはくどいぞ。」
「ネタじゃ無いのに…。」
そっちのがこええよ!、とは突っ込まない。
「楢崎茜ちゃんのこと、覚えてるか?仲良かっただろ瑞樹。」
「楢崎...ッッッ」
瑞樹は急に何かを思い出したような顔をしてひどくうろたえた。
「に、兄さん……。私急にハウスダストになってしまって、ええと、その、つまり……、かっ、帰りましょう!!」
「マテ瑞樹、落ち着くんだ。言いたいことはわかるがお前は決してアレルゲンではない。それにじっちゃやばっちゃが待ってるからさ、
急には帰れないよ。大丈夫、かっこいい兄さんがついてるから。」
しかし瑞樹はまだどこか落ち着かない様子で、「しまった...、でも、どうして?」だのとブツブツつぶやいている。
コイツ大丈夫かよ...。
「兄さん、用事が出来たのでおじいさんおばあさんの所には先に兄さんだけで行ってて下さい。」
ようやく落ち着きを取り戻した瑞樹はそう言い残し来た道を戻って行った。
「ちょっと!お~い。何かあったらメールしろよ~。」
「ちゃんと見ましたか~?圏外ですよ~。」
あらホントだ。見慣れたディスプレイには圏外の文字。
「...っかしーな。電波悪いんかな?」
無事に島に着いたことも親に報告したいし、実家ついたら電話でも借りるか。
心配性な親のためにも電話しとかなきゃな。


558 思い出の村 2話(2/4)  ◆sw3k/91jTQ sage 2009/01/04(日) 16:24:27 ID:sIGuX/zK

side瑞樹
「おかしい、忘れるはずなんて無いのに...どうして?」
さっきから私はずっと自問している。
自慢ではないが私は記憶力が良い。それなのになぜこんなに大事な事を忘れてしまっていたのだろう。
あのたぶん私にとって一番の敵、楢崎茜の事を。
兎に角一刻も早くこの島から脱出しなければ。
あの汚らわしい雌犬を兄さんに会わせてはいけない。
明日の朝に帰るための連絡船のチケットを買おうと営業所まで戻ってきた。
営業所の中は、じめっとしていて、夏特有の不快感が体を巡る。
とっとと用事を済ませてしまおう。
私は販売員らしき初老の男性に話しかけた。
「すみません。明日の朝の船のチケット2枚いただきたいのですが。」
男性はこちらに一瞥をくれ、無愛想に言い放った。
「船は来ん。」
男性の態度に腹が立った。
「ふざけないで下さい。船が来ないわけ無いじゃないですか。」
「ふふふふふ、その人は冗談を言っている訳じゃないのよ。瑞樹ちゃん。私の許可がないと物流船以外の船は緊急時を除いて入港しないわ。」
突然の乱入者。何の気配もなく、私の背後に回っていた。
「くっ...楢崎...さん。」
「茜でいいわよ。"トモダチ"でしょ。」
その眼は昔となんら変わらずに、どうしようもないほどに、濁っていた。
「あの人はどこ?教えて。"トモダチ"なら教えてくれるわよね。」
こんな女に、負けたくない。
「学校があった所に行きましたよ。」
「あっはっはっは嘘おっしゃい。あなたたちの実家とは逆方向じゃない。」
怖い。怖い。すべて見透かされている。逆らえない。昔みたいに、屈伏させられる。
「そうそう。言い忘れてたけど、あなた達のおじいさんおばあさんね、昨日から旅行に行っちゃってるの。残念ねぇ。
でも安心して。船が来るまで、私の屋敷に住む事になったから。ご両親からの許可はとってあるわ。」
ここまでするのか。この女は。
「昔の様にはいきませんから。」
自分を奮い立たせる呪文。
「そう、残念ねぇ。」
それさえも、この女はあっさりと打ち消した。
「それじゃあ私あの人に会ってくるけど、邪魔したら、ワカルヨネ。瑞樹"ちゃん"。
それと、私の事忘れてたのあなたのせいじゃないから、そんなに思いつめる事無いのよ。」
そう言い残し、茜は去って行く。止めることなんて、できなかった。


559 思い出の村 2話(3/4)  ◆sw3k/91jTQ sage 2009/01/04(日) 16:25:13 ID:sIGuX/zK

茜side
 あの人のことを好きになったのは、小学校に上がってすぐの事だった。
もともと人口が少ない離島だけあって、クラスは小中学年、高学年で、2つのクラスしかなかった。
そんな中、屋敷の生まれで、常に他者との間に壁を作っていた私は、いじめられていた。
そんな私に一番最初に声をかけてくれたのがあの人、水野秀樹さんだった。
いつものようにいじめられていて、お気に入りの人形を隠されてしまったとき、雨の中ずぶぬれになって探し出してきてくれた。
髪の毛を引っ張られて泣いていた私に、立ち向かうことを教えてくれた。
当時の私にとって彼は、ピンチの時に来てくれる、王子様のような存在だったのだ。
そんな彼に恋をしないほうがおかしいのだ。
二年生にあがると、あの人の妹が入ってきた。
彼の妹、瑞樹は、何かにつけてよく泣く子だった。
私が彼と遊んでいるのを見ると、兄を取られまいと泣き落としにかかる。
そんな瑞樹のことが、私は大嫌いだった。
彼の見ていないところで、昔私がされたことをした。
彼女は臆病だったので、口封じは簡単だった。
愉悦に顔を歪めながら、「"トモダチ"だからゆるしてくれるよね?おにいちゃんにいわないよね?」
と言うと、泣きながら頷いてくれた。
それに味をしめ、強者の立場に酔ってしまった私は、今まで私をいじめてきた人に復讐し始めた。
各界に顔が利く親に頼み、いじめっ子の親に圧力をかけ、島から追い出した。
裏ではこんなに黒い事をしていた私だが、あの人の前では、猫をかぶっていた。
一人、また一人とクラスメイトがクラスから消え、幸せな日々が続いた。ずっと続くと思っていた。
しかし、今度は別の問題が起きた。
ただでさえ子供が少ないのに、島から追い出してしまったから、学校が廃校になってしまったのだ。
今思うととても馬鹿なことだが、まだ子供だった私には想像が出来なかったのだ。
私は父が教師を雇っていて大丈夫だったが、彼は学校へ通わなければならない。
彼はあっけなく本土に帰ることになった。
私はすでに傀儡となっていた瑞樹の私に関する記憶を操作し、恐怖による支配がなくても私の悪行を彼にばらされないようにした。
別れの日、ぼろぼろに泣いた事と、泣いている私に彼が「またあえる。だからもう泣かないで」と言ってくれた事を覚えている。
また会える。その言葉を信じ、私は必死に自分を磨いた。その日を夢見て。


560 思い出の村 2話(4/4)  ◆sw3k/91jTQ sage 2009/01/04(日) 16:25:45 ID:sIGuX/zK
 あの人が帰って来る。
そのことを知ったのは、七月に入ってからのことだった。
いつものようにあの人の実家に仕掛けた盗聴器のログを確認していた時、あの人の声で、夏休みにこっちに帰ってくる。
と言う内容のメッセージが入っていた。
私は飛び上がりそうになるのを抑え、刻々と準備に取り掛かった。
病床に伏している父を操り、連絡船を操作し、うまく計画が進むまでこの島から彼らが出られないように仕向けた。
彼の祖父母には、屋敷の地下に旅行に来てもらっている。これは切り札だ。出来れば使いたくない。
だがもし万が一彼が私を拒んだら、このカードを切るしかない。
優しい彼のことだ。祖父母の事をちらつかせればこちらの言いなりになってくれるだろう。
いつも彼に羽虫のように付きまとっていた妹は、この時あまり問題視していなかった。
また力で屈伏させればいい。それに彼女は私に関する負の記憶は消してあるから大丈夫だ。
ふとしたことで戻るかもしれないが、この島にきた時点で、思い出そうが思いださまいが私の勝ちは決まりだ。
もう待つのは嫌だ。独りは嫌だ。


 そして、運命の日。
船着場で瑞樹を見た時、彼女は欲情した女の眼をしていた。
彼は気づいていないと思うが、あれはだらしなく発情した雌犬の眼。
許せなかった。今すぐ殺してやろうかとも思った。
だが彼を悲しませる様な事はしたくない。
唇を強く噛みすぎて、口の中に鉄の味が広がる。
彼の実家までの道中、彼が私の事について何か言っていた。
遠くて聞き取りづらかったが、私の事を覚えていてくれて、とてもうれしかった。
茜というワードで、私の事を思い出したのか、青ざめた顔をした瑞樹が船着場まで戻って行く。
ちょうどいい。釘をさしておこう。
そう思い、気配を殺し、近づいた。
船のチケットが欲しいらしい。馬鹿な子。
声をかけると、ポーカーフェイスでこちらを睨んできた。怖がってるのばればれよ。お馬鹿さん。
やっぱりあの子は私には逆らえない。
内心の笑いをこらえ、彼のところに行くことにした。

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最終更新:2009年01月06日 20:51
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