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未来のあなたへ4 sage 2009/01/05(月) 17:23:49 ID:8b01TZGy
PRRRRRRRR
PRRRRRRRR
『もしもし』
ガチャン
ツーッ、ツーッ、ツーッ…………
「…………女…………」
作戦構築。
予備作戦B:索敵。
作戦概要:敵A(目標からの仮称『先輩』)に対する情報収集。
手法条項:
手法:目標に、敵Aに関して直接尋問を行う。ただし、敵Aに関する情報を私は知らないはずなので、誘導尋問に留める。
手法:情報源Yを使用しての情報収集。同高校に属しているため効果が見込める。
手法:協力者Aを使用しての情報収集。
総括:
本作戦において最も重要なのは、敵Aの個人情報ではなく。目標-敵A間における恋愛感情有無の確認。
また、最終目的を達成するのに必要なのは敵Aの排除ではなく、あくまで本次作戦(一次作戦B:洗脳)の遂行。
それを念頭に置き、手段と目的を履き違えないよう、感情のコントロールを行わなければいけない。
だが……もしも一線を越えていたら……その時は…………殺してやる。憎悪と共に殺してやる。
586 未来のあなたへ4 sage 2009/01/05(月) 17:25:27 ID:8b01TZGy
「ふうん、榊君には妹さんがいるのか」
「はい。これが、俺と違ってすごく出来のいい奴なんですよ」
五月も半ばを過ぎた頃の放課後。
その日、俺は図書室で片羽先輩に勉強を教えてもらっていた。
図書室には他にも勉強をする生徒がたくさんいて(さすが進学校!)勉強を教えてもらうのも目立つというほどじゃなかったけど。
なにしろ先輩はすごい美人なわけで、そんな人が横に座ってこちらを覗き込んでいるというのは、むしろ俺の方が周囲を意識してしまった。
先輩が俺の勉強を見てくれてるのは今日で三日目だけど、なんでそんなことになったのかといえば。
『ところで、榊君は勉強が辛いと泣き言を吐いていたわけだが』
『うう。まあ、そうなんですが……先輩、俺のこといじめて楽しいんですか』
『まあね。で、覚悟を以って乗り越えるのもいいんだが、少しは抜本的な解決も試みてみようか』
『え、ばっぽんてき、ですか? でも、俺の頭が悪いのが原因だし……』
『ふふん、そこだ。つまり頭が良くなれば、この場合言い換えるとしたら効率的な学習ができたなら、諸問題は解決するとは思わないかな』
『えーと……そりゃまあそうですけど。そんなうまい話はないでしょう』
『ああ、基本的にはその考え方でいいと思う。学問に王道なし、と言うしね。まあ、上手くいったら儲け物、程度の気持ちでいいだろう』
『はあ……それで、具体的にはどうすればいいんですか?』
『榊君の勉強の仕方を見てみたいな。良ければ放課後、一緒に勉強しないかい?』
『え、ええっ! そ、そりゃまあいいですけど』
片羽先輩の携帯は、本人が言った通り電源が切れている時が割とある。そんな日を除いて、図書室で待ち合わせて勉強をすること三日目。
『ところで勉強の方法は誰に教わったんだい?』と聞かれたので。妹です、と普通に答えて冒頭の会話に繋がったのだった。
「うーん。でも、やっぱり妹に教わるっておかしいですかね」
「いやいや、愚兄賢弟という言葉もあるさ。ところで兄妹仲は良好かい?」
「う、聞き辛いこと聞きますね。やっぱ思春期だからと思うんですけど、キツいですよ」
実際は物心ついた時からかなりキツかったわけだけど。受験に入ってからは特に厳しい。
けどまあ、それでも優香は立派な人間だと思うし、守るべき妹だ。物心ついてからそれも変わりない。
「では嫌がらせなのかな……」
「へ? 今、なんて」
「いや、なんでもないよ。ところでもう一つ疑問なんだけど。ここしばらく見てたんだが、予習をしないのは何故だい?」
「え、予習……ですか?」
ぽかんとした。予習……そういえば俺、復習ばっかりで全然そんなことしてないな。
けど、受験の時からこんな風に勉強してきたんだし。大体、復習だけで手一杯なんだから、予習している暇なんて無いんじゃないだろうか?
「予習と復習では主旨が違う。予習は授業内容の吸収を効率よく行う意味があり、復習は学んだことを身につける意味がある。まあ、遅れを取り戻すなら復習に重点を置くべきだろうが、追いついているなら予習復習をバランスよく行った方が効率が良いはずだよ」
「そ……そうなんですか」
うーん。けど優香には今までそんなこと、一度だって言われたことはないんだけどなあ。
『復習、復習、復習です。兄さんに他人よりも理解力に劣っているという自覚があるのなら、人の三倍復習を行わなければいけません』
こんな感じで。鞭を持っていてもおかしくないぐらいの気迫だった。
なので予習だなんて、考えたこともない。
「ふふん。教師がいても、授業内容を理解していない復習では自習と同じだよ。せっかく学費を払ってるんだ、活用しない手はないだろう?」
「まあ、それはそうですけど……予習ってどんなふうにやればいいんですか?」
「なあに、そう身構えることはない。教科書の進み具合からあたりをつけて、明日はどのようなことを学ぶのか、それはどんな意味を持つのか、あらかじめ関連付けておくだけだよ」
「ふんふん」
「大事なのは学問に対して能動的に取り組むということさ。事前に疑問が沸いた箇所は授業中にでも教師に質問してみるといい。なに、彼等だってそのために給料を貰ってるんだ、遠慮することはないよ」
「えー、それはさすがにちょっと恥ずかしいっていうか、気後れしますよ」
587 未来のあなたへ4 sage 2009/01/05(月) 17:26:19 ID:8b01TZGy
そんな感じで。
周りに迷惑をかけない程度に、片羽先輩と一緒に勉強する。
正直、勉強というよりは雑談がメインで、その時間はとても楽しいものだった。
片羽先輩は、自分では成績が悪いと言っていたけれど、とてもそうとは思えない。頭が良い、というか。物事に対して、明瞭に判断を下すところは優香とタイプが似ているかもしれない。
優香と違うところは、やっぱり態度に余裕があるところだろうか。なんだかんだ言って、この人は俺よりも年長なのだ。
むしろ俺の方が(例えば妹に対するより)甘えている部分が大きいんだろう。
「ところで繰り返しになるけれど、兄妹仲は悪くないのかな?」
「え、まあ。ちょっとキツいところもありますけど、そんなに悪くないと思いますよ。時々一緒に出かけますし」
「ふむふむ。受験勉強も手伝ってもらったのかな? というか、もしかして受験先を決定したのも?」
「まあ、恥ずかしながら、ほとんど妹のおかげで受かったようなものです。でも俺と違って、本当にすごい奴なんですよ。部活……あ、柔道部にも打ち込んでるし、自慢の妹です」
「なるほど。ところで何度も繰り返して悪いんだけど、妹さんになにか恨まれるようなことはしてないかい?」
「それ三回目じゃないですか。別に、ちょっとぎくしゃくする時もありますけど、普通の仲ですよ」
「そうか。いや、すまないね……しかし凄まじい執念だな。気付かれずに縛り付けるとは……」
「ん? なんですか?」
「いやなに。君の妹さんに会ってみたくなったということさ。ふふん」
と。
そこでいきなり、がしい!と背後からヘッドロックを食らった。
く、くるしっ! うぐぐぐぐぐぐっ。
「だ、だれだー! ってお前かよ柳沢!」(小声)
「てめえええ! タレコミで張ってみれば、なに親友に黙ってこんな美人といちゃいちゃしてやがるううう!」(小声)
「普通に話してるだけだろっ! 大体、こんなところで何もあるわけないだろっ! ていうか、タレコミってなんだ!」(小声)
「そいつは企業秘密だ! とにかく許すまじ!」(小声)
お互いに小声なのは図書室だからだ。それでもアクションが派手なせいで、周囲から迷惑そうな視線を向けられる。
というわけで。いきなり背後から忍び寄って俺にヘッドロックをかましたのは俺の友達兼クラスメイトの柳沢だった。
って、このパターン前もあったよな……
一通り見苦しいやりとりを続けた後。柳沢は先輩を挟んで俺の反対側に座った。きらーん、と歯を光らせて笑顔。爽やかなつもりらしい。
「俺、榊の親友の柳沢浩一っていいます。よろしくお願いします」
「いや、だから親友……?」
「ふふん。僕は片羽桜子、三年生で榊君の友達だ。よろしくね」
「うっす!」
「……あれ?」
前みたいなパターンで、てっきり先輩に迫るかと思ったんだけど。柳沢はあっさり引っ込んだ。
いや、先輩を口説こうとするなら断固として阻止するつもりだったけど。普段と違う行動を取られるというのも気味が悪い。
と。柳沢が席を立って俺に顔を寄せてきた。おいおいおいおい。どういう風の吹き回しだ?
「で、だ。榊、物は相談なんだが……」
「なんだなんだ。悪い物でも食ったのか?」
「んなわけあるか。それよりさっき思いついたんだが、今度の週末ダブルデートに行かないか?」
「ダブルって……誰と誰と誰と誰だよ」
「俺とお前、んでもって片羽先輩と優香ちゃんでだ」
「優香ぁ? なんでここで優香が出てくるんだよ?」
「いやあ、毎日メル友やってんだけど、デートに誘ってもなかなかOKしてくれないんだよな。で、兄貴も一緒に出かけるならいけるかな! と」
「あのなあ、勝手に……」
「ふふん、なかなか面白そうだね。僕としては構わないよ」
「頼む、榊!」
手を合わせて拝んでくる友人。一方、先輩の方は意外と乗り気のようだった。そういえば優香と会ってみたいって言ってたしな。
俺としても、休日に片羽先輩と一緒に遊ぶのはとても楽しそうだと思う。
けれど……うーん。なんか妹を裏切るようで、あんまり気が進まなかった。
「それじゃ、家に帰ってから優香に話してみるよ」
「よっしゃ! 結果が出たらメールしてくれよな!」
その時の俺は、優香に話は通すけど、強く進めるつもりはなかった。
妹が少しでも嫌がるようなら、すぐに断ればいいと、そんな風に考えていた。
けれど夜。優香は少し悩んでから、条件付きでOKを出した。
588 未来のあなたへ4 sage 2009/01/05(月) 17:27:35 ID:8b01TZGy
優香に、片羽先輩のことを話したことはない。
少し前に『最近楽しそうですけど、彼女でもできたんですか?』と皮肉交じりに聞かれたことはあったけど、その時も適当にお茶を濁すだけだった。
勿論、先輩は彼女なんかじゃない。まあ、そういう期待がないとは言わないけど。話すに値する人であることは確かだ。
けれど、優香に先輩のことを話したことはない。
なんとなくだけど。この二人を関わらせたくない気持ちが、俺の中で働いているようだった。
なんでだろう……まあ、いいか。
今は週末を楽しみにしながら、勉強をしよう。
589 未来のあなたへ4 sage 2009/01/05(月) 17:28:55 ID:8b01TZGy
議長「それではこれより一人緊急対策協議を開始します。案件は敵Aこと片羽桜子への対応について」
強行「殺しましょう」
常識「却下」
分析「目標に対する情報が足りなさすぎます。また、殺人というリスクを背負ってまで排除すべき存在なのか、それすら不明です」
議長「それから、ダブルデートの申し込みについての対応も検討してください」
潔癖「反対します。兄さん以外の男とデートなんて絶対に嫌です」
分析「私は賛成します。片羽桜子に対して情報収集を行う絶好の機会です」
常識「まあ、ダブルデートですから。そこまで警戒するものではないのでは」
潔癖「以前雨宮明義に行ったように、二手に分かれるよう嵌められたらどうするんですか。兄さんと片羽桜子を二人きりにすることになりますし、情報収集すらできませんよ」
打算「もしもそうなったら、私は兄さんに売られたことになりますね。片羽桜子とデートするために」
潔癖「…………」
強行「…………」
分析「…………」
議長「…………」
常識「…………」
打算「禁句でしたか」
強行「その時は片羽桜子を殺しましょう」
潔癖「兄さんはそのようなことをする人ではありません」
分析「私に対する好感度はそれなりにあるはずです。問題は、片羽桜子に対する好感度が不明なことですが」
打算「では兄さんの申し出を受ける代わりに、交換条件を提示して。二手に分かれることができないようにしたらどうでしょう」
潔癖「兄さんとずっと手を繋いでいるとか?」
常識「馬鹿ですか」
分析「後一人誘うというのはどうでしょう。そうすれば奇数になるので二手に分かれてもリスクは減ります」
打算「それなら藍園晶を誘いましょう。適当な報酬で動くはずです」
強行「彼女は信用できるのですか?」
分析「お互いに良心などという物では動いてはいませんから、問題ないでしょう」
常識「兄さんに対する理由付けはそうですね。『以前から約束していた』というあたりでいいでしょう」
議長「それではダブルデートは受けると言うことで」
性欲「ちょっといいですか? デートがどうこうはさておき、私としては。兄さんと片羽桜子が既に性的関係を持っているかどうか、の方が気になります」
強行「殺しましょう」
潔癖「兄さんに限って有り得ません」
分析「ダブルデートという申し出、最長で出会って一ヶ月半という期間、以前に『恋人なんていない』と明答したこと。総合的に考えて可能性は低いですよ」
性欲「会って一日で性行為に及ぶ人間はいくらでもいるでしょう」
常識「兄さんはそのような人間ではありませんし、そのような人間に好かれるような容貌でもないのでは」
打算「まあ、ここに一名ベタ惚れがいますけどね」
性欲「それに、性的関係まで行かなくても、デートをする以上はお互いに好意を抱いている可能性は高いと思われます」
強行「殺しましょう」
性欲「その場合、一刻の猶予もありません。一次作戦をAに切り替えて強姦しましょう」
議長「可能性の段階でそのような賭に出ることはできません。一次作戦Aへの切り替えは最終目的の達成を困難にします」
潔癖「いえ、下手をすると兄さんの童貞が奪われてしまいます。私は賛成です」
打算「しかし、童貞を奪うのはあくまで予備目的。最終目的の達成を優先すべきではないでしょうか」
潔癖「嫌です。兄さんの童貞は私のものです」
強行「まどろっこしいですね。片羽桜子を殺してしまえば一緒です」
590 未来のあなたへ4 sage 2009/01/05(月) 17:29:32 ID:8b01TZGy
打算「ただ、兄さんが好意を抱いているとしたら、片羽桜子は私よりも魅力的ということになりますね」
潔癖「兄さんは私の一体何が不満だというのですか」
性欲「胸とか」
強行「ぶっ殺しますよ」
常識「まあ、妹補正でマイナスがかかっているからではないでしょうか。私は客観的に見て、十分魅力的です」
分析「私とは全く違うタイプなのかもしれませんね。その場合は比較対象にはなりにくいでしょう」
議長「議論が後退しています。好意の有無を探るために、情報収集を行うのではないですか」
性欲「そもそも、このような事態になったのは長期戦略の誤りが問題ではないですか?」
議長「私が間違っていたというのですか」
分析「確かに。一年間、所属場所が異なることで監視と対応が遅れる可能性は指摘されていましたね」
強行「こんなことなら足でも折ってさっさと留年させておけば良かったんです」
常識「それはあまりに酷すぎるでしょう。人生から落伍したらどうするんですか」
性欲「何を言っているんですか。最終目的がまともな人生からの落伍そのものでしょう」
潔癖「それに、柳沢浩一の相手をするのもいちいち面倒です。吐き気がします」
分析「メールだけなんだから我慢してください。彼は情報源として、最低でも一年間は必要です」
議長「とにかく。この一年間が危険だということはわかっていました。だからこそ、高偏差値校に進学させ、勉強三昧にさせたのではないですか」
常識「しかし非効率的な勉強方法を刷り込むというのは、将来的に大きなマイナスになるのでは」
議長「過ぎたことを議論しても仕方ありません。今年は凌いで、来年再来年で勝負を賭ける。この戦略に変わりはありません」
性欲「しかしあまり戦略に拘りすぎるのも問題です。兄さんが誰かと性交を行えば、一次作戦Aの効果は半減します。快楽で縛り付けるのも目的なのですから」
常識「それでは取れる作戦が無くなってしまいます」
潔癖「そんなことになったら兄さんを殺して私も死にます」
強行「いえ、それより片羽桜子を」
分析「たしかに。不測の事態が発生した以上、戦略の見直しは必要かもしれませんね」
議長「わかりました。戦略の見直しも視野に入れて、週末に臨むことにしましょう。それでは一人緊急対策協議を終了します」
最終更新:2009年01月06日 20:57