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未来のあなたへ4 sage 2009/01/06(火) 08:06:51 ID:eKIsSSlG
さて、週末。
柳沢の提案によりダブルデート(というより遊び)に集まった俺たちは、アーケードの広場で無事に合流していた。
「ちーっす! はじめまして。優香ちゃんの友達で、藍園晶っていいます。どうか気軽に晶ちゃんと呼んでくださいっ」
「OK! 俺は柳沢幸一。榊の親友だ、よろしくな!」
「ふふん。僕は片羽桜子。彼等の先輩で三年生をやっている。よろしく頼むよ」
「榊優香です。いつも兄が御世話になっております」
とりあえず、お互いに自己紹介合戦。賑やかだなあ。あ、全員知ってるのは俺だけか。
ちなみに、なんで晶ちゃんがいるのかというと。優香が以前から同じ日に遊ぶ約束をしていたらしい。
それならば、と取りやめようと思ったけど。どうせなら一緒に遊べば良いじゃないですか、という妹の言葉で合流することになった。
「晶ちゃん、久しぶりだなあ。サッカー部はどうなってる?」
「頑張ってますよー。新入生が結構入ったんで、びしばし鍛えてるところです。そうそう。雨宮先輩は高校でもサッカー部はいりましたよ」
晶ちゃんは相変わらず元気だった。背も少し伸びたようだ。短めのスカートにパーカーというラフな服装をしている。
優香は女物のジーンズに厚手のシャツ。いつものポシェットにポニーテールという活動的な格好。
片羽先輩は、裾の長いスカートに、水色のサマーセーター、白いブラウスという服装だった。美人って何着ても似合うんだなあ。
あ、俺と柳沢は、まあ適当なズボンと上着。特筆するようなことはない。
「それじゃ映画いこーぜー!」
「「おー!」」
「おっと。榊君には伝えたが、僕はホラー映画が死ぬほど苦手なので、それだけは避けてくれないかな」
「あ、はいはい。わかってますよ」
「そうなんですか。片羽……さん」
「まあね。優香君だって、苦手の一つや二つはあるだろう?」
「そういえば、優香ちゃんの苦手な物って全然聞かないっすね。何かあるんですか、榊先輩」
「おお、そいつは俺も興味ある! 是非とも教えろ、榊!」
「えー、うーん」
優香の弱点……そういえば思いつかないなあ。昔はちょっと運動が苦手だったけど、今はもうそれもこなすようになったし。
あ、そういえば男関係には弱いかな。美人な奴ではあるんだけど、どうも男というものを怖がっている気がする。
そこまで考えたところで「に、い、さ、ん?」と、腕を思いっきりつねられて、その話題はお開きになった。あいたたた。
映画は、柳沢があらかじめ調べておいたんだろう、すんなり見ることができた。
ハリウッドものの映画で、内容は囚人が銃とかで武装した車を使って、釈放のためにレースをするというもの。
席順は、先輩、俺、優香、柳沢、晶ちゃんの順。多分、柳沢は映画中に手を握るとか、そんなアプローチを考えていたんだろう。実を言うと、俺も似たようなことを考えていた。
けれど映画が始まってしまえば、派手なアクションの連続で。思わず見入ってそんな思惑はすっ飛んでしまった。
あ。そういえば、映画の途中で先輩は薬を飲んでたみたいだけど、大丈夫かなあ。
608 未来のあなたへ4 sage 2009/01/06(火) 08:08:11 ID:eKIsSSlG
映画の後は、近くのファミレスで食事を取る。運良くテーブル席が空いていたのでそこに座り、それぞれ注文を終えると。さっき見た映画の話題になった。
「いやー、でもすげえアクションだったよな。特にあのバケモノトレーラーがさあ」
「しかもあれ、CG合成とかじゃなく全部実写撮影らしいっすからね。中の人も大変っすね」
「へーへー、すっごいなあ。俺だったらあんな運転、絶対できないよ」
「あれは映画ですよ。けれど、命懸けの行為を見せ物として金を取るなんて趣味の悪い設定でしたね」
「まあ、囚人だって勝ち続ければ出所できるんだ。それを承知で命を賭けているのだし、その自由があるだけマシじゃないかな」
「あの主人公は思いっきり嵌められてましたけどねー」
「まあ、悪い奴はぶっ飛んだんだからそれでいいじゃん」
「ふふん、そうだね。まあ、アクションは見事だったよ」
そんな感じで映画の話をしていると食事が来た。
みんなランチセットを頼んでいて、先輩だけは小食らしくスパゲティ。逆に晶ちゃんは、追加でフルーツパフェなんて頼んでた。
「いあー、こういうところでパフェ頼むのが昔っからの夢だったんすよー」
「夢って大袈裟じゃね? ウチの女子だって、学校帰りに普通に寄ってるしな」
「あー、あるある。そういえば、優香は頼まなくていいのか?」
「いえ……結構です。私も、あまり余裕があるわけではないですから」
「と言いつつ、晶君の方を恨めしげに見ているのは何故なんだろうね」
現役の運動部で、筋トレも欠かさない優香は、見た目は細いけど結構食う。
けど、そういうのは女の子としてあまり注目されたくないことなのかもしれない。気をつけないとなあ。
その後、これからどうするのかと相談して。柳沢の提案で、ボーリングに行くことになった。
というか、最初からそのつもりで決めてあったんだろう。俺は知っているが、柳沢はかなりボーリングが上手い。
俺はといえば、昔何回かやったことがあるぐらい。優香も同レベルだろう。片羽先輩に至ってはなんと初めてだという。
柳沢としては、ここで優香に良いところをアピールしようとする魂胆に違いなかった。
だが
がっこーん。
「スットラーイック、いえーい!」
「なにいいいい! ここでか!」
「おおー。上手いなあ、晶ちゃん」
「はっはーん。負けたほうが全額支払いデスマッチで、鍛えに鍛えた勝負強さ、見たかー!」
「負けるかこのやろー! 俺だって、この勝負は負けられねーんだよ!」
「おおー、柳沢も凄い気迫だ!」
次の順番を待ちながら、歓声を上げる。スコア的には晶ちゃんと柳沢はデットヒートを繰り広げていた。
柳沢は完全に熱中していて、優香をどうこうとか、そんな余裕はかけらもないようだ。
その優香といえば、さっきからずっと片羽先輩と話している。うーん、タイプは似てるし、意外といいコンビなのかもしれない。
ちなみにスコアは、トップ二人から大分離れて俺と優香。そしてぶっちぎり最下位で先輩だった。
この人の非力さはある種感動もので、一番小さなボールの穴にすっぽりと指が入り、しかも片手ではどう頑張っても持ち上げられない。
下手に投げれば指を折る、ということで満場一致し、よちよちと両手で抱えるようにして投げている。そりゃまあスコアを稼げるわけがない。可愛い。
映画のことといい、成績も劣等生、プロポーションもあれだし、体も弱い。見た目と違って弱点の多い人だなあ。その辺、優香とは正反対だ。
「うっし、取ったあ!」
「榊先輩、次ですよー」
おっと、俺の番か。よーし、投げるぞー。
609 未来のあなたへ4 sage 2009/01/06(火) 08:09:50 ID:eKIsSSlG
「運動、苦手なんですね」
「ふう、ふう。まあね。歩く以外で体を動かすこと自体、随分久しぶりだよ」
「体育の授業はどうしてるんですか」
「ふふん、毎回のように休ませてもらっているよ。おかげで成績表のあの項目が恐ろしくて仕方がない」
「しかし、そこまで運動能力が低いと、護身が大変ですね」
「そういえば優香君は柔道ガールだったね。まあ、それに関して僕は手を抜いてるかな。日本は治安が良いしね」
「なるほど」
「と。失礼」
「その薬、映画の時も飲んでいましたね」
「目敏いね。それとも、映画はあまり楽しくなかったかな?」
「いえ、そんなことはないのですが、たまたま目についただけです。多分、兄も気付いていると思いますよ」
「ああ。榊君は知っているが、これは貧血の薬でね。今日は激しい運動をするから、飲んでおかないといけない」
「……飲まないとどうなるんですか?」
「ふふん、大変なことになる。少々ぞっとしないね」
「そうですか、お大事に」
「ところで優香君は胸に対して何かこだわりでもあるのかい?」
「……何故そう思うのですか?」
「いやなに。初対面から胸を凝視されているような気がしてね。見ての通り、これ以上ないぐらい貧相なものだし。ならば原因は僕じゃなくて君にあるのかと思ってね」
「まあ、貧相といっても藍園さんには勝ってますよ」
「ああ、彼女は凄いね。僕は肉付きの問題だけど、晶君は肉付きと骨格のダブルパンチだからね!」
「同情しますよ。もしも人知の及ばない領域があるとしたら、それは胸囲のみ……! 少なくとも、私はそう信じてます」
「まあ、性的魅力という点では、僕よりも君の方が遥かに勝ってるから安心したまえ。誰もアバラの浮き出た裸なんて、好きこのんで見たくはないだろう?」
「よくわかりませんが。どうして私が、片羽さんの性的魅力を気にしなければいけないんでしょうか」
「ふふん、だって君は――――」
「ゆうかー。お前の番だぞー」
「おっと。優香君、君が投げる番のようだよ」
「そのようですね。では」
610 未来のあなたへ4 sage 2009/01/06(火) 08:10:54 ID:eKIsSSlG
さて。
その後、もう二ゲームやってからボーリングは終わった。
最終的にトップを取ったのは柳沢で、ビリは俺だった。片羽先輩は、結局一ゲーム目でリタイアしたのでカウントしていない。
ボーリング場のロビーで、それぞれ缶ジュースを手にしながら軽くだべる。
「じゃ、今日はお開きにしよっか」
「気を使わせてすまないね、榊君」
「時間的にもちょうどいいと思います」
「あー、疲れたぜ。まあ、最後に勝ったからいいけどな」
「一応。今日は負けてもいい日だったからー、と言い訳をしておきます」
「ああっと! そうだ優香ちゃん。帰るんだったら、家まで送るぜ!」
「……おい、柳沢」
「兄と帰りますから結構です」
「ぎゃー! くそう榊、俺と変われ!」
「俺も帰るところ同じだっての」
「今のは天然だったのか、柳沢君は中々得難い人材なのかもしれないな」
「まあ、同じ方向に帰る者同士で組めば良いのではないのでしょうか。私達はあちらです」
「俺は向こうだ……」
「僕はこっちの方だね」
「おっと、片羽先輩、わたしと同じ方向ですね。途中までご一緒しませんか?」
「あ、そうだったんだ。晶ちゃん」
「ええ、そうですよ。知らなかったんですか、兄さん」
「ではよろしく頼んだよ、晶君」
「それじゃ、今日はお疲れ様でした」
「「「「おつかれさまー」」」」
みんなでお別れの挨拶を交わして、それぞれ帰途に就く。
一人で帰る柳沢はすごく名残惜しげだった。まあ、優香とはほとんど話せてなかったからなあ。ご愁傷様。
それを言うなら、俺もあんまり片羽先輩とは話せなかったしな。そこはお互い様か。
と。帰り際、晶ちゃんを待たせて片羽先輩が俺に声をかけてきた。
「今日はありがとう、榊君。こんな風に一日を楽しんだのは初めてだよ」
「あ。俺も楽しかったですよ。こっちこそ、ありがとうございます」
「おかげで、今日は少々羽目を外しすぎてしまったよ。明日は筋肉痛確定だね、ふふん」
「大丈夫ですか? また倒れたり……」
「晶君も同行するし、問題ないさ。さて。それじゃ榊君。また会おう」
「はいっ。また明日」
611 未来のあなたへ4 sage 2009/01/06(火) 08:11:31 ID:eKIsSSlG
「兄さん」
「なんだ?」
帰り道。
優香と二人、夕暮れに染まる道を歩く。妹から声をかけられるまで、
なんとなく無言だった。
二人ともボーリングで疲れていたこともあるけれど。それより、無理して話すような間柄ではないのだから。
あまり仲良くはないかもしれないけれど、兄妹っていうのはそういうものじゃないか。
いや。優香も最近は、俺と普通に接してくれてるよな。受験勉強を手伝って(というか叱咤して)くれたり、こうして遊びに出かけたり。
優香のことは、まだあまりわかってやれていないけど。優香は、少しは俺と仲良くしてやろうと、思ってくれたのかな。
こうして、普通に、自然に話せるぐらいには。
「あの人は、どういう人なんですか?」
「あの人って、片羽先輩のこと?」
「はい」
「どんな人って、改めて聞かれると難しいなあ」
片羽先輩。片羽桜子。
同じ高校の先輩で、高校三年生。
髪がとても綺麗な人で、凄い美人。
背は低めで、全体的に華奢で、プロポーションはかなり悪くて、指がとても細い。
体が弱くて、貧血のための薬を常備していて、初対面の時には倒れていたりもした。
運動が壊滅的に苦手で、学校の成績も悪くて、けれどとても頭が良くて、でもホラー映画が苦手で、絵が上手な人。
連絡が取れなくなることが多々あり、そういう時は学校中を探しても見つからなかったりする。
俺から見ても、弱点というか欠点の多い人だ。
だけどあの人は、それらのことを何一つとして
負い目にしていない。
ふふんと笑って、無意味に偉そうに、胸を張って生きている。
俺の知る、片羽先輩とは、そんな人だ。
けど、俺にとっての片羽先輩というのは、どういう人なのか。
…………
「ちょっと変わった人だけど。いつもお世話になってるし、俺も尊敬してるよ」
「尊敬、ですか」
「あはは。それに話してると楽しいしね。今日は優香も話してたろ?」
「楽しいというか、鋭い人間だと私は感じました。それと」
「ん?」
「兄さんは、胸の薄い女性が好みなんですか?」
「ぶふっ! な、なに言ってんだよ。そんなことないって!」
「いえ、申し訳ありません。そうではなく……兄さんは、あの人のことが好きなんですか?」
「あのなあ、優香」
「違うのですか」
ひたり、と妹が俺を見据える。優香の目は、ひどく静かで、深く澄んでいた。
嘘は許さない、そんな目だった。
どうして。真面目で冷静で、成績優秀で、部活動も頑張っていて、はっとしてしまうほど美人で、仲もせいぜい普通の、そんな妹が。
兄とはいえ俺みたいな奴に対して、そんな真剣になっているんだろう。
けれど、妹が真剣だということは痛いほどわかった。
だから、真剣に答えないと。
問われる理由はわからなくても、優香は俺の妹なのだから。
「片羽先輩のことは……さっきも言ったけど、尊敬してるし、普通に好きだよ」
「それは、男女として、ですか?」
「んー、どうかな。それはまだわからないけど。今は、普通に話してるだけで十分かな」
「そうですか」
………………
612 未来のあなたへ4 sage 2009/01/06(火) 08:12:19 ID:eKIsSSlG
沈黙。
夕陽の朱に染まる中、二人の影法師が長々と道路に伸びている。
優香がゆっくりと、目を閉じて、また開いた。
「もしも兄さんに好きな人ができたら、私に言ってください」
「い!? な、なんでだよ! どんな罰ゲームだ、それっ」
「兄さんはクソったれ鈍感ですから。何時までも結婚できずに三十を超えられても迷惑です」
「汚い言葉を使っちゃいけません。てか、そんなわけないだろ!」
「ふう。もしかして兄さんは、自分が女心をわかっているとか途方もない勘違いをしていませんか?」
「いや、そうは思ってないけどさ……」
なにしろ、十数年の付き合いがある、今目の前にいる妹のことすら、よくわからないというのに。
「フラれ続けて下らない人間と結婚されても、迷惑するのは家族でしょう」
「ま、待て待て待て、落ち着け優香。いくらなんでも、他人の色恋沙汰に首を突っ込むなよ。優香だって、好きな奴ができた時に俺に口出しされたら嫌だろ?」
「…………。他人ではありません、家族です。それに、文句をつけるわけではなく、ただの助言をしてもいい、というだけです」
「もしかして……俺のこと、心配してくれてるのか?」
「まさか。理由は先程述べた通り、問題を事前に処理したいだけです」
「ふーん」
「何故そこで笑うのですか。また何か勘違いしていますね」
にやりと笑った俺に対して、つまらなそうに腕を組む妹。
けれどどうふて腐れようと、優香の申し出は相談の受付だ。心配していなければ、そんなことは言い出さない。
それとも単に、他人の色恋沙汰に興味があるという、女の子らしい理由なのかもしれない。
本人は男を怖がっているみたいだけど。いや、だからこそ、かな?
そう思えば。いつも『すごい妹』である優香が、ごく当たり前の女の子にも見えて。
手を伸ばして、優香の頭を撫でる。そんなことをしたのは子供の頃以来かもしれない。よしよし。
「な……なんですか」
「んー、別に? それじゃまあ、好きな人ができたら優香に相談するよ、うん」
「そうですか。面倒ですが、将来のためです。仕方ありませんね」
「はいはい」
そんな風にやりとりしながら、並んで家路をたどる。
こんな風に帰るのは、二人とも部活をやっていた中学以来だ。
今日は、デートとしては失敗だったかもしれないけれど。
片羽先輩とはまた明日会えるし。優香と少しは仲良くなれたと思うから、まあいいか。
そうして、その日は帰宅した。明日という日を楽しみにして、眠る。
けれど翌日、片羽先輩は学校に来なかった。
次の日も。
その次の日も。
PRRRRRRRR
PI
「もしもし」
「今日はお疲れさまでした」
「はい。経費は私が受け持ちます。後で領収書を提出してください」
「いえ。デザート程度なら適切な報酬だと思いますよ。別に怒ってはいません」
「それで……片羽桜子の住居は突き止めたんですね?」
最終更新:2009年01月06日 20:58