未来のあなたへ5.6

347 未来のあなたへ5.6 sage New! 2009/02/01(日) 21:36:59 ID:HvI5lxPx
議長「それでは一人定例会議を……」
強行「簡単です。夜道に後ろから近づいてスタンガンで一撃。それで片羽桜子は心不全を併発して昏倒します」
常識「いきなり何を言っているんですか」
分析「片羽桜子の殺害方法のようですね。確かにそれなら、持病の発作で死亡扱いとなるでしょう」
議長「分析しないで下さい。今殺してどうするんですか」
潔癖「そうです! そんな殺し方では生ぬるい。見知らぬ男達にレイプさせてそのショックで死亡などというのはお似合いではないでしょうか」
性欲「え、それを潔癖が言うんですか?」
打算「我慢の限界というか、我慢する気が無いですね」
潔癖「そうです。兄さんがあんな女のことを好きなんて、うあああああああっ!」
強行「殺しましょう。朝起きて顔を洗うように、夜寝る前目覚まし時計をセットするように、殺してすぐさま忘れましょう」
議長「シャラーップ! もはや事態はそんなところには無いんです。殺すのは何時でもできます」
性欲「ひとまず現状分析しましょう。まず、兄さんは片羽桜子に恋愛感情を抱いています」
分析「それ私の役割……」
打算「もはや役割分担もしっちゃかめっちゃかですね」
性欲「兄さんが片羽桜子を好きになった理由は、私に対する恋愛感情の代償行為、と推測されます」
潔癖「うあああああ殺したいいい!」
強行「何でこんな展開に気付かなかったんですか。分析は何をしてたんです」
分析「強行に理路整然と責められるとは……弁解はしません。予想外でした」
常識「いえ、分析だけの責任ではありません。というか、これは考え方自体が間違っていたんだと思います」
打算「というと?」
常識「そもそも兄さんを陥落させるための方法が、高いステータスを保ってアプローチし続ける、というものでした」
潔癖「そうです。そのために、兄さんの中のイメージを崩さないように日々、自分を鍛え続けてきたのではないですか」
性欲「例えば、デートの時に思い切りめかし込んで見惚れさせたり」
議長「学力を誇示するために成績表やテストの点数も開示してますし」
強行「兄さんとの肉体的スキンシップも兼ねて、時々柔道技術も披露しています」
分析「調理技術も、十分賞賛を与えられる域に達しました。同年代でここまで高いステータスを持つ人間はそうそういないでしょう」
打算「日々の継続的な努力こそが、勝利を決定付ける要因ですしね」
常識「違います。そもそも、その『パワーこそ強さ』的認識が間違っていたんです」
強行「は? どういう意味ですか」
常識「いいですか? 兄さんは『兄』なんです。そして、『兄』にとって『妹』に必要なのは守るべき存在であるということ……つまり、片羽桜子には、守るべき弱さがあったということなんですよ!」
一同「「「「「な、なんですってー!」」」」」
分析「た、確かに私には弱さなどほぼありません。というか、積極的に潰してきました」
強行「ふざけないで下さい。そんな弱い存在が、どうやって勝利し続けろというんですか」
常識「だからその理論がおかしいと言ってるんでしょう。日々努力をすることは必要かもしれませんが、日々努力をすることを信仰してどうするんです」
打算「努力の信仰とはうまい言い回しですね。確かに、強くなれば何とかなる的発想があったのは否めません」
潔癖「ま、待ってください。つまり私は、今まで盛大な墓穴を掘り続けていたということなんですか?」
性欲「兄さんを落とすのに必要なのが強さではなく弱さだというのなら、そういうことになりますね」
議長「いえ、強行の言う通り。そんな弱さでどうやって最終目的を達成するというんですか。最終目的は、兄さんの半永久的拘束ですよ」
常識「ですから手法がまるで正反対だったんですよ。今まで私は、兄さんを支配しようとしてきました。けど、それでは反作用を生むばかりなんです!」
分析「それが、今回のような代償行為、というわけですか。なるほど、納得しないでもないですが」
打算「まるで北風と太陽ですね。では、常識の言う太陽、とはなんです?」
常識「それは――――」



348 未来のあなたへ5.6 sage New! 2009/02/01(日) 21:37:24 ID:HvI5lxPx
祭囃子が何処かで流れている。
夏休みのある日。日が暮れたあとの時間帯。
俺は神社の石段前で一人そわそわしていた。
今日の石段には提灯が並んでいて、俺みたいに待ち合わせている男女がぽつぽつと照らされている。
もちろん、前を通って石段を登っていったり降りていく人も多い。それらの人は季節に合わせて薄着だけど、浴衣姿の人も結構な割合で混じっていた。
今日は神社で開かれる夏祭りの日だ。
俺は一人、先輩が来るのを待っている。
本来なら、今日は俺優香柳沢先輩の四人で縁日を回る予定だった。
けど優香が直前で夏風邪を引いてダウンしてしまい、それを聞いた柳沢も気を利かせて休んでくれた。
つつつつつまり、二人きりでデート!
お、落ち着け落ち着け。人という字を三回書いて飲み込むんだ。ごくごく。
自分の服装を確認する。何の変哲もないシャツにズボン、あとサンダル。こんなことなら前日からちゃんと準備してくれば良かった!
は。準備と言えばお金は大丈夫だろうか。財布にはあまり入っていなかった気がする。そ、そそそそういえば。柳沢から一つだけ貰ったココココンドームも確か財布の中に……
「こんばんは、榊君。遅くなってすまないね」
「ぎゃー!」
財布の中を覗き込んでいる時に、いきなり声をかけられて絶叫してしまった。しかもその拍子に、緑色のゴム製品がぽろりと地面に落ちた。あわててサンダルで踏みつける。せ、せーふ?
ぎぎぎ、と右足を地面から離さないように振り向くと。そこには不思議そうな顔をした先輩が立っていた。
「どうかしたのかな?」
「なななななな、なんでもありませっ……」
片羽先輩は浴衣姿だった。
白い布地に、鮮やかな紅葉をあしらった浴衣で。スレンダー(痩せているとも言う)な体型によく似合っていた。足下は歩きやすさ重視なのか、普段のスニーカー。
それと何より、髪型がいつもと違っていた。先輩の長く量のある髪は服装に合わせ、頭の後ろで結い上げられている。今まで見たことのなかった、先輩のうなじが白くまぶしい。
か、可愛い……いや、先輩は美人系の顔立ちだけど。なんかすごく可愛い……
「…………」
「榊君?」
「ははははは、はいっ! 先輩、すごく、可愛いです!」
「そ、そうか。まあ僕は美人だからね、ふふん」
腰に手を当てて薄い胸を張る先輩。ああ可愛いなあ。
とりあえず萌えながらも、足裏のゴム製品を茂みに蹴り込んでおく。さらば一夏の思い出。でも大丈夫、俺達にはまだ未来があるさ!
「髪を纏めるのに時間がかかってしまってね。やっぱりこういう格好の時は、髪型も合わせないとね」
「すごく似合ってます。その浴衣も、すごくいいですよっ」
「ああ。母のお古を仕立て直したものなんだがね。胸回りも丈も全部変えなければいけなかったよ。ふふっ……」
「似合ってますから大丈夫ですよ! ほら、浴衣は貧乳の方が似合うって言うし!」
「はっはっは、事実なんだけどね、こいつめ」
べしべし、と先輩から冗談交じりに叩かれる。あはは、痛い痛い、ごふっ。
さておき。
「さて。立ち話も難だ、そろそろ行こうか」
「はいっ」
石段の前まで一緒に歩き、思い切ってそっと、できるだけ自然に先輩の手を取った。
冷たくて細い指。
もちろん思いつきなんかじゃない。石段が結構急だと事前に見てとったときから、考えた作戦だった。後は、ちゃんと言い訳をすれば完璧だ。
「の、登るの大変そうですからっ!」
声が裏返ったあげくに思い切りどもってしまった。死にたい。
片羽先輩は。少しだけ目を丸くして、けれどすぐに笑った。何もかも、見透かしてるみたいに。
「ふふ。それじゃ、頼むよ榊君」
「はいっ」
先輩の細い手と軽い体を引き上げるようにして、灯りに照らされた石段を登っていく。
日が暮れた後のこの時間は、夏とはいえ風が涼しくて過ごしやすい。
ああ、俺は幸せだ。
好きな人と手を繋いで、これから一緒にデートできるんだから。



350 未来のあなたへ5.6 sage New! 2009/02/01(日) 21:37:53 ID:HvI5lxPx
片羽先輩を好きと自覚してから、二ヶ月が経っていた。
まだ、告白はしていない。

六月が過ぎ、七月に入り、今は夏休みの1/3を終えた八月頭。もうすっかり夏だ。
一学期をそれなりの成績で終了した俺は、夏休みを日々悶々として過ごしていた。それは夏の暑さのためだけじゃない。
去年までのように部活はやっていないから、夏休みの宿題をこなしながら。時々柳沢と遊びに行ったり先輩のところに押し掛けたりしている、けれど。
正直、体がむずむずして仕方がない。暇を見つけて走り込んだりしてるけど、毎日くたくたになるまで体を動かして倒れるように眠るあの感覚にはとても足りない。
ダラダラするのだって悪くはないけど、バイトでも探してみようかな。柳沢は遊ぶ金ほしさに毎日働いてるらしいし。
まあ、今日はとにかく、先輩とのデートを楽しもう。
片羽先輩を好きと自覚してから二ヶ月ほど経つけど、まだ告白はしていない。
恋の熱が冷めた訳じゃない。今だって先輩と一緒にいると胸がどきどきして苦しくなる。もっと一緒にいたいって思う。
けど、機会を見つけて告白しようとするたびに、なんとなく場が流れてしまうのだ。
俺はしらふで女性を口説けるほど恋愛に慣れていない。自転車二人乗りでした妹への報告はともあれ、気持ちが盛り上がっていないと告白なんて出来やしない。
だから今日はチャンスなんだ。夏休みに入ってから、一学期に比べて会える頻度もずいぶん減っている。この日を逃したら、また会うのは何時になるのかわからない。
今日こそ告白しよう。



境内は予想よりも人が多かった。広い敷地に四列か五列ぐらい露店が並んでいる。たこ焼きや焼きそばという見慣れた露店もあれば、初めて見るような露店もあった。
人の入りは、屋台の間を歩くときに注意しなければぶつかってしまうぐらい。洋服と浴衣の割合は約四対一。空中に張り巡らされた電線と、それに吊られた提灯が境内を明るく照らしている。
がやがやと行き来する人たち。露店の呼び込み。そしてどこかで祭囃子が流れている。
石段を登りきった先輩が嬉しそうに笑う。手は、まだ握ったままだ。
「ふふん、楽しそうだね。一人でぶらりと来たことは何度かあるけど、誰かと来たのは久しぶりだよ」
「ひ、久しぶりですか? それってその……」
「ん? ああ、両親とね」
「あ……そ、そうなんですか。俺も昔は家族と一緒に来てましたけど、最近は全然ですよ」
「そういえば、優香君は残念だったね。風邪だって?」
「はい。昔はともかく、最近は体調崩すなんてなかったんですけどね」
「そうか、心配だな」
「いやあ、優香はしっかりした奴だから大丈夫ですよ。家を出る時も、ちゃんと話できましたし」
「それはよかった。それにしても優香君はどういうつもりなんだ。ちょっとピンチじゃないか」
「え、そんなに心配なら、今日……はもう無理だし、明日にでも見舞いに来ますか?」
「いや、結構。僕が行くと結果的に病状が悪化しそうだしね」
「そんなことないと思いますけど……」
うーん。先輩と明日も会えるかと思ったけれど、それは無理みたいだ。心の中で、だしに使いそうになった優香に謝る。ごめんな。
最近の妹は、去年の俺のように部活にすごく打ち込んでいる。部活を始めたのは去年からだけど、部の中でもかなり強い方らしい。
部員自体が少ないこともあるだろうけど。才能云々よりも、それは優香が毎日欠かさず努力をしているからだろう。よく一人で筋トレしてるし。
もうすぐ大会があるらしく、こんな時に倒れたのは少し根を詰め過ぎたのかもしれない。



かちかちかちかちかち
「……やはり夏とはいえ、冷水に三時間も浸かっていればこうなりますね……」
かちかちかちかちかち




351 未来のあなたへ5.6 sage New! 2009/02/01(日) 21:38:24 ID:HvI5lxPx
片羽先輩と、境内を回る。
もう手は放している。繋いでいたいのはやまやまだったけど、そこまで混んでいるわけじゃない。
けどまあ、先輩と連れ添って歩くだけで十分幸せだ。
「おっと榊君。アレ買っていいかな?」
「え、アレって……お面ですか?」
「うん。子供っぽいかもしれないけど、昔は意地を張って買ってもらったものを突き返したからね。せっかくだから被ってみようかと」
「へええー。先輩って、子供のころは意外と意地っ張りだったんですか?」
「ふふん、まあね。よくある話だけど、昔の自分に会ったらぶん殴ってやりたいよ。榊君は昔から変わらなかったんだろうね」
「あはは。まあ、ガキっぽいってよく言われます。あ、どうせなら俺もお面買おうかな」
「榊君もかい? 揃って子供っぽくて仕方ないね。じゃあ、ついでだし僕の分も選んでくれよ」
「いいんですか?」
「ああ、プロに任せよう」
「ええー、プロってなんですか。うーん、じゃあこれとこれください」
選んだのは、何かの戦隊もののお面。俺が知っているのとは違うシリーズだけど、色のパターンは昔と同じのようだ。赤と青を一枚ずつ買った。
お互い、髪に乗せるよう斜めにつける。仮面というより帽子という感じ。
先輩を見ると、大人っぽい顔立ちと安っぽくて派手なお面がものすごいミスマッチで大笑いしてしまった。先輩も笑っていたから、俺も似たようなものなんだろう。
片羽先輩は美人だ。
細い体つき、切れ長の瞳、小さな口、染みのない白い肌、見事に結い上げた髪、それらが見事に噛み合った浴衣。
二人で歩いていて、男女問わず視線がとまるのは絶対に気のせいじゃない。男の方が滞空時間は多い。勿論俺もメロメロだ。
あまりに可愛いので、りんご飴を屋台で買って先輩にあげる。
「おお、ありがとう榊君。ぺろぺろ……甘くて美味しいね」
「おいしいですねえ。はふー」
「なにか嬉しそうだね、僕も代わりに奢るよ。そうだな、あのタコ焼きでどうだい?」
「う……」
即答しかけて、頭の中で二人の俺がぐるぐるする。
悪魔『いやいやいや、今日は全部俺の奢りだってここはビシっと決めようぜ』
天使『何を言ってるんだよ。財布に余裕なんてないんだし、ここは先輩に甘えろよ』
悪魔『今日は告白するんだろ、いいところ見せないでどうするんだよっ』
天使『奢るのがかっこいいなんてナンセンスだろ。先輩は先輩なんだし、好意を無駄にすることないじゃないか』
悪魔『だからこそ、普段甘えっぱなしなんだからここで借りを返すんじゃないか!』
天使『無理無理。だから先立つものがないんだって。途中でごめんお金がないってことになったらどうするんだよ』
悪魔『うっ、それは……』

……結局、タコ焼きは奢ってもらった。ふう。
考えてみれば、俺は先輩と釣り合っているんだろうか。こうして二人で歩いてはいるけれど、俺はどんなふうに見られているんだろう。
顔は十人並み、背だって低め、身につけてるのはジーンズにシャツ。体つきだって去年よりは衰えている。人付き合いはそれなりに上手だとは思うけど、彼女なんてできたことはない。
財布の中身はこんな時に気前よくもなれないぐらいだし、学校では勉強についていくのがやっとだ。しかも、そういうことを全部先輩に知られている!
ふう……釣り合ってないよな。
こんな奴が今先輩に告白なんてしても、普通に考えればOKなんてもらえるとは思えない。
先輩のことだから、厳しいことは言わずにやんわりと断られそうだ。榊君は友達だよ、とか。うう、胸が痛い。
サボらず、自分をちゃんと磨けば良かったと心底思う。今となっては、毎日の勉強だってなんだかんだ言って慣れている。予習復習ぐらいで泣き言を吐いていた自分をぶん殴ってやりたい。
ちゃんと自分を鍛えていれば、こうして片羽先輩と並んで歩いても、気後れしないで済んだかもしれないのに。
こういう時、優香のことが羨ましくなる。
毎日毎日、何時休んでいるのかもわからないぐらい、勉強して部活に励んで、自分を鍛えている俺の妹。
あれだけ努力していれば、少なくとも自信はつく。自分は今まで、何をやってきたのかと後悔はしないで済む。誰に恥じることはないと、胸を張っていられるだろう。
今の俺には、それすらない。後悔してばかりだ。
思う。優香はもしかしたら、好きな奴がいるのかもしれない。
そう考えれば、優香のあの底知れない努力の原動力に説明が付く。人を好きになるというのは、ものすごいエネルギーを生み出す。それは俺自身が実感していることだ。
ただ、今の俺は何もできていない。空回りしているだけだ。
はあー、とため息をついてしまう。



352 未来のあなたへ5.6 sage New! 2009/02/01(日) 21:40:16 ID:HvI5lxPx
「榊君」
「はあー……あ、はい。なんですか、ひぇんはい」
呼びかけに答える途中で、先輩の細い指が伸びてきて俺の頬をぐにりとつまんだ。
少しぼうっとしていたら、気づけば俺達は屋台の列から少し離れた所に来ていた。屋台の発する光から外れた境内の隅は、驚くほど暗い。
先輩が片手に持っているのはじゃがバターのカップで、もう片方の手が俺の頬に伸びている。ちなみに俺が手にしてるのは焼きそばのパック。
頬を摘まれているけど、軽くなので痛くはない。指はやっぱり冷たい。
困惑する俺に対して、先輩は少し不機嫌そうに口を尖らせた。
「先程からあまり話を聞いていないみたいだけど、僕といるのはつまらないかな?」
「ひょ、ひょんなことはりませんっ!」
先輩と一緒にいるのがつまらないなんて、そんな!
急いで否定した。否定したつもりだったけど、頬を伸ばされて意味が伝わっただろうか。
けれど元々、先輩の怒ったフリは演技だったみたいだ。あはは、と笑って俺の頬を離す。
「少し休もうか。よく見たら座れる場所のようだしね」
「あ……はい」
先輩が裾を払って、その場にちょこんと座りこんだ。よく見ると、地面に丸太が置いてあって簡単なベンチ代りになっている。
俺もその隣に座った。ああ、子供のころを思い出す。あのころと違うのは、脚を折りたたまないとうまく座れないことぐらいだ。
先輩は暗闇の中で、活気と明るさにあふれた屋台の列を、はるか遠いものを見るように眺めている。
なんだかその姿は。お祭りの中で俺なんかと二人で歩くより、よほど合った姿のように感じられてしまって。
「…………」
「…………」
「最近、元気がないようだけど。夏は苦手なのかな。それとも、悩み事でも?」
「あ……」
柔らかく囁いた先輩の目は、気遣うように細められていた。
また、見透かされてたのか。雨の日に二人で桜を眺めた、あの時のように。
情けなくなる。結局俺は、この人にとっては弟のような存在なんだろう。頼られ助けるべき後輩。
本当は、頼りにしてほしいし助けたい。そのためには頼られるほど強くありたい。けれど実際の俺は空回りしてばかりだ。
はあ……
「大したことじゃないんです。ただ、部活やめて暇してるんで、夏休みの間だけバイトでもしようかなあって」
「ふむ。榊君は中学までサッカー部だったかな」
「あ、はい」
「また部活に戻る気はないのかな?」
「それは、ほら。夏休みが終われば毎日勉強もありますし、それに今からサッカー部に入っても付いていけないと思うし」
「そうでもないんじゃないかな」
「え……」
胸の中で何度も繰り返した理由を口にする俺に。
いつものように、いつかのように、先輩は柔らかく微笑んだ。
ついでに、先輩がカップを置いて俺の両頬をむにむにと引っ張った。ふいふい。冷たくて心地よい指。
「榊君の学力は上がったと思うよ。予習復習もちゃんと継続的にできてるしね」
「……ひょう、へふは?」
「ああ。君は優香君のことをよく自慢するけれど、彼女ぐらいにはね」
そこまで言って先輩は、ふふん笑って俺の頬を手放した。カップを手にして、残りのじゃがバターを頬張る。
俺が、優香みたいに……?
妹のことは、近くにいてその休むことのない努力はよく知っているだけに、とても納得は出来なかった。
「僕から見れば、君もよく努力し続けているよ。そもそも、だからこそ時間が余っているだろう? なら、その余暇を部活に当てればいいんじゃないかな」
「けど……それは夏休みだからで。それに、勉強しながらじゃ前みたいに部活には打ち込めないですよ」
「そうかもしれないね」
そうだ。
先輩は中学までの俺を知らない。くたくたになるまで練習に明け暮れていた。あんな風に部活をやっていたら、とてもじゃないけど(慣れたとはいえ)今のペースで予習復習なんてできやしない。
そして俺には才能なんてないから、あんな風に努力しなければレギュラーにはなれない。大体、既に半年も遅れを取ってしまっている時点でも、もう……
「んー、一本気だね榊君は。そういうところが可愛いんだけど」
「か、可愛いとかとかっ。俺も男なんですからやめてくださいよぅ」
「よしよし。さておき、そういう時は逆に考えるんだよ、榊君」
「逆に……ですか?」
「別にレギュラーを取ることだけが部活の意義ではないんじゃないかな。大切なのは楽しむことだし、それなら新しいことを始めたっていいはずだよ」
「あ……そ、それはそうかもしれませんけど……」
「他の部活なり、バイトなり、習い事なり。もちろんサッカーでもいいさ。自由はそこにあるよ、榊君」
胸を張って腰に手を当てて、片羽先輩がふふんと笑った。



353 未来のあなたへ5.6 sage New! 2009/02/01(日) 21:41:11 ID:HvI5lxPx
『自由はそこにある』
なんとなくだけど……何気なく口にしたその言葉が、先輩の依って立つ信念、の気がした。
先輩の事情は、この数カ月で少しずつだけど聞いている。
両親は既に他界していて一人で暮らしていること。昔から病弱で入退院を繰り返しながら学校に通っていること。外の景色をできるだけ描き貯めて暇を潰していること。
普通の家に生まれて普通の家庭で育った俺にとっては、とても幸せとは思えない境遇だけど。それでも片羽先輩は、自由な心で生きている。
「……先輩は、凄いですね」
「おお? 美人だとは自覚しているけど、ちょっと耳慣れないお世辞だね」
「いえ、先輩は本当に凄いと思います」
「そうかな。ふふ」
だから尊敬するし、だから守りたいと思う。
片羽先輩の持つものは、優香のように実力を積み重ねて手に入れた安定した強さじゃなく、悟り一つに依った危なっかしい生き方なのだ。
お世辞にも満ち足りているとは言えない環境で、けれど周囲を恨まず憎まず、矜持一つで顎を引き胸を張って生きている。
だから尊敬するし、だから守りたいと思う。
敬意と庇護欲の混じり合った感情。それが俺の、好きという形なんだろう。
「…………」
「…………」
二人ともなんとなく無言になり、丸太に座って境内の様子を眺める。
気付けば、あれだけ待ち侘びた、良い雰囲気になっていた。
あたりは暗がり。胸は先輩への気持ちで満ちている。先輩は眩しいものを見るように目を細めている。どこかで祭囃子が流れている。
告白するか、しないか、どうする。
天使『告白だ、告白するんだ!』
悪魔『なんでだよ! 今の俺じゃ先輩にはとても釣り合わないだろ!』
天使『逆に考えるんだって先輩も言ってただろ。告白してから釣り合うように頑張ればいいじゃないか』
悪魔『ふざけんね! 男としてそんなことできるわけないだろ! せめて自分に自信を持ってからでないと失礼じゃないか!』
天使『そんなこと言って怖いだけだろ! 怖がらずに当たって砕けようぜ。数撃ちゃ当たるって言うし、冗談っぽく言えばいいって!』
悪魔『嫌だ! それに意識されてこれから避けられたらどうするんだ!』
天使『そんなこと言っても、半年したら先輩だって卒業しちゃうじゃないか。大切なのは今なんだ!』
悪魔『別に卒業してからでも、先輩は地元なんだから会えるだろ。それっぽい言い方じゃ騙されないぞ!』
うう、どうする……どうする、俺。
と、俺が脳内会議で固まっていると。
「あ、榊先輩と片羽先輩だ。やっほー」
「ぎゃーす!」
「け、健太? なんでいきなり絶叫するの?」
「いやあ、なんとなく察しはつくんだが固まっていてねえ。助かったよ、晶君と見知らぬ誰かさん」
俺達と同じようにお祭りに来ていた義明と晶ちゃんに見つかって、千載一遇のチャンスはあっさり潰えたのだった。しくしく。





354 未来のあなたへ5.6 sage New! 2009/02/01(日) 21:41:33 ID:HvI5lxPx

「久しぶりだね、健太。元気だった?」
「まあな。そういえば、晶ちゃんに聞いたけど高校行ってもサッカー部に入ったんだって?」
「うん、なんだかんだ言ってサッカーは好きだから。ええっと、そっちの人は……?」
「あ。俺の高校の先輩で片羽先輩って言うんだ」
「片羽桜子、三年生だ。よろしくね」
「あ、はい。僕は雨宮義明です。健太とは中学の同級生で、同じサッカー部のチームメイトでした」
「んでもって、わたしの彼氏でーす!」
「ほほう、道理でね」
二人の服装は俺達とは逆で、義明が浴衣で晶ちゃんが洋服だった。浴衣は水色の地に白いカモメで、ご丁寧に下駄まで履いている。洋服の方は、まあ俺と同レベルの普段着だった。
義明は綿飴を持っているだけだったけど、晶ちゃんは水ヨーヨーに金魚を入れた水袋、赤い風船、髪に差した櫛、射的の景品と思わしきぬいぐるみとフル装備だった。
そして何より、二人で腕を組んで歩いてる。先輩が道理で、と評したのはこのことだった。くそう、羨ましい。俺も先輩と……
「ところで、なんで二人してゴーオンジャーのお面かぶってるんですか? 超イカスんですけど」
「あ、そういうシリーズなんだ? 最近のはよくわかんなかったんだけどさ」
「良いセンスだろう、榊君が選んでくれたんだよ」
「おお、惚気られたっす! 雨宮先輩、わたしたちも対抗しましょうぜ!」
「しなくていいから」
「じゃなくて、さっきから気になってたんすけど、優香ちゃんはどうしたんです?」
「優香だったら風邪ひいて寝込んでるけど」
「あ、そうなんだ。妹さんにはお大事にって伝えておいてね」
「え、なんで?」
「な、なんでって……風邪引いたから、だって」
「まあ、確かになんでなんだろうねえ。僕もそのあたりが疑問でね」
「んー、むむむむむ……」
そのやりとりで、晶ちゃんが首をひねって何か考え始めた。俺も義明もはてな顔で見ているけれど、先輩はじゃがバターをはふはふ平らげ始める。ああ可愛い。
「……連絡はなかった……けど、明らかにおかしい……まあ、協力する義理はないけど……偶にはお節介も……」
「どうしたの? 晶ちゃん」
「んー、いや、突然雨宮先輩への愛が溢れちゃいました、てへ♪ それはそうと榊先輩!」
「な、なに?」
「なに、じゃありませんよ! 優香ちゃんを放っておいて、なんで好きな先輩とデートなんかしてるんすか!」
「す、すすすすすすす、ってなに言ってるんだよ晶ちゃん!?」
「あ、健太、そうだったんだ……?」
「ちがっ、あ、いや、その、っていうか先輩これはっ!」
「はふはふ」
「じゃがバターに夢中!?」
ああ可愛いなあちくしょう。
「そんなコントはどうでもいいんすけど。どうして優香ちゃんを放っておけるんですか」
「え、いや。先輩と約束してたし、風邪といってもそこまでひどくなさそうだったから……」
「だからって家に放っておいてもいいんですか。あ、家族の人は?」
「んー、父さんも母さんも街に出かけてるはずだけど……まあ、優香はしっかりしてるから」
「シャラーップ! よくわかりませんが兄失格っ! 人は病に倒れれば、普段以上に弱気になるものなんですよっ!」
「な、なんだってー!」
「なるほど、確かに一理あるね。病弱ベテランとしては初歩的な見落としだったよ」
「なんですかそのベテラン」
晶ちゃんの言葉がぐるぐると頭の中を回る。兄失格、兄失格、兄失格……
確かに、妹一人家に残して祭りに来ているなんて、兄としてそれはどうなんだ。
せめて今から家に帰って看病をすべきじゃないんだろうか。
けど、今は先輩とデート中だし……
ちらりと振り返ると先輩が、やれやれ困った子だなあ、という感じで苦笑した。
「心配なら帰ってあげればいいんじゃないかな」
「でも先輩、もう遅いですし帰りは送らないと……」
「それならわたし達が引きとりましょーか? 帰りあそこでいいんですか?」
「うん、まあね。しかしデート中のようだけどいいのかい?」
「ああ、気にしないでいいですよ。僕たちもそろそろ帰るつもりでしたから」
「じゃ、じゃあ頼んだぞ、義明、晶ちゃん。先輩、今日はありがとうございました」
「うん、楽しかったよ。優香君にもよろしくね」
「はいっ」



355 未来のあなたへ5.6 sage New! 2009/02/01(日) 21:41:59 ID:HvI5lxPx



「あー、行った行った。すげー単純、煽り耐性ないんすねえ」
「ふむ。晶君、こういう段取りだったのかい?」
「まっさかー。ただの偶然です。わたしとしては、手頃なところで借りでも返しておこーかなーと」
「なるほど。しかし本当に優香君はどうしたんだろうね。心労かな?」
「元凶が何言ってんすか。まあ優香ちゃんも大概墓穴堀りが好きですけど」
「あの……二人ともなんの話をしてるの?」
「「いやあ、別に」」



「……って、帰ってきたはいいけどさ……」
家に帰り、優香の部屋の前に立つ頃には、すっかり気持ちは冷めていた。
晶ちゃんに乗せられて、急いで帰ってきてみたけれど。よく考えれば、優香が俺の看病を必要としてるわけがない。
そもそも、俺と優香はそこまで仲良くはない。たまには一緒に行動するけど、人並み程度だ。
もしも仲良く見えるとしたら、それは優香が他人に対して排他的だから、相対的にそう見えてるだけだろう。
それに優香自身、とても強い人間だ。日々努力を重ねて自信を付け、自ら律して自立している。
自分に厳しい分他人にも(というか俺に)厳しいのが玉に瑕だけど、それだって怠惰よりはよほど褒められる素質だろう。
そんな妹が、風邪を引いたとはいえ俺の助けを必要とするかといえば、かなり怪しいと考えざるを得なかった。
まあ……家に帰って来た時、明かりは完全に落ちていたから。他に誰もいないのは確かなようだ。
もう帰ってきてしまったわけだし、看病の真似ごとぐらいはしてみようかな、と。
「入るぞ~」
小さく扉をノックし、小声をかけながら部屋に入る。明かりは落ちていたし、寝ているかもしれないからだ。
案の定、優香はベッドで横になっていた。部屋は暗かったけど、開けた窓から差し込む月明かりで見て取れた。
眠っているようだった。
パジャマを着て、布団をかぶり、暑いのか両手は外に出していた。顔の横には畳んだタオルが落ちている。きっと額に乗せていたのだろう。
ふう、ふう、と荒い呼吸が聞こえる。暗くてよくわからないけれど、その顔は熱で赤くなっている気がした。
手を伸ばして、妹の額に触れる。
ぺたり。
「あつ……いな」
「……ん」
「あ……」
優香が身じろぎとうめき声をあげて、うっすらと瞼を開いた。
俺の手は今まで外にいたから冷えていた。額はただでさえ熱かったから、目覚めるだけの刺激だったんだろう。
若干、焦る。
眠りの邪魔をしてしまったこと、勝手に体に触れてしまったということ。いつものパターンなら、説教を食らってしかるべき失敗だ。
けれど優香は寝ぼけているのか熱のせいか、ぼんやりと俺を見たまま何も言わなかった。
いや、ただ俺のことを呼んだ。
「……にい、さん」
「ああ」
「…………」
「…………」




356 未来のあなたへ5.6 sage New! 2009/02/01(日) 21:43:15 ID:HvI5lxPx
沈黙。
ふう、ふう、と。妹の普段よりも荒い息だけが部屋に響く。
優香はぼんやりとした目で、ベッドの上から俺を見上げている。
予想された罵倒も説教もない。その沈黙に耐えかねて、俺は早口にまくし立てた。
「あ、起こして悪いな。調子はどうだ? まだ頭痛いか?」
「ん……大分楽になりました」
「そっか。じゃあ、何か食べるか? 俺、コンビニでパックのお粥買ってきたからさ」
「いいです」
「ん、わかった。じゃあ喉乾いてないか? 水でも持ってくるか?」
「いいです」
「じゃあ俺、自分の部屋にいるから。何かあったら声かけるか、携帯で呼んでくれよ」
「いやです」
くい、と。
きびすを返しかけた俺のシャツの裾を、優香の手が掴んだ。
けれどその力は、ひどく弱い。普段から鍛えているとは思えないほど、ひどく弱い。
その弱々しさに、思わず動きを止めた。今動いたら、壊れてしまいそうな危うさを、よりにもよって優香から感じて。
「あたま……気持ちいいですから、手、そのままで……」
「あ、ああ。いいよ」
動揺しながら、優香の額に改めて右手を当てる。そういえば屋台の食べ物とか手にしたままで洗ってないけど、いいんだろうか。
けれど妹は気持ちよさそうに喉を鳴らして目を閉じた。温かくなってきた手の平を返して、手の甲を額に当て直す。
静寂。
暗い部屋の中、月明かりだけがお互いの顔をうっすらと照らしている。
「…………」
「…………」
「お祭り……楽しかったですか?」
「ん? ああ、楽しかったよ」
「そのお面……」
「え? うわあ、付けっぱなしだった!」
「……ふふ」
は、恥ずかしいなあ。境内を回っている時は気にならなかったけど、こんなもの付けたまま帰ってきてたのか、俺は。
頭に被っていたプラスチックのお面を外して、適当に横に置いておく。ついでに何か話を逸らそうとして、先輩からの伝言を思い出した。
「そうそう。先輩が、優香によろしくって言ってたよ」
「そういえば……帰るの早かったですね」
「あ、うん。まあ、優香が心配だったから」
「そう、ですか……」
本当は晶ちゃんに偶然遭遇して急かされたんだけど、それは黙っておこう。
今の優香は彼女の言った通り、病気で弱っている女の子にしか見えなかった。
今まで見たことのなかった、優香の弱い姿に、俺の中の価値観がものすごい違和感を感じている。
俺にとっての優香は、強く賢く真面目で自立した、可愛いけれど超人じみている、そんな存在だった。
けれど今の優香は。変な言い方になるけれど、まるで妹のようだった。
兄として守るべき妹のようだった。
「優香、なんかあったのか? 今までこんなに体調崩すことなかったと思うけど、なにかあったなら俺とか父さん母さんに相談していいんだぞ」
「いえ……大したことじゃないんです。ただ、最近夜更かしが多かっただけですから……」
「夜更かし?」
「少し……勉強で」
「でも、夏休みの宿題ぐらいだったら今までずっと……あ」
「受験生、ですから」



357 未来のあなたへ5.6 sage New! 2009/02/01(日) 21:43:47 ID:HvI5lxPx
……今まで気付かなかった自分を殴りたい。
そうだ、そうだ。優香は今年から受験生だ。進学のために受験勉強をするのは当たり前じゃないか。去年の俺も通った道だ。
たった一年前、あんなに苦労したのにもう忘れてたのか。喉元過ぎればなんとやら、とはよく言ったものだ。
いや、去年の今頃は、俺は部活に明け暮れていた。受験勉強を始めたのは夏休みが終わってからだ。
けれど優香にはずっと、今から勉強しろと言われていた。そして、優香は他人に言うだけの人間じゃなかった。
当たり前だ。気付かなかった方がどうかしてる。
優香が一体、どれだけ真面目な人間なのか。他人に厳しく、そしてそれ以上に自分に厳しい。そんな人間であることは、俺が一番よく知っているはずだった。
いや、知っていた。それでも優香の不調に気付かなかったのは……優香は強い人間だと、俺が思い込んでいたからだ。
勉強も部活も人並み以上にこなして、そのための努力を重ねることを、涼しい顔をして全て飲み込んでしまえる強い人間だと。
……だけど違ったんだな。
当たり前だけど、優香はそんな、便利な強さを持った人間じゃなかった。
でなければ。こうして倒れて、気弱になって、俺を頼るわけがない。
ただ、強くあるように取り繕ってきただけなのだ。
………

「あの、さ」
「はい」
「よければ俺も、優香の勉強見ようか?」
「兄さんが?」
「ば、馬鹿にすんなよな。俺だって毎日勉強してるし、一年先輩だし、一応進学校に合格したし……」
「いえ、馬鹿にしたわけじゃないけど……兄さんにそんな暇、あるんですか?」
「ん……そういう心配するなよ。俺は兄貴なんだからさ」
頑張ろう。
頑張ればいい。
頑張らないといけない。
優香にだってできたことだ。
俺と同じ親から生まれて、俺と同じ環境で生きてきて、俺と同じ人間である、優香にだってできたことだ。
強くなりたい。
先輩だって、妹だって、守りたいのなら強くならなければいけない。努力しなければいけない。
俺はもしかしたら初めて、この妹を守りたいと思ったし、そう決めた。

「ま、今日はもう寝ろよ」
「はい……あの」
「ああ、大丈夫。寝るまでちゃんとここにいるからさ」
「……ありがとう、兄さん」



358 未来のあなたへ5.6 sage New! 2009/02/01(日) 21:44:39 ID:HvI5lxPx
常識「どうですか」
分析「確かにここまで効果が出るとは予想外でしたね」
潔癖「兄さんと受験勉強、これから半年……ふふ、うふふふふふ」
打算「つまり、弱い姿を強調することで保護欲に訴え、相手の行動を制御するというわけですか」
強行「しかしあまりに受動的すぎませんか? 兄さんが片羽桜子と行動することを見過ごしたのですよ」
性欲「下手をすればそのままホテルにゴーだった可能性もありますね。いえ、今日だってキスぐらいはしているかもしれません」
潔癖「ぶち殺しますよるあああ!」
議長「しかし片羽桜子は性交によって絶命するので、兄さんとは交際しないと明言していますよ」
強行「そんなもの、信用する方がどうかしています」
分析「一応、病名と診断書とこちらの裏付け調査から判断するに事実と思われますが」
打算「むしろ、意中の人間から兄さんを引き離す相手としては、こちらにとって都合が良い存在ではないでしょうか」
性欲「確かに、そういう考え方もありますね。最後の一線を絶対に越えられないのなら、理想的なアグレッサーです」
潔癖「兄さんが私以外の誰かに好意を抱いているという状況そのものが、一秒ごとに苦痛なのですが」
議長「必要な忍耐です。ではこれからは、弱い部分も定期的に偽装して、兄さんに精神的拘束を施していくという方向で――――」
常識「何を勘違いしているんですが」
分析「は?」
常識「ですから、兄さんを無理に支配しようとする、その考え方が間違っている、そう言ったではないですか」
打算「いえ、ですから搦め手も交えるのでは?」
常識「違います。そもそも、必要なのは兄さんを支配しようとすることではなかったんです。私が、兄さんに跪き許しを請うべきだったんですよ!」
性欲「はあ?」
常識「私の身勝手で兄さんをどうこうするのではなく、兄さんの幸せのためにどうすべきかを考える、それこそが愛ではないですか」
潔癖「で、では私自身の欲求は?」
常識「兄さんに全て告白して、慈悲を請うことです。兄さんが許しをくれるのなら、涙を流して受け入れればいい。消えろと言われれば、兄さんのために消えればいいんです」
強行「な、何を言っているんですか?」
常識「ああ、兄さん、兄さん、兄さん、兄さん。跪きます、懺悔します。私は貴方のために存在します。どうか身の程を知らずに今まで重ねた罪をお許しください、兄さん。ああ、ああ」
分析「……おや!? 常識のようすが……!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、キュピーン!
おめでとう! じょうしきは、しんこうに、しんかした!
常識→信仰「アニ・ヴァディス! 私は貴方の僕です、兄さんが幸せになるために産まれ落ちたのです。全ては兄さんの御心がままに、かくあるべし!」
一同「進化した――――!?」
分析「い、いえ。これは進化というより退化というか悪化というか……?」
強行「こ、こいつおかしいですよ。どこか狂ってるんじゃないでしょうか」
打算「貴女が言うな」
性欲「というより、兄さんの幸せ優先って……現時点で兄さんは片羽桜子に恋愛感情を抱いているんですが、それを応援するんですか?」
信仰「ああ、片羽桜子と一緒になると兄さんは不幸になりますから、あれは排除しましょう」
分析「え、それアリなんですか?」
潔癖「ならば問題ありませんね」
打算「ないんですか……」
信仰「当然です。全ては兄さんの幸せのために。私を導いてください、兄さん」
議長「……あ、あー……とにかく。これから半年は兄さんの心を片羽桜子から取り戻すことを優先目標としましょう。以上で一人定例会議を終了します」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年02月01日 23:57
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。