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五月雨 sage New! 2009/02/22(日) 04:29:20 ID:EdYkNp+2
「馬鹿。ほんっとに馬鹿。」
ベッドに座りながら彼女のさつきが言った。
前髪を綺麗に切り揃えショートカットの黒髪が指を指しながら非難の目を浴びせる。
「何度もうるさいな。わかってるよ。馬鹿な事したってさ。」
壁は一面
真っ白。横の棚には少し色褪せた2色のガーベラが花瓶に添えられている。
ベッドの柵には自分の名前【鳴海祐一さん】とタグがつけられていた。
両足首骨折。
前日は雨が降り事故当日も小雨という日に朝の通学時間帯に遅刻しそうになり原付バイクで飛ばした結果である。
裏道を飛ばしている最中に猫が飛び出してきて避けようとしたがスリップしたまま投げ出され歩道の柵にぶつかった。
身体は全身打撲ですんだが転がったバイクがそのまま足に激突。
悶絶するような痛みに耐えてポケットから携帯を取り出し救急車を呼んだ。
通学に使ってはいけない原付バイクを使用したのと事故を起こしたため2週間停学。
スピード違反で2点減点。手術後入院2週間、全治2ヶ月となった。
手術後3日はカテーテルの痛みに苦しみ1週間は看護婦さんに無理を言って尿瓶で済ませていた。
なんとかその後は車椅子での移動を許してもらい障害者用のトイレでいたすことになった。
退院後もリハビリ、抗生剤等の処方箋の支給もあるので完治するまでは入院していた方がいいのだが何せやる事もないのでとても暇なのである。
部屋は大部屋であり携帯電話も使えないしやる事といったら毎日テレビを見るだけ。
なんとか主治医に「全然痛くありません」と嘘をついて仮退院の話に持っていき1週間ほど仮退院となった。
ちなみに今日がその仮退院の日である。
両親は週に1度しか来てくれないし何せ再婚して2年目なので、
父親は事故を起こした馬鹿な息子より義母との時間の方を優先しお見舞いに来てくれた時などは義母にかまいっきりでまるでデートのようだった。
妹の香奈は流石に学校の方が忙しいのだろう。
入院後は初日の一度きりでそれ以降来てくれなかった。
来てくれるのは同級生の彼女のさつきだけだった。
もちろんさつきも高校生なので授業が終わった後に所属クラブの水泳部を無理言って休み、お見舞いに来てくれるのだ。
「はい、3日分の授業範囲。写すだけじゃ勉強にならないよ。」
コピーされた紙の束を渡される。
授業内容は全てさつきに任せているためノートは彼女が写した物だ。
153 五月雨 sage New! 2009/02/22(日) 04:32:23 ID:EdYkNp+2
「ありがとう。でもコピーしたのはサツキじゃないな、また友達にノート借りただろ?」
彼女は一瞬ギョッとした表情になり、次にどうしてわかったという表情になる。
「まずサツキはノートに絵を描かない」
コピーされたノートを見ると所々【ポイント】と書かれてその隣にかわいらしい猫のマークが描かれていた。
もし彼女が描くとしたらかわいい猫に矢が刺さっている絵を描くだろう。
手を口元に当てしまったという表情になり真っ赤になりながらプリントを取り上げ見直す。
彼女自体ズボラな性格なのでコピーされたプリントを確認しないままカバンに詰め込んだのだろう。
多分彼女のカバンにも同じ内容のコピーされた用紙が1組入ってるはずだ。
「写すだけじゃ勉強にならないよ」
努めてにこやかに言うとパンチが飛んできたので慌ててよける。
「危ないだろっ!こっちは怪我人だぞ!」
「う、うるさいっ!文句言うならあげないぞ!」
「わかったよ。とりあえずコピー元の友達にもありがとうって伝えといてくれ。」
「う、善処する」
真っ赤になりながらも拳を引いてくれた。許してくれたか。
「あと帰ったらキチンとこれをノートに写すこと。」
「それは保証はできません」
彼女の勉強嫌いにも困ったものだ。
ほんとにお見舞い行かなくてもいいの?なんでもするよ?」
「ああ大丈夫だよ。それにいくら冬っていっても室内トレーニングはするだろ?
ここ最近休んでるんだし部活だって忙しいだろ。次期キャプテン候補にこれ以上迷惑はかけられません」
彼女は1年生ながらも去年の夏の大会でいい成績を残し一躍水泳部のホープとして扱われている。
そんな彼女が2週間もの間、男が理由で部活を休むなんてできるわけがなくコーチの評価を下げてまでお見舞いに来てくれるのは嬉しかったが、
こっちとしてはこれ以上彼女に迷惑をかけたくなかったので退院後のお見舞いは断っていた。
「部活終わったら祐一の家にお見舞いに行くよ。今度はキチンとした花もって行くからさ」
今花瓶にあるガーベラは義母が持ってきた物であり彼女が持ってきた菊の花は即座に自分が投げ捨てた。
彼女はプリプリ怒っていたが理由を説明するとゲンナリして帰っていったが。
そういう勘違いで古風なセンスもさつきの魅力的だが。
「来るとしても1週間に1度でいいよ。ここ3日間はずっと通い詰めただろ?部活で絞られるぞ」
「アタシは平気だよ。祐一に会えない方が嫌だよ」
頬を染めながら言う。
その一言にまたドキッとする。
154 五月雨 sage New! 2009/02/22(日) 04:34:24 ID:EdYkNp+2
大部屋は患者が3人おり今は全員外出しているようだった。つまり、
「今二人だね。」
手と手が重なる。
彼女の手からに直に温度が伝わる。とても温かい。
心臓の鼓動が伝わり手が汗ばむ。
「…キス…していい?」
彼女が目を瞑りすぅっと顔を寄せてくる。
俺もゆっくりと顔を近づけキスしようとする。
コンコン。ガラッ
「鳴海さーん。鳴海祐一さーん。お電話ですよー。あら鳴海さんの彼女ですか?」
二人とも即座に身体を引き離し真っ赤な顔で俯いてしまった。
そのまま看護婦さんが車椅子を持って入ってくる。
「どうしました?顔真っ赤ですよ!?熱があるんですかっ!?」
看護婦さんがさつきの額に手を当てようとした。
「そっそれじゃっアタシ部活に行ってくるっ!」
顔を真っ赤にして立ち上がり急ぎ足で部屋を出て行った。
「あらっ!?ちょっと貴女!?鳴海さん彼女は大丈夫なんですかっ?」
慌てた顔で問う看護婦さんを尻目に俺は背中を向けてクックックッと笑っていた。
これなら3日ほど顔を合わせられないだろう。
155 五月雨 sage New! 2009/02/22(日) 04:36:16 ID:EdYkNp+2
そのまま車椅子でナースステーション近くのレクリエーションルームまで運ばれる。
そこの公衆電話から自宅に折り返し電話をかけた。
「はい。鳴海ですが。」
凛とした鈴のような声が聞こえる。
「もしもし。俺」
「お兄ちゃん?」
いつも聞いてる義妹の香奈の声だ。
「ん、久しぶり。」
「今日退院するんだよね?」
「そうそう。もう荷物はまとめてるから今すぐにでも出れるよ」
「そう。それじゃあ今すぐタクシーを呼ぶね」
「タクシー?あれ、父さんが車で来るんじゃないのか?」
「義父さんと母さんは今日から旅行に行った。3泊4日の温泉旅行。」
確か見舞いに来た時に父が旅行のパンフレットを一生懸命見ていた気がする。
わざわざ息子の退院日に合わせて旅行に行くか糞親父め。
「それじゃあ直ぐに呼んでくれ。暇すぎて死にそうなんだよ」
「わかった。準備は出来てるからすぐに行くね。15分ほど待ってて。」
「ありがとうな。それじゃ切るよ」
受話器を置いて車椅子を動かし部屋で待つ事にした。
最終更新:2009年03月01日 22:34