319 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/26(木) 09:06:18 ID:wTqMtYhe
「なんで………こうなってしまったんだ………」
僕はただ、立ち尽くすしかった。一人の美しい女の、目の前で。
「どうしたの、今宵は最高の月夜だというのに、おかしな子ね」
目の前にいる女――僕の姉は、笑いながらそう語りかけてくる。
その瞳には、狂気の光を宿らせて。その全身には、深紅の滴りを纏わせて。
そしてその腕には、かつての僕の友の、生命なき首を携えて。
「いつか私がしたように、あなたは私を褒めてくれないのかしら? 私の、愛しい弟は?」
かつて僕と友は、百に満たない人の住む村で、村長(むらおさ)の座を競い合った仲だった。
跡継ぎのいない村長に信頼された、2人の若者。どちらも村の指導者に相応しいと称えられた。
だが、それぞれに信奉者が集い、互いにいがみ合うようになった時、僕は村を離れる決心をした。
村に無駄な争いを起こさないために。村の未来を友に託し、僕は山二つ向こうの国に一人旅立った。
ただ、生まれつき村を出る体力のなかった姉の身を案じ、半年に一度は帰るようにしていた。
村の騒動を嫌い、村から最も離れた山林の庵で暮らす姉の許での、たった2泊ほどの短い滞在。
それでも、半年ごとにしか会えない僕の姉は、いつも笑顔で、帰ってくる僕を歓迎してくれた。
「……のに、なんで、どうしてこんな状況になっているんだ!?」
僕はようやく叫ぶことができた。正確にはそれしかできなかった。
「どうしてって、コレが死ねば、あなたはこの村に居ることができるのでしょう?」
そういって姉は、友の首を僕の目の前に差し出してくる。 ――ちが、したたる。
「コレがいるから、あなたは村を離れなくてはならなかった。馬鹿な村人達のせいで。
コレがいなくなれば、あなたが村を治める理由ができる。村に居てもよくなる」
笑顔。この状況で、幼さを残す美しい笑顔。昔から僕に何気なく向けてくれたソレで答える。
「それにコレは、偉そうに、わざわざ村から離れて暮らしている私のところへ来て、言ったの。
“貴方を妻に迎えたい、貴方を貴方の弟の分まで、幸せにしてみせるから”ですって……
私を幸せにするのは、私の愛する弟だけ。私を不幸にするのは、オマエでしょうがぁっ!!」
突如豹変して、友の首を真横の柱に叩きつける姉。 ――とびちるちにく。くずれるとものくび。
「だから壊したの。忌々しい、あなたの友を。それに付き従う、馬鹿な村の有力者達も。
ついでに、あなたを苦しめた、あなたのかつての信奉者達も、みんな壊しておいた。
……だから、あの時あなたをここから追い出した元凶は、もう全部、なくなったわ」
姉を止めないと。手元にあるはずの刀を探す。僕と姉の両親の形見である刀は、どこへいった?
「……いいえ。村の残りの連中だって、いらないわ。あなたがいれば、それでいいもの」
刀は、姉の背後の大地に突き立っていた。紅く染まる刃。 ――みなごろしの、えもの。
「間違ってる……そんな論理は……間違ってる、んだ………」
否定の言葉。最悪の罪を犯した、最も大切な姉への、最後の抵抗。 ――おそらく、むいみ。
「いいえ、間違っていないわ。私の全ては弟だけ。村人なんて赤の他人は要らない。
この村から出られない私は、弟と私の暮らす家だけが、私のセカイであればいい」
いつの間にか、手にしたモノを放り捨てた姉が近づいて来て。 ――はやしのおくへ、きえるくび。
僕の身体を、黒に近い赤濡れの身体で、強く抱き締めてくる。 ――しんだいのちのにおい。
「――おかえりなさい。共に生きましょう。……愛しているわ。私の、かわいい、最愛のおとうと」
――僕は、この美しい姉の唇を、ただ何もせずに受け入れた。
最終更新:2009年03月11日 03:01