「dependence」

398 「dependence」(1/3) sage New! 2009/03/01(日) 17:52:57 ID:MgGQTrxN

 私は今日も、兄の寝床へ赴く。
 兄に、アレを分けてもらうために。

「兄(にい)、おはよう。悪いんだけど……」
「おはよう。わかってるよ、ちょっと待t」
 兄には悪いけど、とても待てなかった。
 最近どうもサイクルが短くなってきていて、私の我慢がきかない。
「ん……ちゅ……むぐ…………」
 兄の唇の上から、勢いよく吸い付いて、唾液を啜りとる。
 それだけではなく、舌をかきいれて、兄の口内から唾液を奪う。
 その一連の行為を、兄は黙って受け入れてくれる。
「にゅ……ふ…………ぷはっ」
 ようやく私の「症状」が治まる。と同時に兄の唇から離れる。
 兄は――いつも通りの、不安げな表情。
「大丈夫か? まだ足りないなら、もう少し」
「大丈夫。大丈夫だから……ごめんなさい」
 また謝ってしまう。毎朝毎朝飽きもせず、謝ってしまう。
 そんな馬鹿な私に、兄は優しく励ましの言葉をくれる。
「仕方ないよ。おまえの身体は、こうしないと死んでしまうんだから」


 ――DNA dependence。
 日本では「生体組織依存症」などと呼ばれるこの病気。
 21世紀になって数年としないうちに、全世界に流行した狂気の病。
 厳密な症状や治療法は確立されていないが、有名な特徴は次の3つ。

 ――この病は、精神病にして、外部感染による繁殖力をもつ特殊な病気である。
 ――感染因子保有中に、誰か他人の生体組織を摂取すると、95%の確立で発症する。
 ――発症すると、最初に摂取した誰かの生体組織を定期的に摂取しないと、衰弱死する。


 1年前、私はこの恐ろしい病気を、発症してしまった。
 私がこの病に侵されてから、私は自分の進学を諦め、家に閉じこもるようになった。
 父親は10年前に他界し、母親は敏腕弁護士として遠方の地で働き、家計を支えている。
 そうして、家には私と、私の看病のために家に居てくれる兄だけが残った。
 それだけで、私は嬉しかった。兄が看病してくれるだけで、嬉しかった。

 なのに、私は最低の妹だ。
 そんな優しい兄に対して、とんでもない仕打ちを行っている。
 私の「依存相手」――摂取対象は、私の「実の兄」なのだ。



399 「dependence」(2/3) sage New! 2009/03/01(日) 17:53:53 ID:MgGQTrxN

「兄、ごめんね。ありがとう。朝御飯をつくるね」
「ああ、朝メシはまだゆっくりでいいよ。今日は遅出の日だから」
「そうなんだ……じゃあ、2人でなんか話す?」
「ゴメンな。今日は昼からの準備があるから、遊べないんだ」
 どうやら、いま遊ぼうと誘った私の顔は、とても楽しそうな表情をしていたらしい。
 だから、いま断られた私の顔は、とても残念そうな表情をしているに違いない。
「ううん、しょうがないよ。私のワガママだし」
「まあ、明後日なら仕事は休みだから、その時にでもゆっくり遊ぼうか」
「うん。楽しみにしてる。……それから、さっきはゴメン」
「……ほら、あんまり謝るな。可愛い顔が台無しだぞ」
「へへ……ありがとう、兄。じゃあ部屋に帰るね」
「ああ、仕事に出るのは12時過ぎだから、それまでに昼メシを用意してくれたらいいよ」
「わかった。じゃあご飯ができたら、また呼びに来るね」
「ああ、それじゃあ」

 兄とそんな雑談を交わして、部屋の外に出て……その場にうずくまる。
 正確には、必死に我慢していた身体の疼きに、足が耐え切れなくなった。
 兄からもらった唾液の量が足りなかったわけではない。
 「摂取」自体は、口内の唾液全部で充分なのだ。現時点では。
 ではなにが足りないのか。決まっている。認めたくないのに、決まっている!

 私の身体は、兄からの「愛撫」を求めているのだ。


 私は兄の事を、心の底から愛している。
 ブラコンというレベルではない。身体さえ求めているのだ。
 毎朝、「摂取」という名目で、一番簡単な唾液をもらうときのキスに、欲情している。
 実のところ、キスをしなくても、唾液を器に注いでもらったものを飲めば、問題はないのだ。
 実際にその方法に頼る人はいるし、現時点では医学的にも充分有効とされている。
 でも、私はその方法を否定し、わざわざ兄から口移しで唾液を分けてもらっている。

 第一に、器経由だと、1日3回は同じことをやらないともたなくなるから。
 どうやら「依存相手」の身体から直接もらったほうが、患者の精神が安定するらしい。

 そして第二の理由は、いうまでもない。
 私が、ただ私が兄とキスをしたいからだ。

 そもそも、私がこの病気を発症した理由からして狂っている。
 どこで感染源から、病の因子をもらったかは、覚えていない。
 ただし、発症する原因は、はっきりとわかっている。
 私が、寝ている兄の唇を、無理矢理にむさぼったからだ。



400 「dependence」(3/3) sage New! 2009/03/01(日) 17:54:47 ID:MgGQTrxN

 あの日、兄に恋人ができた、という話を聞いたとき、私は兄を祝ってあげた。
 兄とともに喜んで――それと同時に心の裏側で、兄の恋人を憎悪した。
 そんなごちゃごちゃした感情のままに、その日お酒を飲んで眠った兄を襲った。

 さすがに、兄の一物を使って処女を捨てるまでには至らなかった。
 というか、兄の唾液をある程度奪った時点で、発病して倒れてしまったのだ。
 そして次の日の朝、目が覚めてあわてて私を介抱してくれた兄に、全てを話した。
 兄を愛していること。兄の恋人を憎んでいること。病気を発症したこと。
 そしてその原因が、兄から唾液を奪うという、到底正気とは思えない行為であることも。

 この時私は、兄に見捨てられることを覚悟していた。
 当然だ。兄を襲って病にかかるような愚かな妹だ。近親相姦なんて、吐き気がする。
 なのに、兄はすべてを受け入れてくれた。許してくれた。
 そして、その場で自分の恋人に電話で別れを告げ、私といてくれると誓ってくれた。
 私は泣いた。泣いて、泣いて、詫びて、また泣いた。


 それ以来、兄は自身が努力して得た就職先を捨て、もっと時間に余裕のある仕事場を選んだ。
 少しでも私といて、私と向き合って、私にいつでも「摂取」させられるように。
 私は、兄の将来を全て縛りつけることで、私の手元に引き寄せることができた。
 何よりも喜んでいる自分に、最大級の嫌悪感を覚えながら、それでもまだ喜んでいる。

 そろそろ動けると思うから、早く部屋に帰って、自慰をしないといけない。
 私は今、自慰をすることで、なんとか今以上の「摂取」を押さえ込んでいる。
 しかし、最近どんどん身体が疼いて止まらなくなってきた。
 いつの日か、兄の唾液では飽き足らず、精液にまで手を伸ばすようになってしまうだろう。


 私は最低だ。兄を信頼しておきながら、兄の足を引っ張る、最低の妹だ。
 きっとこの先、病を理由に、兄に望みもしない近親相姦を迫る、最悪の妹だ。

――でも。それでも。願わくば、私が病で死ぬその日まで、兄の傍にいられますように。

 そう心の中で呟き、私は兄の部屋の前から、ゆっくりと離れた。

                                 ― END ―

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最終更新:2009年03月01日 22:40
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