五月雨 3話

442 五月雨 3話 sage 2009/03/03(火) 10:09:34 ID:yUD6ownZ
「…ばんわ。時…は丁度12…時となります。…本に上陸した台風は…勢いを増して太平洋側に進んでおります。」

うっすらと聞こえる誰かの声。

「現場…原さん。中継の方を…なぎします。どうぞ」

ゆらゆらと覚醒する意識、聞こえてくる声はいつも聞く声。
テレビのニュースキャスターの声だと気づくのにさほど時間はかからなかった。
「こちら…海側、今現在若狭湾が港の…港に来ております。現場は見ての通り、波が荒れて非常に危険な状態となっております。」

目を開けると目の前に置かれたテレビからニュースが流れていた。
どうも昨日の夜から上陸した台風について放送しているようだ。
上体を起こそうとして自分が車椅子に座っていること、両腕が荷造り用の紐で車椅子の手すりに縛りつけられている事に気がついた。

「今日のお昼頃から各地に暴風・波浪警報が出されております。皆さんも外出にはお気をつけください。それでは次の…」

腕を動かそうと、もがくがどうにも力づくでは外れそうに無かった。
辺りをを見回すと背後にはベッドがあり、目の前には白い棚がある。
その棚の上に今聞こえるニュース放送が流れる中型テレビが置かれている。

部屋は茶色い絨毯が敷かれ向かいにある扉の右隅には背の高い本棚が4つ敷き詰められていて、本棚の向かいには大きな茶色い木製の机があった。
広さにして十畳程度の部屋。
今の自分の状況を上手く把握できないために、

「おーーーーい!!!誰かっ!!!」
と大声で叫んでしまった。


「香奈っ!父さんっ!義母さんっ!誰もいないのかっ!!!」


喉がカラカラになるまで必死に叫ぶ。
しかし返事はなく聞こえるのは自分の声の反響のみだった。
「誰かっ!助けてくれ!動けないんだっ!!!」
10分ぐらいは叫んだが部屋の外からは物音がしなく、放送されているテレビキャスターの声に紛れて只管孤独な声が響く。
そうしているうちに自分が今どんな状況に陥っているかを気づき考える。
両足は骨折している。
両腕は座った椅子に固定されている。
まったく身動きがとれない、つまり誰かに拉致・監禁されたのか?
でもどうして?
自分にはまるで価値もない。
身代金を掛けようにもこの家の規模からして自分はお金持ちの子供には見えない。
帰ってきた時に襲われたのなら暴漢は家の中にいたのか?
あの時の事を足りない頭で必死に考える。
運転手にお金を渡した後に香奈と一緒に家に入った。

そこから先は…突然首をブン殴られた?
首の付け根の辺りに痛みが走る。先ほどからどうもヒリヒリするのだ。
しかし治療はされているみたいで首筋にはガーゼ状の包帯が巻かれているように感じた。

つまり家に入った時には暴漢は既に入り込んでいて帰宅した瞬間に襲われた事になる。

そして気絶していたのだ。
その事に気がついて瞬時に青ざめ
「香ーーー!!!」
香奈の身の安否を確認しようと名前を大声で叫ぼうとしたが、即座に自分の愚行に気がつき思いとどまった。




443 五月雨 3話 sage 2009/03/03(火) 10:11:12 ID:yUD6ownZ

暴漢、あるいは強盗は、まだ自分が目覚めている事に気がついていないのではないかと。

先程あれだけ叫んだのだ。
暴漢が気がついているのなら既に大慌てで口を塞ぎに来るだろう。
つまりこの部屋の音は外部に漏れてはいない。おそらく部屋の壁が防音壁なのだろう。

それならば、この部屋に気絶しているかを確認をしに来た時に奇襲できないかと?
しかし手足を含め身動きが取れそうにもない。今もし、侵入者がやって来ても奇襲しようがないのだ。
出来る事と言えばせいぜい口で悪態をつくぐらい。
それでは駄目だ。
一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、混乱した頭を切り替える。

まずは情報を収集する事。
外部の情報は外からの物音が無いので知りようがないため、内部の情報のみで想像する。

まず監禁されている場所だが、これはまず自宅であろう。
車椅子でありかつ体重が60キロ程度の男を運ぶにはかなり労力がいる。
それにもし車椅子を降ろされ運ばれているのなら骨折している足に多少の負担はかかっているはず。
足に負荷がかかっている場合、目が覚めた時に苦痛は必ずあるはずだ。今は特に痛みは伴っていない。
どうも車椅子に乗ったまま玄関から移動させられたみたいだ。
ということはここは自宅の1階、今まであまり入ったことがない父の書斎だろう。
父は読書中に人が入ってくるのを極端に嫌うのでいつも書斎に鍵を掛けていた、そのため父の書斎がどうなっているかよく知らないのだ。

1階の部屋数は5室。玄関を通り抜けて右手に洋室があり、左手にリビングルーム、和室がある。
リビングルームからは1部屋洋室に通じる扉があり、父の書斎はリビングとは逆、リビング向かいの洋室を通り抜けて一部屋間を置いた位置にある。
もし暴漢がいるとしたらリビングルームではなくこの部屋の向こうの6畳の洋室、父の部屋にいる可能性が高い。
庭に通じる大窓があるリビングルームに潜伏する可能性は低い。

首を無理やり回し背後を確認する。
余り期待はしていなかったが…窓はないな。
部屋には小型の換気扇があり、暖房には石油ヒーターが焚かれていた。
窓が無いため窓から叫んで助けを呼ぶことはできないし、換気口から叫んでも回転している換気ファンの音に負け、外には聞こえはしないだろう。
とりあえず今すぐにでもこの位置を移動して扉越しに耳をつけたい所だが、車椅子を動かそうにも腕が動かない。
しかし縛られている荷造り用の紐はビニール製のため強引にもがけばビニールが伸びて僅かながら隙間ができそうだ。
そのためには多少腕に欝血ができそうだが仕方ない。

腕の拘束を解こうとした時、向かい合っているドアのノブが音を立てた。





444 五月雨 3話 sage 2009/03/03(火) 10:13:15 ID:yUD6ownZ

「…ええ。こちらは完璧。」
…女?誰かと話しをているのかしきりに相槌をうっている。
「まだ気絶したままだわ。そっちはどう?」
放送されていたテレビの音が消され、キビキビとした冷たい声が響く。
ドアのノブが回った瞬間に気がつき即座に背もたれに倒れ顔を上げた。
目を瞑っているので相手の声だけで判断する。
暴漢は女?
誰かに電話で連絡しているようだ。
「今は押さえつけているわ。少しうるさいから頭を痛めているの。」
やはり香奈は拘束されているのか。
相手が女ならば香奈には乱暴しないだろう、香奈の身が少しでも助かった事に内心ホッとしたが、


「あんまり口が過ぎるのなら消してもいいわよね?」


動揺した。
消す?その女は香奈を殺すとハッキリと口にした。
足音がこちらに向かってきたので慌てて気を落ち着かせる。
「ふふ、それにしてもスタンガンってすごいのね。首筋に5秒ほどあてると気絶するって聞いてたけど本当よ。麻痺させるだけでよかったのにね。」
目元を生暖かい物で遮られる。多分女の手だ。
「目を覚ましてから行動するつもりだけど、携帯電話には今のところ何も来ていないわ。今日の通話履歴は2時間前のタクシー会社のみね。頻繁に連絡を取っている奴が一人いるけどそっちは平気よ。…ええ、わかったわ。それじゃ」
そこまで言うと女は話をやめた。
目元にあった手が頬に回され、そのまま撫で上げられる。
心音が下がらない。心臓がドキドキと脈を打つ。
今自分を監禁している人物が目の前にいて、頬をなでられているのだ。
まるでナイフを首筋に突き立てられているような感覚に陥って叫び出したくなった。

「よく…眠っているわね。…ふふ、目が覚めたらたっぷりと調教してあげる。その時まで眠りなさい。お姫様のようにね。…ふふふ、あはは、アハハハハ」

そう呟きながら女は2,3度頬を撫でた後、乾いた笑いと共に手を引いた。
肌の表面に浮き出た冷や汗がいつばれるかは時間の問題だったが、女が手を引いたのでなんとか事無きを得た。
扉を開ける音がしたので薄目を開けて様子を見る。
見えたのは扉を開けて出て行く女の後姿。
黒いロングシャツの上にチューブトップのセーター、デニムジーンズ、そして長い黒髪を後ろで括りポニーテールを結んだ細身の女だった。





445 五月雨 3話 sage 2009/03/03(火) 10:14:52 ID:yUD6ownZ

「おはようさっちゃん。調子はどう?」

校内プールの脇に設置されている水泳部部室、大葉さつきはそこで室内用のトレーニングウェアに着替えていた。
背が低い短髪ショートカットの女性に話かけられる。

「おはようございます、部長。調子は…中々ですね。余り気分は良くないですけど」

「そっか。最近休みが多いけど生理中?つらいのなら保健室で寝ててもいいよ。」

部長は眉ひとつ変えず下話をする。
所属する部活が体育系ならではのコミュニケーションだ。

私は少し頬を染めながら適当に、ええそうです、と嘘をついた。
祐一からは部活の出席と評価に関して釘は刺されたが、やはり祐一の事が心配だ。
ここで恥ずかしがって違いますと答えては最近の休んだ口実が仮病だとばれてしまうし、これから数日部活を抜けるのにも言い訳を考えなきゃいけない。

「室内練習だけど活動中に倒れられても部長の立場としては困るよ。それに彼氏さんの骨折も深刻そうだしね?」
そう言うと部長は私の顔を見上げてニカッと笑った。
突然の言葉に私は冷や汗をかく。
祐一と付き合っている事は、まだ学内では誰にも教えていないのだ。
それにここ数日は嘘をついて部活を休んでいたので、理由関して言及されると私はいつも口を渋るだけだった。
この人はオチャらけていそうで、こう鋭い所がある。
部長はそういった部分で他の人とは違い人が寄り付く人間だ。

「いつから知っていたんですか?」

「2ヶ月前かな?さっちゃんが妙にしおらしくてかわいい女の子に変わった瞬間だよ。さぁ洗いざらい吐いてもらおうか?」
部長は簡単に私と祐一が付き合い始めた時期を言い当てる。

「彼氏さんが心配なのはわかるけど嘘をついて部活を休むのは関心しないなぁ。さて、嘘つきの1年生にどうやって制裁を加えましょうかなぁ。練習が終わった後に更衣室でストリップショーでも開催しましょうかぁ」

「わ、わかりました!言いますから、それは勘弁してください!」
手をワキワキ動かしながら私の胸に手を伸ばす部長から胸を隠しながら距離をとる。

「よろしい。まずは馴れ初めから肉体関係に至るまでさっちゃんの赤裸々なエマニエル性活を語ってもらおうか」




446 五月雨 3話 sage 2009/03/03(火) 10:16:42 ID:yUD6ownZ

そこから部長には私と祐一が中学からの同級生からでお互いの意見が合い付き合ったと所々省いて曖昧な説明をしておいた。
本当はもっと色々あるのだが。
断じて言い直すが私と祐一にはまだ肉体関係なんてない。
SEXどころかキスさえ昨日の未遂事件で2度目なのだ。

1度目は好きな人と口を合わせるのがとっても気持ちがよくて再度病院でキスしようと雰囲気をだしたがいきなり入ってきた看護婦に阻止されるし。
昨日の事を思い出すとまた熱が上がる。
あの後すぐに家に帰り布団に包まり一日中悶々として眠れなかったのである。

「…というわけです。」
「ふむ。消化不良の点が色々あるけどそこはさっちゃんと祐一の淫らな思い出として受け取っておくよ。」
「ち、違いますっ!私達はまだそんな事してません」

「んん?昨日練習に来なかった事といい、今日は彼氏さんのお見舞いに行かない事からキスはしたんだろうね。そうしてキスした後にこう病室でいやらしい事をしようとして止められてそこから家に帰って一人オナニーにふけって…ああさっちゃん!!!かわいいよ!」

オ…オナ…って、この人はどうしてこう下品な話になると饒舌になるのだろうか。
言いえて的を得ている部分がさらにタチが悪い。


…オナニーは確かに少しはしたけど。


部長は一人で両腕を抱きしめて悶えている。
「そっ、それじゃあ私はアップしてきますので!」

伝える事は伝えたのでそそくさと部室を出て行こうとした。

「さっちゃん。部活を休みたくなった時はいつでも私に言って。コーチには私から話をしておくよ。」

部長から出た言葉に驚き振り返ると彼女はいつも通りニカッっと八重歯を出し笑った。

「いいんですか、部長がコーチに嘘をついて?」
「部員の悩みを解決するのも部長の仕事だからね。あとはさっちゃん次第だよ。その代わり休む時には家で自主練習をすること。」

その言葉を受けて、ここ数日の疲れがフッと抜けた。
これで私が休む口実を伝える時のコーチの苦い顔を見ずに済むんだ。

「ありがとうございます。部長。あと半月ほど我慢してもらえますか?」
「うん、いい顔になったよ。ここ2週間は映画の俳優みたいな顔してたからね。女の子はスマイルスマイル。」
そう言って私の肩をポンポンと叩く。
私はただ頭を下げてもう一度お礼を言った後、部室を出て行く。
「それでは先に練習に行ってきます」

そう言った私の顔を笑顔だったのだろう。





447 五月雨 3話 sage 2009/03/03(火) 10:21:23 ID:yUD6ownZ
「ーーーーッンンン!!!」
腕に痕が残るのも構わずに紐を千切る勢いで腕を動かす。
だがいつもビニールが伸びる手前で何重にも巻かれた紐の拘束と腕の痛みに負けて力を解いてしまう。
紐を伸ばそうとすればするほどほど腕の痛みは増していくので時間と共に疲弊していくばかりである。
「…っ痛ぇ。」
もう何度も力を入れて拘束を解こうとした結果、腕は筋肉痛、額には薄っすらと汗を掻いていた。
糞ったれ、全然切れねぇよ…これ。
今ではとても荷造り用の紐が只管恨めしく思える。
どうして自分がこんなに頑張っているのに、こいつは素直に切れてくれないのか。
手は何度も圧迫されたためか少し紫色になっていた。
腕には多数のミミズ腫れのような痣が残っているだろう。
でも止める訳にはいかない。女が部屋を留守にしている今この時こそがチャンスなのだ。

それにしてもあの女は誰だろう。電話で会話していた内容からしてこの家に対しての脅迫云々ではなく自分に対して用があるみたいだった。

…ストーカー?まさか。どう考え直しても自分をそこまで昇華する事なんてできない。
意識を取り戻したら調教とか言ってたな、という事は起きた事が判ったら何かされるんだろう。
女の去り際に聞こえた笑い声に少し恐怖して、紐を伸ばす作業を続ける。
あの笑い声はなんというか、常人の笑い声ではなかった。
気が狂っている人間の声、何をされるか判ったものじゃない。
下手をすればここでこのまま殺されるのではないかと錯覚をしたほどである。
とにかくあの女に目覚めている事をバレるのは自殺行為、次に来た時も狸寝入りを決め込む事とした。
声質からして今まで会った事なんてないはずだ。あんな女、見た事もない。
香奈はまだ囚われているのだろうか。自分とは対称に自己主張をしない妹、人目から見たら無愛想な子だ。
あの女に抵抗して悪態を吐いていないだろうか、態度が気に食わないと暴行を受けていないだろうか、刃物等で脅迫されてはいないだろうか?…それとも既に。
想像される香奈の姿はどれも最悪のパターン、行き着く先は床に蹲っている香奈の姿だった。
その光景を想像する度に焦りが涌き出る。直ぐにここから抜け出さないといけない使命感のような物が生まれる。

さつきは今どうしているだろうか。いつも通りの生活をしているのだろうか。
何時間前かのやり取りがまるで蜃気楼のようだ。これほど切実に普段の生活を欲した事なんてなかった。

…さつき。助けに来てくれ。お願いだ。
天井を見上げ神に祈るようにさつきへの言葉を頭の中で繰り返す。
その時、再び扉が音を立て開いた。




448 五月雨 3話 sage 2009/03/03(火) 10:21:47 ID:yUD6ownZ

「…ッチ、まだ気絶しているか。準備は全部整ったんだけどね。本人がこの状態じゃどうしようもないか。」
舌打ちと同時に先程聞いた声が聞こえる。
再び足音が聞こえ、すぐ近くに人の息遣いを感じる。
また女がやってきた。気づかれないように息を潜めて気絶したフリを続ける。
「無理に起こしてもいいんだけどね。時間は限られてるし、出来る限り先手はとっておきたいもの、でも嫌がられるのも心外だわ。」
予想外の言葉に心臓が鳴る。近づく吐息を避ける事ができず、ただ無心を頭で唱え続ける。
女性特有の香りが眼前に広がり頬を髪の毛で撫ぜられる。

…何をするつもりだ。
頭だけでも噛み付く事ぐらいはできる。迎撃を決心した瞬間、

トゥルルルルルル。

携帯電話が鳴り、眼前に迫る気配が消えた。
「…どうしたの。あら、うまくやったのね。おめでとう。」
そのまま足音は離れていく。
危なかった。あと1秒でも遅ければ飛び出してしまう所だった。
でも女はまだ部屋に居座っているため、油断はできない。
背筋は汗まみれだが、呼吸は最小限、目を自然に閉じ、気絶を演技する。

「…ええ。…え?…ったわ。」
女は声を押さえ離れていく。扉が開けられ人の気配がなくなり、静寂が訪れた。

5分ほどたっただろうか?女がいなくなったことを確信し、
ふぅっ息を吐き一息をつく。これは精神が持ちそうにないな。


そんな事を考えた瞬間、首を何者かに思い切り捻り掴まれた。



「どういうつもりかしら?」

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最終更新:2009年03月11日 02:27
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