小ネタ「後味まで甘い酒宴」

526 小ネタ「後味まで甘い酒宴」(1/2) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/06(金) 23:51:14 ID:6wyfWwK7
「……弟、いくらなんでも、殴りこみというのは――今時どうかと思う」
「いいから、姉貴は黙ってて。俺は単に、自分で納得がいかないだけだから」

 ある休日の昼下がりのこと、私の弟は、ものすごく怒っていた。
 どれだけ怒っていたかというと、私の友人の家に殴りこむくらいに。
「たのも~、たのも~! つーか出て来い先輩っ!!」
 ああもう。喧嘩腰の弟も、とってもカッコよくて、愛おしい。
 だから、私の友人より、私に怒ってくれたらいいのにな。

「はいこんにち……あらあらうふふ。君はあの娘の弟くんじゃないの?
 どうしたの? 私はなにか、あなたに悪いことしたのかな? かな?」
 ああ、いまの発言で、また弟の怒りのボルテージが上がっているみたいだ。
 だけど、どうしてあなたに手を出した私じゃなくて、その子に怒るのかなあ。
 私なら、あなたのどんな気持ちだって、この身に受け止められるというのに。
「う、うるさいうるさいっ! あんたが姉貴に甘酒なんか渡すから……!
 俺は……俺は……! ああもう許せない! 成敗するからそこに」

「ただいま……って、何ウチの前で騒いでるんだ。君達は」
 対峙する私の友人と弟を、後ろから眺めていたら、突然背後から声をかけられた。
 おやおや、確かこの人は私の友人の、お兄さんじゃなかったかな?
 友人に教えてもらっていた通り、とても妹思いの、優しい男性のようだ。
 今だって、自分の妹に敵意を向ける、私の弟のことを警戒している。
 本当に妹のことを大事にしているようで、理想の兄妹関係のようだ。
「な、なんなんだあんたは――って、あれ?」
「僕は、君が睨んでいる女の子の兄だが――って、まさか?」
 むむ、何か勝手に2人で分かり合っているらしい。なんか納得がいかない。
 弟の気持ちを心の繋がりだけで理解できるのは、姉である私だけでいいのに。
 まあよかった。とりあえず殴りあいの喧嘩にに発展する可能性はないようだ。
 いまこの場面は、私の友人のお兄さんに、感謝しておかないとな。


「あなたはここで待ってなさい。弟くんの心配はしないでいいよ。
 私の兄さんは、ちゃんと相手の意思を汲んで、話をする人だから」
 そんな感じに宥められて、私は友人の部屋で待たされている。
 あの後、なぜか友人のお兄さんが、私の弟と話をしたい、と言いだした。
 そして、私の弟もそれを承諾してしまった。
 正直なところ、さっさと帰って、弟と遊びたかったのに。
 弟にもそう訴えてみたのだが、すげなく断られてしまった。
「俺も先輩のお兄さんと、少し話したいことがあるから、帰っててもいいよ」
「……ううん。私もここで待つ。帰るときには声をかけて」
「わかったよ。すこし遅くなるだろうから、先輩と遊んで待ってて」
 そんな会話を交わして、もう1時間は経つが、私の弟はまだ帰ってこない。
 何かを確認しながら、私と話していた友人は、なぜか急に台所へ行ってしまった。

 あの日から、私は家にいる間じゅうずっと、弟の傍に寄り添っていた。
 それこそ、食事中でも、入浴中でも、勉強中でも、布団の中でも。
 だからこそ、私の傍に弟がいない、今の状況がとても寂しくて切ない。
 あの日、いやそのずっと前から、私は弟がいないと、不安でたまらないのに。

――ああ、私の弟。早く帰って、また遊ぼうよ。いっぱい愛してあげるから。


527 小ネタ「後味まで甘い酒宴」(2/2) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/06(金) 23:51:43 ID:6wyfWwK7
「まあ、妹の注いでくれた粗茶ですが、どうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
 ふむ、どうやら彼が、僕の妹の話していた、例の素っ気無い女の子の弟くんらしい。
 最初は怒鳴っていたから驚いたが、なかなか真っ直ぐな、好青年じゃないか。

「それで――先輩のお兄さん、もしかしてあなたも?」
「うん、君の予想通りだね。僕も妹にやられちゃったよ」
 どうやら彼も、実の姉にやられてしまったらしい。お互いつらい立場だね。
「やっぱりあなたも――それで、姉貴にその助言をしたらしい先輩に、
 文句の一つでも言いたくなって、今日ここに来たんですけど……」
 ああ、わかるよその気持ち。僕もあの後、妹に色々言ったんだけどね。
「あの子――いや、あの子たちは、一切悪びれてないんだろうね」
「そうなんです……俺の姉貴も『愛してるからやった』の一点張りで、
 俺は、俺はもう、どうしたらいいか、わからないんですよ」
「ふむ、状況が状況だから、悩むよねえ。だから、そんな君に助言しよう。
 『愛し合うことは自由だ。だから受け入れるのも、また人生』だよ」

 あ、固まった。妹が話していた通り、わかりやすくて面白い少年だ。
「そ、そんな……! それじゃあこの異常事態で、何の解決にも」
「いやいや、実を言うと僕自身、妹のことを愛してはいたんだよ。
 ちょっと色々すっ飛ばしてくれた妹のせいで、こんな感じになったけど。
 僕自身は、今の関係に何の不満もなかったりするんだよねえ」
「そ、それでも、俺は……俺は今の関係には」
「倫理的には賛同できないけれど、受け入れてはいるんだろう?
 だったら、君はちゃんと、自分のお姉さんと向かい合うべきだよ。
 そもそも君だって、元々お姉さんに対して、そういう目を向けていたんだろう?」
 酷い仕打ちを受けながら、それでも姉に怒れない。その態度からバレバレだよ。
「う、ううううう。なんか言いくるめられているような気が」
 まあそうなんだけど。でも現状はもうどうしようもないだろうに。

 そうこう話しているうちに、台所のほうから、アレの匂いが漂ってきた。
「あれ? 何ですかこの匂い――ま、まさか甘酒の匂いですか?」
「そうだね。僕はコレで酔い潰れた所を、妹にやられちゃったんだ。
 それ以来、この匂いがする時は――ああ、ちょっと眠くなってきたかな」
「え、ちょっとそれはまずいですよ! 起きてくだ」 バタンッ!
「さあ、我が親友の弟くん。私の兄さんは眠気に襲われてるんだから、帰りなさい!」
 あはは、はりきってるなあ妹ってば。今日は何回くらい相手することになるかな?
「ちょっ、そんな理不尽なことを平然と言うなよ先輩っ! 俺はまだこの人に」
「……弟、愛し合う2人の邪魔は、するだけ野暮――帰ろう?」 ギュッ
 う~ん、妹の友達さんも、なかなかの独占欲を見せつけてくれるね。
 僕としても、妹と自分の痴態を、他人に見せる趣味はないから、そうして欲しい。


「あの2人は帰ったよ。さあ兄さん。いつもみたいに、あなたを介抱してあげるね」
「お願いするよ。ところで彼らは、納得して帰ってくれたのかい?」
「大丈夫だよあの2人は。なんだかんだであの姉弟、手を繋いで仲良く帰ってったし」
 そうか、ならば憂いはないな。僕は僕の愛する妹のことだけ見ていよう。
「ちゃんと私を見てね、兄さん。私は、あなたを本気で愛しているんだから」
「わかったよ。そのかわり程々にしてくれると助かるんだけどね」

――僕はもう決めたんだよ、弟くん。君もちゃんと、お姉さんを見てあげるんだよ。


                                ― Good End ―

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最終更新:2009年03月11日 02:30
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