『白と黒のクラウディア』その2

852 『白と黒のクラウディア』その2 ◆uC4PiS7dQ6 sage New! 2009/03/22(日) 18:18:38 ID:NlFiVWY8
11
 貴方の笑顔が見たくて、貴方の幸せを考えて、貴方を困らせたくない。
 何も変らぬ様にと、貴方が幸せに成れば良いと、震える唇で強がる。
 でも本当は、私のココロが欲しいのは、私のカラダが欲しいのは、私を求める貴方の声。


 OtherSide 3日目



 眩しい程の白。朝の陽光を浴びて、今日も『私』は意識を呼び起こす。
「うぅっ……はぁっ、全く」
 高層ビルの屋上。貯水タンクに寄り掛かかり、身体を冷え切らせて起床する。
「昨日の『二択』は失敗したわ」
 探すべきは兄。ライトメアじゃない。昨日はそこを間違えた。
 だから、また繰り返す……こんな有り得ない現状の日々を。
 この世界は偽りに満ちているって言うのに、この世界は疑う事を決して許さず、この世界の真ん中で私の兄は、この世界を繁栄させる為に哀を唱う。

「お兄ちゃん、待っててくださいね」
 そう決意を込めて呟き、フェンスの上に飛び乗って仁王立つ。
「そしてライトメア……貴方は殺すわ」
 冷風を受けて両腕を広げ、左手には『祁答院の化身』を握る。
「さぁ、It's‐a‐Showtime!!」

 私は5秒間の自由を求め、仙台の大空へと跳躍した。




853 『白と黒のクラウディア』その2 ◆uC4PiS7dQ6 sage New! 2009/03/22(日) 18:20:50 ID:NlFiVWY8
12
「本当に変ってない。旅館が、まだ在るなんて」
 旅館の入り口に佇み、懐かしい全貌を垣間見る。今の旅館からは想像も出来ない、古風で暖かな我が家の姿。
「この頃は良かったのに」
 玄関を開け、変らぬ内装を覗き、リビングを覗く『私を見る』。
「ッ!? 昨日も見たけど、確かに……ソックリね」
 容姿だけじゃない。行動まで酷似して。
 だから解る。
 ソックリだから解る。
 私が現れた事にも気付けず、幸せそうに魅入ってる。
 リビングに見える大切な人の寝顔を、微笑みながら見詰めてる。

「ああっ」
 きっと私は嫉妬深い。

「ダメだっ」
 だってもう我慢出来ない。

「これ以上は」
 この世界に来てまで、お兄ちゃんを取られたくない。

「私の思いは……」
 眼前の偽りを斬り殺せと、獣の心身が吠え捲る。

「こちらに向き直れ、フェイクドールッ!!」
 お兄ちゃんは昼近くになるまで起きない。この世界は『そう言う風』になっているのだ。
 だから、多少の咆哮等、問う処じゃ無い。
「女の嫉妬は哀れなだけよ。負け犬の、紫琉ちゃん」
 もう一人の私が勝者の駄弁を語り、ゆっくりとこちらに向き直る。
「へぇ……この世界でしか生きられない貴女が、私の何に勝ったと言うの?」
 むかつく、ムカツク。ムカツク!!
 私を見下す余裕の表情。コイツは絶対にアレを言おうとしてる。
 真意はどう有れ、精神的優位に立とうと思えば、ハッタリの一つもカマすだろう。私の最も傷付く最悪の言葉をコイツは……

「だって私、おにいちゃんに抱かれてるし」

 笑顔で言いやがった。




854 『白と黒のクラウディア』その2 ◆uC4PiS7dQ6 sage New! 2009/03/22(日) 18:21:27 ID:NlFiVWY8
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「そんな嘘、私に付いてどうなるの?」
 私は至って平静……を装う。
 どうせバレてるのに。
「嘘だと思うなら、指をしゃぶって眺めてればいい。おにいちゃんは今日も私を抱いてくれるわ♪ おもいっきりナカを掻き回してぇっ、子宮がパンパンになるまで膣内射精するのっ♪♪」

「黙れ……」
 私は、こんな人外にすら負けてしまうの?
「確かに私はライトメア様に造られた存在だけど、この気持ちは嘘じゃない。おにいちゃんの事、本気で好きなの」

「黙りなさいよ……」
 私は負けたんだ。それが悔しい。どうせ無駄だと、告白すらしなかった自分に腹が立つ。
 ズルズルと後悔ばかり引きずって、兄は結婚した身だと諦めて、私は何もしなかった。
「Your Looser、さっさと『この世界』から消えて。お兄ちゃんと私の生活を邪魔しないで」
 ライトメアの人形は私を左手示指で差し、早く出て行けと罵る。
「黙れってぇ……」
 お兄ちゃんを解放する為には、私の偽者も殺さなくてはいけない。
 でもそこに感情なんか無かった。
「言ってるでしょッ!!」
 でも、でも、でも。コイツを殺したいと全身から殺意が溢れて来る今は、純粋な嫉妬で動いてる。
「だいたい、ガラクタの分際で愛を語るなんて生意気過ぎ……ふっ、くっ、ははっ、は」
 あーあ、自笑してしまう。
 結局、全然吹っ切れてないんだ。
 もう結婚しているのに。自分の姿に嫉妬する程、双子の兄をいつまでも愛しているんだ。
「この愛も本物になるわ。本物の貴女を殺し、お兄ちゃんと二人で生きて行く」
 私は誰にも……そう、婚約者にだって、おにいちゃんを渡したくなかった。
 聞き分けの良い妹だと思われたくて、お兄ちゃんの為だと思って、あの場は偽善的に「結婚オメデトウ」って言っただけ。「おにいちゃんを殺して私も死ぬ」って言えなかっただけ。

「なれば、その淡い恋心を抱いたまま……」

左手で祁答院の化身、『童子切安綱』の鞘を持ち、右手を柄に添えてガラクタを睨む。

「死に逝け」




855 『白と黒のクラウディア』その2 ◆uC4PiS7dQ6 sage New! 2009/03/22(日) 18:22:58 ID:NlFiVWY8
14
 右半身前で脚を開き、重心と上体を極限まで低く。
「今日から私が本物になる。貴女には、消えて貰うんだからっ!!」
 ガラクタも階段に置いて在った抜き身の刀を右手で掴み取り、正眼の構えで私に対峙する。
「人に仇成す悪を滅すは……」
 私は気付けた、私の本当の思いに。だから私は、ちょっぴりだけどハイになってるらしい。
 こんな饒舌に成り、ガラクタに同情さえ覚えて。
「祁答院家が断罪剣、祁答院 紫琉ッ!!」
 さあ、さっさとガラクタを壊し、ライトメアを殺し、お兄ちゃんを救うんだ。
 振られても良い。もう一度キチンと、納得の行く様に、告白する。
「参ります!!」
 言い終わりと同時、空気は冷気に、冷気は殺気に、油断は墓標に、周りの摂理が瞬間可変。
「負け犬の貴女とは違う。私は本物になって、この愛を叶えて見せるッ!!」
 ガラクタから迸る黒い殺気は、痛い程に私の身体を射抜いている。
「私は……本物に成るんだぁぁぁぁぁぁッッ!!」
 叶わぬ恋と知りながら、造られた愛と知りながら、二人で生きると夢を見るの? それでも、と。もしかしたら、と。
「無理よ貴女には。だって……」

「五月蠅い!!」
 ガラクタは、続く台詞を遮る様に巨声で廊下を蹴り飛ばし、
「死んでよッ!!」
 次瞬にして私の寸前で刀を振り落とす。
「だって無理よ……」
 ガラクタの初動も、向かって来る剣速も、私と同等に早い。

「死ぬのは、ガラクタの貴女だし」

 でもそれだけ。確かに強いだろうが怖くは無い。何故なら、記憶からライトメアが造り出した物は全て……

「えっ?」
 無惨成る『機械』だから。




856 『白と黒のクラウディア』その2 ◆uC4PiS7dQ6 sage New! 2009/03/22(日) 18:24:31 ID:NlFiVWY8
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「胴体を斬り飛ばしたつもりだったけど、流石は私ね」
 勝ったのは、居合い抜刀で切り上げた私の剣。
 ガラクタの剣は私に届かない。握った右手ごと廊下に転がっている。
「どうしてよッ!? スピードもパワーも同じなら、先手を取った私の剣が勝つ筈でしょうに!?」
 血液に似せた『何か』を垂れ流し、手首の切断面を押えてガラクタが叫ぶ。
「やっぱり……ソコまではコピーされてないのね」
 所詮はライトメアの造り出した模造品。上辺だけの三流品だ。
「ふざけるなッ! 硬度や強度は私が上なんだ、人間の貴女より劣ってるモノなんてない!!」
 ふっ、硬度? 強度? とうとう化けの皮が剥れて来たわね。そんな人間離れした事を言い出すなんて。
「そうね、夢の島行きの前に教えて上げるわ」

「ちっ!」
 ガラクタはバックステップで間合いを取り直し、階段から二本目の刀を左手で掴む。
「普通は、始めに殺そうとする意志が在って、その後に剣が動く」
 右腕を肩の位置まで水平に上げ、童子切の切っ先をガラクタへ。
「でもね、祁答院の剣は違う。意志よりも先に剣が動くの」
 呼吸を整え、最上級の殺意を込めてガラクタを睨む。
「どう、言う意味?」
 兄の平穏を奪う怨敵を倒す為……
「貴女の剣は私に届かない。そう言う事」
 我が眼は険しく流移する。
「はっ、ははっ……そうか。私は上っ面だけの粗悪品なのね?」
 ガラクタは呆れた声で含み笑い、
「お兄ちゃんに愛される資格すら無いのね?」
 先の無い右肩に自らの刀を当て、
「ふふっ、はぁぁははぁぁぁぁぁッッ!!!」
 そのまま右腕を切り落とした。
「っ!? バカね。まぁ、威勢と覚悟は買って上げるけど」
 斬と音鳴り、断と音鳴って落地で離れ死ぬ。
「いたっ……ははっははははっ。どうせ、今日が終われば私にはリセットが掛かる。本物に成る為だったら、こんな重り! 喜んで捨ててやるわ!!」
 私と対する形で残った左腕を上げ、互いに同刀の剣先を向け合う。
 同じ構えを取り、同じ刀を持ち、コピーされた愛を信じ、兄が全てと思い込む。



857 『白と黒のクラウディア』その2 ◆uC4PiS7dQ6 sage New! 2009/03/22(日) 18:28:12 ID:NlFiVWY8
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「おにいちゃんへの愛を、その思いだけ私が連れて行く。だから……安心して壊れなさい」
 この時点で決着は付いてる。語り合う間も無く斬り伏せられた。
 ここまで長引いたのは、ガラクタに対する、私に対する、単なる『情け』が在っただけ。
楽に、楽に。
「「ふぅぅぅっ……」」
 互いに一つの深呼吸。取った行為は同じでも、その意味合いは全く違う。
 落ち着かせるだけの呼吸では、戦闘者としての低域を抜け出せてない。
「このままだと、今日の私は出血多量で死んじゃうから……先に、仕掛けるわよ?」
 目認できるガラクタの体重移動。半身で後ろの右脚に体重を乗せ、前脚の爪先を僅かに上げる。
「うだうだ言わずに、さっさと来なさい!!」
 その体勢から繰り出されるのは打突のみ。剣技中最速で有る突きの構え。

「疾ッ!!」

 人形が血溜まる廊下を跳ね飛び、二度目の攻防。二度目の後手。私の身体は木偶と成り、微動もせずに待ち受ける。
「ンッ!?」
 やはり次瞬は眼前、相当に早い。体動のスピードだけで言うなら、私を超えるか? ただ、
「お粗末ね……」
 私の剣は別だけど。
「お粗末過ぎるわガラクタァッ!!」
 迫る刀と待ち惚ける刀が交錯する瞬間、初聴する金属音が鳴り、私の静はガラクタの動を内側からのパリイで弾く。
「蹴ッ!!」
 しかしガラクタは止まらない。
 弾かれた左腕の反動を利用し、先に着地した右脚を軸とする胴回し後ろ回転蹴り、『龍迅尾』へと繋げて来る。
 狙いは左腹部でしょうが。変化に乏しい、セオリー通りね。
「フッ!」
 重心を膝位置まで下げて身を屈め、左逆手の『鞘』を振り上げて龍迅尾を迎撃。
「「ハァァッ!!」」
 内脚筋へ決まり、ビタリと完璧に左脚は止まる。一瞬で終始する静止空間。横に働く力は、上へと働く力に殺されたのだ。
「まだまだぁッ!!」
 それでもガラクタは止まらない。三撃目は必殺。頭部を狙った打ち落とし気味の右爪先蹴り、『落燕蹴』へと連絡。
 この一連の流れこそ、祁答院が得意とする連環討路の一つ。
「単純で」
 それ故に読み易い。自技の死角を最も知るのは、それを使う私自身。
 だがこれは、それ以前の問題なのだ。
「容易いわ……」
 瞬間に、
「ねッ!?」
 頭が高速シェイクされる感覚。ベストタイミングで落燕蹴を食らった。左耳前部から打ち抜かれ、頬に一筋血が垂れる。
 だけどね、
「貧弱ぅぅぅぅぅッッ!!」
 結果はそれだけ。必殺の技が見せたのは、ほんの微かな掠り傷。
「なんでッ!?」
 落燕蹴と同方向に首を逸して受け流しもせず、微塵も動かず受け切った。
「私の極技……」
 鞘を手放して『硬気功』を解き、全身の集気を左掌に集約。
 右脚で地を踏み締めて上体を上げ、ガラクタの晒す背面部に『その掌』を当てる。
「地獄の底まで持って行けッ!!」
 後は流し込むだけ。内家から派生した、祁答院式の浸透勁を!
「雷光、短勁ッ!!!」
 これがキーワード。
 これが断罪言。
 これが、ガラクタを無に返す祁答院式の純気功、雷光短勁(らいこうたんけい)。



858 『白と黒のクラウディア』その2 ◆uC4PiS7dQ6 sage New! 2009/03/22(日) 18:30:05 ID:NlFiVWY8
17
「うがあァァァァァァァッ!!!」
 バチバチと雷気が全身を駆け抜け、ガラクタが悲鳴し、爆発音を発して階段へと吹き飛ぶ。
 何度も横回転し、腹部を柱に強打して俯せに落ちた。

 終わった、わね。例え時間で身体がリセットするとしても、今回に限って言えば終前の一撃。
 空腸を、回腸を、胃を、肝臓を、完璧の手応えで完全に壊した。残る作業は、トドメを刺して上げだけ。
「ぁぁ……うっ、ぐぅッ……」
 声に成らない声しか出せず、こちらに背を向けて上半身のみを起こすガラクタ。
「やっと、諦めたのね?」
 私はゆったりと歩き、再び左掌に気を集める。
 ガラクタは、死を認めたのだ。この世界の明日は決して来ない。今日で終わる。即ち、これがガラクタで産まれて祁答院紫琉として迎える最後の死。
「何か言い残す事は?」
 真後ろで片膝を着き、左掌をガラクタの後頭部に当てる。
「わ……しいわ」
 思えば、
「えっ、小さくて聞き取れなかったわ。もう一度お願いできる?」
 勝ちを確信したこの行為こそが、慢心から出た油断。
「私一人じゃ寂しいわ」
 だから、
「ッッ!? ぐぎっ、いい加減、おにい、ちゃんをっ……任せ、なさいよっ!!」
 僅かな可能性にも気付かなかった。
 ドスッ、と。ガラクタは刀を自らの胸に貫通させ、私の腹部に突き刺していた。
「痛ッ、たたた、っと」
 身体を後ろに引いて刃を引き抜く。
 痛みは有るが大丈夫。血は出てるが大丈夫。肉は切れてるが大丈夫。どれも外見だけだ、深くない。臓器は何一つ傷付いてない。全然と、支障ない。
「あっ、その声……生きてる、のね? ちく……しょう」
 ガラクタは断末を吐いて横に倒れ、事を切らせて息を止める。眠る様に、眠る様に。命の鼓動は永久凍結。
 私を極限までトレースした機械は、誕生して数日で呆気なく死んだ。
「お兄ちゃんとの思い出を糧にして、やすらかに逝きなさい。もう二度と会う事は無いでしょうけど、一生分の幸せ……貰ったでしょう?」
 直立して童子切を鞘に納め、右手で小さく十字を切る。
 どれ程に長く生き続けても、後悔しながら過ごす位なら、
「羨まし過ぎるわよ、貴女」
 兄に抱かれて死に逝く方が、どれ程に幸せだろうか。
「ふぅぅっ、と。お兄ちゃんもそろそろ起きるし、最後の仕上げを……しなきゃね」
 童子切を『もう一人の私』の横に放り投げ、閉目して刮目。お兄ちゃんの寝顔を一瞥し、最重要の覚悟を決める。



859 『白と黒のクラウディア』その2 ◆uC4PiS7dQ6 sage New! 2009/03/22(日) 18:31:59 ID:NlFiVWY8
18
「お兄ちゃん……私、行って来ますね」
 消え気味に呟き、血塗れの廊下を歩いて玄関を出て、存在しない我が家に最後の別離。
「さぁ、ライトメア。クダラナイ私達の関係、そろそろ断ちましょう」
 冬の空を仰ぎ、冷感の酸素を吸い込み、
「命乞いしながら待ってろ! ライトメアッ!!」
 最大脚力で跳躍。一足で数十メートルを飛び越え、ビルの側面を駆け、仙台を走る風と成る。

 嗚呼……
 唯々。
 唯々、獣為れ。
 他に何も考えず。
 何よりも早く。
 何よりも遠く。
 何よりも高く。
 それだけを展開。
 それだけが展開。
 思考はいらない。
 唯々。
 ひたすらに。
 跳べ!!


 嗚呼……
 だから見落とした。
 一途な私は気付かない。
 私の命を狙う、鬼の爪が在った事に。




860 『白と黒のクラウディア』 ◆uC4PiS7dQ6 sage New! 2009/03/22(日) 18:35:53 ID:NlFiVWY8
19
 LightMareDays 3日目



 朝 起きたら 紫琉が 死んでた。何て悪夢。
 赤くて(あかくて)、
 紅くて(あかくて)、
 朱くて(あかくて)、
 錆の香を漂わせ(とても)、
 狂気を駆り立てる(あかい)。
 俺を絶望に叩き落とし、より一層に色付く廊下に横たわる。何て残虐。
 死んでる紫琉を見下ろして、嗚呼。と哭く。
 部屋に戻り、服を着替えて、リビングに戻り、死体を再見する。
 嗚呼、嗚呼。
 これは夢だ。と目を閉じて、夢で有ります様にと目を開く。
「はっ……何だよコレ?」
 変わらない。
 何等カワラナイ。
 赤く冷たく色付いて。
 廊下の上、血沼に浮かんで、紫琉が、死んでた。
 嗚呼、嗚呼。嗚呼……
「ああぁぁああぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!! 紫琉、しりゅ、アァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!」
 なんで? なんで? なんでっ!!? どうして紫琉が死んでるんだッ!!?
 どうして? どうして!? どうしてっ!!?
「ァァァ……ぁっ、終わっ、た。なにも、かも……」
 終わった。この世界も終わりだ。俺の望んだ世界は、紫琉の死を以て幕を下ろす。
 幕を? 何でそんな事を思うんだ? まぁ、どうでも良いや。こんな世界。紫琉の居ない世界に意味なんて無いし。
 ここに在るのは、静に変わって生を失った最愛の身体だけ。
「し、りゅ……」
 ガクリと両膝を着き、両手を着き、わんわんと子供みたいに泣いた。
 紫琉の赤い血液で、俺の身体も汚れて染まる。
「しっりゅ……」
 涙を指で拭った。
 顔も滑り(ぬめり)と汚れた。
「死のう」
 決断を。
 紫琉の居ない世界で生きて行けるか?
 無理だ。
 なら、どうする?
 このまま生きていても、生きているだけ。身体が動いているだけだ。心は紫琉と共に死んだ。
 なら?
 共に墮ちるさ。二人で落ちる地獄なら、きっと恐くない。
「待っててくれよ紫琉……今度こそ守るから」
 そうと決まれば早かった。
 血乾く廊下で正座し、膝の上に紫琉の頭部を乗せる。
「膝枕、で良いだろ紫琉? 抱き合って、とかさ。ガラじゃないって言うか……悲劇の主人公っぽくてさ。だからこれで、なっ?」
 後悔無い筈は無い。どうしてこんな事になったのか、真相を確かめたい。ただ、そんな気力が無いだけ。
「みんな、本当にゴメン」
 みんな……みんな? みんなって、誰だ?
「みん、な?」
 数間で考えてみるが、そんな奴等は分からない。
「どうでも……」
 そして、死に際の俺には関係無い事だなぁと思いながら、転がる凶器の柄に右手を伸ばした。



 続く。
 Next LightMareDays

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最終更新:2009年03月23日 01:03
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